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二の足と勇み足

 ドミトリアス兄妹とポンコツのお話です。

 アルベルは地味にいろいろチャレンジしています。結果が伴うかはともかく。



「お兄様の意気地なし! そんなんだからいっつもあの性悪眼鏡やシスコン野郎に出し抜かれるのですわああああ!」


 バチィンと素晴らしい音を立てて、ミカエリスの頬を平手打ちしたのはジブリールだ。

 執務中、いきなり現れた妹に頬を張られたミカエリスは流石に仏頂面になる。

 温厚というより、冷静な性格であるためすぐさま怒鳴り散らすことはないが、それでも気分のいいことではない。

 慎ましやかな胸を張りふんぞり返るジブリールは、兄の頬を引っぱたいたというのに全く悪びれがない。


「………会うなり開口一番がそれか。仕方がないだろう」


「しーかーたーがーーなーいーぃいいい?! 何がですの!」


 スタッカート気味に叫ぶジブリールが、そのヒステリックなリズムに合わせて鋭いヒールを床に突き立てる。木目が抉れるのではないかという音を立てて、足音が響く。

 淑女のすることではない。子供のような地団駄だった。


「我が家は伯爵家だ。フォンの称号があろうと、所詮は伯爵。

 ドミトリアス家が名を上げ始めたのはここ最近だ。そんな私が王家に保護されているアルベルにおいそれと会えると思うか?」


「まあ、御自覚があるなら結構。『なんのことだ?』などとすっとぼけましたら、お姉様を狙う気概も無いと判断していましてよ」


「相変わらず口が回る。だが、こればかりはどうしようもない」


「お兄様が行かぬとおっしゃるなら、わたくしが行きます。ええ、行きますわ!」


 兄の情けない言葉に、ジブリールが柳眉を跳ね上げた。

 ジブリールは昔からアルベルティーナへの心酔が強かった。手放しに自分を可愛がってくれる一つ上の美しき公爵令嬢に憧憬と親愛を持っていた。

だが今回の暴走は放ってはおけない。相手は王家や四大公爵家が絡んでいる。迂闊に手を出せば、ひねりつぶされるのはこちらだ。

 本当なら、ミカエリスは王太女の話をアルベルティーナにもっていきたくはなかった。そして、できるならキシュタリアたちについていきたかった。

 ミカエリスは伯爵であると同時に騎士候としての立場もあるので、国王や公爵であり王国騎士団長であるフォルトゥナ公爵から頼まれても二重の意味で断れなかった。

 信頼されているといえば聞こえがいいが、しがらみまみれで型に嵌った行動しかできない。そんな自分に腹が立つ。そして、それを見透かしたようにジブリールは感情のままに時折突拍子のないことをする。


「お、おい。待て、ジブリール。本気か?」


「本気ですわ! ではご機嫌よう! ヘタレなお兄様!」


 いうが早いか、スカートの裾を翻して走り去ってしまった。

 なんでこうもアクティブなのだ、あの妹は。

 昔はもうちょっと引っ込み思案というか、大人しい感じだったような気もしなくもない。

 今では女だてらに細剣を振り回し、並みの男などコテンパンに叩きのめす。上流階級の嗜みという程度に、剣を触った程度の令息など瞬殺する。

 ミカエリスは止めた。可愛い妹には危険なことなどして欲しくない。白魚の手にたこなどこさえて欲しくない。だが、ジブリールはミカエリスの言葉などあっさりはねのけて、どうやって師を得たのかは知らないがめきめきと上達した。女の細腕では男と戦えば腕力は当然劣るが、魔法による身体強化を極めればそんなことなど些事となる。ミカエリスは、時々妹がどこに向かっているか分からなくなる。

 もちろん、レディとしては申し分ない。可憐で艶やかな微笑みと、流行最先端のドレスや宝石を纏い颯爽と社交界を渡り歩く若き淑女。その燃え上がるような真紅の瞳と髪色から、薔薇の令嬢と例えられる。凛として華麗。そして、時折気に食わない奴の顔面に拳をめり込ませる。

