望まぬ柵
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なんかとんでもない数字なのですが、マジなのかと思いつつマジらしいです。
長い後編がスタートです。だいぶシリアス方向になるかと。重くなり過ぎないようにしたい………
アルベルティーナ、王城に拉致られる。
本人、かなり不本意というか超絶恐怖です。
フォルトゥナ公爵、孫娘に目出度く超絶嫌われました。
それからは悪夢だった。
フォルトゥナ公爵は泣いて嫌がっても、拒絶しても無理やり連れて行こうとする。私が座り込んで抵抗すれば抱え上げられた。そしてフォルトゥナ家の紋章の入った馬車に入れられた。
キシュタリアが声を荒らげて抵抗して、セバスやジュリアスが説得を試みたが全く聞き入れられなかった。何とかアンナだけは私付きの侍女だからと同行を許された。
連れてこられたのはフォルトゥナ公爵家ではなく、王城だった。
涙も枯れ果て、疲れと憔悴で意識も朦朧としていた。気分は濡れ衣を着せられた罪人のようだった。絞首台に上るような気持ちで謁見の間に続く階段を眺めていた。
抵抗する気力も歩く気力もない私をフォルトゥナ公爵はあっさりと片手で抱き上げ、迷うことなく進んでいく。
私を見た人たちの視線が鬱陶しい。見ないで。怖い。怖いよ、お父様。私はどうなってしまうのだろうか。
嫌だ。嫌だ。助けて、行きたくない。知らない人は嫌い。知らない人は怖い。知らない人には誰にも会いたくない。
会いたいのはお父様、キシュタリア、ジュリアス、ラティお母様、セバス……ラティッチェのみんなに会いたい。
毛足の無い真っ赤な絨毯にぱたぱたと水滴が落ちる。それが私の眼が零れ落ち、頬を伝い顎から滴っていたもの。
一瞬フォルトゥナ公爵の足が止まり、ちらりと私を見たが何事もなかったようにまた歩き出した。それどころか、一瞬止まったのを巻き返す様に歩調が速くなった気さえする。
滲む視界でアンナがスカートを摘まみ上げて必死に追いかけてきていた。
手を伸ばしたいのに、その気力すらない。
「お待ちください、フォルトゥナ公爵! お嬢様が………っ」
目を開いた瞬間、入ってきたのは見知らぬ天井。
薄布の降ろされた天蓋だが、ベッドの天井の壁画が見慣れたものと違う。
私室どころか、ラティッチェ家の意匠とも違う――ラティッチェ公爵家の本宅は、クリスお母様の輿入れがあった際、お父様が今までの屋敷から一気に建て替えと模様替えをしたと聞いたことがある。クリスお母様のお気に入りのデザイナーを起用し、すべてお母様好みに切り替えたという。
目が覚めた瞬間、体が恐怖に強張った。知らない場所、知らない気配、知らない何もかもに囲まれて一気に眠気で緩んでいた意識が委縮していく。
「あ、あぁ………、お父様………? アンナ! ジュリアス! セバス! キシュタリア、お義母様! 誰か、誰か………っ!」
ベッドサイドに置かれていた水差し。ばちん、と水差しの中で水が弾けた。私の混乱に引きずられるように、天蓋の薄絹が揺れる。ぴし、ぴし、と壁か窓かは解らないけれどどこからか音がする。
その時、ノックにしては強い音が扉の外から響く。
「お嬢様! 気づかれたのですか!? アンナです! こちらに控えております! 入ってもよろしいですか!?」
「アンナ! アンナ! 来て、お願い!」
転がるように入ってきたアンナは、いつもは綺麗にまとめている髪を解れさせていた。
アンナに少しでも近づきたくて、這うようにして手を伸ばした。
アンナは私を抱きしめて、背中を撫でてくれた。アンナの馴れた香り。私の使っている香油の香りと、ほんのりとハーブの香り。温かくて、柔らかい女の人の体はお父様とは違う安堵がこみ上げる。
思わず泣きだして、その肩口に顔をうずめる。ぎゅっと抱きしめてくれる腕が今にもひび割れて崩れてしまいそうな心をつなぎとめてくれた。
