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お茶会バトル

 乱闘に近いですね。



 おかしいですわね。

 わたくしは人見知りのはずです。

 人見知りですわよね?

 なんでかあっさりとフォルトゥナ伯爵夫人――義理の伯母様に当たるパトリシア様とは一度で仲良くなれましたわ。

 パトリシア伯母様の意外な過去には少々驚きですが、伯母様はお父様やラティお母様、キシュタリアのことを悪く言わない方ですもの。

 いえ、悪くないことですわ! 一歩前進ですわ! ポジティブに考えましょう。

 悩んでいても解決しません……わたくしに残された時間は一年です。なるべく無駄のない時間を過ごさなくてはなりません。

 なので、暇を見つけては結界魔法が使えるか確認しています。


「ねえ、姫様。どっかで結界使ってます? なんか回復遅い気がするんですよねぇ」


 お医者様の一人のヴァニア卿が、玉虫のように輝く不思議な目をぐりんとこちらに向けて問います。


「結界は作っていませんわ」


 嘘ではありません。それができなくて相当焦っています。

 空間把握までは出来るのです。相変わらず情報過多にはふらっとしますわ。なので、寝る前など気絶してもいい状況で行います。


「体力の回復は結構順調って聞いていますよ。食事量がやや減っているそうなので、そこは注意してくださーい」


 ヴァニア卿って不思議ちゃん属性ですわよね。

 ひょうきんとはちょっと違うと言いますか、一般とは推し量れないタイプです。

 たしか、ゲームではカイン・ドルイットのライバルキャラでもありました。ですが、ゲームのシナリオから大きく崩れ、カインの立場は失墜しきって死亡した。

 最初は怖かったのですが、彼はカインルート以外では悪役として出てこないのです。安牌だと思われますわ。

 ヴァニア卿は男性です。解っています。身長も結構あります。猫背ですので、判りにくいです。

 なんというか基本わたくしの診察はするのですが、研究室に早く戻りたいオーラが凄いのです。だからか、余り怖くないのですよね。

 ですが、出されたお茶とお菓子はしっかり食べます。ケーキスタンドがあれば、八割がた彼のお腹に収まります。痩せの大食い……世のダイエットに励むレディの敵ですわね。

ですが、一応は王太女であるわたくしの前でも服を着崩し、平気でお菓子を貪り食べるその態度を見咎めたベラに怒られているのを見ます。そのせいか、ベラのことは少し苦手みたい。

一度わたくしをそっちのけで本を読んでいた時があります。そのときアンナは紅茶をドンと置いたと思ったら無言で角砂糖を全部ティーカップに流しいれていました。そして、半ゲル状になった紅茶もどきを、無言ですする? 舐める? まあ、とりあえずは口を付けるヴァニア卿。

悪戯を怒られた子供のようでした。

なにかを思い出します。


「ああ、ヴァニア卿はチャッピーに似ていますのね」


「ちゃっぴー?」


「わたくしの可愛いお友達ですわ。チャッピー? いないかしら?」


 声をかけてみると、にゅっとスカートの裾から出てきました。え? あれ? スカートの中にいた? そんな気配なかったのに……それとも椅子の後ろにでも隠れていたのかしら?

 わたくしを見上げながら、可愛らしく首を傾げています。


「ぴぎゃ?」


「うっわナニコレぇ! 妖精!? 精霊!? いや、霊獣や幻獣かな? これちょっと連れてっていい!??」


「ぴやああああああああああっ!」


「チャッピーが嫌がっていますわ。おやめくださいまし」


 お顔から掴み上げるヴァニア卿。チャッピーは悲鳴を上げて手足をばたつかせますが、そんな抵抗も何のそので、チャッピーをいじくりまわし始めます。

 虐待! 虐待ですわ! きっと睨みつけると、ヴァニア卿はなぜかわたくしの背後を確認してから、ぱっと手を離しました。

後ろはアンナやベラ、護衛くらいしかいなくてよ?

