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思いがけない来訪者2

 ドミトリアス伯爵家ご案内です。

 相変わらずパワフルなジブリール。がんがんいこうぜ過ぎる妹に振り回されるミカエリス。

 ミカエリスがしっかりしているので、ジブリールは元気よく今日も羽ばたいていきます。周囲を蹴散らして。でもたまには兄に譲ります。




 ポォーンとどこかで時計の音がする。

 僅かな衣擦れと小さな金属音。そして小さなため息が聴こえた。


「お兄様、そろそろ時間が………」


「………そうだな。名残惜しいが、今日はこのくらいにしよう」


 ゆっくりとわたくしから体を離すミカエリス。

 髪が乱れていたのだろうか。手櫛で髪を梳られた。私の髪は長く少し波打っているので、直毛よりも少し絡まりやすい。やや細めの猫っ毛気味なのもあるけれど。

 ジブリールを見ると非常に苦々しげだった。いけないわ。ミカエリスはジブリールのお兄様なのだから、余り独占してはいけないわね。


「くぅ………あの偏執狂シスコンにも腹黒眼鏡にも邪魔されない稀少なお時間を邪魔するのは、わたくしも大変心苦しい限りですが二兎を追う者は一兎をも得ずといいます。

 今日のところはここまでですわ」


「………ジブリール。何故俺よりお前の方がそんなに悔しそうなんだ」


「お姉様をしっかりちゃっかり堪能したお兄様には分かりませんわ!

 今日はお兄様にお譲りしますわ! でもわたくしもお姉様を堪能したかったのですわ!」


 わたくしへの嫉妬ではなく、ミカエリスへの嫉妬だったみたい。

 いいのかしら、こんなに好かれていて。ジブリールのことは大好きだけれど、わたくしのせいでミカエリスと喧嘩なんてして欲しくないわ。

 しかし、ミカエリスもジブリールもこんなポンコツを堪能して楽しいのでしょうか? 需要があるのでしょうか?

