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画策

 ちまちま進んでいきます。

 キシュタリアたちのターンです。



「………何か喋ったか?」


「いえ、目ぼしい情報は何も。元は下級貴族出身と聞きますし、このことに関与はないのでは?」


「だが引き取られて以来、十年以上ラティッチェ公爵家にいたのなら何かしら知っている可能性も捨てきれない」


「しかし、薄気味悪い程に公爵に似ているな。髪色と瞳の色以上に、あの読めない笑みがうすら寒い」


「えー、そうですか? 大人しく我々の質問に耳を傾けますからいい方ですよ。

 中には『下民如きが生意気な口を利くな』とか言い出すのもいましたよ?」


「それは自分の立場を分かってないよっぽどの馬鹿か、相当な自信があるかだ」


「あー………いますねえ、投獄や拘束がショック過ぎて頭のおかしくなっちゃう人」


「例の毒婦は虚言癖が酷かったからな。自分が次期王妃だの聖女だのと妄言を垂れ流していたし、例の公爵令嬢が危険な魔法薬を密輸・製造して、奴隷を密売しているとか、邪魔な人間を暗殺しているだのと散々言っていたらしいな」


「あれって出てきたのか?」


「いや、出てきていない。例の奴隷密売の押収品が一部我が国では認められない水煙草や、隷属の魔法術のスクロールなどではあったがあれはモノがモノだけに警備が厳重な公爵家に保管していたものだからな。

 ああいう押収品は移送にも許可がいるし、注意がいるからな」


「それより温室にあった稀少な植物に香草や薬草があったみたいで、そっちの被害額がヤバいそうっすよー……なんでも、亡き奥方やお体の弱いご令嬢のために邸内で育てていたらしく」


