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絶対者の死

 襲撃編最後です。


 お父様を乗っ取った呪いの魔物は、徐々に勢いを無くしている。倒されるのも時間の問題だった。いつの間にか、ジュリアスも戦闘に加わっていた。魔物を束縛したり、攻撃したりする直前に強化魔法を行使している。そのタイミングが絶妙で、彼が如何に周囲に目を配っているかがわかる。

 止まる気配のない攻撃に業を煮やしたのか、魔物が近づく人間にやたら滅多ら突進をする。だが、ジュリアスの束縛魔法に足をとられたたらを踏んだ。キシュタリアの土魔法のゴーレムでさらに押さえつけられて動きを封じたところにミカエリスが足を切り落とし、体をぐらつかせた魔物の肩口にフォルトゥナ公爵が斧をめり込ませた。


「あ……っ」


 自分の悲鳴が喉に張り付く。魔物が小さく呻きを上げ、巨体を床に沈める。二三度、起き上がろうとのたうちまわったが結局伏したままであった。

 静かになった魔物に、あちこちから安堵と歓声が上がり始める。

 そのとき、魔物が凄まじい跳躍を見せて、私の目の前に躍り出た。

 一瞬の出来事だった。

 魔物のすぐ背後には肉薄するように、今まで見たことの無い形相をしたミカエリスが剣を振り上げている。魔物の足が一本ない。既に切り落としたが、それでも間に合わなかったのだ。だが、二撃目は間に合わない。それは素人の私でも分かった。

 魔法を放ち、腕を伸ばした状態のキシュタリア。拘束しようとした魔法は途中で途切れている。薙ぎ払われたのだろう。直線上にいる私を考えれば、強力な魔法を行使できない。巻き込まれるからだ。

 いつも冷静なジュリアスが、仮面のような表情を削ぎ落してこちらを凝視している。魔物にやられたのか、先ほどいた場所から大きく移動して叩きつけられたようになっていた。

 フォルトゥナ公爵が、血まみれで魔物の残った片足にしがみついていた。

 クリフトフ伯父様が私を抱き込むように庇い、ジブリールが身を呈そうとする。

 僅か一瞬なのに、スローモーションに見えた。

 だが、私はどこかで思っていた。お父様と同じ場所に行けるなら、お父様に与えられる死なら穏やかに受け入れられる。後悔はしない。

 無意識に笑みを浮かべながら振りかぶられる魔物の腕を、巨体を眺めていた。首のない歪な異形。温度の分からない質感の肌。どれもこれも、記憶のお父様とは重ならない。

 轟音と振動、そして悲鳴が響く。

 来ない衝撃と痛みに、目を開けば目の前には魔物がいる。

 だが、それは黒装束の人間を握りつぶしていた。

 顔もなければ口もない、知性も意思もないと思っていた魔物が俄かに絶叫をした。首に当たる部分から歪な歯列が生えて咆哮を上げたのだ。

 人の物とも獣の物とも違う、びりびりと響くその歪な大音量に、誰もが竦みあがる。

 まだ無事な、空いている片手で私を庇うように添えて、次から次へとくる人間を叩きのめす。

 黒装束の人間は、前世で見た忍者にも似た風貌であった。飾り気のないナイフや剣、そして小型の爆弾を投げつけるがすべて片手と、その巨躯をもって遮断した。

 魔物の足に捕まっていたフォルトゥナ公爵は茫然と魔物を見上げる。

 ジブリールも、クリフトフ伯父様も呆然と私を庇護するように暴れる魔物を見た。いつの間にか私を狙っていただろう黒装束の集団はいなくなる。

 あるものは叩き潰されぺちゃんこになり、あるものは投げつけられて全身をおかしな方向に捻じ曲げられている。磨り潰されるように床に塗りたくられているなにかも、その一つ。五体満足の死体のほうが少ない程の苛烈さだ。

 その暴れ方は今までで一番だった。まるで、この魔物は激怒しているかのよう。


「それが貴様の本心か……グレイル」


 フォルトゥナ公爵は膝をついて項垂れた。自由になったにもかかわらず、魔物は動こうとしない。警戒するように歯を打ち鳴らし、周囲を無い目でねめつけている。

 動揺する周囲はわたくしを心配そうに見ながらも、突如動きを変えた魔物に戸惑いを隠せない。くぐもった呻きを上げた魔物は、ややあって再び倒れた。

 最後まで私を庇うように、体を横に倒して。

 私はすぐにその体に縋った。空っぽの体は魔法を使うどころか、魔力を巡らすことすらままならない。それでも、大きな傷をふさごうと手を添えるがとめどない黒い液体が出てくるだけだ。