 ジブリールの苦渋に満ちた表情に、ミカエリスが笑いをこらえきれない様にくつくつと喉を鳴らす。


「それはすまなかった」


「貸しですわよ!」


「肝に銘じておこう」


 ぷんすこしているジブリールも可愛い。そんな妹に降参とばかりに手を上げるミカエリス。

 仲睦まじい光景に和んで、自然と頬が緩む。美形兄妹のじゃれあいは眼福ですわ。

 ジブリールから視線を戻したミカエリスは、柔らかく目を細めた。


「また必ず来ます。どうか、先ほどの言葉を忘れないで」







 毛足のない絨毯の布かれた廊下を歩きながら、ミカエリスとジブリールは行きよりは顔色明るく会話をしていた。

 それでも、周囲には気を配っている。

 ここに再来するためには、忍び込んでいることがバレてはいけないのだ。

 外から見えない場所を選んで歩かなくてはならない。


「相変わらずでしたわね、お姉様。少しお痩せになられていましたが、思ったより酷くなくて安心しましたが」


「そうだな」


「お兄様に抱きしめられて、あそこまで情熱的に見つめられても不動の御心であるのも相変わらずでしたが」


「………そうだな」


「強敵ですわね。ラティッチェ公爵とは違う意味で」


「全くだ。あそこまであっさり身を預けられて、信用されているとは解るが、一人の男としては複雑だな」


 そういいつつも、ミカエリスの表情は穏やかで柔らかい。その目には愛情が満ちている。アルベルティーナが誰にでも身を預けるような人間ではないことはよく知っている。

 ましてや、年の近い異性などは限られている。

 大貴族の令嬢、ましてや今は各方面から狙われている彼女の無防備さは不安だ。


 ―――あの極度の人見知りの懐に入れれば、の話だが。


 父親がいなければ、世間知らずの少女などどうとでも出来る。どうせ見目や家柄の良い令息をアルベルティーナに近づけて、口八丁で丸め込もうとしていることだろう。

 だが、アルベルティーナは極度に目が肥えた令嬢だ。

 結婚も恋愛も敬遠している。

 そんな彼女に無理やり踏み込もうとした男の末路など、拒絶と嫌悪だけだ。

 だが、それらを無視してアルベルティーナと強引に関係を迫ろうとする輩は多くいるだろう。

 アルベルティーナは既に王冠と同じ価値、もしくはそれ以上の価値を持つ令嬢となった。

 ラウゼス陛下が抑え込もうとしているが、元老会は強硬にアルベルティーナを王室に組み込むことを主張している。

 順序を踏むべきだと主張する王に反し、元老会は一刻も争うと真っ向から反抗している。現在、元老会が認める王家の瞳の王族が極端に少ないのも理由の一つだろう。

 ミカエリスは王権などには興味はないが、アルベルティーナが傷つき苦しむことだけは避けたかった。穏やかで優しい女性だ。権謀術数など望まず、権力争いなど逃げたいくらいだろう。

 キシュタリアをはじめラティッチェ公爵家の人間は、かなり苦しい状況にある。

 少しでもグレイルを追い立てるための手段を揺さぶり落とすために、色々な方向からあらゆる手で攻撃を仕掛けられている。

 先日あった時点では、そんな様子を微塵も感じさせないキシュタリアであった。あの魔王公爵と名高い義父に扱かれ続けていたキシュタリアにしてみれば、他愛もないことなのかもしれない。流石に公爵令息を拘束して拷問などできるはずもない。

 しかも、キシュタリアは数少ないアルベルティーナに親しい人間。グレイルにも近く、アルベルティーナにも近い。アルベルティーナがラティッチェ公爵令嬢である以上、仕方がないが複雑な立場だ。

 だが、そんなキシュタリアをアルベルティーナのいるヴァユ宮へ行かせたのは、それだけ王家や元老会側も打つ手がないのだろう。

 アルベルティーナの魔力がかなり強く、王宮魔術師を動員しても結界を無効化できないのだ。

 会えず、話もできないのでは籍をどういじろうと意味がない。彼らは何としてもアルベルティーナの身柄を押さえたいだろう。

 瀬戸際でアルベルティーナの平穏は保たれているのだ。

 嵐の前の静けさを感じ、ミカエリスは王城を睨みつけた。





 ミカエリスとジブリールが帰っていった後、わたくしは結界チャレンジを再開した。

 手札の少ない私にしてみれば、この籠城が一番の攻撃のはずです。

 お父様が帰ってきてくだされば、わたくしの勝ちだから。だからこそ、わたくしを懐柔したい周囲はお父様に気づかれる前にと躍起になっているに違いない。

 ミカエリスは頼って欲しいとは言ったけれど、頼ってばかりではいけないと思うのです。

 私は私で、何かしら手立てを考えなくては。

 結界が壊れてしまえば、膠着状態から一気に動き出すはずだ。

 チャッピーはお昼寝の間に来客が来たことに気づいてなのか、ミカエリスたちが座っていたソファの周りをうろうろしている。


「貴方はなんなのでしょうね? わたくしの味方? 実は悪い貴族の使い魔さんだったりして?」


「ぎ?」


「妖精も精霊も良く分からないけれど、お友達になれると嬉しいわ」


「ぴっ!」


 嬉しそうに手足をばたつかせるチャッピーを抱きしめ、ぎゅうっとする。

 チャッピーも短い手足で抱きしめ返してくれた。

 ………そういえば、この子はまだ子供のようですが親御さんは?

 もしやお探しになっていたらどうしましょう。もしわたくしのお父様と同じような溺愛系モンペだったら物凄く危ないのでは?


「ねえ、チャッピー。ご家族はどこかしら?」


「ぴぎぃ?」


「知らないの?」


「ぎぎぃ?」


 うーん、チャッピーは解ってないのかしら?

 丸い頭を傾げさせる姿は可愛い。

 それともそもそも妖精とか精霊に家族という概念がないのかしら?

 キシュタリアやジュリアスがいたときに、聞いておけばよかったわ。あの二人、なぜか妙にチャッピーにあたりが強いのよね。会ったばかりなのにやたら踏んだり揉んだりするのよ。周囲というか、足元をうろちょろしちゃうチャッピーも悪いかもしれないけれど、だからって……でもチャッピーはあまり痛くないようなので、大して気にしていないようなのですが。

 ………不思議怪獣チャッピーの耐久力はどうなっているのかしら?