「ラティッチェ公爵のご令嬢への溺愛は凄まじいと聞くからな。

 金に糸目はつけないだろうし、その温室って俺らの年収というか、一生分くらいの価値ありそうだよなー………

 公爵閣下はどんな重大会議があろうと、姫様の誕生日や約束があると無視するからな」


「ラティッチェの姫様の誕生月の前後の公爵の働き方は人間業じゃないですからね」


「陛下も宰相も大臣たちも、ここ数年は諦めて予定を組んでるしなー………」


「………ラティッチェ公爵がどんなに機嫌悪くても、屋敷に帰ると絶対機嫌が直るから下手なことできないだろう。

 何考えているか分からない人だが、そこは鉄板だし」


「あのー………そのご令嬢って今、王城に拉致………じゃなくて、いらっしゃるんですよね? その、公爵はそのことは大丈夫なのでしょうか」


「いうな。御上の考え何ぞ俺らには分からん」


「そうだそうだ。俺たち下っ端が公爵令息の取り調べに宛がわれている理由を察しろ」


「………生贄枠?」


 沈黙が下りる。が、一拍遅れて空気が震える。


「「「ぎゃああ!!!」」」


「いやー! 死にたくない!」


「陛下ーっ! どうかご慈悲を!」


「今の公爵絶対機嫌悪いっすよー! スタンピードで遠征いってますけど、なんかどっかの馬鹿ボンやらかしたって噂が!」


 少し離れた部屋で兵士たちが大騒ぎしているのが聴こえる。

 キシュタリアの腕には魔法を封殺する手錠がある。だが、一般的なモノであり規格外の魔力を持つキシュタリアにはいささか力不足の物だった。

 魔封じの手錠が十全に機能していても、下級魔法は使える。やろうと思えば、魔力を多量に送り付けてこの手錠を破壊することだってできた。

 だが、キシュタリアはそれを指摘せず、甘んじてそれを付けることにより情報収集に徹していた。

 アルベルティーナの王家の瞳が暴露され、連れ去られた。急いで後を追ったが、王家の瞳を持つアルベルティーナを秘匿していたからと任意同行を求められた。

 すぐさま拘束して牢屋にぶち込めないあたりからして、まだはっきりとした罪状は下っていないとキシュタリアは判断した。

 良くも悪くもグレイルは独裁傾向だ。そして、気になるものは自分で徹底管理する。

 当主の意向であれば子息のキシュタリアは従わざるを得ない。主犯と従属する立場では大きく違う。

 とにかく今は情報が必要だった。虎穴に入らずんば虎子を得ず――多少危険を冒しても、情報を知りたかった。

 結局、兵士たちから見れば雲の上の存在を強く尋問することもできず、口頭でそれとなく尋問されただけだった。

 甘やかされたボンボンであれば怯んだかもしれないが、魔王の扱きを幾度となく受けたキシュタリアにはどうってことの無いことだった。

 殊勝な態度で尋問を躱し、魔法で盗聴して情報をかき集めた。余り行儀のよい魔法ではないが、役に立つなら何でも使う。

 おそらく、城内の表面上の情報はジュリアスが掌握しているはずだ。

 一般兵士は概ね善良で、身分差から出る畏縮を抑え込んでそれらしく奮闘している。だが、あの岩石筋肉の大熊公爵と対面した後であればどうってことがなかった。中には恫喝めいた言葉を混ぜ込んでくる人間もいたが、にっこりと父を真似た笑みを浮かべると青褪めて退散した。

 時折、クリフトフから面会の打診はあったが断った。

 切り札は未だ使うべきでない。

 キシュタリアは静かに状況を見極めていた。

 結局、誰一人キシュタリアから有益な情報を絞り出すことはできずに拘束期間は終わった。








「アルベルティーナ様が王家の瞳を持っておられる以上、あのお方は王族として丁重に扱われるべき存在です。

 我々が責任をもって、ご令嬢が恙なく生活できるように手配しております。

 キシュタリア様も、アルベルティーナ様が王家としての栄誉ある立場になることをお喜びになっては如何ですか?」


「おかしなことを。私が見た姉は無理やり家から連れ去られ、怯え泣いていました。

 今もいきなり王城に連れてこられ、良く知った傍付きはたった一人のメイドのみで心細い思いをしているのでは。

 家族として、公爵家の人間として安否を確認させていただきたいのですが」


「おかしなことを! 我々がアルベルティーナ様に危害を加えるような言い方ではないですか。

 久方に相まみえた、新しき尊きお色の姫君です。しかるべき場所でお守りしているだけにすぎません」


「ならば、弟である私が会いに来て何がおかしいのですか? それとも、何か会わせられない理由でも?」


 上っ面を流れるような会話。

 一見にこやかに、少し困ったようにしているが、実際は青二才となめてかかっているのがよくわかる。

 なんだかんだ言いつつ、彼らはキシュタリアの最愛を返す気などないことなど、最初から気づいていた。

 登城し、何度も面会を申し入れしているのに突っぱねているのがいい証拠だ。

 どうせ、アルベルティーナはとてもではないが人に会わせられる状態でないのは容易に想像がつく。あの繊細過ぎる少女にしてみれば、いくら豪華絢爛な調度品の王城にいようが、気の休まらない場所であることは変わりがない。

 一刻も早く、会いたかった。

 泣いてはいないだろうか。心労から患ってはいないだろうか。何か、心無い人間に傷つけられていないだろうか。

 脳裏をよぎるアルベルティーナは、いつも柔らかな花のような笑みを浮かべている。毒も痛みを全てから隔絶された場所で、大事に育てられてきた義姉。傷つきやすく、人の痛みにも敏感で、だからこそ優しい大切な人。

 令嬢としての社交スキルはお粗末極まりないし、腹芸ができないお子様だし、恋愛音痴なうえ鈍感だし、小悪魔か天使か分からないぽやぽやした謎の生き物だと思う時もある。それをひっくるめて、キシュタリアにとって何より大切だった。

