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老王の覚悟

 ラウゼス陛下とアルベルティーナ。

 きっとこの二人は王族の中でもかなり穏やかなので相性はいい。

 そして、栄華を極めるより田舎でのんびりしたい派なのに、トラブルと権力が全力でタックルしてくるタイプ。剛速球のデッドボールが来るのがゼファール。

 でも本気でやれば受けられるし避けられる。


 ラティッチェの霊廟での出来事で、分家内ではほぼキシュタリアが公爵であることが内定したといっていいらしい。

 そのことをミカエリスから聞いて、ほっとする。

 見ず知らずの人間が、今更しゃしゃり出てきてラティッチェ公爵家をいじくり回すのは本当に嫌でしたもの。


「わたくしは今回いけなかったですが、次の月命日はいけるでしょうか……」


「それは……おそらく難しいかと、貴女の身柄は王家とフォルトゥナ家が全力をもって守っています。

 先の謁見の間での魔物、そして無法者を考えれば許可が下りるのは難しいでしょう」


 ほんの少し眉を下げ、申し訳なさそうに言うミカエリス。

 ミカエリスのせいではないというのは、わたくしも十分わかっておりますわ。

 ですが、その事実を口にするのも罪悪感を伴うのは、ミカエリスの優しさ故でしょう。

 最初はジブリールと一緒に来てくださったのですが、ジブリールは「ちょっと探検してきますわ!」と数人のメイドと護衛を連れて行ってしまいました。

 何故かミカエリスに謎のアイコンタクトをしていました。何かあるのでしょうか。当惑気味のミカエリスをつつきまわすのは可哀想なので黙認したのですが。

 ミカエリスの服装は紺色の貴族らしく仕立ての良い礼服だ。そろいの色とトラウザーズも似合っている。一見地味だが、光の当たり具合によって微妙な模様が浮きがるのでかなりモノがいいと分かる。

鮮やかな紅い髪をみつあみでまとめ、流している。どちらかといえば、そのまま下ろしていることの多いのに。

 わたくしも負けず劣らず暗い色です。黒いドレスは控えめですが、マーメイドラインで腿あたりからとたっぷりのドレープが螺旋状に入っている。

 もういっそ、修道服でいいのですが……そして出家させていただきたい。

 気分が重くなりかけますが、来ていただいたミカエリスを心配させたくない。

 そう思っていると、ついついとスカートが引っ張られます。

 視線を向ければ、そこにはとても可愛らしいぬいぐるみのような怪獣さんがいました。


「ピギャっ」


「まあ、ハニー。どうしたの?」


「確かチャッピーでは……名前を変えたのですか?」


「この子はハニーよ? チャッピーではないわ」


「増えたのですか?」


「チャッピーのお友達よ。とっても可愛いの。ほら、ハニー。カヌレよ。スコーンはいかが? クロテッドクリームとジャム、どちらがお好き?」


 手を伸ばして膝に乗せると、ふんぞり返るようにして座るのがとっても可愛い。

 チャッピーはチャッピーでとっても無邪気で、少しおっちょこちょいで可愛らしいけれど、ハニーの元気いっぱいでおマセさんも魅力的ですわ。

 あれ、といわんばかりに蜂蜜レモンのクリームを指さす。スコーンを手に取って、たっぷりと塗ってお口に運ぶ。ぱくりと一口で食べてしまう、小さな体の割に大きなお口。

 ミカエリスは微妙な顔をしている。


「……差が判らないのですが」


「そうですの? ちょっと釣り目なのがハニーで、おめめがくりくりなのがチャッピーですわ」


 ほら、とよく見えるようにするがミカエリスはじっと数十秒見つめたものの、首を傾げる。


「声も違いますわ。柔らかい甘えたな声がチャッピーで、強めのきっちりした声がハニーですわ」


「……………あの、アルベル以外に見分けられる人間はいますか?」


「そういえば、いないわね」


 何故かしら。

 アンナもジュリアスもキシュタリアもベラも髭伯父さまもみんな首を傾げるの。

 こんなに違うのに。確かに種族は同じのようですが、大分個体差があると思いますの。ですが、皆さん納得していただけないの……どうしてかしら。

 ジュリアスなんて、軽く蹴って泣くのがチャッピーで怒るのがハニーという極めて許しがたい判断基準です。

 流石に止めました。なんてひどいことを。強めにメッとしましたが「あざといの塊が」とわたくしが怒られる羽目に! 相変わらず、訳の分からない罵倒をされました。

 ミカエリスはハニーをしげしげと見つめ続けていました。解っていただけたでしょうか? あとでやってきたチャッピーを並べてあてっこをしましたが、どうやらわからないようです。

