ラティッチェとフォルトゥナ
アルベルティーナの魔法が漸く役に立つ日が来ました。
きっとアルベルの結界がわずかでも遅かったら、お父様の影たちが自称ヒロインをサクッと……
「死んでよ! 死んでよ! 死んでよぉ! アンタたち全員邪魔!」
無茶苦茶に攻撃魔法を放ってくるレナリア。
先ほどの攻撃で温室はただでさえボロボロだったのに、もはや瓦礫と化していた。
まだ屋敷そのものではなく温室だったからマシと言えたかもしれないが、屋敷に被害が行くのも時間の問題だった。
結構な猛攻なのだけれど、私の結界魔法は優秀なようでぺんぺんと簡単に攻撃魔法を弾いていく。それに苛立ったレナリアがますます攻撃してくる悪循環。
でも、こんな滅茶苦茶なやり方をしていれば魔力切れは時間の問題だろう。しかも、レナリアの攻撃は無計画の塊のようで、自分の方へと魔力球が跳ね返ってくるのも少なくない。それに慌てて攻撃魔法を当てている。かなり無駄打ちが多い気がします。
護衛の皆さん、捕まえたいですと言わんばかりにチラチラと私を見てきますが、私としては魔法が飛び交う中に出したくないのでレナリアの魔力切れを待っている状態だ。
どうやら、この魔法はレナリア自身の魔力ではなく腕に付けた魔石のブレスレットに付加されたものを主に使っているようだ。10発ほど打つたびにパキンと響く音を立てて黒い魔石が割れて崩れていく。
というより、こんなにド派手に魔法を乱発して周りに気づかれるとか考えないのかしら?
いくら別宅で本宅と少し距離があるとはいえ、これだけ爆音が激しく響いていれば様子見に来てもおかしくないわ。
レナリアの魔力が尽きるのが先か、キシュタリアたちが気づいて増援が来るのが先か微妙なところである。
ううむ、と悩み始めたところで事態は急変した。
「そこまでだ!」
知らない声が割り込んできて、放たれた魔法は素早くレナリアを拘束した。
居たのはダンディなイケオジ。撫でつけた黒髪に鈍色に瞳。カイゼル髭の見事なおじ様は厳しくレナリアを睨んでいる。びしりと着こなした礼服は、鮮やかな緑のアスコットタイが洒落っ気を醸し出している。
見たことの無い人だ。
もしや招待客のうちの一人のお客様……? いや、なんでこっちにいるのかな!?
助けてもらったのはありがたいのだけれど、知らない人――しかも男性ということに体が硬直する。
ぼけっとアホ面晒していただろう私は、謎のおじ様にびっくりしながらも近づく気配に思わず後ずさり。
「……あの猛攻を防ぐとは見事な結界魔法だ。王家の血筋に間違いない……
クリスティーナはそうでもなかったが、魔法が得意なのはあの男の血筋か?」
少し忌々し気にあの男、といったのはお父様のことでしょうか?
あ、ダメです。急激にこのおじさまの好感度が下がってきます。おじ様が近づこうとすると、思わず身を縮めてうつむいてしまう。
私の体が震え始めたことに気が付いたのか、アンナが背中をさすってくれる。
「……引き籠りとは聞いていたが、挨拶もできんのか。その無礼さも父親譲りか?」
ぶちん、と私の中の恐怖が切れた。
「……お父様を侮辱しないで」
「ん? 何だ、喋れたのか。あれとよく似た煤け色の髪をしてみすぼらしい……あの子は見事な黒髪だったのに。一級品は身に着けたドレスと宝石だけかと思ったぞ」
悪意ある揶揄。それに対する恐怖よりも圧倒的に先ほど放たれた無礼な言葉に対する怒りが上回る。
アンナと護衛たちを制し、攻撃魔法ですっかり荒れ果てた床を慎重に歩く。
一歩前に出て、お作法の先生たちに太鼓判を押されたカーテシーを披露した。感謝の意と、嫌みを込めて殊更ゆっくり優雅に。
私は馬鹿にされてもいい。自分で公爵家のマスコットという名のごくつぶしだということは重々分かっている。でも、お父様を、わたくしの愛し、尊敬する人を侮辱するのは許さない。
「申し遅れました。助けていただき感謝申し上げますわ、ミスター。
わたくしはラティッチェ公爵グレイルの娘、アルベルティーナ・フォン・ラティッチェと――」
「クリスティーナ」
は?
全力で怒りを押し込めて、顔に淑女の仮面を張り付ける。微笑を浮かべた顔を上げた瞬間、お父様を侮辱したオッサンが目を見開いた。こぼれんばかりに鈍色の瞳を震わせ、いっそ感動すら纏っているような気配がある。
恐る恐るといわんばかりにこちらに近づいてきた。え、ちょ、嫌なのですが。
挨拶しろといったのに遮ってきたし、何なのこの人。
「ああ、クリスティーナ! なんてことだ! こんな奇跡があったとは……っ! 髪色と瞳こそ惜しいが、その顔立ちは正しくクリスティーナそのものではないか! こんなにもよく似て……ああ、生き写しじゃないか!」
触んなヴォk……こほん!
余りの嫌悪に内なるヤンキーが私の中で目覚め掛けましたが、強制的に追い出す。
わたくしはお父様のためにも、可愛い娘として生きると決めたのです! こんなオッサンのために美貌を磨いたわけでも、令嬢としての作法を学んだのではないのですわ!
