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母と娘

 あるべるは けっかいまほうを つかえなくなった テッテレー

 めのまえが まっくらになった。


 非常に由々しき事態です。

 これは、非常にまずい状況なのはわたくしにもわかります。

 唯一無二のわたくしの抵抗力がないのです。

 これはまだ誰にも話していません。アンナにすら。アンナなら……話してもいいけれど、離宮を囲っていた結界が壊れて以来、わたくしには常に複数の護衛とメイドがついている状態です。

 タイミングがつかめず、どうやって言おうかと頭を痛めています。

 アンナはわたくしのちらちらとした視線に何かを感じ取っているようですが、いつも手薄になる気配がありません……

 その、全く使えないわけではない気がするのです。誰かがいる気配は頑張ればわかります。建物構造チェックはかなり時間がかかればできますが……結界自体がうんともすんともできない。

 お医者様たちにも気づかれていません、ラティッチェの主治医が来てくださっていますが、常にメイドも控えているので迂闊な事を伝えられないわ。

 お父様がいないと思うと、今も急に足元から崩れてしまいそうな感覚に陥る。ふと見た花に、紅茶に思い出がよみがえって泣き崩れる。

 わたくしは感覚型の魔法使いです。理論よりも感覚で、イメージにより魔法を構築するタイプはピーキーで感情の揺れにも左右されやすい。

 メンタル雑魚なわたくしには致命的な欠点。まさか、この状況で魔法のスランプに陥るとは思いませんでした。理由なんてわかり切っていますが、治し方なんてわからないのです。

 内心悩みながら、時折悲しみに囚われて呆然としてしまうばかり。

 キシュタリアは守るといってくれました。それ以外の方も。でも、ほとんどは信用できません。わたくしは名ばかりの無力な存在です。

 くやしさと歯がゆさ――わたくしに何かできることは? とりあえず、気になって部屋に運んでいた本を少しずつ読むことから始めました。不自然でない様に、色々な分野の物を読みます。それこそ手あたり次第――本を読んでいる間は、没頭しているので哀しみはまぎれます。現実逃避なのかもしれません。

 そんなわたくしをみて、王宮から人がやってきました。

 これも王女教育なのでしょうか。

 慰めになればと送られてきたのは大量のドレスと宝石類。このドレスはどの王女が式典に使った、この装飾品はいつの王様がどのお妃様に贈ったとどこか誇らしげに語ってきます。

 なるほど――普通のご令嬢ならこの豪華絢爛な衣装や眩い貴金属に目を光らせてのぼせ上がる方もいるかもしれない。

 でも、わたくし目が肥えておりますの。

 こんな古臭い埃被りまくりのレトロデザイン好みではありません。

 というか、散々見飽きておりますの。ヴァユの離宮には、かなりの数の絵がかけております。歴代の王妃や王女たちの御衣裳、本当にお変わりなくて……歴史と伝統は解りますが目に焼き付き過ぎて食傷ぎみですわね。

 そもそも、お父様がお誕生日やことあるごとに用意してくれたものの方がずっと素敵ですわ。この顔が覆われそうなほどの大きさの超ど級なネックレスなど、どんな時に使いますの……? 美術館や博物館に展示するには見栄えするとは思いますが、普通の人がこんなまばゆいキンキラなものをジャラジャラつけていたら紅白歌合戦であるあるな衣装が凄すぎ・演出が凄すぎで歌や本人が頭や耳に入ってこない現象が起こりそうですが。

 鼻高々と言わんばかりにお話しなさる、御年輩よりの中年女性。

 アンナとベラが心なし冷えた空気を出している気がしますわ……

 えーと、たしかこの方は王宮の古株のメイドです。ベラよりは若いですが、本来ベラは年齢を鑑みればお暇を貰っていいくらい。女性の年齢をとやかく言うのは良くないかもしれませんが、やはり齢を重ねれば体に徐々にがたが来ますもの。この国には定年退職なんて言うシステム、ありませんしやめるとなれば……クビ、もしくは自己申告かが多いのですわ。

 何はともあれ、歴史あるキラキラジュエリーとドレスを持ってきたメイドはかなり鼻息荒く売り込んでいます。

 眼が血走っていてちょっと怖い。

 でも女性だからまあ何とか……それに、ちゃんと礼儀はありますし持ってきた品はともかく、歴史に含蓄に富んだ小話も悪くないのです。

 ドレスの趣味は受け入れい難いですが。

 どうしたのかしら、この方。何がしたいのかしら、この方。

 だんだんヒートアップしてきて、ドレスから歴代王族のスキャンダラスなお話を始めました。良いのかしら、この方。少し、いえ、ものすごくお話は面白くはありますの。でも、ちょっと間違えば不敬罪では……?