 ですが「いじめられているほうがチャッピーなのはわかりました」と力関係によるジャッジが下されました。

 チャッピーは、頻繁にハニーに小突かれてぴーぴー泣いています。

 合っています……合っていますが、もう少し別の判別方法を覚えてください。





 午後になると名残惜し気にドミトリアス兄妹は帰っていきました。

 何故かジブリールがぷんすかしていました。ミカエリスはぷんすかジブリールに謝りながらも、宥めすかしながら帰っていきました。

 しかし、今日の本番は午後からです。

 何故なら、陛下がいらっしゃるからです。

 先日頂いたお手紙にお返事をし、今日来るとお達しが来たのですわ。

 あまり大ごとにせず、それでいてできるだけ内密に――まるで機密事項でも伝えるような雰囲気での席を希望されました。

 最初から、ものすごく不穏だと思うのはわたくしだけかしら?

 ラウゼス陛下の人柄は、それとなく私に好意的で同情的なのは察しています。ですが、陛下も国王として、時に非道とならない時もあると思います。そう思うと、今日の訪問はとても怖くあることです。

 後で、キシュタリアたちとも相談しなきゃ。

 できれば午前中にいたミカエリスやジブリールも同席していただきたかった反面、巻きこむことは恐ろしいし、国王陛下にも失礼ではないかと考えあぐねます。

 頼っていい、とミカエリスに言われたのは覚えています。

 ですが、彼が努力して築き上げたもの、功績を潰しかねないことをしたくない。

 ドミトリアス家は伯爵家の中でも伝統があり、それでいて今代において一気に力を持ったといっていい。ですが、向かうところ敵なしというわけではないのです。


「お嬢様、陛下がお見えです」


「ありがとう。応接の間へ御通ししてください。すぐに向かいますわ」


 言うまでもなく、最も上等な応接の間にお通しする。

 この部屋だけはわたくしの私室と同時進行位に真っ先に直されたの。

 離宮だけあって、応接室にあたるものだけでも五つ位あるのよね……

 改修すればもっと使える部屋は増えるといっていますが、わたくしお友達は少ないですし、来ていただける人も限られているので必要性を感じないのですが……

 ゆくゆくはここでサロンや茶会、夜会などのパーティを開けるようにしたいとクリフ伯父様は息巻いていらっしゃいます。

 ……他人が入るのはすごく嫌なのですわ。しかも大勢。恐怖以外の何物でもない。

 わたくしが快適に過ごせるようにとの気づかいは随所に感じます。

 わたくしに近しい程、使用人が厳選されているのも。

 気づかいの延長はたくさんあった。庭や宮殿が綺麗になっていくのは嬉しいです。働いている使用人たちにも,過ごしやすい場所にしていただくのはありがたく思っていますの。




 どことなく歩きにくさを感じながらも静かにスカートの裾を捌いて、応接の間に向かう。

 そこにはわたくしと同じ色の瞳をした、サンディス王国の最も高貴な方がいた。


「久しいな……少々痩せたか?」


 柔らかい声音は、もういないお父様を思い出す。全然違うのに、そこに響く愛情の種類は似ているのです。

 労わるような視線が合うと、スカートを摘まみ挨拶をする。どうしても緊張してしまいますわ。


「ようこそいらっしゃいました。我が国の太陽の栄華と御心に感謝します。

ラウゼス国王陛下……御足労頂き恐悦至極。そしてお会いできて嬉しく存じます。

 ラティッチェ公爵家が長女、アルベルティーナ・フォン・ラティッチェにございます」


「堅苦しいのはよい。さあ、座りなさい」


「はい、ありがとう存じます」


 鷹揚に頷かれ、着席を促されます。向かい合う様にソファに座ると、素早くティーセットが配膳されます。

 ほとんど茶器がぶつかり合う音などせず、衣擦れと絨毯に半ば吸い込まれかけた足音だけが聴こえます。

