待ち人来る
漸く戻ってきそうな気配。短めです。
「見て、チャッピー。お池に亀がいますわ」
「ぴ?」
「何かしら? 種類は解らないわね」
この世界にミシシッピアカミミガメはいないと思う。
でも、トマトやピーマンはあるのよね。絹とか蜂蜜とか、あっちと同じようなものもあるし……境界がよくわかりませんわ。
そもそもミシシッピはあっちの地名だし、亀はいても同じ種類の可能性は低そうね。
チャッピーを抱きしめながら、庭を眺める。
ちょっとぼさっとした感じがしますわ。使用人の出入りも制限されていますし、放置すれば雑草あたりから増えていきますわね。
水辺は危ないから、慎重に池の周囲を散策する。少し後ろにアンナもいるし、特に何も言われないし大丈夫よね。
木製の桟橋があるのを見つけ、そちらへ向かう。
うん、大丈夫そうね。歩けそう。もう少し亀を近くで見られるかしら。
チャッピーがうごうごと手足をじたばたさせるので、下に降ろす。チャッピーはてくてくと我先にと短い手足で桟橋を渡っていく。その後ろについていく。
ぴこぴことゆれる太い緑の尻尾が可愛らしい。
先端へいくと桟橋にへばりつくようにして、水面を見つめるチャッピー。
亀が泳いでやってきて、お鼻とお鼻をくっつけていた――と思ったら、亀がチャッピーのお鼻をガブリ。
「ぴゃあああああああっ!」
チャッピーが鼻に亀をくっつけたまま、泣きべそをかいてこちらに走って戻ってきた。
私に飛びつく前に素早くアンナが捕まえ、亀を乱暴に引きはがすとぺっと池に投げ捨てた。実に迅速な動きですわ。
チャッピーは私の足元に縋り付き、ぴぃぴぃ泣きながら抱っこを求める。ヨシヨシ。痛かったですわね。お鼻を撫でてあげると、鼻先を胸元に寄せて甘えてきた。可愛いですわ。
亀はお腹が空いていたのかしら?
………餌やりをする人なんていませんわよね。亀の餌ってなにがいいのかしら? 魚肉? パンとかはダメかしら? そもそも異世界の亀って食べ物は同じなの?
ぎゅうと泣きじゃくるチャッピーを抱きしめると、なんだか安心する。
やっぱり可愛い。お父様にお願いしておうちに置いてあげたい。
お手とおかわりとお座りは覚えさせましたし、後はトイレの躾だけなのですが――あの子って排泄するのかしら? 今のところその現場を見たことないのですが。
アンナに怒られている気配はないので、粗相はしていないと思うのですの。
この子はちょっと正体不明ですが、お父様にお願いして調べてもらえばなんとかなりますわよね? 国で飼育が禁止されていたらどうしましょう。
そもそも妖精や精霊ってペット? ファンタジー的に契約とかするのかしら?
お父様なら、きっと詳しそう。
……お父様。
お父様、お父様、お父様。
――心配です。お会いしたいです、お父様。
そんな思いがようやく通じたのか。
翌日、お父様が王都にお戻りになるという知らせがもたらされました。
様々な思惑が一挙に相交える。
王命として私もヴァユの離宮から出てくるように勧告されました。
王命とは銘打っていたけれど、同封されていたラウゼス陛下の直筆だろう一枚の手紙には私への配慮をにじませたものだった。
迎えはキシュタリアとドミトリアス兄妹が来るとのことだった。
むむぅ、わたくしの猫の額の様な交友関係モロバレ? キシュタリアがいるということは、ジュリアスもいるわよね。
お父様が戻ってくるのを慰労するということなのよね? 多分ですが。
わたくしがサンディスグリーンの瞳を持っていることを秘匿していたお父様は、少し宮中で微妙な立場でもあるそうですが……
気にしなさそうですわ、お父様。
お父様は有能過ぎて代打がいない方です。文句をつけようとも、それ以上はできないでしょう――わたくしだって、お父様の弱点にならないように全力で抵抗しますわ。
絶対、絶対知らない貴族の言いなりになるものですか。
あのフォルトゥナ公爵家も願い下げですわ。
わたくしは、お父様とラティッチェに帰るのです。
「ラティッチェ元帥、王都が見えてまいりました」
「ああ、少し離れただけで懐かしいな……漸くあの子に会える」
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