 毎日のように通い詰めて会わせろと要請しているが、今のところまともな返事はない。

 のらりくらりと――というより、父のラティッチェ公爵でなければ、子息ごときがといわんばかりに濁しているのがあからさまだった。


「いっそ強行突破してやろうかな……」


「おやめください、キシュタリア様。それこそ相手の思うつぼですよ。

 譜代臣下の四大公爵家の当主たるラティッチェ公爵が王色の娘を秘匿していたと、ただでさえ複雑な立場なのですから」


「あの態度見ていただろう? あれ、僕らのこと絶対見くびっている」


「相手も実情を知られたくないでしょうしね」


「実情?」


 ジュリアスは端正な美貌に、酷薄な笑みを浮かべる。つい、と上がった口角は獰猛だった。

 キシュタリアは内心「こいつも相当機嫌悪いな」と思ったものの、顔には出さない。

 普段は冷静で、内面を一切出さない冷静沈着な切れ者。その端麗な容姿と、抜け目のない性格で貴族界の表も裏も知る従僕。


「騎士どころかメイド一人すらアルベル様に近づくことすらできない。御姿すら見てないとのことですよ。

 なんでも強烈な結界に阻まれて、一度フォルトゥナ公爵が強行突破してぎりぎり部屋にたどり着いたのが一度きりだと」


「………それってどうなの!? 結界まで使って嫌がっているって……いや、それよりアルベルが一人で食事とか着替えとか用意できるはずないじゃないか!」


 おかしなことではない。上級貴族の令嬢はメイドや従僕がいて当たり前だ。高貴な女性ほど複数の傍付きを置いている。

 アルベルティーナの身分を考えれば、傍付きのメイドがアンナ一人ということ自体少なすぎるくらいだ。


「アンナは例外だと思いますよ。というより、問題なくお嬢様の傍へいけるのが彼女一人のみ。ですがアンナだけでは事態は膠着しているようです。

 アンナはアルベルお嬢様絶対主義ですからね。お嬢様の不利になることは絶対しないはずです。

 融通する代わりに金を積まれても、縁談や爵位で釣ろうとしても絶対に頷かないでしょう」


「でもアンナ一人でも限度があるだろう?」


「ええ、お嬢様がいくら威嚇して結界を張り巡らせても限度があります。

 籠城し続けるにもいつか限界が来るでしょう」


 アルベルティーナは基本、魔王の庇護のもとぬくぬくと天敵も外敵も排除されまくった場所で過ごし続けてきた。

 危機管理能力のポンコツっぷりは良く知っている。警戒のへたくそっぷりも。

 そんな令嬢がいくら全力でにゃーにゃー威嚇して、偶発的にも運よく結界魔法を発動させて物理的遮断手段を手に入れても結局は素人のやり口だ。

 何かの拍子に結界が消えてしまったら終わりだし、維持できなくなったということはアルベルティーナ本人が非常に弱っている可能性もある。


「外野がお父様にぶちのめされれば一番簡単なのに」


「それが恐ろしいらしく、ラティッチェ公爵への伝令はかなり遮断されているようですよ。

 ですが、いくら王家や家臣が躍起になったとしても、ラティッチェ直轄の子飼いまでは支配しきれないでしょう………」


「いるの?」


「いますよ。というより、我々がアルベル様になにしたかとかも即筒抜けです」


「身に覚えがありすぎる。アルベルに触りすぎた後とか、父様の当たりがきつくなるのはそのせいか………」


「弟の特権を存分に行使なさっているようで何よりです。やりすぎるとそのうち殺されますよ」


「シャレにならないのが父様なんだよね」


「冗談じゃありませんから。というより、ラウゼス陛下は何を考えているのでしょうか。

 公爵の逆鱗ブチ抜くなんて、正気の沙汰ではありません。

 今まで、王族の中でも唯一ラティッチェ公爵ともうまくやってきた御仁だというのに」


「さあね。王族の中ではまともだと思ったのに。そんなに大事かな、王家の瞳って」