 でも、ドレスのお話よりずっと面白くありますの。ちょうど離宮の書架にあった本にも認められていた内容でもありますし。

 この方、この時代でいう歴女というものなのかしら。


「つまりは! このヴァユの離宮には歴代の王妃や王女たちの秘密の部屋があると言われておりますわ! どんな密会が行われたのでしょう! どのように歴史が動いたことでしょう! ああ、是非拝見したい! そうでなくても、その形跡、あった場所をアリのように這いつくばり見てみたい!」


 なるほど、このお方はわたくしではなくこの離宮を調べたくて来ましたのね。

 ですが流行には少々疎くて、でも若い女性が食いつきそうな話題として持ってこれたのがこのドレスは宝飾品。

 この熱意は、わたくしの考えた前世の品を何とか商品化しようと必死に説得しようとする商会の皆様を思い出しますわ……ジュリアスがわたくしをたまに転がし損ねたときに使う手ですわー。幼気ではないですが、熱意溢れる商魂ゴリゴリなパワーに圧倒されて良く頷いてしまった記憶が。

 身振り手振りで熱意を伝える様子は舞台女優のようですわ。ミュージカルにしては歌が少ないですが。

 ちょっと先代国王の王妃と側妃、寵姫を教えてくださるようお願いしたらまあでるわでるわ。詠唱かお経のように女性の名前がツラツラと出てきます。


「どちらがいいかしら?」


「二十七番目の愛人、のちの十四人目の寵姫ハリエット・メルゥスは踊り子で―――はい?」


「メイドと教師、どちらがよろしくて? この離宮で働きたいのでしょう?」


「まことにございますか!? やった! やりましたわー!」


 小躍りしながらぴょんぴょん飛び回る姿が、最初に来たちょっと厳しめな年配女性という雰囲気はなくなっている。

 そんな女性ことセシル・カルマンにベラが冷めきった氷河のような視線を向け、アンナはわたくしがいいというならばと無言です。


「メイドとなれば、わたくしに付き添っていただいて色々多くを見ることができると思いますわ。

 ですが教師となると特定の時間だけですわね、ただし」


「ただし?」


「教材として、ある程度の便宜は図っていただくようフォルトゥナ公爵や王家にも申し伝えますわ」


「教師! 教師で!」


 っしゃー、と両手を握りしめてガッツポーズ。

 なんだか、ちょっとだけジブリールに似ていますわ。カルマン女史は。


「あの、さっそくお聞きしたいことが」


「ええ、ええ! なんなりと!」


「この国の結界魔法について、歴史学的観点からでもいいの。どれくらいご存知かしら?」


 セシル女史は笑いました。悪戯っ子のガキ大将みたいに。淑女としてはあるまじきにやり、と形容してもいいほどイイ笑顔です。

 王都に来て碌な事がなかった。嫌な事ばかり。嫌な人ばかりとあってきた。


「お任せください、このセシル・カルマン! 伊達に歴史書と結婚した女とは言われておりませんわ!」


 生き生きと輝く榛色の瞳は、とても心強かった。








 久々といっていい程に笑みを浮かべ――ぎこちないもののいつもよりは明るい声で話すアルベルティーナ。

 ラティッチェの使用人たちと話すよりはだいぶぎこちないが、今までになく好感触だ。

 新しいお茶を用意が必要だろう廊下に出ると、うろうろと不安げなクリフトフがこちらに気づいてすっ飛んできた。


「ベラよ、本当にあのセシルをアルベルティーナに会わせたのか? 言っとくがあれは、その、たしかに知識量は豊富だが素っ頓狂だぞ? ヴァニア卿に並ぶ変人ならぬ変女だぞ? あの可愛いアルベルティーナの心労を倍増させないか?」


「いえ、わたくしの見立ては間違いありません。アルベルティーナ様はシスティーナ様やクリスティーナ様に劣らず、本来ならば好奇心旺盛の方でしょう。

 確かにセシルは結婚指輪の代わりに古文書を差し出されて飛びつく女ですが、人柄は腐っていません。人間としてのモラルはぎりぎり残っています。ヴァユの離宮に勤められるだけでも十年は忠誠を尽くすはずです。

 下手に権力に興味を持った人間より、別の欲望のニンジンにしか目のない人間のほうが姫様も安心するでしょう」


「問題大ありじゃないか?」


 不安しかないとクリフトフの顔には書いてある。


「クリフ坊ちゃま。アルベルティーナ様はなんとか自分で立ち上がろうとしていらっしゃいます。

 ……心身ともに薄弱な方と聞いていましたが、芯は強い方でしょう。ならば、その手助けをするのは私たちの役目です」


 それに、と言葉を飲み込みベラは思う。

 アルベルティーナの読書量とその幅は広い。一介の貴族令嬢は嗜み程度に詩集やその国の歴史や自分や婚約者の領地を覚える。中には勉学嫌いで、社交という名の遊び場に入り浸りの若い娘も多い。マナーすら疎かに、爛れた関係をもって失墜した人間をベラはいくつも知っている。無知はどんなことよりも恐ろしいことを招きかねない。