 まったくもう! チャッピーはぬいぐるみではなくてよ。乱暴はおやめくださいまし。


「ちぇーっ」


「ヴァニア卿、この子が何かわかりますの? 迷子のようなのだけれど」


「……見たところ成体や完全体に分類できる状態じゃないねぇ。

 属性も特殊か複合なものだと思うよぉ。強すぎて、僕じゃわかんないねぇ。かなりの鑑定能力がある人ならわかる可能性はあるけど、この国でそういうの得意なのはラティッチェ公だしー。

 魔物? 龍種か? いや、この質感はどっちかっていうと両生類や水棲哺乳類に近いかなー? 龍種は基本、鱗がはっきりしているからねぇ。

 これチャック? どういう仕組み? って、ハンカチ巻きこんでんじゃん。馬鹿じゃんじゃんこれ。開かなくなってる……え? まさか有袋類?

 うーん、合成獣にしちゃ、流れや形が整い過ぎてるし……それなりに古いものに根差した存在だと思うよぉー。

 サンディスもそうだけど、城っていうのは建国の際やきっかけに『大いなる存在』と契約したり、悪いものと戦ったり、対立して封印したり、倒したりしたとき、特別なものを生み出した場所になることが多いんだよぉ」


「それは所謂、それぞれの国に伝わる魔法や魔道具、魔法具の類ですか?」


「そぅそぅ、どでかいパワースポットの上に建国してぇ、お城おいている感じ?

 万一使い手が弱っちくても、ある程度補助できるようにとか、その魔力の循環で魔法や道具を劣化させないためだねぇ。

 そーいう場所は力ある存在が良くも悪くも集まりやすいんだよぉ。でも、そーいうのって警戒心高いの多いし、好みが激しいから、あんまり人に顔出さないね。

 この子はすっごくバカか、すっごく姫様が気に入っちゃったんじゃないかなぁ?」


 どっちでしょうか……確かにチャッピーは少々おっちょこちょいな子。

 それにわたくしを気に入ってくださっているというか……おやつをくれる人を好きな気がします。


「この子以外には見たことあります?」


「ルーカス殿下なんかは、魔法の練習中に一度だけ小さな炎の精霊を見たことあるって聞いたよぉ。あの人はねぇ、火炎系の魔法が得意だからねぇ」


「まあ、すごいですのね」


 ルーカス殿下、宮殿内での評価は散々ですけれど本来は優秀な方のはずなのですよね。

 あくまで、わたくしが知っているゲーム設定ですが。今は貴賓牢で真面目に反省していらっしゃるとお聞きします。

 ですが、やってしまったこともありまだ公務には復帰されていません。

 このまま、一年後に廃嫡、もしくは蟄居が濃厚だそうですわ。お父様がいたら処刑の可能性があったそうです。


「でもぉ、メザーリン妃殿下は結界魔法を使えないことには変わりないから、すっごい切れてたらしいよぉ。怖いよねぇ」


 コメントしづらい!!! ヴァニア卿はケタケタ笑っています……

 ちょいちょいお妃様がたの強烈エピソードがあるのです。昔から二人のお妃様たちの立太子争いは過激だとは知っていましたが……


「そのあと、オフィール妃殿下も張り合っちゃって朝から晩までレオルド殿下を練習させて、使用人たちに精霊を探させたんだよぉ?

 凄くない? 見栄のために山狩りする勢いで精霊捕まえてこーいって!」


「あ、あの。妖精や精霊って捕まえられるのですか?」


「高位術式を組めればできなくないけど、弱いのをとっ捕まえてしまったらその妖精や精霊は死ぬだけだねぇ。

 自分に合う環境から引きはがされて、知らない場所に連れていかれるってすごい消耗するからぁ。

 どっちかというと、見目のいいのを捕まえて観賞用に封印して瓶詰にするのが多いかな? これってどの国でも共通の犯罪で、密漁になるから闇オークションとかですんごい金額で出てるよぉー。

 要は死体を保存している剥製かホルマリン漬けみたいなもんなんだけどねー。容器も、魔宝石の類や、それこそ聖水晶じゃないとすぐ劣化しちゃうから完全に一般向けじゃないですよぉ」