 最後の悪癖さえなければ、とても素晴らしい文句なしの妹だった。

 美しいけどばっちり棘付き。それでも求婚者が絶えないのは、ジブリールが今を時めく伯爵令嬢であり、社交界の華だからだ。そして、サンディス王国屈指の名家であるラティッチェ公爵家とも浅からぬ縁があるからだろう。

 一人娘のアルベルティーナがジブリールを実の妹のように溺愛するせいか、あのラティッチェ公爵もジブリールには若干目が穏やかだ。

 同じく溺愛しているキシュタリアは、下心を見抜かれているせいか冷たいが。

 ミカエリスはジブリールが開けっ放しで去っていった扉を見る。

 確かに言う通り、自分はいつも後手に回っている。

 嫌われるのが怖くて、一歩踏み出したらタガが外れそうで、そう言い訳して。


 もしこのままアルベルティーナが王太女となったら?


 間違いなく自分と彼女の道は交わることなく終わるだろう。

 幼馴染だった、ただそれだけの男として終わる。

 彼女はしかるべき伴侶を娶り、王族の一人として――もしくは女王としてこの国の頂点に名を連ねることとなる。

 誰かのものとなったアルベルティーナを主君と仰ぎ、決して縮まることのなく、触れることのできない距離から眺めることしかできなくなるのだ。

 ミカエリスは伯爵家当主として、妻を娶らなくてはならない。そうなったら後継者を作り、血を残すためだけに情も愛もない婚姻となることは既に決まっていた。この年齢まで碌に婚約者を作らなかった。本来なら時間をかけて絆を育むべき婚約者を作らなかったのだ。

 自分が頑固で融通が利かない性格なのは知っている。

 あまりに衝撃的で鮮明な初恋が、いまだに胸の中心にいる。

 それを諦めて、妥当な女性を探すという半端な真似ができなかった。

 時間とともに劣化するどころか、その恋慕は一層重篤になっている気さえする。

 深いため息をつき、ミカエリスは書類を引き出しにしまって鍵をかける。


(………アルベルティーナ、貴方に会いたい)


 彼女のいる離宮には、結界が張られているという。

 その結界は彼女の魔法の暴走の一種で、恐怖と拒絶の感情がそのまま性質に現れている。メイドも騎士も入ることができず、現在出入りが確認されているのはアルベルティーナと親しい数名のみ。

 フォルトゥナ公爵に強引に連れてこられたときは、逆に恐慌状態で結界を張るどころではなかったようだ。恐らく、何かが引き金で発動したのだ。彼女の恐怖が頂点を突き抜けるほどの恐怖。

 もう少し早く結界が発動すれば――などとは詮無いことだ。

 アルベルティーナは騎士でも傭兵でもない。荒事とは無縁の深窓の令嬢だ。

 そんな彼女の万事十全に事を成せなど無理にも程がある。

 棚の上に掛けてあったミスリルの剣。それに付けていたアミュレットを取り外し、ベルトに付けかえて部屋を出た。











 わたくし、実はちょっと困っています。

 なにが困っているって?

 えー………実はですね、今張っている結界、わたくしのコントロール外なのです。

 魔力は確かに自分のものだとは感知しているのですが、強度の調整とか範囲の変化とか一切できないのですわ。

 これだけ大きな結界を王城の一角とはいえばばーんと張ってしまうのは良いことなのでしょうか? そもそもわたくしの魔力も持つのかしら?

