知られざる告解 後
後編。
消えたドーラの真実編。
「………お嬢様の部屋に何の御用ですか、ドーラ様」
「少し様子を見にきただけよ」
「そうですか。私にはドーラ様がわざわざアルベルティーナ様の嫌う暗所を作りに来たように見えましたが」
「あら、見ていたの」
悪びれもなくドーラは嗤う。
嫌な表情だった、神経質そうな細い眉をくっとあげ口角を歪めるようにした笑み。
「だっていつまでたっても狭い場所や暗い場所が怖いだなんて、淑女失格でしょう? 慣れさせるべきだと思うのよ」
「公爵様はお嬢様の心身の安全と平癒を一番に優先させるようにお達しです。
貴女に何の権利があるのですか?」
「それは、グレイル様の為よ。グレイル様はずっとアルベルティーナ様にかかりきりじゃない。
アルベルティーナ様はグレイル様に依存し過ぎよ。いつもべったり張り付いて、公爵令嬢としての礼儀が成っていないわ。いくらグレイル様がお父様といっても、度が過ぎているわ」
その目には忌々し気な嫉妬が見え隠れしていた。
ドーラが長年に渡り、公爵であるグレイルに懸想しているということは使用人の中でも有名だった。
クリスティーナが亡くなってから、調子づいたのか女主人のように振舞うことがあった。
しかし、上級貴族にしては珍しい恋愛結婚であるグレイルとクリスティーナの間に、ドーラが入る隙間などはない。クリスティーナが亡くなっても、その愛情は娘への溺愛となり、他の女性へ目移りすることは一切なかった。
あわよくば、と夢見ていたドーラにしてみれば、クリスティーナの面影が濃いアルベルティーナを溺愛するグレイルを見るのは面白くなかったのだろう。
グレイルから興味を示しドーラに手を付けるならともかく、ドーラがグレイルを誘惑するなどあってはならないことだ。良くて暇を出されクビ、グレイルの気分次第では物理的に首が飛ぶ。
グレイルに意見することなどできないから、アルベルティーナに当たっている。
そして、あわよくば自分の傀儡としてグレイルとの仲を取り持たせたいのだろう。
以前の苛烈なアルベルティーナならともかく、今のおっとりと大人しいアルベルティーナならば。そんな浅ましい欲望に駆り立てられている。
「公爵様がお許しになられているのですから、我々の意見することではないでしょう」
「だからといって、赤ん坊じゃないのよ。あんな甘やかされたのが公爵令嬢だなんて………恥さらしもいいところだわ」
恥さらしも何も、お嬢様はまだ年端も行かない少女であり子供。普通に周囲からの庇護と手助けが必要な幼女だ。
ましてや、誘拐されて身心を摩耗させた哀れな被害者だ。
母親を亡くした娘が父親に甘えて、懐いて何が悪いのだ。
むしろ、以前のように上っ面だけの一線を引いた白々しい関係よりもだいぶいいだろう。
以前の幼くも傲慢だったアルベルティーナに対し、グレイルは許容はあったが関心は薄かったように思えた。なんでも与えたが、我慢を知らずモンスターとなる娘などどうでも良い様すら見えた。
だが今のいじらしく父を慕うアルベルティーナの姿に、グレイルはかなり心を傾けている。それを示すように愛妻クリスティーナを喪い失意に荒れたグレイルはかなり落ち着いた。
ドーラはそれすらも忌々しいのだろう。
それがどれほど奇跡的な意味をもっているか、理解しようともしない。
若いアンナですら分かることを、否定している。
ドーラは何を言っているのだろうか。自分の言動が単なる八つ当たりだと分かっていないのか。
そもそも貴族の生まれとはいえ、下級であり使用人のドーラがアルベルティーナを扱き下ろすことなどできる立場ではないのだ。
ちらりと冷めた視線をドーラによこすアンナ。アンナの視線が自分に媚びるものではなく、冷徹な色を湛えていることに、漸くドーラは気づいたようだ。
「このことはセバス様にお話しさせていただきます」
当然公爵の耳にも、入る可能性があるだろう。
ラティッチェ公爵家の家令長であるセバス・ティアン。公爵直属の執事である壮年の執事は、屋敷の中であった出来事を吟味し、当主であるグレイルに伝える役目を持っている。
一人娘に仇為そうとしている使用人がいれば、当然何かしら起こすはずだ。
以前ならともかく、今の愛らしいラティッチェのご息女をセバスは温かく見つめている。
アルベルティーナがお気に入りの赤い絵本をもって、恥ずかしそうにもじもじとしながら朗読をねだるときなど相好を崩している。
邪な心をもって愚策を弄すドーラと、ラティッチェ公爵家の幼いご令嬢。セバスがどちらの肩をもつかなど、判り切っている。
「ま、待ちなさい! アンナ、貴女にそんな権限はないでしょう」
「権限ではなく義務はあります。お嬢様に仕えるメイドとして、害を与える使用人がいると報告を上げるのは仕事の一つです」
焦りだしたドーラに鋭く言い返す。
ドーラの金切り声が五月蝿い。アルベルティーナが起きてしまう。
「な、なんであんな小娘庇うのよ! アンタだって散々嫌な思いしたでしょ!?