 完全に力尽きた魔物は、どろりと黒い体が解けていく。そして、その中から首のない男性の遺体が出てきた。

 あの魔物は、素体に大きく依存する。カインの時は僅かに残った意識から、私を殺すことに激しい執着を持っていた。

 では、あれは――頭を取り外され、体だけを素体としたお父様を素体とした魔物は。

 ずっと、ずっと、最後まで、魔物になっても、魔力の精魂尽き果てるまでずっと何よりも優先していたのは。




「ぁああああああああ―――っ!!!!」




 慟哭が響いた。








 ありとあらゆる衝撃が重なり続け、ついにアルベルティーナは倒れた。

 不慣れな王城に軟禁状態だったのも十分彼女を苛んでいただろう。

 しかしそれを上回るような、これ以上にない悲劇が彼女を襲った。

 最愛の父親である公爵の死。それも、目の前で首を切り、その体が魔物になるという悍ましいものだった。

 グレイルとしては、魔物化は食い止め切れずともその魔物を弱体化するためにとった手段であろう。それは実に功を奏し、残った戦力で倒すことができた。そして、呪いのおおもとがカインからグレイルに移動するに伴い、グレイルの魔法による呪いと素体の融合の阻害、魔力の封殺が加わり、呪いの感染や伝播は消えた。

 それでも魔物は十分に脅威だったが、知性のないと思われていた魔物が、騒動に紛れてアルベルティーナに襲い掛かる暗殺者を蹂躙した時は愕然とした。

 魔物は自分より何よりアルベルティーナを優先した。

 それは、口先だけでない愛娘への本心であることは疑いようがなかった。

 冷酷無比の魔王と謳われた美貌の公爵。その凄惨な末路でありながら、家族への深い愛情を見せつけた。その美談でありながらも余りにも凄絶な最期。それは緘口令を敷いても広まった。

 ラウゼスはこの件に酷く憔悴しながらも、いくら彼の性格や言動に問題があっても国に多大な貢献をし続けたグレイルを英雄として国葬することとなった。また、討伐の一番の功労者もグレイルだった。

 事件の悲惨さ、そして大きさと被害を考慮しての結果でもあった。

 もちろんその裏で、呪われた魔道具に関わった貴族が何人も処刑された。

 次期王太女と名の上がっていたアルベルティーナ。その絶対的な後見人ともいえる父、ラティッチェ公爵。その死は様々なところで波紋をうんだ。

 現時点では、祖父であり同じ四大公爵家のフォルトゥナ家が次の後見人候補として挙がっている。血筋的には問題ないが、もともと大きかったラティッチェとフォルトゥナを密接となり一つの勢力に纏めるのはと難色を示すものも多かった。だが、それ以外ではもっと大きな不満が出るので変わらないだろう。

 現在のアルベルティーナは魔力の枯渇と精神疲労が重なり、昏睡状態だという。

 それに伴い、ヴァユの離宮の結界も消えた。

 元老会は喜んでいたが、ラウゼス王は痛ましげに眉をしかめた。

 グレイルの遺体は一度浄化を施され、万一にも呪いが再び動き出さない様に厳重な処置が施された。

 遺体の処置に一週間。さらにその後、一週間に及ぶ国葬の間にもアルベルティーナは目覚めず、医師や王宮魔術師が何度も往診した。しかし、皆が口をそろえて「精神的なものです」と口をそろえる。

 もしやアルベルティーナは目覚めないのではとざわめきすら広がった。

 アルベルティーナが目の当たりにしたもの。うら若い令嬢が見る肉親の死は、余りに鮮烈で壮絶だった。アルベルティーナはさらに悲劇の令嬢として貴族だけでなく、一般の国民からも深い憐憫の的となった。









