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出迎え

 アルベルとフォルトゥナ公爵家再び。

 相変わらずPTSD状態のアルベルです。きっとおじいちゃん内心泣いている。自業自得だけど。


 お父様がお戻りになる。

 私は今までの憂鬱が吹き飛んで、あっちへうろうろ、こっちへそわそわと浮足立ってしまいます。


「ア、アンナ! このドレス可笑しくないかしら? 髪型、変じゃない?」


「お嬢様はいつでもお美しく大変可憐でいらっしゃいますが、今日はまた一段と眩いばかりでございます」


「本当? お父様が久々にみたわたくしが草臥れていてがっかりしたりしない?」


 今までも生活必需品とともに、ドレスは何着も運ばれていた。

 でも、ラティッチェ公爵邸のクローゼットにあるローズブランドのお気に入りのドレスではなく、王宮に入るため検閲を通ったドレスのみ。

 王太女が着るに相応しい格式と、豪奢さのある品位あるドレスとやらなのですわ。

 ありていに言うと、レトロ。古臭い。アンティークにも程がある。悪い意味で。

 要はコッテコテのロマンティック系のプリンセスラインドレスばかり。

 普段着に使える簡易ドレスはそこまで厳しくありませんでしたが、それなりの場にまとっていけるドレスはかなり古めかしい形式に則ったものだけでした。

 歴史あるといえばいいのですが………なんといいますか………その。

 あれです。

 どれもこれも、どこかで見たことあるような王家の肖像画のデザインをほうふつとさせるものなんです。

 わたくしは、サンディス王家の人間になった覚えはありません。

 わたくしは、アルベルティーナ・フォン・ラティッチェです。

 ラティッチェ公爵家の人間ですわ。

 サンディス王国の色といえるでしょう緑のドレス。深い色合いではなく、まだ淡いペールグリーンなだけマシですが………なんか思惑が透けて見えるようで嫌ですわ。

 むー………お父様にお会いするならローズブランドのドレスがいいですわ。お父様の目のお色であるアクアブルーとか。

 私の内心の不満を感じ取ったのか、苦笑を浮かべるアンナ。

 ですが、久々にはしゃいでいる私にその目は優しい。


「……このティアラ、つけなくてはいけませんの?」


「はい、御衣裳とともに指定が来ました」


「チャッピーにあげてはダメでしょうか。ほぅら、チャッピー? ピカピカの帽子よー?」


 チャッピーに髪はないので止めるのは難しそう。

 プラチナらしき眩い輝きには、大粒のダイヤモンドとサンディスライトがちりばめられていた。キラキラと目つぶし並みに輝いている。普通に重そう。

 チャッピーに差し出すとはしっこをあぐあぐと甘噛みして「いらない」とばかりに返却された。そうですか、いりませんか。あ、ちょっと歯形が。まあいいか。

 どーせ端っこはわたくしの髪で隠れますわ。

 余り受け付けないドレスですがお父様に会うためです。我慢いたしますわ。

 お父様に会える、と露骨なほどのニンジンをぶら下げられて私は浮かれまくりです。

 ………実はわたくしをおびき出す嘘とかではないですわよね? 陛下までそんな嘘をつくとかないですわよね。

 内心ドキドキしていたけれど、あの後会いに来てくれたキシュタリアは間違いないといってくれた。

 ミカエリスやジュリアスにも日取りと時間に不自然な点がないか入念に確認したらしい。


 ………三人とも、びっくりするほど陛下というか王家に対する信頼度の低さよ……


 わたくしが言えた義理ではないわね。

 当日、部屋には正装を纏ったキシュタリアたちが迎えに来てくれた。

 お父様の出向いた討伐は相当熾烈だったようです。そこには色々とトラブルも続出していたようですわ。キシュタリアが言葉を濁していたので、深くは追及しませんでした。

 ふとミカエリスがじっと私を見ていた。


「どうかしまして?」


「あ、いや……その、気分を悪くするかもしれない。なんでもない」


「なんですの?」


 気になるでござる……その濁し方のほうが気になるでござる。

 私がジィっと見つめ続けるとミカエリスは折れた。


「その姿であると、余計にシスティーナ様に似ていると思ったのだ。丁度、そのドレスを纏った肖像画が回廊にあるのです。その、登城する人間なら一度は目にしたことはある場所なので……」


 滅茶苦茶脱ぎたくなりました、このドレス。

 いや! もういや! なんで皆さま、私をおばあ様とお母様に重ねますの!?