「王位継承順位が容易にひっくり返る程度には」


「三人もいるだろ、直系が。緑眼も二人」


 醜聞真っただ中で、片や謹慎。もう一人は監視がガッツリついて矯正中ときく。

 そのせいで、余計アルベルティーナを担ぎ上げたい勢力が多くいるのは皮肉なことだ。


「王位継承者選定は、上級貴族で構成される元老院の中で選抜された元老会により成されます。

 元老会の王家の瞳、結界魔法、そして王印への執着は相当なものです。

 特に目に見えて王族の特別性を示す瞳は、異常なまでの厳正な規定があります。

 ルーカス殿下は薄すぎ、レオルド殿下は青みが強すぎる。元老会としては、あのような緑の眼では『王家の瞳』と称するには不十分な紛い物でしょうね」


「ウッゼエな」


「キシュタリア様、本音が駄々洩れでございます」


「いいんだよ、アルベル居ないし。アンナもいないし」


 皮肉気な笑みを浮かべ、肩をすくめるキシュタリア。

 そんな笑みすら魅惑的で、甘い美貌を彩るものとなる。

 この公爵子息がなかなかの曲者だということを、ジュリアスは従僕として長年見ているので知っている。とても優しい自慢の義弟だとアルベルティーナは思っているようだが、笑顔で権謀術数をあしらい、社交界を泳ぎ続けてきた人間だ。そんな人間から一片の裏もない優しさを注がれている特別性を知らないのは当のお嬢様のみである。


「………貴方、本当にアルベルお嬢様の前では特大の猫を被っていますよね」


「猫なんて被ってないよ。僕はアルベル以外には優しくする気が基本起きないだけ」


「ドシスコンもここまでくれば偏執狂ですね」


「アルベル狙って一代で爵位まで取った奴に言われたくない」


「それでも足りませんけどね。いくら財を成そうが、所詮子爵では話になりません。

 四大公爵家の令嬢が相手となれば、最低伯爵は必要です」


 せめて『フォン』の称号があれば、まだ可能性はあった。

 だが、その称号を持つのは王家から特別な目を掛けられたことのある貴族のみ。

 四大公爵家は貴族の中の貴族。臣籍降嫁の筆頭に上がるほどの譜代臣下の貴族。過去に王族の命を救ったことから騎士から伯爵の称号を得て興ったドミトリアス家も十分該当する。

 だが、ジュリアスはただの貴族だ。それも新興の成り上がりの下級貴族。


「ちなみに王女殿下は?」


「伯爵以上ですね。それも『フォン』の称号がつくか、辺境伯、侯爵、公爵。もしくは王族もしくは、大公ですね」

 

「……知っていたけど、お前も諦め悪いよな」


「アルベル様を振り向かせればどうにでもなることです。

 ラティッチェ公爵は、フェンデル伯爵でありコーラル侯爵でもあり、ベネ男爵でありメディチ子爵でもあります。それ以外にも国から管理を委譲された爵位はあまたにありますから、どこか一つ貰えればどうとでもなります」


「プライドないの? 好きな子にどうにかしてもらうとか」


「貴方がそれを言います? あのぽやーっとしている癖に、頑なに異性からの求愛を拒絶するアルベル様が相手ですよ? 漏れなくこの国の魔王と呼ばれる恐ろしい舅がついてくる命がけの懸想相手ですよ? 口説き落とすのがどれだけ困難か、貴方も解っているとは思うのですが」


「…………まあね」


 沈黙が、その事実を表していた。

 一目惚れに近い形の初恋を、十年以上患っているキシュタリア。年々悪化しているといっていい程、キシュタリアは義姉を溺愛している自覚がある。

 もし、このまま公爵家を継いで他家から妻を娶らされても、アルベルティーナと心のどこかで比較してしまうことは間違いない。家柄、人柄、気品、美貌、教養――すべてが最上級といっていい。社交ができないことは、それほど気にしない。むしろ、それを理由に大事に家にしまい込める。キシュタリアの理想の女性像は常に義姉の姿をしていた。