 遠回りでもいいから、殻から出して外とつながりを持った方がいい。そして、アルベルティーナの味方を作らなければならない。怯えてばかりだと搾取されるだけだ。


 ベラにはドーラという娘がいた。


 クリスティーナの幼馴染であり傍付きのメイドだった。

 ベラの家は代々フォルトゥナ家に仕えていたから、当然ドーラもそうなった。年もクリスティーナに近いからなおさらだった。システィーナとベラのように主従であり、友人といった良い関係を築ければと思っていた。


 だが、ドーラは違った。


 ドーラはなかなかに美しい娘だった。だが、慇懃の中に驕慢さが鼻につく性格だった。フォルトゥナ公爵家に仕える娘として、躾はしていた。貴族令嬢としての、使用人としての教養を学ばせていた。もし、もう少し自覚や謙虚さがあればそれなりの家に娶られていただろう。

 ドーラは野心があった。慎ましい幸せより、身の丈に合わない野心があったのだ。

 ドーラが男爵家からの縁談を蹴り、クリスティーナの嫁ぎ先についていくことには驚いた。その男爵は新興貴族であったが商家から成りあがったので経済力はあった。良縁だったにもかかわらずクリスティーナについていくと聞かなかったから嫌な予感がしていたのだ。

 フォルトゥナ家の勧めであった縁談を蹴ったドーラに、フォルトゥナ公爵家にいられるはずもない。ベラの顔にも泥を塗ったようなものだ。勿論縁談も無くなった。

 ベラは口を酸っぱくして誠心誠意クリスティーナに仕えろと言った。もしラティッチェ家から暇を出されても、今更フォルトゥナ公爵家でも働けないと。

 当然だとドーラは言った。ラティッチェ家で身を粉にして働くと言っていた。

 だが、とある使いに出されていたベラは、そこでたまたまドーラを見つけた。

 客を選ぶ一等地の高級ブティック。そこで執事を連れ、女性用のショールを熱心に見ているのはラティッチェ公爵だった。若き美貌の公爵は周囲の女性の視線を根こそぎ奪っていた。

 公爵は一級品と分かるショールを指さして並べさせて、お仕着せを纏うドーラに言葉をかけている。すぐ横のケースにあるほっそりとした華奢な手袋は既に決定済みのだろう。暖かそうなスエード素材で、手首には暖かそうなファーがあしらわれている。流行色のライトグレーとオフホワイトで迷っているのか、二つ並んでいる。もしくは両方か。

 ベラは安堵した。冷酷だと有名なラティッチェ公爵だったが、同時に妻を溺愛しているとも聞いていた。まだ肌寒くなる前だったが、誰に贈るなんてわかり切っている。

 フォルトゥナから輿入れした姫君が大事にされているなら、これほど嬉しいことはない。


だが、ベラは目を疑った。


ドーラは、仕えるべき主人の夫にあってはならない熱の籠った目を向けていた。

 ラティッチェ公爵のアクアブルーの瞳にはドーラはいない。ただの一人のメイドとしてしか映っていない。クリスティーナの好みにより合うものを購入するため、連れてきたのだろうというのは想像がつく。

 グレイルにとって、ドーラはおまけだ。いてもいなくてもいいおまけ。

 それは喜ぶべきことで、残酷だった。メイドとして、乳母としてクリスティーナを思えばこそ当然のことだが、親としてドーラを思えば苦い感情が広がる。

 だが、強いのは哀しみより怒りと羞恥心だった。あのドーラをクリスティーナの輿入れの際、古株だったとはいえ侍女として送り出してしまった。

 クリスティーナが亡くなり、暫くしてからドーラはラティッチェ公爵家からいなくなったという。

 後妻を諦めたのか、はたまた不相応な野望に身を焼き尽くされたのか――ベラは知りたくもなった。

 恋に破れ、仕えるクリスティーナを喪って憔悴して帰ってきたなら、まだよかった。他に愛する人を見つけて暇乞いをしたのなら、許せた。そうでなかったら考えたくもない。

 主人を裏切った使用人の末路など、碌なものがない。

 良くて手切れ金もなく、次への紹介もなくそのまま追い出される。

 最悪手打ちにされ、そのまま殺されることだってある。酷い時は、見せしめのようにされることだってあるのだから。


(ドーラのことを気にしても仕方がないわ……少なくともアルベルティーナ様は使用人にとても大切にされておられる方。とても愛されていらっしゃるお方よ。きっと、クリスお嬢様と同じように使用人を大切にする方のはずだわ。ドーラがよほどのことをしない限り手打ちにはしないでしょう)


 ただ、グレイルは解らない。

 ベラはため息をついて首を振る。ドーラだって子供ではない。物事の善悪の判断はつく年齢だった。


(至らなかったドーラの分も誠心誠意お仕えするのが私の仕事。クリスお嬢様の忘れ形見を、強欲爺たちの餌食にしてたまるものですか)


 決意も新たにベラは顔を上げる。とりあえず、暴走列車と化したセシルを後で〆て、お嬢様の嗜好を徹底的に覚えねばと息巻いた。







 読んでいただきありがとうございました。

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