 お父様は除外です! だって夫婦ですもの! しゃーないですわ! でもなんで周りも揃いも揃ってそんなに面影を重ねますのーっ!

 むすっとした私に、苦笑したキシュタリアはティアラがずれないように頭を撫でる。


「露骨なやり方ですね。効果的ではありますが、実に典型的で芸のない」


 呆れたようにジュリアスはため息をつく。

 半眼になったキシュタリアも頷いた。


「そんなことしてもお父様には牽制にもならないし、そもそも火に油を注ぐだけだよ。

 余計に怒らせたいわけなの?」


「アルベルは王家に属す人間だと言いたいのだろうな……随分死に急ぎたいようにしか見えないのだが」


 ミカエリスがとどめのため息をついた。幸せ逃げますわよ?

 ため息を吐いたら逃げるなら、吸ったら戻るのかしら? 深呼吸させたら、ミカエリスの幸せは戻るかしら?

 この中では気苦労が一番多そうなミカエリス。


「そういえば、ジブリールは?」


 どこにいるのかしら? 一緒に来てくれるのかな、なんてなんとなく思っていましたわ。

 あの華奢な、いるだけで華やかになる薔薇のような令嬢がいない。あの天真爛漫な溌溂とした妹分を、私は可愛がっている。

 わたくしが首を傾げると、三人はさっと目を逸らした。若干顔色が悪い。

 むむ? 何事ですの?


「その、ジブリールは………」


「ここに入る前、フォルトゥナ公爵と伯爵に会って………」


「出会い頭に『アルベルティーナ様に死ぬほど嫌われているだろう親子が何の御用ですの? アルベルお姉様が、貴方たちの顔に驚いて怯えて戻ってしまったらどうしますの? どこかへお行きになったらいかが?』と、いきなりガツンと言ってしまいまして」


 ジュリアス、妙にジブリールの口真似が上手かった。

 うん、あのちょっとおませ気味な流暢でお上品で、それでいて鋭角気味な口調。まさにジブリールですわ。

 わたくしに対しては愛らしいふわふわなベルベットローズですが、時折トゲトゲが周囲を突き刺すらしいジブリール。

 もっと言ってしまえ、と内心思ったのは内緒ですわ。


「多分、今もヴァユ宮の入り口で睨みあってるんじゃないかな………」


 凄いですわ、ジブリール。あの大熊公爵とやりあうなんて。

 キシュタリアがなんだか遠い目をしているような? きっとキシュタリアもジブリールが心配なのね。

 だって、あの大熊公爵怖いですもの。わたくし、遠くからぴーぴー喚くのが精いっぱい。近づかれたら泣きそう。


「ジ、ジブリールが虐められてしまっていたらどうしましょう……っ」


 だ、だめ! それはダメですわーっ! わたくしの可愛いジブリールが!

 真っ青になった私に、何故かな生ぬるい視線が突き刺さる。なんでそんな安穏としていますの! ジブリールのピンチですのよ!?

 ジブリールが泣いていたらどうしますの!? 誰か一人くらいナイトが残って差し上げませんでしたの?


「すまない、残ろうとしたのだが早くアルベルを迎えに行けと言われたんだ………」


「アルベル、ジブリールはかなり気が強いし、口も達者だから大丈夫だよ。

 フォルトゥナ公爵も孫娘より年下のジブリールに、露骨に酷いことはしないと思うよ」


「というより、先制攻撃でフォルトゥナ伯爵は仕留められていました。公爵のガンダルフ様は貴族より武人側の人間ですので、多少の暴言は甘んじて受けると思われます。

 あちらも騎士ですし、レディには無暗に噛み付かないかと」


 わたくしの装飾品を毟り取ったあの暴れ熊公爵にそんな常識あると思いますのー!?

