王家の瞳
フォルトゥナ公爵当主登場です。
ちなみにこの方はアルベルのお父様とガチ糞に仲が悪いです。
クリスティーナに関する遺恨が未だに残っており、言い争わないまでも冷戦状態。
「なんでよ! あたしはヒロインなのに! 悪いことなんてしてないのに、なんでみんなあたしを悪者扱いするの!?」
きんきんと脳を劈くような高い声に、思わず顔が歪む。
魔力封じを施したレナリアを尋問しようと、猿轡を外したのだろう。
相変わらずのようだな、とキシュタリアは内心嘆息した。学園にいたときは、王子たちの権力を振りかざしてだいぶ余裕があった。しかし、今はすっかりと猫がはがれている。化けの皮といった方がいいかもしれない。
可憐で純朴そうな外見のレナリアは、貴族の令嬢とは違う初々しく新鮮な反応が令息たちにもて囃された。だが、魔王により囲い込まれて生まれも育ちも結界付きの箱庭育ちである、本当に純粋な生き物をよく知るキシュタリアにしてみれば違った。どれも嘘くさく胡散臭く半端にあざとい振る舞いが鼻につく女子生徒だった。いかにも親切ぶって、こちらを慮るように近づいてくるが、いつもその目には不気味な優越感が浮かんでいた。
最初から嫌いだった。
全てわかっています、受け入れますといわんばかりに聖女面して近づいてきた。
キシュタリアを勝手に公爵子息とは肩書ばかりの不幸で惨めな少年だと決めつけ、心の中では見下していた。
「アルベルティーナは悪女なのよ! 今に国を破滅させるんだから、さっさとやっつけた方がみんなの為よ!」
そして、キシュタリアの最愛を侮辱した。
キシュタリアに、初めて母以外で愛情をくれた人。下級貴族の愛人の子という、本来なら並び立つのも不釣り合いな生まれだった。そんなキシュタリアを弟として、人として扱ってくれた人。母と自分に居場所をくれた。
きぃきぃと侮辱の言葉を吐き続ける女を今すぐ縊り殺してやりたい。隣のクリフトフも似たようなものだろう、嫌悪も露に鼻にしわを寄せている。
「なんだあれは。始末するか」
「おやめになった方がよろしいかと。あれは国から手配状の出ている重犯罪者です。しかるべきところに突き出さねば、こちらに咎めが来るやもしれません」
「あれが? あれで?」
「あんなのでも学園の悪女ですよ。あれでも、一時期は学園で女王気取りでした」
「………流石グレイルに喧嘩を売った小便娘だな。噂にたがわぬ頭の悪さだな」
クリフトフがカイゼル髭を指で撫でつけながら、微妙な顔をしていた。
キシュタリアとしては、レナリアを許せない。本当は今すぐ手足の腱を切って、耳障りな喉を潰して声を無くしてしまいたい。
だが、ラティッチェ邸宅にこれだけの賊を忍び込ませた経緯を調べる必要がある。あのレナリアに綿密な計画犯罪などできるだろうか。
これだけの人数をどうやってかき集めたのかも口を割らせる必要がある。
髭を指でちょいちょいいじりながら、目を苛立たし気に眇めているクリフトフを見る。彼も今すぐレナリアを始末したそうな顔をしている。国から手配状が出ている以上、とりあえず余程の事情がない限り国へ引き渡さねばならないのだ。
きんきんと耳障りな絶叫は相変わらず響いている。
「あの女はアルベルティーナじゃない! アルベルティーナは黒髪だもの! 眼だって地味な緑のはずよ! アイツは偽物よ! 身分詐称って犯罪なんでしょう!? アイツは犯罪者よ!」
尋問していた兵が、思い切りレナリアの頭に軍靴を落とした。
突っ伏されるようにして顔面を叩きつけられたレナリアは、暫くもがいていたが暫くしてひいひいと泣き出した。
一瞬、キシュタリアはひやりとした。アルベルティーナの本当の姿は、公爵邸以外では晒されることはほぼない。一度、ドミトリアス領にグレイルと伴っていったとき以外はないはずだ。そこでアルベルティーナを見たテンガロン家の令嬢は、グレイルの不興を買って失脚し、一族郎党滅んだ。貴族名鑑から消えた。その余波は分家にも及び、離散した家が多数あったという。その線はまずない。
レナリアの出身であるダチェス領はドミトリアス領とは隣接すらしていないはずだ。
「……黒髪に緑の瞳?」