今は昔みたいなキツイ子供じゃなくなったけど、酷い癇癪持ちじゃない!」
「お嬢様は」
確かに、怖がりで泣き虫で時々暴れる。
怖い、助けてと。
でも
「謝ってくれます。私が怪我すると、使用人が傷つくと『ごめんなさい』といってくれるんです。
お茶を淹れれば『ありがとう』とおっしゃるんです」
暴れるときのお嬢様は、恐怖に混乱して感情の制御が効かないだけ。
正気に返れば、ちゃんとこちらが気を付ければあのような酷い恐慌状態にならないのだ。
アルベルティーナは、使用人にも優しい。
以前のように使用人の粗を探し、縛り付けたり、カップを投げつけたりしない。
誘拐されてあの悪魔は殺され、代わりに戻ってきたのは幼く心優しい女の子だった。
「………そんなことで、あの子供を許すの?
あの子は、クリスティーナ様に似ているだけで、血を引いているだけで、あんなにもグレイル様を独占して、煩わせているのに!」
「それが本音ですか。下らない」
「下らない!? グレイル様はね! あんな子供に浪費されていいお方じゃないのよ!
クリスティーナ様はあんな子供しか残せなかった! グレイル様にご迷惑をおかけするだけの、愚図じゃない! あの女はあれほどグレイル様に愛されていながら、後継ぎを産めなかったのよ! 公爵夫人として、役目を果たさずお荷物だけ残して死んだの!」
ヒートアップするドーラに対して、アンナはどんどん心が冷えていく。
アルベルティーナがいるのだから、婿を取ればいい。それでも心配なら、分家から養子を取れば十分間に合う。
肩を怒らせたドーラ。血走った目でアンナを睨んでいる。だが、アンナは動じなかった。
「―――――きゃああああああああ! あ、ぁあああ! いやぁーっ!」
そのとき、廊下の騒ぎに目を覚ましたのか少女の悲鳴がこだました。
はっとしたアンナがすぐさまドーラを突き飛ばすようにしてドアを開け放った。
暗闇に悲鳴を上げるアルベルティーナのために、ポケットに入れていた魔石のランプを最大出力で灯す。
その間に、ドーラは逃げた。
分厚いカーテンや天蓋を開け放ち、ベッドで怯えて暴れるアルベルティーナを抱きしめる。騒ぎにジュリアスが駆けつけ、セバスもやってきた。
暫くして、漸くアルベルティーナの狂乱は収まった。
顔や手にひっかき傷をこさえたアンナは、ジュリアスに布に巻かれるようにして抱きしめられたままスンスンと小さくしゃっくりを上げているアルベルティーナを見る。
「………なぜお前で泣き止むのですか、アルベルティーナ様は」
「このマントですよ。公爵様からお借りしています。香水というか、残り香や魔力の残滓があるのでお嬢様が落ち着くんです」
「ああ、お前だからではないのならいいです」
ジュリアスのもの言いたげな視線を無視し、アンナは頷いた。
ここ最近のジュリアスはだいぶアルベルティーナに甘い。誘拐後、性格が大きく変わり最初こそは警戒と戸惑いが混ざっていたが、今のアルベルティーナがただの怖がりの雛鳥と気づけばずぶずぶに甘くなっていった。アルベルティーナがジュリアスに無邪気に懐いているのも理由の一つだろう。
小さなしゃっくりが消えていき、アルベルティーナが舟をこぎ始める。
「……原因は?」
アルベルティーナを抱き上げたままあやす様に頭を撫で、ゆらゆらと揺らす。
ジュリアスは男とは言え細身だが、意外と力があるようだ。アルベルティーナを苦も無く抱き上げている。
「ドーラです」
「………懲りないな。セバス様から先月も咎められたというのに」
アンナの中で憤怒が湧いた。殺意も湧いた。
あれは既に咎められていたというのに、懲りないのか。家宰から直接言われているのにまだ諦めていないのか。
ドーラの過ぎた行いに、周りの使用人も距離を置き始めている。
もとより自分で全てを行うタイプなのか、そこまで周囲を信用していないのか基本ドーラはすべて己の手で行う傾向がある。
次はやる前に止める。今度は手ぬるいことなどしない。
公爵家に養子としてキシュタリア、後妻としてラティーヌ。