 芳しい紅茶の香りに、ほんの少しだけ気が解れる。互いの紅茶に口をつける。

 わたくしは思いのほか口が乾いていたようで、広がる芳醇な香りと喉を滑る温かい紅茶にホッとする。

 ラウゼス陛下は軽く視線を走らせると、騎士もメイドたちも音もなく退席した。

 緊張が走ります。


「アルベルティーナ」


「はい」


「国王として命ずる。アルベルティーナ・フォン・ラティッチェを、元老会の承認をもって王家の瞳の持ち主として認め、サンディス王家の一員として籍を設けるとする。

 国王ラウゼスの長女とし、アルベルティーナ・フォン・ラティッチェ・サンディスと名を改め、王太女として迎えることと決定した」


 その言葉に息は止まり、心臓が引き絞られるような気配がした。

 嫌な鼓動が鳴り響き、思わず胸の上に両手を押さえる。

 これは決定事項であった。打診ではなく、もうすでに決まったこと。ラウゼス陛下の言葉が一つ一つ、鋭利な刃物のように心臓に突き刺さるようだった。


「公爵であり、実父のグレイルの死もある。貴族内では公表されるが、国民に伝えるのは喪が明けて披露式典の時と決まった。

 今の段階では籍を変えるだけだが、披露式典に合わせて婚約者も発表することとなる。

 婚約者の選定はまだ決まってはおらぬが、候補は出そろっておる。

 王家所縁の者たちと、四大公爵家から選定し、調整中だ。婚姻は披露から早くて半年、遅くとも一年後にはすると決定している」


 情報量の多さに、眩暈がしそうだ。

 噂は確かにあった。そして、キシュタリアからもいわれていた。

 王家はわたくしを引きこみたがっていると。ですが、もう婚約者の選定まで始まっている? そして、それを喪が明けた――一年後にわたくしの王族のお披露目と一緒に、公表するということ? そして、早くて来年には結婚?

 ぐるぐると思考が回っている。


「アルベルティーナ」


「……はい」


「誰か、思うものはいるか?」


 のろのろと顔を上げると、そこには真摯で見ていてこちらが苦しくなるほど心配そうに見つめるラウゼス陛下がいた。


「思う、もの? ですか?」


「恋人ないしは、それに準ずるようなものだ。恐らくではなく、必ずアルベルティーナに最も求められるのは次代の王族。

 王家の瞳を持つ子供を産むことだ……できるならば、せめて悪からず思う男の方がよかろう」


「その、しかし……元老会が既に選定していると」


「……それは一人ではない。取りあえず、一年後におぬしに付けられるのは最低でも三人、最終的には十人ほど選ばれるだろう」


 言葉を失う。

 じゅうにん。

 わたくし一人に対し、十人?

 予想以上の数字に、意識がどこかに吹き飛びそうですわ。おそらきれいといいたいですが、あいにくこの部屋には天井しか見えません。


「その、婚約者候補がですよね?」


「違う、夫だ」


「わたくし、男性ではありませんわ。何故、そのような無意味なことを?」


 男性であれば、複数の女性を相手にしても同時にお子を成すことが可能です。

 ですが、わたくしの体は一つ。プラナリアのように分裂もしなければ、ホムンクルスでもないのです。


「一つに、少しでも子を産ませる可能性を上げること。男でも良い胤、悪い胤があると聞くからな。

 そして、何よりも貴族同士のバランスを保つためだ。王家の瞳と生家を鑑みれば、王位継承権を持つなかでも圧倒的過ぎる。少しでも分散させるため、苦肉の策だ」


 王配という絶対的な立場。

 その候補者を多く選出することにより、一つに権力を偏らせないというためだけに多くの夫を付けるということ。

 確かに、歴史を開けばほんの僅かですが王女が複数の夫を持つこともありました。ですが、これは特例です。ですが、わたくしは寄りによってその特例に当てはまってしまっている。