 うわぁ。ファンタジー界の闇を見ましたわ。

 いえ、確かに乙女ゲーム舞台でしたがキミコイの悪役令嬢は強烈ですし、死人も犯罪も奴隷もてんこ盛りでしたわ。主にアルベル関連。


「姫様、欲しーんですか?」


「嫌ですわ。いらないですわ。自然に自由に動いているところは見てみたいとは思いますが……」


 チャッピーを抱きしめて首を横に振ります。チャッピーはわたくしにくっついて離れません。

 死体を鑑賞する趣味はないでござる……


「じゃあいいこと教えてあげよーかぁ?」


「いいこと?」


「サンディスの王宮や離宮の下には、古代遺跡が眠っているらしいですよぉ。

 そのせいか、運がいいか悪いか入り込んでしまった人間は二度と出られないって噂がありましてぇー。

 でもサンディス王家だけは入っても出られるし、なんならその遺跡を起動できるって伝説がありまーす」


 脱出用の裏通路はアリの巣のように張り巡らされていますわね。もしかして、誰かがうっかり閉じ込められたのかしら?

 もしやそれのこと?

 事実か、何かしら機能がありそれがきっかけで妙な風に歪んだとか?

 うーん、そういえば地下はあまり調べてませんわね……

 カルマン女史もそうでしたけど、やはり王宮の周辺って調べる価値ありですわね。

 でも、わたくし一人で探索なんて無理ですわ……精々、避難路の確保が精一杯。


「気になる? 気になっちゃいます?」


「危ないことはしないってアンナやキシュタリアと約束していますの」


 フルフルと首を振るとヴァニア卿は口を尖らせた。何を唆そうとしていますの。

 なんだかこの方、本当に子供っぽい方ね。


「あ、そうそうこれ」


「なんですの?」


「大抵はなんとかなる解毒薬。魔法薬だから、蓋を外しちゃうと劣化が早いでーす。使い切るしかないよ。

 王妃様たちとお茶会するんですよねぇー? ヤバいって思ったらつかってくださーい」


 物騒。物凄く不安ですわ!!!

 盛られるんですか? 何かを盛られるんですか?

 ノリが軽い………

 始終チャッピーに対して下心たっぷりそうな如何わしい視線が……何をするつもりですが! うちの子に! ダメですわ!

 しっしと追い払わせていただきました。

 そういえば、ハニーは来ませんでしたわね。お菓子の気配を察知すると、二匹揃ってくるのですが。














 お茶会はブリザードが響いていました。

 ダイヤモンドダストが綺麗――実際は見えないのですが、それくらいギスギスしているのです。

 最初は、序列に合わせて正妃であるメザーリン・オル・サンディス妃殿下をお呼びしました。

王妃殿下は二十人ほどの侍女と数名の従僕を連れてきました。あの、こちらにもメイドはいますからそんなには必要ないと思うのですが。

淡い金髪を結い上げています。髪飾りには白金にサンディスライトとダイヤモンドを花形にあしらったティアラとセットのものです。そろいのピアスは花形とドロップカットを組み合わせています。陽に反射するたびに一層輝きます。同じくそろいのネックレスはデコルテを覆わんばかりの二連のとなっています。

深緑のドレスはプリンセスラインで、肩と袖口、スカートの裾に複雑な刺繍が施されています。花園を飛ぶ蝶ですわね。蝶は色とりどりの宝石を縫い留めて作ってあります。露はおそらく真珠ですわ。肩はふわっと大きく膨らんだパフスリーブです。

子供を産んだとは思えないようなスタイルですわ。似合うのですが、白い羽でできた扇から僅かに見える笑みが怖い。ラティお母様もそうですが……お母様の笑顔はもっとこちらも安心するような素敵な笑顔ですわ。


「ようこそおいで下さいましたわ、メザーリン王妃殿下。

 このような場所は不慣れですが、精一杯おもてなしをさせていただきますわ」


「ええ、勿論ですわ。このパトリシアもお手伝いいたします。

 姫様もまだ喪中で大変な最中なのですから、王太女の御立場には徐々に慣れて行けばいいのですわ。無理はなさらないでどうぞこの伯母を頼ってくださいませ。あの事件からまだひと月ほどですもの!

 メザーリン妃殿下からも何度もお手紙を頂いて、ご心配をおかけしましたわ。随分お待たせしまって申し訳ないですわ!