ひとしきり泣き終えるとアンナは教えてくれた。
フォルトゥナ公爵は私の緑の瞳――王家の瞳を一刻も早く、国に報告するため連れ去るようにして王城へ向かったという。そして、その途中で私が失神したことに気づいて急遽、王城の一角で休ませることになった。
だが、そこで問題が発生した。
私が無意識に結界魔法を発動してしまったのだという――覚えはないのだが、精神的な恐怖や拒絶がそのまま魔法として結界を作り出してしまったそうだ。
どれだけ嫌だったのかしら、わたくしったら……いえ、本当に、心底嫌でしたが。
気を失った私は、そのまま床に放り出された。フォルトゥナ公爵は急いで抱き上げて、怪我を無いか確認しようとしたらしいが触れるどころか、近づけない。すぐそばに倒れているというのに、誰もが手を結界に阻まれた。王宮魔術師を呼んで、結界の解除を試みたものの不可能だった。そもそも結界という属性自体がサンディス王家の身が持つ稀少属性。研究例も少なく、謎が多いのだ。謁見の間の傍で令嬢が倒れているというのも視線を集めたが、その容姿が余計に目を引いていたそうだ。やはり王家の中でもずば抜けた美貌である祖母システィーナは有名過ぎた。私が誰だということはすぐさま知れ渡った。
実に悪い。最悪だ。
悪戦苦闘する中、唯一触れられるのがアンナのみ。しかし、若い女性のアンナに同じくらいの体格の私を背負わせるのは危険で、引きずって運ぶには私の身分が高すぎた。
人は人を呼び、あっという間に人垣となる中、騒ぎを察知した王自ら出てきた。
同じ結界属性のラウゼス陛下により、何とか一時的に結界を弱めることができたそうですが――なんでもそれでもフォルトゥナ公爵は触れられなかった。バチバチと結界が威嚇をするように強く発動し直し、弱めた意味がなくなったという。そこで、王宮魔術師たちが頭を突き合わせて漸くこの結界が私の精神障壁の具現化だと気づいた。
そのことに、王位継承について頭を悩ませていた元老会は狂喜乱舞していたという。
なんでも、王家の瞳と結界魔法の親和性は切っても切れないもの。あの目を持つ者はイコールで結界魔法の使い手といっていい程。現在の王位継承者候補たちは、元老会としては基準を満たさない色とされていたそうだ。私は王家の瞳と結界の力、同時にそれを周囲に示してしまった。すぐさま私を見つけ出して連れ出したフォルトゥナ公爵を褒めたたえ、かなりの褒賞を与えたそうだ。
そして、保護という名目で私を王宮の一角に閉じ込めているという。
「お嬢様の魔力が強く、また、御心が非常に人見知りであったことがこれほど喜ばしいと思ったことはありません………
あのまま気を失われていれば、どんなことをされていたことか………」
「どんなことって………」
「お嬢様のお体を、徹底的に調べたでしょう。魔力の強さ、属性、適正、王印の有無、王家の魔法具との親和性―――お子を成せるか、今までの男性経験の有無まで、全てです。
下手をすれば、お父様であらせられる公爵様が来る前にと、どこの手の物かもわからぬ男を宛がわれていた可能性もあります」
恐ろしいを通り越して悍ましい。
ぞくりと背筋が震えた。思わず、白いネグリジェを纏う自分の体を見下ろす。
王城で魔法を発動したあとから今まで、私に触れられたのはアンナのみのはず。
バクバクと嫌な音を立てる心臓。胸元を押さえ、アンナを伺った。
「な、なぜ……なぜそこまで性急なのですか?」
「元老会の王色への妄執は聞きしに勝るものです。
その、ルーカス殿下もレオルド殿下も、あまり結界魔法への適性が高くないそうでして……エルメディア殿下に至っては、どの初級魔法すら。その分、お嬢様へ酷く執着を示しています」
だからって気を失った女性の体を調べようとする!?
健康診断的な意味ではなく、勝手にそんなプライバシーを侵害しまくるような検査をしようとしますか!?