 特例は――王族が、王家の瞳の持ち主がほとんどいないこと。

 三殿下は王家の瞳の持ち主ではないのです。

 そして、王族に近い分家にもいないのでしょう―――先代・先々代がかなり性に奔放な方とお聞きしたので、身分が低くともいると思っていました……


「陛下、今現在で王家の瞳の持ち主は何人いますか?」


「私と、おぬしだけだ」


 ひゅっと息を飲む。

 最悪な事実だった。お父様が隠したがるはずだ。あそこまで徹底的に、私を甘やかしながらも外に出したがらなかったお父様。


「クリスが存命だったころは、辛うじてまだ数人いたが……年寄りばかりだったからな。

 子を成せる若さを持つ者は、お前ひとりだ。王族分家や、降嫁先をたどり探しはしたが芳しい結果は得られなかった」


「ですが、だからといってこんなにも少ないのでしょうか? なぜそこまでこだわるのですか?」


「確かに諸外国も似た体制を取るところはあるが、ここまで厳密なのは我が王国くらいだ。同時に、建国以来ずっと血統魔法、王印と身体的特徴をずっと引き継いでおるのは。

 だからこそ、我が国の魔法はずば抜けておる――防御のみの力だけでも、他を寄せ付けない程にな。

 隣国はいずれかが欠けて久しいと聞く。王族が数人がかりで一つの魔法の行使ができるか否かという国も珍しくない……だからこそのプライドや固執もある」


 お父様、ご存知だったのですね。

 涙が溢れそうになる。役立たずどころか、とんだ爆弾のような存在だったのだ、私は。

 この決定は覆らない。変えられない。私一人に、国民の命がかかっている。

 ならば、わたくしの権利や意見など国の総意の前ではないにも等しい。

 それでも、陛下は少しでもわたくしの慰めになればと最大限の譲歩と提案をしてくださっているのです。

 ラティッチェの名を残してくださったのは、きっと温情。

 家に帰りたいとずっと嘆いていたわたくしへの、せめてもの罪滅ぼし。


「アルベルティーナ、これを」


 差し出されたのは小さな箱。

 明けると、そこには白銀に輝く台座に縁どられたサンディスライトがいくつもある。数は全部八つ。間違いなく一級品と分かるほどに澄んだ深い輝き。


「……これは?」


「これは王配に贈る宝飾品だ。そのミスリル銀は魔力を通せば形状を変えられる。

指輪でもピアスでも、カフスでも。思う相手がいれば、贈ると良い」


「で、ですが! わたくしの相手はもう既に――」


「あくまで最初の候補は三人のみだ。最大は十人。余白はある――ねじ込みようはいくらでもある。

 候補は出そろっているが、とてもではないがまだ十人の枠に収まっていない。水面下で泥仕合の真っ最中だ。

 私はこれでも国王だ。何とかして見せよう。

 王配用のサンディスライトは極めて特別なものだ。猶予期間は、この純度の石をかき集めるためでもある」


「その、陛下はどのようにしてこれを……」


「私もかつて元老会から求められたからな――メザーリンと子宝に恵まれず、オフィールを娶った。その後、ルーカスたちが生まれたから収まったがな。

 だが、元老会はもっと多く妃を娶り、子を残させたかったのだろう」


「では、二つは妃殿下たちに?」


「そうだ。だが、側妃や愛妾を多くもてば、それだけ争いの火種も増える。守るべきものが増えれば、それだけ身動きもできまい。そう思えば、多くは望まなかった」


 このサンディスライトは、王配のみに贈られるもの。

 ラウゼス陛下は、王配が増えればそれだけ権力が分配され、同時に火種も増えると分かっていらっしゃるのに。


「渡す相手は、くれぐれも注意しなさい。決して裏切らない、本当に信頼しているもののみに渡すのだよ?」


 隣に来たラウゼス陛下は、そっとその箱をわたくしの膝の上に置きます。

 悪戯っぽく目をつぶり「秘密にな」と念を押すように唇に指を立てる。


「……これがあれば、身分が低い人間だってなんとかなる。

 まだ時間の猶予があるから、もし高位貴族でないものを引き立てたいのなら、早めに根回しをした方が良い」


「ねまわし……?」


「しかるべき場所に養子縁組をし、貴族としての格を整える必要がある。王配となれば、最低でも伯爵程度はないと難しい。

 そして、養子先は選びなさい。声を掛ければこぞって手を上げてくるだろうが、長い付き合いにならざるを得ないだろうからな……くれぐれも、元老会や妃たちの実家に関わる家だけは止めておきなさい」