嫌な声が隣から漏れた。
その配色に物凄く反応しそうなオッサンが、隣にいた。
「あの犯罪者の妄言を信じるおつもりで? 貴方とて、先ほどアルベルティーナを見たでしょう」
「う、うむ……瞳も髪もあの小倅譲りであった。実に惜しい、せめて片方でも……」
「そうですか、茶髪に青い瞳のアルベルティーナには用はないということですか。
アルベルにそう伝えておきますね。きっと安堵して喜ぶことでしょう」
「待て待て待て!! やめろ!!! やめろください! 待ちやがれください、このクソガキ!!!」
クリフトフは動揺のあまり建前と本音が入り混じった挙句、本音が駄々洩れている。
キシュタリアの肩をがっくんがっくんと揺らして、必死に前言撤回を申し立てるクリフトフ。そんな彼にキシュタリアは内心の焦燥を全く出さずに、冷たい一瞥を寄越した。
ぱしりとクリフトフの腕を払うと、乱れた襟を直す。
「………なんで養子の癖に、あの糞魔王によく似ているんだ」
あそこまで極端な人でなしではない。
そして、続く様に「あの子はあんなに可愛いのに」と呟く。その辺は同意する。どんな突然変異が起きたのか、魔王に溺愛され育てられた実の娘がアレとはだれが信じることだろう。
一度、ラティーヌが魔王本人の前でこぼしたことがあったが、その実父ですら首を傾げていた代物である。
長年、義姉の成長を見守っていたキシュタリアも人生最大の謎である。
別にアルベルティーナに不満があるわけではない。純粋に謎過ぎるのだ。
(それにしても、なんでアルベルってこう……権力者に取り入る気がないのに、転がしてくるんだろうか……)
ミカエリスが言うにも、ずいぶんラウゼス陛下にも気に入られていたと聞く。
アルベルティーナにはおっさんキラー属性でもついているのだろうか。
とりあえず、これ以上余計なことをしゃべってもらっては困る。
アルベルティーナ・フォン・ラティッチェは王家の瞳は持たないが、母方譲りの美姫。対外的にはそうでなければならない。
その時、轟音が響いた。はっとして振り返ると、レナリアが巨漢に胸ぐらをつかまれてぶらぶらと揺れていた。レナリアは小柄な方ではあるが、目の前にいる人物が熊のような大柄な体形なので、小枝のように細く見える。
「……緑の瞳? アルベルティーナが? どういうことだ。緑、とはもしや王色なのか?」
「おーしょく? ひぃ、しらない! なんのこと!? 痛い、苦しい! 離してぇ!」
「王色とは、この国において最も尊ばれる色。濃く深い高貴な緑。サンディスグリーンのことだ……」
「し、しらないわよ! でも緑よ! ルーカスよりは濃かったわ!」
その言葉を確認すると、レナリアはあっさりと解放された。投げ捨てるように床に放り出されて転がる。噎せ返り、もがいていた。だが、先ほどレナリアを持ち上げていた人物は見向きもしない。
大きな体が振り返る。鋭い鋼を思わせる眼光の瞳。クリフトフと同じ鈍色だが、こちらの方が触れれば切れるような威圧感があった。剛毛そうな白い髪と髭。顔のパーツの一つ一つが厳つい。おまけにいたるところに傷があり、服から出ている顔や手だけでその荒々しさが伝わってくる。クリフトフは小洒落たナイスミドルといった具合だが、こちらは戦神と猛獣を擬人化したような壮年の男だった。仕立ての良い服を着ているが、胸元を飾る勲章以上にその有り余る筋骨隆々たる姿の圧が凄まじい。
「……ラティッチェの小倅か。丁度いい、アルベルティーナ嬢に会わせていただきたい」
「なにとぞご容赦を。此度の賊の襲撃で、我が姉も憔悴しきっております」
上から隻眼にじろりとねめつけられた瞬間、社交で鍛えたはずのキシュタリアですらその気迫にのまれかけた。その身が縮みあがりそうになった。申し訳なさそうに笑みを模り辛うじて返事を返す。
アルベルティーナだって来客など望んでいないだろうし、そもそもこんな熊王のような老人――ガンダルフ・フォン・フォルトゥナに会ったら腰を抜かすかもしれない。というより、気絶しかねない。
「私は四大公爵家の一角として、王家に仕えるものとして真偽を見極める必要がある」
