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きょうだいたちの距離感

 距離感がおかしいラティッチェの姉弟。姉は無自覚、弟は故意。

 ジュリアスは解っていて放置しています。面白い展開なので。多少思うところはありますが……



「……いくら姉弟といえ距離が近すぎではないか?」


「おや? そうですか。これが僕らにとって普通ですので。アルベルは僕のこと好きだものね?」


 本宅のソファで恋人か新婚かのように体を寄せ合う若い男女。

 賊に襲われた令嬢が、信頼する人間のぬくもりを求めて何が悪いといわんばかりにその腰を抱き寄せるキシュタリア。本当に煽りよる。非常に煽っていくスタイルだ。フォルトゥナ伯爵の眉間にギュッと皺が寄ったのを見て、ジュリアスは内心嘆息する。

 キシュタリアの煽りは見事にフォルトゥナ伯爵を苛んでいた。

 アルベルティーナの外見が第一印象最強の美貌で、やたらと高位の王侯貴族に特効が入りやすいのは察していた。不愛想で気難しいと有名なフォルトゥナ伯爵が、アルベルティーナの顔を一目見たくてうろうろと無様に体を揺らしている姿をみてその攻撃力を改めて痛感する。

 アルベルティーナは例のごとく人見知りを発動させたようで、近づこうともしない。どうやら、余計な暴言まではいたようでフォルトゥナ伯爵を視界に入れようともしない。

 キシュタリアが席を立てば、アルベルティーナも去ってしまうのを理解してか、フォルトゥナ伯爵は内心はどうあれいつものような嫌味は一切ない。言葉の刃も鈍り切っている。


「お嬢様、本日の紅茶はゴユラン国のブノアル産です。

 ミルク多めで、お好みでスパイスやジャムを入れるのも良いかと」


「……蜂蜜は?」


「勿論ありますよ。薔薇やペールフラワー、珊瑚百合などが合うかと」


 ようやくキシュタリアの体から顔を上げたアルベルティーナ。

 紅茶とともに並べられたスパイスやジャム、蜂蜜の小瓶を見つめて少し悩んでいるようだ。

 ジュリアスも従僕としてフォルトゥナ伯爵へ茶器を差し出した。芳しい紅茶の香りがくゆる中、でれーっといつになく締まりのない顔で姪っ子を見つめる中年男性に流石のジュリアスも引いた。

 クリスティーナの婚姻でグレイルと軋轢があるのは知っていたし、かなりのシスコンであるとも有名だった。似ているアルベルティーナに多少は反応するかとは思っていた、余りにも覿面過ぎて気持ち悪いくらいだった。

 アルベルティーナが結構な人誑しなことは知っているが、微塵も誑し込む気がない人間にこうも入れ込まれても困るだろう。


「アルベルティーナは甘いものが好きなのか?」


「……ええ、嫌いではありませんわ」


 嘘つけ、大好きだろう。

 紅茶にもハーブティーにもコーヒーにも砂糖か蜂蜜かジャムを入れるのが大好きで、ホットチョコレートやココアも大好きだ。レモネードもさらに果汁を足した酸味が強いものや炭酸水で割るより、少し薄めで蜂蜜多めが好き。

 苦みや辛味の強いものや、刺激の強いものは苦手。香りが強すぎるのも苦手。

 不味いものなど食えるかとひっくり返すような令嬢ではないが、かなりの美食家であるのは、周知の事実だった。

 ぴたっとキシュタリアにくっついたまま、相変わらず子猫のような威嚇しかできないアルベルティーナにジュリアスは顔には出さず呆れた。あんな甘っちょろい牽制では、フォルトゥナ伯爵を喜ばせるだけだ。現にクリフトフはデレデレに相好を崩している。

 可愛くてたまらない、今にも撫で繰り回したくて仕方のない顔をしている。

 それを押さえているのは、アクアブルーの瞳を鋭く眇めたキシュタリアだ。

 一見優美に見える微笑を湛えているが、その目は酷く冷たい。腰に回された手は、一定以上クリフトフが近づこうものなら、アルベルティーナをすぐさま抱きかかえて退室するつもりなのだろう。

 クリフトフに声を掛けられて気分が消沈したのか、アルベルティーナはクルミのクッキーをいつになく恐々とゆっくり食べている。それでも洗練された優美な所作は流石、公爵令嬢としての教養というべきだろう。だが、横顔に刺さるクリフトフの視線に完全に顔が強張っている。