 諦め悪く、思い続けるだろう。


「それに、気になるのはグレイル様です。いつもなら、手早く片付けてすぐさまアルベル様の顔を見にくるのに、これほど長期間の討伐は珍しい」


「魔物の増殖が枯渇する気配がないって話だけれど」


「スタンピードで赴くのは珍しくないことですが、これだけ長引くのは………」


「実は魔物がどうこうっていうのは、表の理由。実はお父様の討伐の尻馬に乗って目立とうとした馬鹿が、おかしな魔道具を使って逆に盛大に足を引っ張っているらしいよ」


「戦場を知らないバカ子息がやりそうですね」


「スタンピードより、そっちの方が面倒になっているみたい。人災ってやつ?」


「人だろうが魔物だろうが、グレイル様にとってアルベル様以外はゴミ屑でしょう。今更躊躇う方ではないと思いますが………」


「気になるけど、父様は自分でなんとかできるでしょ。それよりアルベルだよ。

 ちゃんとご飯食べているのかな………寝られているのかな。

 あー………そうだ、僕、絶対怒られるよな……もういっそ、魔法で殴り込みして奪ってこようかな」


「おやめください。それは最終手段です」


 キシュタリアは学園でも魔法特待生カイン・ドルイットと争うほどの魔力の保有量を誇る。しかも、長年サンディス王国でも化け物と名高いグレイル・フォン・ラティッチェに様々に叩き込まれてきた。あの温室結界育ちのポヤポヤ姉の令嬢が新作菓子に喜んでいる間にもダンジョンや魔物の巣窟に投げ込まれたことは一度や二度ではない。ミカエリスもそうだが、突然の抜き打ちテストが行われるのだ。公爵の気分次第で。しかも、それにジュリアスが巻き込まれたのは一度や二度ではない。ついでに死ねばいいのにといわんばかりに、心も装備も何も整わぬ状況で投げ捨てられた。

 キシュタリアは貴公子然とした公爵令息だが、その魔法技術は実戦も伴う玄人のものだ。

 上手く行けば強行突破もできなくはないだろう。


「それにしても、王家も四大公爵家も示しを合わせたように圧力掛けてきたし………」


「王家はルーカス殿下たちの不始末の詫び、四大公爵家はラティッチェ家を立てるという名目で、魔王のいない間に揺さぶりを掛けたかった利害の一致でしょう。

 四大公爵家とは謳っていますが、ラティッチェ家の勢力がずば抜けていますから。バランスが酷く偏っています」


「特にフォルトゥナ家がしつこかったんだよね。拒否したら、単身乗り込んできそうだったし………まあ公爵も伯爵も親子揃ってやらかしてくれたけど。

それにしても、侵入者が多かったんだよね。なんであの馬鹿女に協力するのがあんなに多かったのかな?

 ラティッチェ公爵家に睨まれてまで犯罪者に従うとは思えない」


「それについては憲兵たちも訝しんでいました。まともな思考ではないでしょう」


 キシュタリアの言葉に、ジュリアスも同意を示す。

 別宅以外にもレナリアの手のものはあまたと入り込んでいた。そのせいで、ラティッチェ家の護衛は数で押し負けてしまったのだ。

 中には従僕や執事のふりをして貴族についてきた人間もおり、祝い酒として持ち込まれたワイン樽に潜んでいたのもいた。馬車に二重底にして潜んでいたのもいた。

 平民などの下男ならともかく、無駄に貴族の矜持の高い人間はしないがそれでも入ってきたのが幾人もいた。


「………何人も正気でない侵入者がいたときく。大半は貴族とは名ばかりのならず者ばかりだったそうだが、妙なものに手を出していた可能性が高い」


 話に割り込んできたは赤髪の貴公子だった。ゆったりとした足取りだが、隙がなくしなやかだった。キシュタリアやジュリアスとも甲乙つけがたい華やかで端正な容貌。だが、その表情は険しい。