「ご子息のクリフトフ様がすでにアルベルティーナと会っております故、十分かと思いますが」
「はっ、我が愚息にあのグレイルの策を看破できるとは思っておらぬわ。
あれはいつだって虫も殺さぬ顔をして、何食わぬ態度をしてどんなことだってやる男だ」
その通りだ。グレイルはアルベルティーナの為ならなんだってする。
誰だって殺すし、誰だって騙す。
運が悪い。
寄りによって――否、おかしくはないだろう。
別宅とはいえ襲撃があり、フォルトゥナ公爵の息子と主催者であるラティッチェ家の令息がいない。どちらかに事情を聴きに来てもおかしくない。フォルトゥナ公爵は、騎士団を預かる武人だ。多くの貴族が集う場所で起きた事件に、事情を探りたくなるのは当然だろう。
ましてや、ここは孫娘のいる因縁浅からぬ家だ。
この厳めしいことこの上ない筋肉岩窟公爵が、クリフトフのようにアルベルティーナの外見にコロッと行ってくれる気がしない。明らかに、クリフトフよりもずっと相手取るのが難しい。
そもそも、ガンダルフはそれほど社交界に頻繁に出る性格ではない。奥方のシスティーナが没してから、一層疎遠になったと聞く。そもそもラティッチェ公爵家ともあまり仲が良くない。
何をしにきたかと考えれば二つ。ラティッチェ家への嫌味を言いに来たか、アルベルティーナに隙あれば接触を試みようとしたのだろう。
アルベルティーナの名前は、ルーカスの暴挙により同情と憐みの的として広まっている。そして、実しやかにその美貌とグレイルとは大きく違う人柄であるとも。
「しかし……」
「余りにいうようであれば、王家に叛意ありととらえるぞ。とっとと案内せんか」
その強引さに毒づきたいところだが、止めたところで勝手に歩き回って意地でもアルベルティーナの居場所を特定しそうだ。
現にその息子は、パーティや襲撃のドタバタに紛れてアルベルティーナを捜索していた。
「……一目だけです。それ以上の譲歩は無理です。どうかそれ以上はなにとぞご容赦を。我が姉は非常に繊細で、人見知りも激しい女性です」
キシュタリアの苦しいぎりぎりの譲歩にも、ガンダルフは鼻を鳴らすだけだった。
本当は案内したくもない相手だが、この剛将と名高い大男に詰め寄られたら間違いなくアルベルティーナは怯える。アルベルティーナの心の安全を考えれば、一目だけでなんとか済ませるしかない。
「来客………?」
よもやあのクリフトフとかいう大変失礼なオッサンじゃなかろうか。
嫌でござる。お断りでござる。
思わずそんな感情が顔に出たのだろう、アンナも苦々し気だ。
「フォルトゥナ伯爵ではなく、そのお父上様にあたるフォルトゥナ公爵です」
ああ、何でも私のお爺様だとかいう血のつながった他人ですか。
ますます会いたくない。なんでも、結構外見怖いんだって。顔面偏差値がやたら高い面々に囲まれて、強面なんて全然周りにいないに等しいヒキニートにしてみればショックがでかそうな感じがする。
いや、キラキライケメンばっかりでも目がまぶしすぎてしぱしぱしちゃうんだけどさ。
「随分急なお話ね………」
正直、あんまり歓迎できない。お父様がいれば話は別なのですが、お父様は今もスタンピードに遠征中。きっと今も魔物を派手に吹っ飛ばしていることでしょう。
しかも、何だか今日は疲れたのでちょっとお休みしようかとかなりラフな部屋着に着替えていたのだ。
ネグリジェまでとはいかないが、フワモコ素材のワンピースにグリフォン羽毛を使った軽くて暖かいショールを羽織っている。お化粧も落としてしまったので、レディとしてはとてもではないがすぐに人前に出る姿ではない。
本当は着ぐるみ型にしたかったのだけれど、許可が下りなかった。ちなみに動物の耳を模したフードも作りたかった。猫耳フード、うさ耳フード、ちょっと珍しい熊耳とかもいいかもしれない。一度、試作品のパーカーをラティお義母様にお披露目して見せたら「余計なケダモノが目を覚ましそうだからダメ」と却下された。ケダモノってなに? そう思ったけれど、お義母様の眼はかなり本気でしたので、黙って引き下がりました。すごすごと。
「……とりあえず、お客様には少し時間がかかるとお伝えしてもらえるかしら?