「……伯爵、そのように見つめられてはアルベルティーナも食べづらいかと」


「す、すまない。食べている姿も可愛くてな、本当に、本当に……あの子に似ていて……」


 あの子、とはクリスティーナだろう。

 アルベルティーナはいくら顔立ちがクリスティーナに似ていても、クリスティーナではない。アルベルティーナの父のグレイルもそうだが、重ね過ぎるのはどうも良くない。

 クリフトフがどうしてもとせがむから、一度きりという条件で席を設けた。

 渋り嫌がるアルベルティーナを一度きりだから、とキシュタリアが何とか取り付けた場である。

 これっきりで、二度とはない。そう何度もクリフトフの前で繰り返し、アルベルティーナにもそういう条件で取り成したもの。このたった一度の機会で、クリフトフはキシュタリアに多大な借りを作ることとなった。そして、アルベルティーナはキシュタリアの言葉であればそれなりに聞くというのも実証して見せた。しかし、そうであったとしても姪っ子と間近で会えるチャンスを作りたかったのだろう。

 フォルトゥナ公爵夫人のシスティーナも、その娘のクリスティーナも早世。フォルトゥナ伯爵も子はいるが、男児のみだ。

 この執着ぶりを見ると、グレイルがフォルトゥナ家を近づけたくなかったのも納得する。

 下手をすればそのまま連れて帰ってしまいそうな勢いだ。


(まあ、アルベルお嬢様のあの見事な拒絶っぷりを見て、断念はしたようだが)


 おそらく、強引に奪い取っても連れ帰った先ですぐさま心労で倒れて、恐怖と寂しさで泣き臥せるのが目に見えて分かる。

 母のクリスティーナもあまり体が丈夫でなかったと聞く。繊細なお嬢様が無理やり実家から離され、フォルトゥナ公爵家に連れ帰っても衰弱するのが落ちだ。

 キシュタリアの威を借りて何とか威嚇ができるようなポンコツメンタルが、敵陣真っただ中で孤軍奮闘などできるはずもない。

 アルベルティーナの髪を指に絡ませ、悠然と座るキシュタリアはにこやかな中に「このオッサンをどう料理してやろうか」という悪戯というには鋭すぎる光を宿している。

 フォルトゥナ公爵といい、伯爵のクリフトフといい、あの二人は散々キシュタリアにもグレイルのついでとばかりに嫌味を浴びせていた人間だ。

 そんな人間がアルベルティーナに並々ならぬ興味を持っているのは、なかなかに不愉快な事のようである。


「……話は変わるが、先ほどの賊は何だ? 随分と頭の可笑しな小娘だったようだが」


「さあ? あの女の虚言癖は学園にいたときからですが。『レナリア・ダチェス』元男爵令嬢といえばお分かりになりますか?」


「ああ、例の毒婦か。殿下たちを誑かしたと聞いたから、さぞ妖艶かと思えば随分と貧相なチンクシャ娘だったな。

 良くある髪色にぱっとしない顔に、コルセットが無ければどっちが体の前後ろか分からないくらい平坦だったし……あれでどうやって篭絡したんだ?」


 真剣に言う話ではない。

 本当に訳が分からん、といわんばかりにクリフトフは首を傾げている。キシュタリアは思わぬところからメンタルブローを食らい、笑いを何とか紅茶で飲み込んでいる。

 そういえば、あの女の胸は少し大きいプチトマトか苺サイズだった。ドレスはデザインやボリュームを持たせたレースやフリルで誤魔化していたが寄せ挙げてどうにか作り上げた谷間があるかどうかの。

 基本、寄せ挙げる必要のない程たわわに実った果実を標準装備している女性を見慣れている人間側からすれば、貧相としか言いようがない。

 そもそも、クリフトフの求める女性の平均値が高いのだ。母と妹に絶世の美貌と持て囃された女性たちがいる。その点、社交界の華と呼ばれる実母と、絶世の美貌の義姉を持つキシュタリアもかなり目が肥えているが。


「女性は外見が全てではないですわ……」


 顔面の攻撃力最強にして、オツムは幼女の癖に体は立派に育ったポンコツ令嬢が拗ねたように言っている。

 本人は露出の多い服を敬遠するが、一度くらいは着せてみたいものだ。絶対に似合う。

 ラティーヌの着るような少し大人っぽいデザインでもいいかもしれない、アルベルティーナの好みは清楚で大人しめなデザインだ。


「そうだね、アルベル。でも、あの女は外見だけじゃなくて勉強もできなければ作法やマナーも最低、魔法もお粗末。おまけに犯罪歴が二桁突破で次の大台までいきそうなんだよ?

 あれと世の中の女性と比べてしまったら、自己研鑽に努めるレディたちに失礼だよ」


「……そうですの?」


「そうだよ」


 そうなのか、とコックリと納得したようなアルベルティーナ。

 相変わらず操縦されているな、とジュリアスは内心思いながらもおくびにも出さない。

 あの素直さは美徳であるが、ああも鵜呑みにするのは良くない。

 それにしても、なかなかの顔芸だなと仲良さそうなラティッチェ義姉弟たちを心底うらやましそうに見つめているクリフトフを眺めた。

 アルベルティーナの手前、絶対にキシュタリアに対して毒づくことができないクリフトフである。


「ア、アルベルティーナ。一度でいいから君のお爺様に会ってみないかい?