 キシュタリア視点



 魔物との死闘後、改めて父親と対面したアルベルティーナの狂乱は酷いものだった。

 喉が張り裂けんばかりの慟哭を上げ、遺体に縋り付いていた。

 豪奢な衣装が血や埃で汚れようともグレイルから離れようとしなかったし、手に持った首を離そうともしなかった。

 声がかれ、涙で頬をまだらにさせながらもすすり泣きをしたまま離れようとしない。

 あまりにも早く唐突の死だった。絶大な信頼と敬愛を寄せていた父親の死。

 嘆きを叫び続けて、そのまま壊れてしまいそうなアルベルティーナ。

 このまま遺体に縋らせている訳もいかず、離れるように促したが激しく拒絶された。祖父のフォルトゥナ公爵は、自分が疎まれているのを理解して嘆き続ける孫を痛ましげに見る。声を掛けようと何度もしていたが、掛ける言葉が見つからずにその手が何度も上がりかけては降ろされる。その息子のクリフトフも強引に引きはがすこともできず途方に暮れた。下手に近づけば酷く拒絶されることは、既に元老会の翁達やダレン宰相で実証されきっていた。むしろ、ますます頑なとなっていた。


 だが、義弟のキシュタリアは拒絶しなかった。


「父様を休ませてあげよう」


 その一言で、はっとしたようにアルベルティーナは顔を上げた。

 父親と似たアクアブルーの瞳を見返し、どこか虚ろな緑の瞳はとめどない涙を流していた。

 そんな表情すら美しい義姉に手を伸ばすキシュタリア。髪を撫ぜ、頬に触れる。


「アルベル、父様は綺麗好きだし、お洒落だったでしょ? いつまでもこのままじゃきっと嫌だろうし」


 ね、といつものように諭すキシュタリア。その笑みは優しい。

 その言葉はもっともだった。ボロボロの遺体を見下ろしたアルベルティーナは、ややあって頷いた。

 アルベルティーナの手に持っていた頭部。まだ薄っすら瞼が開いていたのを伏せさせて、その手から貰い受けるキシュタリア。アルベルティーナは抵抗しなかった。

 そろそろと手を伸ばし、グレイルの乱れた髪を直す細い指。意外なほどアルベルティーナの手は綺麗であった。グレイルの死に顔が驚くほど穏やかで微笑んでいるようにも見えるほどで、不思議な神聖さを感じた。

 グレイルはもともと公爵であり身綺麗なのは事実だが、清潔と身だしなみに力を入れるようになったのはアルベルティーナの関心や興味からきたものである。

 グレイルの唯一だったアルベルティーナ。

 常日頃から、アルベルティーナの為ならなんだってすると言っていたグレイル。

 こうも徹底的に見せつけられ、呆れを通り越して感服する。

 幼子のような無防備さ。無心に慈しむようにグレイルの髪を整え、ややあってその手を降ろした。

 同時に、アルベルティーナはふらつく。ぐらりと体が傾ぐがそれを見越したように後ろから支えるのはジュリアスだった。


「キシュタリア様、ありがとうございます……助かりました。あのままではグレイル様を腐り落ちた骸になっても離さないかと」


「大本は叩いたと言え、父様の遺体の一部といってもこんな危険なものをアルベルに持たせられない。

 アルベルティーナに信頼されている中で遺体を引き取るならば義弟で、公爵子息の僕が一番適任だ」


 キシュタリアはそういって、グレイルの顔を見下ろす。

 今にも目を開きそうなほど、顔だけは綺麗に残っていた。魔物に余計な知恵を与えないよう切り落としただろう首。その重さと冷たさが、現実を思い知らせる。


(効率主義なあの人らしい……自分の命すらここまでするのか)