 どうぞこちらへ! ベラ、ご案内を!」


 口を開こうとしたメザーリン妃ですが、その前ににこにことしたパトリシア伯母さまが前に出て口をつぐむ。そして「ええ、お願いしますわ」と繕った。

 侍女長に当たるベラが、いつもより三割増し位に近寄りがたいオーラでしずしずと案内を始める。

 すっとアンナが横にきました。


「姫様、あれは

『まだ一か月しか経ってないのにネチネチ連絡しやがって糞アマ。

 つーか目が覚めてそう経ってない相手に非常識だろう、こっちの状況と貴様の立場を弁えろや。

 こちとら喪中だし王太女様だから、態度を改めるなら今の内だ。フォルトゥナが黙ってねーぞ』

 ……という先制パンチです」


 結論:女の闘い最初っからクライマックス


 パトリシア伯母さまは、わたくしを気遣ってかやはり暗い色のドレスです。枯葉色のドレスは、飾り気がないもののやはり上品です。

うーん、舞踏会よろしくに宝石とドレスの完全武装のメザーリン妃と並び立つと落差が激しいですわ。わたくしも今日は黒いドレスですの。喪中ですし。


「あらまあまあ、今日の妃殿下はまた随分と御付きが多いですのねえ」


「ええ、人手が足りないとお聞きしましたの。よろしければ、わたくしもお手伝いできればと思いました。

 アルベルティーナ殿下は義娘といっていいのだから、助け合わなくてはなりませんわ」


「お気遣いありがとうございますわ。妃殿下のそのお心、陛下やルーカス殿下もお喜びになるでしょう!

 ですが、王太女殿下は静かな場所を好まれますし、慣れるまで人に緊張してしまうかもしれませんの。

 お優しい王妃殿下の御心だけ有難く頂戴いたしますわぁ!」



「メザーリン妃殿下のあれは『人脈ない小娘とはいえ義理の娘になるんだからいいだろう。有難くうけとっておけ』といったところでしょうね、

 パトリシア様は『余計なことすりゃ陛下にもチクくるぞ、つーか先におたくの盆暗王子の面倒を見てろや。こっちの人事に口出しするなバーカバーカ』でしょうか?」


 言葉のエッジが……っ!

 先ほどから無表情なのですがアンナの言葉のエッジがかつてないほど鋭くありますわ!!! 氷の刃が毒を纏ってフルスウィングですわ!


「……できれば姫様にはこのような汚い争いを目に入れていただきたくないのですが、敵の本性と戦い方を知るには多少言葉汚くなっても必要かと、このアンナは浅慮させていただきました」


「ぴゃぁ……」


「フォルトゥナの公爵夫人であったシスティーナ様がお亡くなりになった後、女主人としてフォルトゥナを取り仕切ったパトリシア様です。伯爵夫人とはいえ、メザーリン王妃も迂闊に扱えません」


「わ、わたくしはどうすれば?」


「先ほどの通り、とりあえず観戦してください。何も知らないふりをして、微笑んでください。

 手を伸ばしたらあのアオイロウツボは噛み付いてきますよ」


「うつぼしゃん……あおいうつぼさん……」


 わたしの中の幼女があふれ出てきそうですわ。

 何度か優雅で毒に塗れた応酬の末、口に閉じた扇を添えて黙り込んだのはメザーリン妃殿下でした。

 ですが、次の瞬間には優雅な笑みを張り付けて切り替えておられます。

 ……本来なら、ジブリールも一緒のはずが「野暮用ができてしまいましたわ」とのことでした。

 ただ、それにしては凄く笑顔だったのです。なんというか、不自然なくらい。

 温かい湯気すら凍り付くような上っ面だけが友好的なお茶会がスタートしましたわ。

 わたくしは二歳児の幼女ちゃんです。アルベルティーナは幼女ですと自己暗示を掛けながらお茶会に参加する。

 いえ、ダメなのですが……二人の御婦人の空気がめっちゃくちゃ怖いのですわ!!

