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心に秘めた暗雲

 GWが終わってしまったので、更新速度が落ちる予定です。

 巣ごもりGWでした。


「いやー、よくできているね。使い捨てタイプとはいえ、これをあの箱入り姫様が? 血は争えないねぇ」


「ヴァニア卿、それはラティッチェ公爵の持ち物。遺産として夫人のラティーヌ様かご子息のキシュタリア様、もしくはアルベルティーナ様にお渡しするものです。

 間違っても解体しないでくださいね」


「わかってるぅ。クロイツ伯は気にならないのぉ? この手のもの大好物でショ?」


 ぷらぷらと既に力を開放して残骸化したくす玉のアミュレットと、まだ未使用のアミュレットを持ってヴァニアは振り返る。

 ヴァニアは貴族ではないので姓はない。貴族じゃなくても姓があるのは、過去に役職を与えられた平民や魔法使いなど家系、貴族に憧れてつけるようになった地域、または特定の名前が流行ってしまい識別が難しくなったなんていう場合もある。

 ヴァニアの質問に、一拍置いて据わった目をして振り返ったのはゼファールだ。


「好きか嫌いかといえば非常に興味深く耐えがたい誘惑を常に感じて居る所存ですが元の所有者は兄とは言え公爵家のものですので私には一切触れる権利はないのです。公式に最短で調べられるのは遺族の同意を得た後です。そうでないと窃盗及び遺物、器物破損でしょっぴかれますよ。一発でブタバコかトラバコにご案内です。私は美味しいご飯が好きで臭い飯なんざ食いたくないそんな暇あるならとっとと仕事を片付けて田舎の領地に帰るか魔道具と魔法の研究したい。いくら役職があろうが僕が上位貴族だろうが、相手は格上も上の四大公爵家のモノ。ましてや個人の品ですよ? 普通に考えて許可なしにどうこうはしませんよ。たとえ内心物凄く好奇心が刺激されていてもね」


「うわーノンブレスこわーい」


 多分、この魔法マニア気質がグレイルの危険センサーにかかったのだろう。

 普段は紳士的だし、ここまで露骨ではないが仕事が切羽詰まって煮詰まっているので、相当駄々洩れている。

 ゼファールはひとたびお茶会でもパーティでも社交場にできれば、彼を中心に女性たちの群衆ができるくらい人気の独身男性だ。物腰が柔らかくウィットに富んだ美男子。多少難アリの離婚歴も爵位と財力、そして美貌の前には霞むらしい。

 忙しさがゼファールの理性を殺しにかかっているにもかかわらず、下手に城内を出歩けばメイドをはじめご婦人たちが色めき立って、囲い込む。そして、良く言えばたわいもない、悪く言えば意味もない会話に付き合わされる。


「発動しなかった理由は……おそらく呪詛ですね。蝕まれた命を浄化するのは範疇外で発動しなかったのでしょう。発動しても効果を発揮できたか微妙なところです」


「んーっ、そう簡単に結論付けていいかな? 四属性を使った結界っていうのはあるけど属性自体が『結界』っていうのはレアケースだから編まれ方や構築のアプローチも違うねぇ。

 ずっと繊細で緻密で、それでいて強固だ。どっちかっていうと光や闇に近い質もある。

 ふふ、不思議だねえ。数百年に渡りサンディス王家に引き継がれた魔法。まさか、ここ数代直接の臣籍降嫁がない、一番権力に興味のないところに出てくるなんて皮肉だねぇ。

 王女だったシスティーナ様や、そのお子のクリスティーナ様にも王印も結界魔法の継承は聞いてないなぁ。目は王家のものだけどここまでくるとねぇー?」


 他の貴族は美しい笑みを模った仮面の裏で、陰惨に足を引っ張り合っている。

 今までも臣籍降嫁のあった家などで緑の目の子が生まれれば、この子供こそ王家に相応しいと張り合っていた。ラウゼス国王の王子と王女たちのうち、二人ほど緑の目を持っているが、王家の瞳ではないと元老会に認められていないからなおさらだ。二人とも四大公爵家―――大家であり王家の血筋の入っている名家の令嬢を婚約者にしているが、もし他所から王家の瞳が出ていたら乗り換えが起こってもおかしくない。我が子を王太子にするためなら、醜聞を醜聞とも思わないなりふり構わなさが今の王妃たちにある。