どうしましょう。お客様なんてミカエリスやジブリール以外は、馴染みの商人や家庭教師くらいしかお相手したことがないわ」
そもそも基本アポをとって、万全の状態でお出迎えをしていた。
しかも、自分より身分の高い相手なんて初めてのお客様である。どうしたらいいのかもわからない。本来ならラティお義母様やキシュタリアが対応してくれていたし、セバスやジュリアスがいたらそつなくサポートをしてくれただろう。ヒキニート、ホント使えねえでござる。
アンナを見ると「すぐに御衣裳をお選びします」と頼もしい言葉が返ってきた。
正直、何を着て出ていいかすら分からないのですが?!
用意されたのは鮮やかな緑のドレス。腰からふんわり広がるAラインドレスだ。肩と腰もとにリボンがアクセント。露出は控えめで、首元から腕までしっかりと覆われている。膝から下とデコルテラインにある蔓薔薇の刺繍が見事。上品で、清楚なドレスだ。うん、ナイスチョイス。わたくしの好みです。
髪はハーフアップにして、エメラルドが嵌った銀細工がついた白いリボンでまとめてくれた。
「良くお似合いですわ、お嬢様」
「ありがとう、アンナ」
あんまり気が向かないが、さあ行きますか………
なんて思っていたら、いきなり扉が爆ぜるように開いた。
鼓膜を激しく震わせ、大きく響いた音に体が硬直する。
思わず音の方向を見ると、そこには扉を覆いつくさんばかりの巨体が見えた。
熊!? いえ、人? 熊!? むしろ山!?
ぬぅんと異様な存在感をもって、その人物(?)はドアを潜り抜けてきた。通ったというより、くぐった感が強い。なんでって、体がおっきすぎて……
色々な衝撃に後ずさり、アンナと手を取り合って立ち尽くした。
で、でかい……凄い大きい……そしてそれ以上にとても怖い!
ルーカス殿下の比でないほどの圧倒的存在感と云いますか、とにかく眼光が鋭いのです。この世界って一応乙女ゲーなのですよね? 格闘ゲームとかRPGじゃないですわよね!? いえ、ゲームではなくて現実なのですから、当然老若男女いますが! それ以上に何でしょうか、世紀末覇者というか、この人だけ顔の濃さが劇画調なのですが!?
あの、わたくしお爺様に当たるフォルトゥナ公爵が来ると聞きましたが、こんなヒグマの大将のような方が来るとは聞いていないのですが!?
原始的な恐怖に近い感情だった。只管に怖い。自分より圧倒的な強者を目の前にした、哀れな草食動物を目にしたよう。この人がヒグマであれば、わたくしなんて野兎ですわ。
突如やってきた人類もどきに震えあがっていると、鋭い隻眼がこちらに向けられる。
ぴえええええっ! 怖いですわぁあああ!