常軌を逸した元老会の思考回路にドン引きもいいところだ。過去にジブリールたちにも、緑眼信者のやべー連中がいるとは聞いてはいましたが………
「お父様は?」
「おそらく伏せられているのかと。公爵に気づかれてしまえば、どんな仕返しを受けるか分からないわけがないでしょう」
絶対皆殺しにするレベルに激おこするわ。きっとそれはもう爆おこですわ。王城が焦土と化しそう。
「お嬢様、どうか耐えてください。公爵様がお気づきになれば、必ず助けに駆け付けます」
「そうね………お父様にご迷惑をお掛けするのは心苦しいけれど………」
こんな敵陣に投げ込まれて下手を打てないわ。
ど素人が同行していいものなのかしら? 私ができそうなのは徹底的な籠城作戦くらい。下手を打てば揚げ足を取られそう………
「そうだわ! キシュタリアは? 入った賊は? みんなは大丈夫なの!?」
「おそらくは……レナリア・ダチェスは再び牢へと戻されたそうです。
キシュタリア様もご無事ですよ。何度も王城でフォルトゥナ公爵や宰相に、アルベルお嬢様をラティッチェ公爵家に戻す様に直訴していると聞きました。
セバスやジュリアスもいたそうなのですが、基本ラティッチェ家の関係者はお嬢様に会わせたくないのでしょうね。
お嬢様のご心労を考え護衛やメイドは出来ればラティッチェ関係者をと願い出はしましたが、聞き入れてもらえませんでした」
酷い。繊細なポンコツニートをメンタルから潰しにかかる気か。
我、本当にポンコツぞ? お父様の庇護のもとのうのうと過ごしまくり、お守り役がないと碌に生活できないポンコツぞ?
アンナがいなかったら、食事どころか出されたお茶や水にすら手を出せない自信がある。
餓死と衰弱の一直線だ。
………というより、わたくしもしかして貞操が危うい?
アンナが非常に不穏なワードを出していたような……全力拒否したい。ますます青ざめるのが自分でもわかる。
「お嬢様、ホットミルクをご用意しましょうか? 私が毒見をします。お嬢様のお口には、おかしなものなど入れさせはしません」
アンナが私を勇気づけるように力強く言う。
その時、外が俄かに騒がしくなった。嫌な予感に体を震わせると、口を開くより先に扉が開いた。
そこにいたのは、大好きなお父様ではない。優しい義弟でもお義母様でもない。少し意地悪なエリート従僕でも、馴染みの優しい執事でもなかった。
私を、この地獄みたいな場所へ連れてきた人。
ガンダルフ・フォン・フォルトゥナ公爵だった。
「………起きたのか、アルベルティーナ」
「………っ」
恐怖で体が震える。
怖い、いやだ、出ていって――すべての言葉が喉に張り付いて引きつるだけ。
部屋に入ろうと一歩踏み出したが、何か薄いガラスのようなものに弾かれた。あの男が入れないと分かると、肩から力が抜けた気がした。
結界魔法のおかげで、あの男は私の方へと近づけないようです。拒絶する結界に手を触れ、ガンダルフはややあって口を開いた。
「………また結界か――我が孫娘ながら嫌われたものだな」
嫌われないと思ったの?
こんな場所に連れてきて。
私が居たいのは、私が死んでもいいと思えるほど大事な場所はあそこだけ。
大事な家、大事な家族-。私の大切なものが、そこに詰まっていた。
ラティッチェ公爵家は私のすべてで、あの場所で朽ちることが私の願いだった。それが無理なら、あの場所のために消えたかった。
人にこんなに怒りを覚えたのは初めてだった。
「………出て行って………っ! 顔も見たくないわ………っ」
ピクリ、と僅かに瞼を震わせたもののあっけなくガンダルフは出て行った。
間違いなく、私の、私たちの平穏はこの人のせいで壊れた。
国の重鎮としては正しい行いなのかもしれない。この瞳は、この体に流れる血は、サンディス王国にとっては必要なものなのかもしれない。
でも、ラウゼス陛下の直系である王子も王女もいるのに、なぜ今更になって私を引きずり出すの。扱いやすい傀儡として担ぎ上げられたくない。望まないモノを押し付けられ、大切なモノを奪われる。
ずっとずっと身を隠して、静かに暮らしていたのに。
とても幸せに、それは傍から見れば不自由で狭くても私は幸せだったのに。
「………嫌い、大嫌い」
それはガンダルフに向けたことか、自分に向けたことか。
血が繋がろうとも、そこに親愛が無ければ憎悪は燃え上がるだけだった。
「彼のご令嬢は?」