 先日、漸く目の覚めたアルベルティーナ。恐らく、自分の息子とどうにかして繋ぎたいと正妃のメザーリンも、側妃のオフィールも思っていることだろう。

 襲撃される前、謁見の間でアルベルティーナを見ていた二人の目はハイエナやハゲタカよりも鋭かった。繕い切れない粘着質な、それでいて獰猛な目線に気づいてしまった哀れな姫君は怯えていた気がする。


 可愛い、可愛い、可哀想なお姫様。


 一部の人間には、さぞ甚振りがいのある獲物に見えただろう。


 今までは、恐ろしい魔王が常に傍に控えていたから手出しできなかった。

 可哀想なお姫様は追い詰めれば追い詰めるほど、黄金の蜜を滴らせる。搾り取れば搾り取るほど、際限がないといっていいくらい。

 抵抗する力も、抵抗の仕方も分からないだろうことは、あの真っ青な顔から想像がつく。


「勿体ないなぁ」


 もし、王族でも大貴族でもなくただの平民か、もしくは下級貴族なら魔法使いとして大成していたかもしれない。

 ヴァニアの知る王女というものは、キーキーと耳障りで甲高い声を上げて、無駄に脂肪を装備してけたたましいほど派手なドレスと下品なほどの装飾と、ピカピカギラギラしたものを身に着けるのが大好きな生き物だ。

 元老会や貴族たちはアルベルティーナを見て、口をそろえて「あの方こそが、サンディス王家の王女に相応しい」と褒めたたえている。一年前まで、魔王の醜女姫だの、見るにも耐えない怪物令嬢だのと揶揄していたのに、現金なものだ。


「おーじょ様じゃなかったら、色々はなせたのになぁ」


 ヴァニアはマッドサイエンティストならぬ、マッドウィザードだ。

 だが、王宮魔術師の一人として必要最低限のマナーは知っている。実力はあれど若く、そして平民出の後ろ盾が心許無いヴァニア。ある程度うまくわたっていかなければ、研究費さえ下りないし、追い出される。それでも苦手なものは苦手なので、社交場でパトロンを捕まえられずなかなか好きなように研究できない

 アッシュグレイの髪に緑と金の混じったような玉虫色の瞳。魔力の強さが瞳の異色という形で表れた。その奇異な姿を両親にすら疎まれたヴァニア。

ちら、とみるのは自分と同じような立場であり、呪いに身を宿していたカイン・ドルイット――の成れの果て。魔溶液に満たされた大きな瓶の中で浮いている。既にこと切れた、人であったかも怪しい残骸にしか見えない。

 学園にいた頃のカインは好いた少女を憧憬と思慕を宿した目で追いながら、友人ができ、ルーカス殿下の後ろ盾もあり魔法の研究もかなり順調だった。呪いも弱まったのか、少し成長が進んだ。