ジュリアスが令嬢らしからぬのでやめろというので、心の中で絶叫します。
私の姿を認めると、さらにぐわっと眼光が鋭くなってぺたりとその場に座り込んだ。
怖い……多分セバスと同じくらいの御歳のお爺様なんでしょうけれど物凄く怖いですわ……っ!
「あ、あぅ…アンナ、アンナぁ……」
「お嬢様、お気を確かに! あれは人間です! ぎりぎり人間です! 確かに物凄く肉食獣感が途轍もないですが、あれはれっきとした人間です!」
ぴゃああああ! こっち来ますわあああ!
アンナの必死の宥めもむなしく、ぎりぎり人類さんが一歩踏み出してきた瞬間、私の恐怖は臨界点を突破した。体が硬直し、逃げることも抵抗することもできない。
完全にターゲットロックオンされている。
とても見ている。眼光に物理的貫通力があったら、わたくしは穴ぼこだらけですわ。
「お、お父様………お父様ぁ………」
助けてお父様………!
カタカタと震え始める体を必死に抱きしめて押さえようとするが、迫りくる巨体の恐怖に打ち勝つことはできない。
巨体に相応しい質量があるようで、歩くたびにみし、みしと床に僅かに重い音が響く。
お父様、と口にしたことが気に障ったのか、その人は眉間にしわを寄せた。ますます怖い。
ずんずん近づいてきて手を伸ばしてくる。節くれだって武骨な、傷だらけな大きな手。屈んだ時に顔に影がかかり、真っ暗となって急に表情が見えなくなったのに鈍色の眼だけが炯炯と光って見えた。
身をよじって逃げようとしたが、肩を掴まれ前を向かされた。白刃のような鋭い視線にさらされて、身がすくむ。顎を掴まれ、さらに上を向かされる。恐怖で呼吸が浅くなり、ぐちゃぐちゃな感情のままに目が潤んでくる。
「フォルトゥナ公爵! 話が違います! アルベルから離れてください!」
キシュタリアがフォルトゥナ公爵と私の間に割り込もうと飛び出してくるが、あっさりと片手で払われた。キシュタリアも、予想以上の力で弾かれたのか壁際に転がる。巧く受け身を取れず、顔を歪めている。
「キシュタリア………っ! やめて、義弟に乱暴しないで!」
嫌い! 私の家族を、大切な傷つける人は嫌い! 触らないで、と強い意志を込めて顎を掴む腕を引きはがそうとするがびくともしない。
何とか怒りで奮い立たせ、目の前の人を睨む。もう片方の手が伸びてきて頭に触れる。恐怖で身がすくみかけた。
「――――っ!?」
「………ふん、防護のアミュレットか? これは違うな」
床にコロンと投げ捨てられたのはエメラルドの嵌った銀細工。リボンと一緒に髪につけていたものだ。
続いて伸ばされたのは胸元。ペンダントの鎖を指だけであっさりちぎり、それも捨てるように投げた。
な、なに………何がしたいの、この人?
「これも違うか」
ブレスレットを取り外される。
何度も体をよじって、手を振り回そうとしたが微塵もその努力は報われなかった。
しげしげと私の体――というより、身に着けていたものを検分していた猛獣は、やがて一点に視線が止まる。
顔ではない――耳だ。
太い傷跡だらけの指が髪をかき上げ、耳に揺れるイヤリングに狙いを定めた。
伸びる手に、走馬灯のようにお父様の笑みが呼び起こされた。初めて学園に行く際に、私に付けてくれたモノ。私の身を守るためのモノ。
「――やめて………っ」
床に小さく音が落ちる。固く、小さなもの。
「………ああ、本当によく似ている。シス、クリス……お前たちの眼はここに受け継がれていたのだな」
遠くを見る鈍色の瞳。それは私を映していたが、本当に見ているのは私じゃない。
隻眼に映る私は、絶望そのものの表情だった。
読んでいただきありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
少しずつ伏線を回収できればなぁ思いつつ。
アルベルティーナの受難編始まります。頑張れ、ポンコツ。
 