 もいもいと頬っぺたを揉んでみるが、その触り心地は低反発枕を思い出させるものだ。綿やパンヤのような軽いものではなく、もったりとした独特の柔らかさ。

 埒のあかないことを考えても仕方がないし、そもそもチャッピーに害意はない。結界も反応しないし、好き嫌いで云えばむしろわたくしに懐いてくれているのだ。



 ちなみにその日の結界チャレンジも失敗した。



 流れ込む情報は多く、やはりソファで目を回す私。そんな私の額をぺちぺちと叩くチャッピーを、アンナが窓から投げ捨てたのが最後に見えたものだった。

 毎日、日課のように結界の解析を行っているが進歩が見えない。

 結界を介して情報は入ってくるのだけれど、その情報をちゃんととらえきれないのだ。ものすごい勢いで通り過ぎて行って、壊れてしまう。

 アンナは「無茶はおやめください」と止めてくるのですが、私はこんな場所で悠長になどしていられないのです。

 この偶然の産物の結界が、私の命綱。なんとしてでも、御さなければなりません。

 未だにくらくらする頭に顔を顰めていると、アンナが心配そうに覗き込んできた。


「アルベルお嬢様、ベッドでお休みになりますか?」


「………ええ、お願いします。アンナ」


 アンナに肩を貸してもらい、ベッドまで移動する。

 アンナがしっかりベッドメイクしてくれているので、シーツは清潔でしっかりと皺ひとつなく張られている。

 何度も繰り返していくうちに、ヴァユの離宮について薄っすらではあるが解ってきた。

 王城のどこに位置し、どのような設計になっているかは把握したといっていい。

 もし何かあったら、走って逃げても私は外に出る前に体力が尽きるのが余裕にわかるほどの大きさはあった。

 そして、流石王城というべきか隠し通路があった。多分、これって城が攻め落とされたりしたときの脱出用とかよね?

 しかし、そういった通路があると分かっていても、どういった仕掛けで入れるようになるかまでは不明。玉座のある王城にも外にも行けるようになっているから、密会とかにも使えそう。

 上手く使えれば、キシュタリアたちがこちらに簡単に出入りできるようになる………?

 うん、ぜひとも活用させていただきたいですわ。

 もっとみんなに会いたいもの。

 でもフォルトゥナ公爵をはじめ、他の貴族なんかには会いたくない。

 一番会いたいのはお父様だけれど、私が把握できたのは結界を張ったヴァユ宮の僅かな情報だけ。王城までは解らないのです。

 とりあえず、ノートに城の見取り図を少しずつ書いて取っておくことにした。

 今度、信用できる人たちができたら渡そう。

 だけど、正直フリーハンドで書いた見取り図は微妙だった。素人の描いた見取り図は、簡単なモノならともかく隠し通路までついた精密なものはとても破綻したものとなった。

 ううむ、要練習ですわ。

 この前ジュリアスが来てくれた時、色々と食料や香油や茶葉といった嗜好品も置いて行ってくれた。しれっとした顔でワゴンの中にマジックバッグを仕込んでこっそり監視を抜けてきたのだ。二重板になっていたのよ!? 凄くない? 大きくてあまり力の強い物だとバレるからと言っていたけれどびっくりしましたわ。あんな平たい化粧ポーチサイズからポニーサイズの袋が出てきたのよ?