 結局、一度も勝てなかった。魔法も、剣も、知識も――あらゆるものが。


「勝ち逃げだなんて……ずるいよ、父様」


 恐ろしい人だった。

 キシュタリアなど、愛してもいなかっただろうが他の人間よりは余程目を掛けてもらっていたことは知っていた。

 そもそも、キシュタリアをアルベルティーナと比べるのがおかしいし、烏滸がましい。

 貧乏男爵の愛人の末息子。当時のキシュタリアにあったものは膨大で、コントロールできない凶器のような魔力だけ。唯一ある魔力すら、己の立場を苛んだ。

 義母や異腹兄だけでなく、実父にすら疎まれ蔑まれていた。

 母のラティーヌと狭いぼろぼろの小屋で身を寄せ合っていた。

 そんなところにいた、蔑まれて消えるか野良犬のように裏路地を這いずる未来しかなかっただろうキシュタリア親子を見つけたのはグレイルだった。

 魔力暴走という顰蹙するような事件を起こした、厄介な子供の自分を手元に置いて育てようと決めたのは紛れもなく義父だ。

 初めて知る、母以外の他人からの愛情をくれたのはアルベルティーナだ。そのアルベルティーナへの奇跡のような出会いのきっかけは、もとは彼の気まぐれだった。

 偉大すぎる義父。あらゆるものが一流。すべてにおいて天才。

アルベルティーナの身を溺愛し続けていた。その偏執じみた重圧の愛情。そのおまけにキシュタリアを眺めていたような人だった。

 畏怖と羨望と敬愛。

 学ぶことを、強くなることを望めば湯水のように金銭を惜しまずにその手はずを整えてくれた。


 一流の教師、最先端の教本、国一番の学園。


 極上の教養と知識、そして実践で使える能力。


 望めば機会を惜しむことなく用意された。


 幼い頃、酷い時は寒い床で固くかびたパンをかじっていた。


 貧乏男爵家の当主に、母は気まぐれで伽に連れていかれ一人ぼっち。


 腹違いの兄に水を浴びせられ、凍えながら部屋の隅でうずくまっていた。


 いまでは、サンディス王国で指折りの貴公子といわれるキシュタリアの過去を誰が想像しているだろう。

 貴族どころか平民以下かもしれない、奴隷のような生活。

 卑しい血と罵る人間は少なくなかった。子供だからと堂々罵るものもいれば、扇子の裏で顔をひそめて言われることもあった。

 最初は悔しかったし、その通りだとも思っていた。

 だが、手を上げられることなど滅多になかった。あっても、すぐに義父に叩き潰された。

 その容赦のなさに大きな恐怖と同時に、ほんの少しだけ守られているという安堵があった。

 キシュタリアを育ててくれた人。 

 水よりはマシ程度の他人のような遠縁だったのに、一歩間違えば人間兵器のようなキシュタリアを引き取ってくれた。


 ラティッチェ公爵家に来て、初めてお腹いっぱい食べた。


 新品で着心地が良い仕立ての服を着た。


 雨風が隙間から入ってこない、自分だけの部屋に清潔な寝具と調度品。


 自由に屋敷を歩くこと、喋ることも、笑うことも許された。


 自分ではどうしようもない出生を嘲笑わなかった。怠慢には厳しかったけれど、意欲や姿勢は評価してくれた。結果が伴えばご褒美すら出た。約束を守ってくれた。母を、ラティーヌを守ってくれた。



 遠くても、実の父よりよほどグレイルのほうが父親だった。



 恐ろしくて、遠くて、どこまでも巨大にそびえたつ壁のような人で――誰よりも憧れと尊敬を抱いていた。





 遺体の検分は一週間にもわたった。

 首から上は呪いに侵されていなかったため、防腐処理だけだったが首から下の四肢や胴体は損傷も多ければ呪いの影響も強かった。入念に浄化を施されたという。そして、遺体とはいえ英雄だからとしっかりと遺体は治されていた。

 それに立ち会ったのは魔法に精通している王宮魔術師たちと、グレイルの弟のゼファールだった。特にゼファールは稀少な聖騎士の資格すら持つ上位の聖魔法や光魔法の使い手だった為ずっとかかりきりだったという。