 君の祖父は私の父、フォルトゥナ公爵だ。きっと、君に会えたら父も喜ぶだろう。

 その……父の外見は完全に筋肉岩というか山? 騎士団長というより山賊の親分みたいな顔しているけど、人情深い人だからあってやってはくれないかい?」


「フォルトゥナ伯爵? 僕が許可したのは貴方だけのはずですが」


「ご子息は、姉君に実の祖父にくらいは会わせてやろうとは思わんのか」


「アルベルが泣いたらどうするおつもりですか。少しどころかとんでもなく、滅茶苦茶怖いでしょう、フォルトゥナ公爵。

 人見知りが激しいうえに男嫌いだって言いましたよね?」


 黙ったクリフトフ。

 そう、フォルトゥナ公爵は物凄く外見に圧があるのだ。

 ジュリアスも何度か見かけたことがあるが、筋骨隆々たる老人であるかれはその鍛え上げられ過ぎた肉体は服だけでは隠し切れない。全体的に大きいうえ、顔や体に歴戦の傷跡が残っている。おまけに顔にまで及んでいるうえ隻眼。

 歴戦の猛者と百獣の王を足して割るどころか二乗したような御仁である。声も存在感も抜群に大きい彼は、普通にアルベルティーナだけでなく一般のご令嬢も委縮させるだろう。

 アルベルティーナの父親のグレイルも軍人だが、魔法を主体として使う。魔法剣も扱うが、基本は高位魔法で周囲を不毛の大地に変えるタイプだ。

 そもそも、年齢不詳なほど整い過ぎた顔立ちに、細身に見えてしなやかに鍛えられて絞られた肉体。未だに社交界で騒がれる貴公子――というには実年齢は聊か高いが、外見は間違いなく目が眩みそうなほどの美丈夫なのだ。


「そんな……可愛いのに。こんなに可愛いのに。あの魔王には全然似てなくて、こんなに可愛いのに。

 父に唯一の孫娘の顔を見せてやりたいというのすら許されないのか?」


 可愛い可愛いと連呼が止まらないクリフトフ。

 その点には全面的に同意する。ジュリアスとて、このお嬢様の外見が抜群によろしいことは知っている。しかも年々磨きがかかっている。その癖、こちらの気も知りもしないでニコニコとくっついてくるのだから惚れた身としては生殺し地獄だ。

 基本人見知りの激しい男嫌いの癖して、慣れた相手にはべったりとかあざとい性質を標準装備しているのがあのポンコツである。


「貴方にもお子様はいるでしょうに」


「うちのは息子だ……」


「余りに強情が過ぎますと、アルベルを部屋に戻させますよ。

 貴方は義姉を助けていただいたこともあり、本来接見すらさせるなと父に言い含められていたフォルトゥナ家の関係者であるのに特例で席を作ったのです。

 これ以上は父の顰蹙だけでなく、逆鱗になります故ご理解を」


 そういってアルベルティーナの肩を抱き寄せるキシュタリア。

 引っ張られるままにこてんとキシュタリアの肩に頭をのせたアルベルティーナ。チョコチップクッキーをお気に召したのか、不穏な空気に首を傾げながらもちまちま口に運んでいる。


「アルベルティーナ、フォルトゥナのお祖父さまに会いたい?」


「いえ、別に」


 クリフトフへの反応を見るからに、フォルトゥナの印象は全体的に良くないのは明白だった。

 キシュタリアのお願いだから、アルベルティーナは我慢してここにいるのだ。がっくりと項垂れるクリフトフに困った顔をしながらも、言葉を撤回する気配はない。

 胸元から懐中時計を引っ張り出したキシュタリアは、時刻を確認するとすぐに戻した。


「さて、そろそろ我々も会場に戻りましょう。ハプニングもありましたが、お茶会は中止になっていませんし四大公爵家の関係者たちが不在というのは目立ちますから」


「う、うむ……」


 ちらちらとアルベルティーナを見ているクリフトフ。往生際の悪いことだ。

 アルベルティーナは「別宅はダメになってしまったから、しょうがない。結界を張って自分の部屋にいてね?」とキシュタリアに優しく言い含められている。それに素直にうなずいているアルベルティーナ。どっちが姉で弟かなど、あれじゃわからない。

 最後まで名残惜し気にアルベルティーナを目で追っていたクリフトフだが、結局はキシュタリアとともに会場へ戻ることに納得したようである。





 読んでいただきありがとうございました!


 少しずつ佳境に向かうのでシリアスパートの徐々に入っていきます。


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