 はわわ、あわわ、と声にならない動揺の呻きが上がる。

 あの可愛いジブリールが乱暴されたらと思う時が気でない。無駄に右往左往していると、ジュリアスにとっ捕まってキシュタリアとミカエリスの間に並べられた。

 やや早歩きで宮殿の廊下を歩く。

 三人は余裕そうです。足の長さか! これは身長に起因するものであると思いたい……

 ジブリールが心配ですわ。


 と思ったら。


 結界を超えたところで何やら途方に暮れたような熊公爵と、顔を両手で覆っている髭伯爵が。

 なにがありましたの?

 よくわかりませんが、無事で何よりです。ジブリールが無事ならいいのです。

 なにやらふんぞり返ったような姿勢で、やり切ったような満足げな溜息をついているジブリール。

 近づきたいのですが、私の天敵の熊がいるのでいけません。

 思わずキシュタリアを盾にするように、背中に隠れてしまった。すまぬ、キシュタリア。どこに出しても恥ずかしいヒキニートはやっぱりあの熊が怖いです。

 ヒシッとその背に張り付くがキシュタリアは優しいので、私をあの天敵の前につまみ出すような真似はしない! これぞ十年以上このポンコツの世話をし続けたよくできた弟の鑑。ゲームのストーリーから逆らい続けた集大成と言えよう。マジでごめんなさい。


 しかし、サンディス王家よ。


 こんな弟の陰に隠れて祖父である四大公爵家に舌を出してぴーぴー威嚇することに目下情熱を注ぐのを何故王太女としようとしたんだ。

 傀儡か。傀儡しかないですね。張りぼて王女が欲しいのですね。とてもよくわかりましたわ。

 王家にはラウゼス陛下のお子が三人もいるのに、なんでお父様の逆鱗を突き回すような真似をしてまでわたくしを欲しがるのでしょうか。目の色なんて、誤差じゃない。王子二人は緑色よ。サンディスグリーンとは少し違うかもしれませんが……

 う、髭と熊が私に気づきましたわ!

 うわーん! 見るなーっ! 減るわ! 精神力が消えていくわーっ!


「アルベルティーナ………」


いやーっ! くんなしっ!

私の拒絶に反応したように、バチンと近くに会った魔石のランプが弾けた。

 はじけた魔石の一部は、ころころとジュリアスの足元に転がった。

 ……あれ? もしかしてわたくし、魔力暴走してますの?

 

「アルベル、落ち着いて。あちらに害意はない」

「………これ以上近づかない?」


 夏場の樹の幹に張り付く蝉のごとくぴったりとキシュタリアに張り付いたまま、顔だけずらしてミカエリスに聞くと頷く。その笑みは優しい。またもや幼女扱い? ぐぬーっ! だが、あの熊は怖いのですわ!

 嘘だったら次はミカエリスを盾にしてやりますわ! 上背も厚みもあっていい壁になりそうですわね!

 ミカエリスが大丈夫だというので、若干イヤイヤながらにフォルトゥナ親子に視線をやる。

 ばちりと目が合った。鈍色の眼光鋭い筋肉熊がいた。相変わらず濃いといいますか、乙女ゲーム仕様のキラキラしいイケメンに見慣れたわたくしにとっては、あの劇画調のマッスルフェスティバルベアはやはり見慣れない。

 あの男とお母様の血が繋がっているとは思えませんわ。

 やっぱり嫌いですわーっ!

 天敵を目一杯睨みつけていると「喜ばせるだけですからおやめになった方がいいですよ」とジュリアスがぼそりと、だがしっかりと聞こえる声でいってきた。

 ううう、お父様の攻撃力が53万ならわたくしは53ですわ。まさにゴミ。

 唸れー! わたくしの中に眠りしお父様の血! 悪役令嬢の魂よーっ!