あの二人が迎え入れられたことがドーラの焦燥を加速させたといっていいだろう。
特にラティーヌの存在でドーラの公爵夫人への野望はほぼ立ち消えたといっていい。
アルベルティーナは二人を受け入れ、徐々に仲良くなっていった。
人見知りでびくびくしながらも、果敢に交流を図ろうとするアルベルティーナを、使用人たちは温かい目で見つめていた。やや強引にジュリアスが突き回していたが、あれはアルベルティーナが二人に興味を持っていたのを察していたからだろう。
二人が公爵家へ溶け込むとともに、ドーラの立場はどんどん微妙になっていった。公爵夫人へ成り上がると匂わせて勝手に振舞っていたが、全く歯牙にもかけられていないと露呈したのだった。
ラティーヌの傍付きにも選ばれず、アルベルティーナ付きも外れたドーラ。
どんどんラティッチェ家の中枢から外へと排斥されていく。
増えた家族に喜ぶアルベルティーナはますます明るく、朗らかな令嬢となっていった。
にこにこと見ているこちらが嬉しくなるような笑みを向けて、親しみの籠った声でアンナを呼ぶようになった。
愛想がある方ではないアンナだが、アルベルティーナはそれに気を悪くすることもなく、寧ろその冷静さを褒めてくれるような人だった。
時折何か思いついてはグレイルやジュリアス、セバスに愛らしくねだってとんでもないものを世に生み出している。
令嬢が商売なんて、とドーラはそれに対し呆れ交じりの嫉みのような苦言を呈し、アルベルティーナにますます距離を置かれた。
その頃には、すでにアルベルティーナはラティッチェ家の天使だった。
「懲りない人ですね」
「またお前なの? 手伝わないならどこかへおいき」
「セバス様に咎められているというのに、まだ続けるつもりですか?」
「私は公爵家のために、グレイル様のためにしているのよ」
「違います。それは貴女の願望であって、公爵様の望みではありません」
だからこそ、ドーラは窮地に立たされている。
後から来たキシュタリアやラティーヌのほうがよほど上手に立ち回っている。
誰を怒らせてはいけなくて、誰を傷つけてはいけないと理解していた。
「アンタに! グレイル様の何が分かるの!? 私はずっとあのお方を見ていた! あのお方を愛していた! グレイル様を本当に愛しているのは私! ラティーヌとかいう女、今に追い出して見せるわ!
そしたらアンタだって、ジュリアスとかいう小僧だって追い出してやる!
あの子供さえ、あの子供さえ私の言うことを聞けば――!!」
「アルベルティーナ様はアンタの玩具じゃありません。
あの人を愚弄して、利用することばかり考える寄生虫。それが現実」
「違う! 私は公爵夫人になるのよ!」
「いいえ、ならない。公爵様にも、アルベルティーナ様にも認められていない使用人。それが今の貴女です」
感情的に甲高い声をあげるドーラ。
クリスティーナが死んで、弱ったアルベルティーナが転がり込んできた。その状況に、ドーラは長年ずっと胸の底に沈めていた欲望をかき乱された。
もしその方法がもっと、アルベルティーナに寄り添うものであれば未来は変わったかもしれない。
「あの子供が、アルベルティーナがいるから……っ! クリスティーナがようやく消えたのに! なんで、あのガキも死ななかったの……!」
それが本音だろう。
いつだってドーラはアルベルティーナを憎んでいた。羨んだ面影を見て、疎んでいた。
グレイルに恋い慕い報われなかった。
「あいつが死ねば……!」
そう言ってドーラは狂気的な笑みを浮かべて紺色の裾を翻す。醜悪な感情を隠そうともせず、我を失ったドーラ。メイドの御仕着せが魔女のローブのようだった。
あいつ、といったのが誰なのかすぐにアンナは解った。
アルベルティーナを害しても、グレイルの心はドーラに向かないのは解り切っている。
だが、ドーラは勝手にアルベルティーナを、グレイルが振り向かない原因にしている。
「何をするんですか!」
「あいつを殺すのよ! グレイル様のために!」