 お父様がお戻りになるまで持続できればいいのですが、それを考えるなら必要最低限まで範囲を狭めて強度を上げて、コスパと質の両方を死守したいのですわ。

 幸い、キシュタリアやジュリアスは来てくれました。彼らは入れるのです。もちろんアンナも大丈夫だそうです。

 そもそもこんな大きな結界を張ったのも初めてです。

 ここにきて既に数日たっているのですけれど、夜中も消えないようなのです。コンビニも真っ青な二十四時間営業なのです。労働基準法、来てください。脆弱な公爵令嬢が魔力的な意味でフルタイム勤務しています。

 こんな形で結界力を発揮するくらいなら、もっと早く発揮してほしかった。

 流石ポンコツ。所詮わたくしは二流役者のアルベルもどき。

 あの筋肉熊さん野郎にこんな場所にドナドナされずに済んだかもしれないのに………

 あれがわたくしの祖父なんて信じませんわ。美形遺伝子の塊のような両親に、あれの気配は微塵もありませんもの。認めたくありませんがお母様側のお爺様とのことですが、クリスお母様は華奢で儚げな貴婦人でしたわ。共通点なんて、精々黒髪程度ですわよ? あの熊さんと近い部分なんて。


「チャッピーもそう思わなくて?」


「ぴぎぃ?」


「嫌いですわ。あんな人! わたくしの家族はお父様とラティお母様とキシュタリアで十分ですわ!」


「ぎぃーっ」


「そうですわよね!」


 私が力説すると、チャッピーも同意を示してくれた。

 フォルトゥナ公爵家が何ですか! こちとら天下のラティッチェ公爵家ですわ! ふーんだ!

 だからきっと、お父様がいれば………


「大丈夫………ですわ」


 本当に?

 私はゲームのシナリオ通りには行動してはいない。

 義弟のキシュタリアとは仲がいいし、本来なら関わり合いのないミカエリスとも良好な関係だ。

 破滅の引き金であるヒロインのレナリアは盛大に攻略失敗をした様子。ルートによっては王太子妃として王国のシンデレラガールとして名を馳せ華々しい凱旋をしていたが、今では国家に追われる大犯罪者。王侯貴族どころか、平民とすら結婚できない。むしろ、命も風前の灯だ。

 本来であれば婚約者であるはずのルーカスとは殆ど関わらず、唯一かかわったのは私が冤罪を被されて一方的な断罪を受けかけると理不尽なモノ。他の攻略者とは碌に会話すらしていない。

 あの騒動はお父様がブチ切れて粛清モードに入って大変でしたわ。

 わたくしにはゲロ甘のお父様です。それ以外には冷凍デスソースのような方です。

 周りにいるTheリアル乙女ゲーの美男子たちそっちのけで、お父様にべったりなファザコンと成り果てた私。アルベルティーナはゲームでは美しき悪の令嬢として君臨していた。まさに悪の華。悪の女王だった。

 現実の私は自他ともに認めるポンコツ娘だ。外見はしっかりアルベルティーナの絶世の美貌をキープしましたが、極度の世間知らずと人見知りのヒキニート。要介護認定幼女の烙印を押されている。

 年々そのポンコツっぷりに磨きがかかっているような………?

 だってみんな超優しい。ふぇえ、めっちゃ優しいよぅ………甘えてまうやろー。

 その怠惰の成れの果てがこのポンコツです。完璧に居るだけのマスコット令嬢です。血筋と外見が取り柄だけのオッスオラ駄目令嬢! って感じです。社交? なにそれ美味しいの? 筋金入りのヒキニートです。

 さて、そんなわたくしに王城に味方なんていると思いますか?


 答えはNOですわ!


 わたくしに!

 お友達は!

 いないのですわー!!!