 それが、いつのまにか暗い目で背中を丸めとぼとぼと奴隷のように少女の背中についていくだけになっていた。

 金を握らされた兵が時折ひっそりとカインを連れ出すのをヴァニアは知っていた。

 まあ、厳重な魔法具で彼のお得意の魔法は封じていた。大したことはできないだろう。魔法を使えないカインなど、ただの非力な子供だ。だが、魔力まではなくしていない。


「あーあ、カワイソ。哀れなカイン・ドルイット。普通に考えればわかるよね、あの女。自分しか大事じゃない、典型的なタイプだよ」


 最後まで使い潰され見離されたカイン・ドルイット。

 呪われた体をもちながら魔法に愛された天才少年。

 その魔法の才能が羨ましく、憎く、妬ましかった。

 冷たい溶液の中で、標本として浮いている。弔われることもなく、墓にはいることもなく彼は研究者たちに稀少な症例という見世物となって終わるのだ。

 もし、出会う相手が正しく彼を導いて愛していたなら、彼は冷たい溶液の中でなく栄光の中にいたかもしれない。







 ヴァユの離宮では、漸く入れるようになったこともあり庭の一部が綺麗に整えられている。少々まばらで草の伸び始めていた芝生は、綺麗に刈り取られて均一になっていた。

 チャッピーは確認するように足を動かして、芝生を踏んでいる。感触が面白いのか上機嫌に歌っている。

 あまりに部屋にこもっていても、体に悪い――かといって余り外に出過ぎるのもいけないからテラスでお茶を飲むことになった。

 麗らかな温かいテラスは、周囲にガラスが張られている。温室のようになっており、ガラスは開け閉めができて温度調節がある程度できるようになっている。

 少し離れたところで芝生を堪能していたチャッピーだが、アンナがケーキスタンドを設置すると戻ってきた。

 わたくしの足元にくると、チャッピーは両手を広げて抱っこをせがむ。少し周囲を見渡すとハニーはいない。取り敢えず膝に乗せようとしたが、アンナが無言に別へ移動させる。

 そこにはちょっと分厚いマットがあって、犬のエサ入れのような容器にお水とペットフードが用意されていた。


「お嬢様、動物に人間の食べ物をやるのは病気の元です。今からでも躾なければなりません」


 チャッピーはちらりとアンナを見て、フードトレーとわたくしのテーブルを見比べる。しかし、アンナの毅然とした態度を見て取り付く島なしと判断したようだ。背中を丸めてぽり、ぽりと物悲し気な音を立ててペットフードを摘まんで食べ始めた。

 そもそも動物ではなく妖精や精霊に近いはずのチャッピー。散々人の食べ物を上げていたのだから、今更ではないのでしょうか。

 チャッピーも、結局お父様に紹介できなかった。可愛らしいわたくしのお友達。

 もしも、と想像する。

 きっとお父様は少しだけ困った顔のまま優しい目で「仕方ないね」と許してくださる。そして、ラティッチェに連れいったら自慢の庭を一緒に散歩して、時々転んでしまうチャッピーを抱き上げるのだ。花の香りにつられ、庭に蝶がひらりひらりと良く舞っている。チャッピーは好奇心が旺盛だから追いかけそうですわ。


「なにも、何もできなかったわね」


 王城に連れていかれなければ、お父様につられて謁見の間に来なければ、魔力切れを起こさなければ、先に逃げていれば――後悔は先に立たず。その通りだ。

 音も無く頬を伝う涙はもう慣れてしまいました。

 折角アンナが用意してくれたティーセット。屋敷にいたころは毎日が楽しみで、何が出るとワクワクしていたものです。涙に歪んで、霞んでいきます。

 その時、誰かが少し離れた場所で膝をつく。

 少し驚いてみれば、そこには庭師の老人が居ました。


「ご無礼を承知でお伝えしたいことがあります。お嬢様、少々お見せしたいものが」


「ええ、よろしくてよ」


 本来、庭師が声をかけるなんて許されない。でも、彼はラティッチェ公爵家からの付き合いで信頼しているし、それにここはプライベートな場所だ。わたくしが許せば、咎めるものはいない。

 涙をぬぐい、笑みを作った。

 おじいさんはスッと立ち上がった身のこなしは意外と軽い。あら?


「腰は大丈夫? この前随分大きなものをもっていましたが……」


「火事場の馬鹿力というやつですな。大丈夫ですぞ、お嬢様に気にかけてもらえるとは、この老体も悪くないものですな」


 白いお髭のもっさりと生えたお顔はサンタクロースに似ている。そのお髭がふがふがうごいて、目がちょっと細くなる。笑っているようですわね。腰を痛めていないならよかったですわ。

 この庭師はアグラヴェインという元は兵士の一人で、腰を痛めて引退したそうなのです。以前持ち上げていた斧はずいぶん大きかったですし、力持ちで名をはせていたんでしょう。