「ミカエリス」


「ミカエリス様、どういうことでしょうか?」


「まるで酩酊して幻覚を見ているような様子だった。酒が入っているかと思えばアルコールの匂いはしない。定期的に牢でもがき苦しみだして発狂しだす。そして、お菓子を寄越せと暴れだしたらしい」


「まるで症状がアルコール中毒者のようですね。医師の見立ては?」


「それに近いらしいが、原因は不明らしい。そのお菓子とやらに何かが混入されている可能性が高いのは間違いなさそうなのだが」


 誰も現物を持っておらず、だからこそそれ目当てでレナリアに協力したそうだ。

 明らかにきな臭い。何か常習性のある中毒の一種の可能性が高い。


「現状、サンディス王国の禁止物には入っていないモノである可能性が濃厚とのことだ。

 だからこそ、一部の貴族の如何わしい夜会で蔓延していたのかもな」


「可能性と言いますが、ほぼ確定でしょう。ただの毒や薬ですか? 魔法薬でしょうか?」


「それも不明だ。レナリアは再び脱獄したらしい………どうやら思ったより幅広く蔓延しているようで、その『お菓子』とやらと引き換えに手引きした者がいた。まあ、足がつくと『お菓子』ではなく毒入りを渡されて、泡を吹いて死んでいたがな」


 何度脱獄させるつもりなのだ、あの公害女を。

 キシュタリアはその端正な顔をこれでもかと歪めた。


「何考えているの。ザルなの? 馬鹿なの? 死ねばいいんじゃない」


「流石にフォルトゥナ公爵が怒り狂って、兵も騎士たちもまとめて自ら特別訓練をつけている。

 それ以上に、思った以上のそのお菓子とやらの蔓延が酷い。深刻な事態だということもあるだろうな。

 ………フォルトゥナ公爵もアルベルの激しい拒絶と気落ちぶりに流石に責任を感じているようだ」


「今更ではないでしょうか」


 ざっくりと切り捨てるジュリアス。フォルトゥナ公爵に連れ去られたときのアルベルティーナの悲痛な叫びは今も耳の奥にこびりついている。半狂乱となり助けを呼ぶ中の名に、己の名も入っていた。

 その声は幼い時のアルベルティーナの声と重なった。

 二度と聞きたくないと思った、あの怯え切った声。

 現場を見ていないミカエリスも、アルベルティーナが同意のうえで連れてこられたことではないことは察していた。そして、緘口令があろうとも噂は絶えない。アルベルティーナの拒絶と悲嘆は、実家を好み王族から距離を取ろうとする様子から十分察していたのだろう。


「………キシュタリア、秘密裏に打診を受けているが聞く気はあるか?」


「ふぅん、条件付きでしょ?」


 ただで会わせるはずがない。アルベルティーナは今、影響力の多すぎる人だ。

 それくらい馬鹿でも分かる。


「魔封じの枷をつけるのと引き換えに、一度アルベルと会わせると検討している。

 どうやら、あちらは余程に手の付けられない状態らしくわざわざ私宛にお前を説得するようにお声が掛かった」


「いく。会えるなら、手段は問わないよ」


「即答か……アルベルを王太女となるよう説得してこいとあってもか?」







 キシュタリアは結構いい性格をしています。

 アルベルティーナの前では好青年ですが、それ以外では色々使い分けています。

 ちなみに魔法ブッパは何度も考えていましたが、アルベルが半分人質状態で運勝負はしたくないので着実に相手の裏をかいて成功にこぎつけるために情報収集です。


 読んでいただきありがとうございました。

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