 かつて(一回だけだけど)ジュリアスにお父様の血を感じたと言わしめた、あの会心の悪役令嬢っぷりをこの熊にみせつけてやるのよーっ!


「アルベルティーナ……」


「ぴゃっ!?」


 ………令嬢らしからぬ声が漏れました。

 おのれ、私の中で長年培われたポンコツヒキニート令嬢が勝ってしまいましたわ……

 だってあの熊、声も怖いぃいいいっ!

 私の精神状態に呼応するように、ちょっと離れたところの魔石の燭台がチカチカと点滅しています。


「……フォルトゥナ公爵、お引き取りを。もう十分お判りいただけたでしょう。

 また姉の魔力や魔法を暴走させたいのですか?」


 すっと前に出たキシュタリアは、さりげなく私と熊公爵と距離ができるようにした。

 アクアブルーの目は静かだか、纏う空気も口調も冷たく硬い。

 しばしにらみ合ったフォルトゥナ公爵とキシュタリアだが、ややあって溜息をついて踵を返したのはフォルトゥナ公爵だった。


「クリフトフを付ける。それは譲れん」


「わかりました。伯爵もよろしいでしょうか」


「あ、ああ。アルベルティーナ。覚えているかい? 伯父のクリフトフだよ」


「………知っていますわ」


 つっけんどんな返事をしたものの、でれーっと相好を崩すカイゼル髭の伯父様。認めたくないけど伯父様。

 これだけ冷たい態度を取っているのに、なんでめげないのかしら。マゾという奴なのかしら。


「お嬢様。お嬢様の拗ね方には毒気も攻撃力も足りません。

 あの手の手合いは無駄に喜ばせるだけです。いっそのこと丸きり無視したほうが効果はあるでしょう」


「おい、使用人。妙な事吹き込むな。泣くぞ。クリスそっくりな姪っ子に無視されるとか、シスコンと姪コンを拗らせた哀れな中年を殺しにかかる気か」


 そのままお亡くなり遊ばせ。わたくしの見えないところで!

 近づこうとするクリフトフ伯父様を止めつつ、ジュリアスはため息をつく。


「御覧なさい。たった数度の邂逅でこれほど拗らせて……アルベルお嬢様はご自分のあざとさをもう一度考えるべきかと進言いたします」


「知りませんわ! わたくしがあざといかは知りませんが、媚びたことがあるのはお父様にお時間を強請る時くらいしか……数えるほどしかありませんわっ!」


 ないとは言わない。ファザコンは娘にデロ甘なお父様に構って欲しい時もあるのです。

 ご迷惑はお掛けしたくないのですが、お父様に無性に構って欲しい時があるのです。


「まだ言いますか。このあざとさの塊の癖に。存在があざといそのものの癖に」


「どういう意味ですの!? あざとい態度をいつわたくしがいたしまして!?」


 ジュリアスはわたくしをやたらあざといといいます。

 いつ私がブリッコした。私が媚びたのは今も昔もお父様一人のみ! お父様大好きーっ! なのですわ!

 多忙なお父様のお時間を頂くために、私は娘権限をフル活用しました。

 解せないですわ………いつわたくしがお父様以外の人間に靡いたといいますの。いつですの? 直さなくては。そんなはしたない娘になった覚えはないのです。

 ただでさえ、この一件でご迷惑をおかけするのは確定です。

 王家はわたくしをラティッチェ家から引き剥がそうとするでしょう。お父様が今までしっかりとわたくしを囲い込んでいたのは、きっとこの目が引き起こすこのような騒動を想定していたから。

 キシュタリアの背中に再び張り付きながら唸っていると。


「アルベル、多分そういうところだと思う……って聞こえていないか」


「それよりお退きになって、キシュタリア様。わたくし、久々にお姉様を堪能したくてよ」


 ジブリールがハグを所望だったので、滅茶苦茶抱きしめました。

 可愛いは正義なのです。




読んでいただきありがとうございました!

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