 オホホ、ウフフと微笑とともに優美なオブラートで毒舌の嵐が吹き荒れます。

 一見穏やかそうなのが一層寒気をそそるという。

 時折、流れ弾のようにメザーリン妃殿下の毒蛇のような微笑が飛んでくるので、ニコッと引きつった笑みを精一杯返します。

 わたくしは幼女。何も知らない幼女たんになるのです。なりきるのです。

 数分に一回蛇の笑みが飛んでくるのですが負けじと笑い返すたびにさっと逸らされます。

 

「アルベルティーナ殿下、パトリシア伯爵夫人……少々お耳に入れたいことが」


「まあ、なぁに?」


 この微笑修羅場から逃げられるならなんでもいいですわ。

 にこにこと笑みを張り付けたまま、アンナのほうを向きます。アンナがそっと身を屈めて耳打ちする。


「えっ」


「まぁ、耳が早いこと」


 思わず笑みが取れました。そして、アンナの耳打ちが聴こえたようで、メザーリン妃殿下と笑顔の応酬で優雅なぎしり合いをしていたパトリシア伯母さまも振り向きます。

 そのとき、誰かが制止を振り切って入ってくる気配がします。

 いやーっ、さらなる修羅場!?

 若草色のドレスで肉感的な体を包んでいる夫人。流行りのマーメイドラインドレスだが、肩と腕をむき出しにしたかなり前衛的なデザイン。スタイルや肌に自信がないとできない。陽の光に輝く白銀のかなり分厚い豪奢な毛皮を纏っている。胸元にドンと大きなダイヤモンド、そしてその周囲を真珠とサンディスライトがぎっしり囲って前掛けのようにみぞおちまで輝いている。ブローチといっていいのか、もう胸当てといっていいのかわからないレベルですわ。

 メザーリン妃殿下に負けず劣らずにきらきらした女性はオフィール妃殿下です。

 その後ろから、なにやらビビッドでデラックスな人影が……あ、メザーリン妃殿下の顔が引きつりました。


「ご機嫌よう、楽しそうなお茶会をしてらっしゃるのね。

 わたくし達も混ぜていただけると嬉しいのですけれど、席は空いているかしら?」


「お母様! こんな公爵家出身如きの偽王女など、王太女として相応しくありませんわ! 何故こんな女の宮殿へきているのですか!?」


「なっ、オフィール……貴女は今日招待されていないはずよね? 不作法でなくて?

どうしてエルメディアを?

 そしてエルメディア、王家の瞳を受け継いでいるのだからアルベルティーナ殿下は王族よ。そんなことを言ってはいけないわ。そもそもラティッチェ公爵家は――」


 王家の瞳、と聞いたところでエルメディア殿下がぶるぶると震え始めた。

 エルメディア殿下の御召し物は南国の観賞用熱帯魚を思わせる真っ赤とオレンジのフリフリ重層硬めのドレス。首には大粒の桃色真珠のチェーンとサンディスライトの宝玉がついたネックレス。


(い、以前より成長が増しておりますわ………っ)


 主に横幅が。

エルメディア様はわたくしをみるなり、きっと眦を吊り上げた。


「なにが王家の瞳よ! 王太女殿下よー!? そんなにその緑の目が重要なの!? お父様の子供じゃないのに! 臣下の娘如きが生意気よ!!」


 大層お怒りになったエルメディア殿下は、子供のように両手を振り回しながらわたくしに突進してきました。

 傍にあったティーセット入りのワゴンを吹き飛ばし、護衛の騎士を張り倒し、その重量級の体とは予想外に機敏です。あっという間に肉薄します。


「アルベルちゃん! 危ない!」


 叫ぶパトリシア伯母さま、エルメディア殿下にカスタードパイを投げつけるアンナ、ワゴンごと吹き飛ばされるベラ。

 凄まじい音が響いたと思うと、わたくしはパトリシア伯母さまの胸に守られるように芝生に座り込んでいた。

 庭が良く見えるテラスでお茶会をしていたのでしたっけ? 吹っ飛ばされたのかしら……?