「これを。公爵邸から持ってきました」


「……レイヴンの……薔薇?」


「ええ、あの騒ぎでちっと弱っちまいましたが、何とか持ち直しました」


「まあっ! 蕾がこんなに!」


 頷くおじいさんに、わたくしは駆け寄る。恐る恐る近づけば、まだ蕾は堅そうですがしっかりとあります。

 ピンと張った茎や瑞々しい葉っぱはきちんと手入れをされているというのが判る。


「あの襲撃さえなきゃ、もっと早くお見せできたんですが」


「何色が咲くのでしょうか、あの、心なし蕾の色が違うような気がしますわ」


「恐らく虹薔薇です。咲いてみなきゃわからんのですが、色とりどりの花が咲くって珍しい薔薇です。まあ、色とりどりの種類が庭師の腕の見せ所ですな」


「ふふ、楽しみにしておりますわ」


 なんでも、あの襲撃の余波で、最初にできた蕾はぽっきり折れてしまったそうです。

 本当に碌なことしませんわね、ヒロインさんは。レイヴンがわたくしの為に貰ってきてくださったものです。あの子が、わたくしの為にというのが嬉しかった。

 レディが薔薇をはじめ、花を貰うのは珍しくないことですわ。貴族ですもの。でも、あのちょっと人の感情の機微に疎い子がわたくしの為にと苗を貰ってきてくれた。袋に土をいれた素朴な苗は、どんな花束よりうれしかった。

 あ、お父様やキシュタリアやミカエリスは除外ですわ。だって家族と幼馴染ですもの。

 たまにですが、商談に来たはずの男性がわたくしに花束を持ってきます。その、正直引きますわ。商談の場に何故花束。しかも突き刺さる熱視線。下心満載ですわ……まあ、ラティッチェ公爵家はネームバリューも財力もピカイチですもの。お近づきになりたいのは解ります……

 魔王などと他所で恐れられるお父様に、社交界で精力的に動くラティお母様、次期公爵として優秀なキシュタリア、そして箱入りポンコツお嬢様のわたくし……うん、狙いどころなんてわかり切りですわ。

 ですが、そんなことをした方は、次から来なくなりますわ。かといって花に罪はないのでジュリアスやセバスに預けるのですが……そういえば、その花がわたくしの部屋どころか、屋敷の中に飾られているのを見たことないですわね。


「この花が咲いたら、教えてくださいまし」


「ええ、咲きましたら朝摘みをご用意します。お切りして、部屋にお持ちしますよ」


「いえ、そのままを見たいの。ダメかしら?」


「いえいえ、喜んで。こりゃあ大仕事ですな!」


 嬉しそうなおじいさん。第一印象こそは体が大きくて寡黙でちょっと怖かったけれど、わたくしがアリの観察をしていようが、花冠づくりに勤しみ手を緑に染めても心配してすっ飛んでこない人でした。わたくしにとって過保護すぎずに、令嬢モードをちょっとログオフしてまったりしたいときにありがたい存在でした。

 わたくしは、もうあの屋敷の裏庭のクローバーに触れることはできないのでしょうか。

 でも、この薔薇で心が少しだけ満たされます。お父様のいない穴はまだぽっかり空いています。

 レイヴン……元気でいるでしょうか。その、もしかしたら近くにいるのではないかなとは思った時期はあります……でも、はっきりと姿を見たことはないのです。物音すらないのです……

 結界魔法の応用で周囲を詮索できるのですが、あれで確かに誰かいるというのはひっかかるのです。全く嫌な感じはしないので、多分レイヴン? という感じです……

 ですが、一つ問題が……


 わたくし、結界が張れなくなってしまいました。

 途中までできるのです、その周囲の把握や感知までは……ですが、構築ができないのです。

目が覚めてから結界魔法が使えなくなってしまったのです。








 書籍化は一迅社様にて進行中です(*- -)(*_ _)ペコリ

 色々メッセージありがとうございます。

 現在感想欄を折りたたみ検討中です。5月中かキリが良くなったらと考えています。

 たくさんの温かいメッセージは今後も読み返して励みにしたいと思っています(*- -)(*_ _)ペコリ

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