 隣国や教会から聖女や聖者、聖騎士の資格のある人間を派遣することも可能だが、ゼファールに頼んだ方が確実かつすぐにできるので当然といえば当然だ。

 ミカエリスは彼の書斎の夥しい書類の巨塔を見たという。

 同じ伯爵同士、顔見知りで交流もあったということもあり、同情していた。

 ここ最近、家族思いの彼は、虚ろな目で子供をはじめとする家人に会いたいと嘆いていたという。

 だが、兄の遺体を放置できないと疲れ切った体を押して浄化に取り組んでくれたのだ。

 彼本人には会えなかったが、義父を喪ったキシュタリアに弔意を伝える手紙が来たとジュリアスから聞いた。まめな人である。


 アルベルティーナはずっと目覚めない。


 泣きはらしたまま気絶し、様々な分野の人間に診られたが精神的な要因が大きいだろうというのが共通の見立てだ。

 キシュタリアは怖かった。

 グレイルを喪った。そして、アルベルティーナまで失うのはないだろうか。

 あのように衝撃的な場面を見た、繊細で柔らかなアルベルティーナの心の傷はどれほど深いだろう。

 正気でいるだろうか。

 心を壊していないだろうか。

 心をふさぎ切っていないだろうか。


 自分も死んでしまいたい、などと思っていないだろうか。


 自分ですら、こんなに胸に虚ろな穴が開いたような、足元が崩れ落ちそうな気持ちなのに。

 グレイルの寵愛を一身に受け、そしてグレイルをだれよりも愛していたアルベルティーナ。

 外では畏怖される魔王でも、アルベルティーナにとっては最愛の父親なのだ。

 一週間かかる国葬を終えてもアルベルティーナは目覚めない。

 現実を拒絶するように。

 フォルトゥナ公爵家はアルベルティーナの心身の安寧を第一に考えてくれているようで、アルベルティーナを見舞える人間はごく限られていた。大前提として、あの結界を通れる人間であった。

 フォルトゥナ公爵ガンダルフは、グレイルと遺恨があった。

 強引に王宮に連れ去ったアルベルティーナに対する懺悔もあったのだろう。アルベルティーナへの配慮を最優先にしているのが分かった。

 それに伴い、ラティッチェの使用人は何人か宮殿入りを許された。

 傍付きを許されているアンナの神経は最高潮に尖っている。

 ジュリアスもついているが、男性ということもありメインはアンナであった。未婚の若い女性で、過去の出来事から肌を見られるのを極端に嫌うアルベルティーナへの忠義深さによって選ばれた役目でもあった。

 グレイルの急逝、そして葬式後は非常に忙しかった。

 義息子でまだ成人していないキシュタリア、そして元は貴族でない公爵夫人のラティーヌにたいしてここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる人間が増えた。

 連日、今まで媚び諂っていた分家がラティッチェ本宅や、王都のタウンハウス、商会などに顔を出して我が物顔をしようとし出したのだ。

 ラティッチェ公爵家に深い忠誠を誓う使用人たちのいる本宅は揺らがなかったが、商会の支店では戸惑いが広がった。基本セバスやラティーヌがいれば追い払えるが、元が平民の商人たちや職人たちのいるところではかなり対処に苦慮したという。中には、自分こそがラティッチェ公爵家の正統な後継者だと嘯いて、商品をごっそり持ち出すという被害もあった。

 もちろん、やられっぱなしのキシュタリアではない。

 戸籍上、正統な後継者としてキシュタリアはラティッチェ公爵家に迎えられている。

 グレイルが血統主義ではないのは、彼の保有する軍や使用人の傾向を見れば明らか。

 いくら分家が濃いラティッチェ家の血筋を持っていようとも、現段階では権利がない。やっていることは泥棒なのだ。しかるべき手続きを申し出ている。

 合間を見て何度も離宮にいるアルベルティーナを見舞ったが、白い顔から涙の腫れはすっかり引いた。だが、目覚める気配は一向にない。

 だが、キシュタリアは歩みを止めない。

 義弟として長く傍に居た。悲劇の令嬢でもなく、王太女候補でもない真実のアルベルティーナを知る人はほんのひとつまみ。その中に自分がいる。

 目が覚めたアルベルティーナを支える人間も、信頼を得られる人間も――残酷な現実を告げなければいけないのも。

 この騒動で、ラティーヌはますます本宅から出られなくなっている。

 葬儀には参加したが、手続きを大急ぎで終えるかというところで、ラティッチェ領へとんぼ返りした。分家の馬鹿がまたデカい顔をして騒いでいるというありがたくもない報告が来たのだ。セバスはキシュタリアについて当主代行で優先順位の高い仕事をこなしながらも、葬儀に参加していた。

 国葬であったので、喪主は国王陛下だった。アルベルティーナは臥せっていたが、目覚める気配がなく予定通りの葬儀となった。

 そんな間でも報告は上がる。本家当主の葬儀にも参加せず、実に精力的な活動をしてくれている馬鹿の相手をしなくてはならないのだ。

 アルベルティーナが目を覚ます前に、少しでもより多く危険な芽を潰すことに余念がなかった。




 読んでいただきありがとうございます。


 お父様の人気にびっくりです……一話で100以上のご感想を戴いたのは初めてです。

 もう読むの辛いとおっしゃる方も。そこまで愛していただけるキャラクターを描くことができたと喜ぶべきか、ストーリー上の肝なので脱落させてすみませんと謝るべきか。

 今はつらくとも、思い出した時に読んでいただければ嬉しいです。

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