「衰弱が酷いとのことです。ですが、日に日に結界の強度も範囲も広がり――このままでは王族として迎え入れる式典どころか、会話もできないとことです」
「王家の血族に伝わる結界魔法を扱えるということは素晴らしい点だが、令嬢へ接触できるのがラティッチェ家のメイド一人のみとは………このままでは護衛騎士もメイドたちもヴァユ宮から追い出されるぞ」
「早急に形をせねば。ラティッチェ公爵に嗅ぎ付けられてしまえば、間違いなく怒り狂うぞ」
「それよりも結界だろう。衰弱しきるのが先か、結界が途絶えるのが先か………
アルベルティーナ様には必ずや王家の瞳を持った男児を生んでもらわねばなりませぬ」
「血筋、そしてあの魔法の適性。あの方であれば、民衆も立太子として文句も出ぬだろう。
なにせ、ラティッチェでは聖女とすら言われているほどの人気だ。王家に組み入れられれば、王家の威光も少しは回復することでしょう………
王女でも国母でも何でも構わぬ、王家の血を増やさねば」
「致し方ないと言え、メギル風邪には悩まされるものだ。
ラウゼス陛下のご兄弟たちもほとんどこの病に斃れられた。まさに悪魔の病よ」
「しかし、システィーナ様やクリスティーナ様も早世であらせられた。
見事な王家の瞳を持った姫君たちであったのに、碌に王の瞳を残せぬまま。実に惜しいことでしたな……
聞けば、アルベルティーナ様もあまりお体が強くないらしい。あまり多くのお子は望めないかもしれませぬな………」
「血繋ぎの儀は最終手段とした方がいいでしょう。
あれ以上の資質を持った王族がいない上、ラティッチェ公爵を抑えるためにもくれぐれも死なれては困る。自由に動かれても困るが」
「大々的に王女として公表し、すぐに婚約者の選定をせねばなるまい。
王家の威光を盤石にするためにも、慎重に事を薦めねばならぬ。
しかし、ラティッチェ公爵家とフォルトゥナ公爵家の力が強くなるのはどうにもならぬな」
「相手はラティッチェの縁者は除くべきだろう。今のラティッチェ公爵の息子は義理の子だ。
実質の血が遠ければ、婚姻も不可能ではない。取り戻すためにも、あの男が強引にねじ込んでくる可能性は十分にある」
「アルマンダインとフリングスもともに四大公爵家だ。家柄としては申し分もない。あちらから選ぶか?」
「外せぬだろう。恐らく、オフィール妃殿下もレオルド殿下を推すだろうな」
「メザーリン妃殿下はどうでてくるか………ルーカス殿下はあの失態で謹慎。
第一王子とラティッチェの姫君とも遺恨が深い以上、縁談を組むのは難しいだろう。傍流から引っ張り出してくる可能性もあるな」
「そういえば、レオルド殿下の婚約者はフリングス公爵令嬢ではなかったか?」
「着実に王位を狙うなら、鞍替えも致し方ないだろう。
なにせ、ラティッチェの姫君は深窓すぎて政はできない。王位継承権があれ、著しく適性に問題がある場合は王配となる者たちが、取り仕切るのが慣例だ。
婚姻さえ果たせば実質王権を手に入れられるのは間違いないのだから」
「然り。アルベルティーナ様は次代をつなぐことに専念してもらうべきだ。
王家の尊い色を途絶えさせてはならぬ。これは王族の使命であり、国家の最重要公務である」
「そういえば、アルベルティーナ様の後見人にフォルトゥナ公爵が名乗りを上げたそうだが」
「しかし、ラティッチェ公爵を押さえられるか? あれは稀代の怪物だ………」
「あの怪物も娘には弱いらしい。クリスティーナ様を喪ったときは、流石のあの怪物も随分と沈んだしな。
溺愛するアルベルティーナ様はその生き写しだというし、こちらにいる限り何もできないだろう」
「ふっ、あの怪物に首輪をつけられる日が来るとはな」
「まさにアルベルティーナ王女様のおかげであるな。王家の色に、化け物封じの鎖………あの姫にはできる限り長く生きていただきたいものだ」
淡々と、しかしどこか楽しげに老人たちは会話をする。
その言葉がどれだけ非道とは考えもしない。
彼らにとって、王家の色を守ることは絶対だ。それは同時に国を守ることだ。
その大義名分のもと、彼らは残酷な決断を当たり前のように決めていく。
一人の少女の人生が、たった数分の会話で定められた。それがどれほど望まぬことだろうと、彼らは微塵も罪悪感を持たないのだ。
読んでいただきありがとうございます。
パパ不在がちょっと続くので、アルベルの苦難が始まります。
熱いパパコールが沢山あるのですが、魔王降臨あとになるかと(*- -)(*_ _)ペコリ