 ………今更ながらに悲しい現実が。

 頼る相手もいなければ、誰を頼ればいいのかすら分からない。

 ラティッチェを除いた血縁といえば、あのフォルトゥナ公爵家だけ。絶対頼りたくない。どんな見返りを要求されるのでしょうか………

 あのカイゼル髭のオッサこほん。おじさまと、ひげもじゃの一人劇画調マッスルフェスティバル爺さんはわたくしの中で印象最悪ですわ。超怖い。疫病神ですわ。

 お父様と仲もよろしくないと聞きますし、要注意人物たちです。

 何とかあの人たちに頼らず、情報収集をしたい。

 そこでわたくし、考えました。

 本来、結界とはかなり高度かつ特殊な魔法です。空間把握と、魔法による物質構成。わたくしは防御と脚立や踏み台代わりにしていることが多いですが、本来はすごい魔法なのですわ! エッヘン!


 ………まあ、わたくしの場合ふんわりもったりなんとな~く使っている感が強いのですが。


 所謂感覚型らしいです。逆なのは理論型。

 感覚型は天才型というか、かなりピーキーな使い方だそうです。なんとなくな感じで魔法を使います。自由性の高い、柔軟型といえば聞こえがいいのですが一度スランプに陥ると急に魔法が使えなくなったり、とんでもない暴走をしたりするタイプです。

 想像を骨格とし、魔力で肉付けしていく感じですね。

 お父様とミカエリスとかはこのこっち型です。

 きっとジュリアスは理論型ですね。ルールに則りがっつり理詰めで魔法を駆使するタイプ。抜群の安定性を持つ代わりに、あまり柔軟性が無いタイプだそうです。お菓子の調理のように、きっちりきっちり分量や温度をレシピ通りに守ってやる感じですわ。

 ラティッチェ家は感覚型の魔法の使い手が多いそうですわ。でも、わたくしお父様の御両親やご兄弟ってみたことないのよね。お父様、クリスお母様以外のご家族について全くお話しませんし………

 キシュタリアは両方うまく使い分けている感じがしますわね。

 以前、わたくしに見せてくださった魔法はとても素敵でしたわ。乱舞する水球が煌めく魚や鳥に変わった。大地から土人形が現れて軽々と片手で私を持ち上げて、屋根を見下ろして学園を一望した。

 ああ、とても素敵でしたわ。お願いしたら、またやってくれるかしら?

 また、見ることができるかしら………

 うっかり沈みかけた自分を叱咤し、魔法を使うべく魔力を巡らせる。

 とりあえず、この張っている結界を上手く掌握しなくては。

 いざという時に、これを自由に使えるようにできればだいぶ危険回避できると思うのです。

 ううむ………ん? なんか範囲広くない? 思った以上に広くない? わたくし、かつてないくらい広範囲に結界を張っていた? うそーん。その才能、もっと早くに発揮しやがれってやつですわ。

 何故かしら? 自分の魔力で、自分の結界のはずなのに巧く動かせない。

 探るように結界に魔力を伸ばす。そのとき、一気に頭に情報が溢れた。一気に様々な光景が洪水のように押し寄せる。くらくらするような速度で一気になだれ込んでくる。いやー、無理無理無理! だめーっ! 意識がぐらぐらするー! ふっとぶーっ!


 ………


 …………


 ………………



 うぷ、頭が滅茶苦茶痛いですわ。二日酔いみたいな? これは魔力酔い? 情報酔い?

 あかんやつや、これ。

 魔法は結構得意だと思っていたのですが、そんな自信は軽々吹っ飛びましたわ。

 うう………精進しなくては。幸い、時間はありますわ。たぶん。早くこの結界を掌握しなくては。

 ソファの上で唸りながら、私の意識は落ちていった。





 ミカエリスは最悪ジブリールが婿を取ればなんとかなりますが、糞真面目さんなので自分がきちんとしなきゃと思いつつも公爵の壁が厚い。

 ジブリールは婿探しもどんとこいで、もともとそれを見越して夫探しをしています。

 アルベルが義姉になるなら多少の歳の差もバツイチも気にしない。

 ただ、うっかりグレイルにぶち殺されるような迂闊な男は全力で避けています。

 下手すると兄が初恋患い過ぎて一生独身かもなーとかも考えているジブリールさんでした。

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