その手にはナイフがあった。小ぶりだが、小さな子供の体に突き刺せば重傷を負わせるには十分だ。ナイフが無くても、首を絞めればあのほっそりとした白い首はあっさり折れてしまいそうだ。
凶行に走ろうとするドーラに体当たりをした。予想外のアンナの行動に、ドーラは転んだ。だが、ナイフは離そうとしなかった。
「それを離しなさい!」
「いやよ! あの悪魔を殺すのよ! グレイル様を誑かす悪魔よ!」
悪魔はお前だ。父子の交流に異常な嫉妬を燃やすドーラは、間違っている。
あの冷徹な魔王と恐れられるグレイルだが、アルベルティーナの前では目を和ませるのだ。アルベルティーナもふにゃふにゃに安心しきった笑みでグレイルを慕う。
親一人、子一人。最愛の妻と母を失った親子。それが労わり寄り添いあって何が悪い。
ドーラからナイフを取り上げようともみ合っていると、何とかナイフを奪い取ることに成功した。廊下でのたうち回るようにして掠め取った。
ドーラは憎々しげにしたものの、すぐに立ち上がった。
血走った眼は、アルベルティーナの寝室に向かっている。その目は諦めていなかった。
「私が、私は……グレイル様に――」
部屋に向かい走ろうと数歩ほど進んだところで、唐突にドーラはふらりと力が抜けたように倒れた。
「え……?」
脇腹に手をやると、ぐっしょりとそこは濡れていた。当てた手が真っ赤に染まっている。
アンナは驚愕に染まるドーラの表情を見下ろしていた。
アンナの手にはナイフがあった。その刃には、生々しい血液が滴っている。
不思議と心が凪いでいた。それどころか、安心していた。これでお嬢様は、アルベルティーナ様は害されることはないと。
「痛い、痛い……っ! アンナ、医者を」
ああ、まだ喚いている。
お嬢様が気づかれる前に始末しなくては。
殺した後はどうしよう。とりあえず窓から投げ捨てて、そこからどこかに運ばなくては。これをお嬢様の目に触れさせてはいけない。それと廊下を掃除して、翌朝お嬢様が知ることの無いように綺麗にしなくては。
「ちょっと! 早くしなさ――」
その時、磨かれた革靴がドーラの頭を踏みつけた。
怒鳴りかけた声が消えた。ドーラの頭を押さえつけている足を見ると、それはジュリアスの足に繋がっていた。
黒髪の隙間から、ランプに反射した眼鏡が表情を隠している。
「お嬢様が起きる。黙れ」
その声はぞっとするほど無機質だ。
整った顔立ちが酷薄な無表情を模っている。そこに温度のある感情は一切ない。
「アンナ、やれますか? やらないなら私が始末します」
「いえ、そのまま抑えていてください。ただ、余り廊下を汚したくはないと……」
「絨毯は張り替えるしかないでしょう。木板張りの部分は拭いてどうにでもなりますが、壁にはあまり飛び散らせないようにしてください」
その会話はドーラを始末することが前提だった。
だが、アンナは何の疑問も覚えない。この女は始末されてしかるべきだ。
ドーラが自分の立場をようやく理解したように、手足をばたつかせ始める。その無防備な背中を見下ろした。
今度は、一撃で仕留めなくては。
振りかぶったナイフが、ジュリアスの持つ魔石のランプに反射する。滑りのある赤が滴る。
ああ、廊下が汚れる――どこか残念さを覚えた。
「―――っ!」
最後の悪あがきなのだろう。ドーラが渾身の力で身をよじって逃げた。
思いがけないほどの大きな抵抗に、ジュリアスはバランスを崩した。
ホワイトブリムがもげて、シニョンから髪が漏れる。逃げられてなるものかとその髪を踏みつけるが、ブチブチと髪を抜けさせながらドーラは更に逃げようとした。
どこにそんな余力があったのか、ドーラは走って逃げだした。
そして、アルベルティーナの部屋の前に誰か背の高い影がいるのに気づいた。一瞬、足がもつれかけたドーラ。その目が、恐怖から喜色に塗り替わった。
「グレイル様………っ」
美貌の公爵にその意識が奪われる。そこにはドーラがずっと恋焦れた存在がいた。
その隙が命取りだった。
ジュリアスがスカートの裾を掴んで転ばせ、ドーラの身に被さるようにアンナが刃を突き立てる。背中に深々と刺さったナイフ。柄で止まるまでしっかり刺した。