「陛下、お待ちくださいませ。何故、わたくしにこんな大事なものを……っ」


「君が、グレイルの、そしてクリスの娘だから」


「お父様と、お母様……?」


「後悔先に立たずというが、その通りだ。あの二人に貰い、返せなかったものを少しでも彼らの愛する者へと向けたいのだよ。

 私の我儘だ。懺悔のようなものだな……なに、おいぼれの自己満足だ」


 こんな優しい自己満足、あっていいのでしょうか。わたくしが、受ける立場であっていいのでしょうか。


「私がもう少し、力があれば……グレイルはもっと長く生きられたかもしれん。

 アルベルティーナも誘拐されず、クリスティーナも……」


「陛下のせいではございませんわ。その、お父様は随分好き嫌いの激しいお方でしたの。

 ですが、陛下のことは悪く言わなかったのです。きっと、お父様はその陛下のお人柄をとても敬愛していたのですわ」


 ルーカス殿下の断罪の仕方、そして妃殿下たちを語る時の物言いを考えれば察して余ります。

 ですが、王家は嫌っていても陛下のことは嫌いでなかったと思うのです。

 わたくしの言葉に、皺の深い目元を震わせて呆然となさる陛下。サンディスグリーンの瞳の奥に、感情が揺れ動くのが判ります。


「……そう思うかい?」


「わたくし、こう見えてとてもファザコンですの。父離れできない、お父様が大好きな娘です。

 きっと、陛下のことは御恨みしていませんわ。お父様、贔屓が激しい方ですもの。気に入っている人間には、甘いのですわ。

 お父様をずっと見ていたわたくしの言葉、信用できませんか?」


「……いや、信じよう。他でもない、グレイルの娘の言葉であれば」


 こうして、わたくしはラウゼス陛下からとんでもないものを頂きました。

 そういえば、陛下に帰り際にハグをされやけに頭を撫でられたのは何だったのでしょうか?

 下心ゼロの親愛の抱擁はぎこちなく、ほんの少しだけ嬉しくて、陛下の背にかかる重圧が恐ろしかった。

 わたくしは、あの目に見えぬ重圧が怖い。そして、自分の身に降りかかる現実を受け止めきれない。






 陛下の来訪から数日後、正式にわたくしは王籍へと変わった。

 親しい人ほど、それ目出度いといわないのは気のせいではないと思います。

 怖くて恐ろしくて煩わしい。厭わしいとすら思う。

 書状を持ってきた元老会のミイラさんが喜色満面で、わたくしのことを舐め回すように見ていたのがとても気持ち悪かった。

 フォルトゥナ公爵と、髭伯父様がすぐに追い払ってくださいましたが、あの目は何度見ても慣れない。むしろ、見るたびに怖さが増します。

 私の手には、陛下からいただいたものがある。そのことを、まだ誰にも言えないでいる。

 まだ、自分が王族になったのを認めたくないからであり、自分が結婚しなくてはならないのを認めなくてはいけないから。

 恩情でもあるサンディスライトを渡したのなら、その人はわたくしの我儘に一生付き合わせる羽目となってしまうのです。

 候補がいないわけではない。自惚れでなければ……このような面倒な身の上であるわたくしに手を貸してくださる男性たちはいます。

 陛下の恩情を無視するのは、無力なわたくしがそのまま食い荒らされるのを黙認するようなもの。無知なわたくしにもわかる。わたくしに、少しでも味方を増やせればというご厚意。

 それが、陛下の周囲に波風を立て、貴族同士の軋轢を生むと分かっていても、陛下はその苦渋を飲んでわたくしを選んでくださったのだ。




 読んでいただきありがとうございました。

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