 呆然と見上げると、大破したティーテーブルと散らばったお皿やポット、カップ、ティースタンド。そしてパイやクッキー、ケーキの上に転がってフーフーッと獣のように荒い息をしているのはエルメディア殿下。

 そんな手負いの獣のようなエルメディア殿下を止めようと、メイドや護衛の兵や騎士たちが取り囲みますがあっという間に蹴散らされます。

 狼狽して加減するしかない騎士と、我武者羅に暴走する巨体王女では違います。

 それに、わたくしのところに配属される騎士は女騎士が多いのです。わたくしの男性恐怖症への配慮です。

 真っ青になったメザーリン妃殿下と、エルメディア様を連れてきたオフィール妃殿下も血の気が引いている。


「う、うわ゛あああ!」


 王女らしからぬ雄たけびを上げながら、エルメディア殿下はクリームと果物塗れで立ち上がります。

 あの前衛的なお化粧とクリームとジャムが溶け合って凄いことになっています!


「いやーっ! おばけーっ!」


 騒動に駆け付けたメイドの誰かが悲鳴を上げて卒倒します。わたくしも気絶したかった! 控えめに申し上げてホラー! 猟奇的な仕上がりですわ!

 涙を流しているのか、真っ黒なアイラインと真っ青なアイシャドウなどのアイメイクに色々混ざり合い最悪の最恐のコラボです。

 迫りくるスイーツ肉弾頭に体が硬直します。エルメディア殿下はわたくしより年下だけど、非常に恰幅の良い方です。そんな方に怒りのまま殴られたら、わたくしなど簡単に吹き飛びます。


「いい加減になさい! この小娘が!!!」


 小柄な体を捌いて、エルメディア様の頬を張り倒したのはパトリシア伯母さま。

 再び粉砕されたお菓子の中に突っ込んで転げるエルメディア殿下。

 わたくし呆然、メイド唖然、騎士たちは青ざめています。ですが七割がたが肉弾頭で吹き飛ばされている有様。三割? 第二の肉盾になるために控えています。


「なんですか! 躾けも礼儀もなっていない! 貴女は王族としての権利を主張する前に、自身の行動を顧みなさい! 今日お招きしたのはメザーリン妃殿下だけですわ! お引き取りを!!!」


 小さい体から信じられない気迫が発せられます。

 パトリシア伯母さまは、頬を押さえて呆然と見上げるエルメディア殿下を静かに、そして冷ややかに昂然と見下ろします。

 だが、ややあって正気に返ったエルメディア殿下は、顔を衣装に負けず劣らず真っ赤にして激高します。


「あ、あたくしは王女よ! それを叩くなんて……アンタなんて処刑してやる!」


「先に手を出したのはエルメディア殿下ですわ。そちらがその気なら、わたくし共にも考えがあります。

 メザーリン妃殿下やオフィール妃殿下のお顔を立てるためにも内々にして差し上げようとは思いましたが……そこまでおっしゃるなら仕方ありません。

 王太女殿下への暴行及び殺人未遂を訴えさせていただきますわ」


「ま、待ちなさい、フォルトゥナ伯爵夫人! 何もそこまで……っ!」


「ことを荒立てたのはエルメディア殿下ですわ。ならば、我々フォルトゥナ、そしてラティッチェの方々に連絡して、今あったことを子細に報告いたしまして、沙汰を待つべきでしょう?」


 ぽかんとしたエルメディア殿下は、状況が分かっていないのでしょう。

 エルメディア殿下は、誰かにぶたれたことがないのでしょうね。

 そして、こんなにも強気に言い返されたこともないのでしょう。

 いえ、わたくしもアルベルティーナとして生きてからぶたれてことなんてないですわね。誘拐されたり、馬車から引きずり降ろされたりはしますが。

 絶望したように真っ青になるメザーリン妃殿下と、がくがく震えて膝をつくオフィール妃殿下。

 恐らく、オフィール妃殿下はエルメディア殿下をたきつけて、この場にくるだけが目的だったのでしょう。

 まさか、エルメディア殿下がここまで苛烈な方とは思っていなかったようです。

 以前とお変わりないのね、エルメディア殿下は。剣術大会の時と、何も変わってらっしゃらないようです。

 恐らくミカエリスの一件で相当わたくしのこと嫌っておいでのはず。公爵令嬢という、臣下の立場のはずのわたくしが王太女となったことで立場は逆転……

 一応義妹に当たるのだとは思うけれど、仲良くなるのは難しそうですわね。


 読んでいただきありがとうございました。

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