だが、それでもドーラは未だ死んでいなかった。虫の息で、顔を上げる。
その目にはグレイルを映していた。
「……はぁ、はっ、グレイル様……た、すけ……」
ふ、と笑みを浮かべたグレイル。
俄か喜色を浮かべたドーラだが、グレイルはドーラを見ていない。
「おめでとう、というべきか。アンナ、お前は今日からアルベルティーナ専属だ。
ジュリアス、お前もよくやった」
グレイルの目にはドーラは映していなかった。
ドーラは愕然と、絶望を滲ませてグレイルに縋ろうとする。だが、距離がありその手は届かない。ただ、焦れるような執着の滲む眼差しを送るだけだった。
アンナは赤く染まった手を見下ろす。
「……公爵、様……でも、私はドーラ様を、上級使用人を殺害しました」
「アルベルの為だろう。ならば当然だ。
コレはクリスティーナに寄生するだけでは飽き足らず、アルベルティーナにも喰いつこうとしていたようだしな。
アルベルは憐れんで見逃してやっていたというのに、その温情が分からない愚か者への使い道としてはふさわしいだろう?」
にこやかに、だが冷たくドーラを睥睨するグレイル。
グレイルはアルベルティーナを執拗に狙いつけるドーラを放置していた。
溺愛する娘を害そうとする寄生虫を何故、放置していたのか謎だった。
グレイルは、最初からこうするつもりだったのだ。
ドーラは当初、アルベルティーナを利用するつもりはあっても殺害するつもりまではなかった。自身の力だけでは望む地位に成り上がれないということは理解していた。
だから、その慢心と姑息さに目を付けられた。ドーラという害悪を殺してでもアルベルティーナを守ろうとする、忠実な僕をアルベルティーナに付けるために篩にかけていたのだ。
ようやく、自分が放置されていた理由に気づいたドーラは顔色を一層無くす。特別扱いではなく、ドーラは餌で囮だった。
恐らく、万一のために護衛もつけていたのだろう。そのうえで監視という名の放置だった。
「セバス、これは適当に処分しておけ。アンナの部屋は上級使用人の個室に変え、待遇も相応にしろ」
「はっ」
「ジュリアスは……まぁ、いいだろう。アルベルがお前を重用しているようだし、それなりの褒賞を与える」
「有難うございます」
ドーラの背中を踏んだままジュリアスが一礼する。
ジュリアスはもともとアルベルティーナの専属だった。聡明で勘の鋭いジュリアスは、不安定なアルベルティーナの変調にすぐに気づいたため、もともと近くに置かれていた。
アンナは多くのメイドの一人で、年が割と近いからと数人いた身の回りの世話役であった。今度からは、セバスが公爵付きの執事として動くように、アンナがアルベルティーナ付きの側近メイドとなるのだ。
ぼんやりとした頭で、頬を涙で濡らす愚かなドーラを見る。
一度も顧みられず恋情を燃やして、灰となった。その遺体すら打ち捨てられるのだろう。
その後、ドーラの姿を見なくなった。アルベルティーナは少しの間は気にしていたようだが、もともと嫌な記憶ばかりのドーラが居なくなったことで支障はない。特に深く言及してこなかった。
敏いお人だから、薄々何かを感じ取ったのかもしれない。
魔王と恐れられる公爵の寵愛を受けるご息女付きのメイドとなったアンナ。
元々悪くなかったが、待遇は抜群に良くなった。数人の相部屋だった使用人の宿舎から、個室に変わった。給料は桁違いに跳ねあがり、ラティッチェ家での発言権が強くなった。
そして何より、お嬢様の御傍に居られる時間が増えた。
今日もアルベルティーナが微笑んでいる。
アンナに声をかけ、身を預け、時に内緒話を持ち掛ける。
表情も翳らず、声も沈まない。
それだけで、アンナにとってあの夜の出来事は正しいという証明だった。
読んでいただきありがとうございましたー!
パパンはこーいう人です。
あとパパンは年々愛情がおもっくそになっていったので、幼女頃は『必要ある』のならばこそ我慢して静観していました。
多分今ドーラが生きていて同じ事したら、その場でポーンと首が飛ぶ。物理的に。