 流石ファンタジー………物理法則や質量法則をぶち壊してくる。

 今度来るときは、アンナの手が荒れてしまっているからハンドクリームをお願いしたら通じなかった………

 この世界にはハンドクリームがないみたい。

 美容液の類はあるし、保湿クリームもローズブランドで作り始めた程度の世界である。

 手が荒れたら、酷いあかぎれとかに薄めたポーションや傷薬的な軟膏を塗るらしい。

 逆にわたしはお嬢様すぎて手荒れとは無縁過ぎて、お顔に塗る美容液を手にも足にも腕にも肌という肌にしっかりと塗り込んでいたのでいつももちもちつやつやだった。

 ジュリアスにどういったものかを伝えたら、すぐに理解してくれた。流石エリート従僕。有能過ぎですわ………でも、アンナは私のために一人で井戸から水を汲んだり、火をおこしたり苦労を掛けてしまっている。そんな苦労をおくびにも出さず、いつも抜かりなく準備してくれている。

 できれば、ささくれやあかぎれができる前にケアしてほしいですわ。この世界にはゴム手袋はないし、どうしても水仕事は手が荒れます。

 アンナにばかり苦労は掛けられません。わたくしの専属のメイドであるアンナは、その垣根を差し引いてもずっと尽くしてくれる。こんな窮地にすら、嫌な顔もせずわたくしの為にとたくさん動いてくれているのです。

 治癒魔法で治せますが、予防が大事です。痛いのは誰だっていやだもの。

 わたくしも手伝うと申し出ましたが、アンナがかなり強く拒否をしましたので断念しました。わたくし、そんなに頼りないかしら?

 確かに最初は少しくらい失敗してしまうでしょうけれど、成せばなりますわ! 住めば都といいますし、やっぱり手違いだったとお城から放り出されても良いように準備しなくては! できればラティッチェ公爵家に早く戻りたいですが、最悪あの隠し通路を使って夜逃げも手段として悪くないと思います。

 そうなると、街中に潜伏するということもあり得ます。うん、手に職や家事を覚えて損はないと思うのです。

 いずれにせよ、平民計画や修道院計画はなんだかんだで頓挫していますが諦めてはいないのですわ。

 今からでも慎ましやかな生活を送れるように準備は大事です。

 清貧もなんのそのです。

 そう思ってアンナに決意表明したら、一層激しくお仕事を取り上げられてしまう様になりました。

 何とかわたくしが貰えたのは『チャッピー係』。チャッピーが転んだり転がったりどこかへ落ちたり閉じ込められたりしない様に見守る係です。

 あっちへよちよちこっちへふらふらと歩き回るチャッピーを見守り、撫でて愛でるのが主なお仕事です。


 ………あ、あれ?


 なんかペットと遊んでいるだけのような? いえ、チャッピーは迷い怪獣さん? 妖精さん? なのでペットではないのですが、感覚的には限りなくそれに近いような?

 ヴァユの離宮は本当に人の気配がなくて、聞こえるのは鳥のさえずり位。

 アンナがてきぱきと働いているのに、わたくしはぼやっと遊んでいていいのでしょうか?

 結界チャレンジは一日一回までとアンナに言われています。

 何かほかにわたくしにできることはないでしょうか。

 明るい間ならばとアンナに許可を得てヴァユの離宮を探索すると、小さいながらに書斎を発見しました。

 豪奢でかなり古い装丁ですが本のようです。金粉が練りこまれ、宝石がついている。これは本というより調度品や装飾品に近いのでは? 

 広げてみると、神話や童謡の類のようです。わたくしの見たことの無いものだったので、読むことにしました。

 だが問題が一つ。

 本が重い。

 大きいうえ、先ほど言ったように装飾過多といっていいような本。背表紙が金細工や銀細工でできているものもある。表紙に大粒の宝石がくっついているのもある。

 全部が全部ではないのですが、嗜好品というより宝飾品に分類できそうなのがあるのです。

 ですが、そういったものに限ってサンディス王国の歴史書とかなのですわ。

 しかも! ラティッチェ公爵邸の蔵書にもないものです! これはきっとかなりの貴重品! 王城限定なのかしら?

 結界魔法のこととか、ヒントになりそうな物がのっていたらいいと下心が疼きます。

 ですが分厚く豪奢な本は三冊も持てばもう腕がくたくたになります。

 このお部屋は少し埃っぽいです。長くいるのも良くなさそう。少しずつ、部屋に運び込むしかありませんわね。



 読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

 


 風邪かもしれない。インフルではないけど、花粉症でもないと思う……噂のコロナでもないと思うのですが……(;^ω^)

 もし10日以上更新が途絶えたらウィルスか花粉に負けたと思ってください。

 

 

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