私に触れようと手を伸ばすのですが、アンナが絶妙に下がってくれるのでその指先はすかすかと空を切るのみ。
私も「ナニコイツ」といわんばかりの視線を隠そうともせず、プライベートスペースに割り込んできた見知らぬオッサンに警戒を露にした。
私の冷たい拒絶に気づいたのか、ややあってオッサンはしょぼくれた。しらんがな。勝手に凹んでろっつーげふげふ。嫌だわ。わたくしは公爵令嬢なのですから。
久々に内なる喪女(ド庶民)が出てしまいました。
がんばれ、わたくしの中の公爵令嬢!
「君がアルベルティーナだね。改めて初めまして。私はクリフトフ・フォン・フォルトゥナ。クリスティーナの兄にあたる。君の伯父だよ。
フォルトゥナ公爵は当主の父だが、私も伯爵としての爵位は得ている。公爵を継ぐのは私だから、これからは栄えある四大公爵家の縁がある同志仲良くしていければ嬉しいな」
先ほどの嫌悪が露の表情が嘘のように眦を下げ、フォルトゥナ伯爵は名乗りを上げる。
あの暴言が無ければ、わたくしうっかりコロリと騙されそうなほど好意を隠そうとしない。今にも蕩けそうなほど相好を崩している。初孫を目にしたお爺ちゃんってこんな感じなのかしら。
そんな温度差激しいわたくしとフォルトゥナ伯爵の間に、敵意剥き出しの声が飛ぶ。
「違うわよ! そいつは偽物よ!」
「はあ? この美しい顔立ちのどこがあの冷血野郎に似ているというんだ。この目、この鼻筋、この口元、どう見てもクリスそっくりじゃないか。可愛い私の姪っ子だ。
あとお前みたいな下民が口を開くな。アルベルティーナにその醜い面と声を晒すな」
もはやわたくしにデレッデレ状態のカイゼルオッサンことクリフトフ伯父様。お父様に大変失礼な暴言を吐いたオッサンは次期フォルトゥナ公爵家の当主であり、現在伯爵でもあるという。レナリアにはなんかもう、毛虫のような扱いだ。
まさか同じ四大公爵家とは……四大公爵家は大貴族の中でも特に力のある貴族だ。
ラティッチェは随一の勢力を持っているとはいえ、ヒキニートには荷が重い。
そして隙あらばわたくしに近づこうとするのが大変うざい。どっかいって! しっしっ! お父様の敵はわたくしの敵ですわ!
わたくしがじっとりと暴言の恨みを込めて睨んでいるが、その睨みも屈するどころかデレ~っとさらに締まりのない笑みになるフォルトゥナ伯爵。
全く効いていないですわ! むしろ目が合って嬉しそうにしていますわ!
アンナや護衛たちの背に隠れ、じりじりと逃げたがっていると屋敷からバタバタと音が聞こえる。
「アルベル! 無事!?」
「キシュタリア!」
頼りになる我が義弟の帰還でござる!
さっとフォルトゥナ伯爵から逃げるようにやってきたキシュタリアに抱き着く。
びええええ! 変なオッサンに目ぇつけられたぁ! たすけてへるぷみー! やっぱりおんもは怖い! 引き籠りたいでござるぅ!
私をしっかりと抱きとめたキシュタリアは、転がるレナリアとやや憮然としたフォルトゥナ伯爵に気づいて顔を険しくさせた。
「これが賊ですか……フォルトゥナ伯爵は何故こちらに?
我が姉の窮地を助けていただいたことには感謝いたしますが……本来立ち入りは許可をされていないはずの場所。
本日の会場は本宅で催されるとお伝えしたはずですが、何故こちらに?」
キシュタリアは至極丁寧な言葉だが、氷の棘のようなものをびっしりと感じる。
賊、と言われたレナリアがショックを受けたような顔をする。
不法侵入、器物破損、傷害罪、殺人未遂とすぐ出るだけでこれだけある。わたしくしへの先ほどの言葉も不敬罪に入るかしら? 総合的に考えて、レナリアはどう考えても確かに賊だ。
あれ、そもそもこの子って投獄されているはずじゃ? そもそもなんでここにいるのかしら?
キシュタリアに抱きしめられているせいか、私を見るレナリアの目つきがヤバい気がするのですわ。怖い。ヒロインの顔ではないです。びくつく私に気づいたキシュタリアが、レナリアから隠す様に身を呈しながらさらに抱き込むように腕で囲い込んでくれた。
「伯父が姪に会いに来て何がいけないというのかね?
グレイルの奴が20年近く我がフォルトゥナ公爵家を疎み、敷地にすら入れてもらえなかったといえば、判るだろう?
我が最愛の妹の忘れ形見を一目見たいという兄の心情は、ご子息には理解できんのかね? はっ、流石あの化け物に育てられた下民の子だな」
お父様に続いて、キシュタリアまで馬鹿にしましたわね、このオッサン!!!
思わずぎゅっと手を握ると、キシュタリアのタイが巻き込まれてくしゃくしゃになった。
キシュタリアは「気にしないよ」と私の頭を軽く撫でた。むむむ……ここで何かビシッと言い返したいのですが、わたくしの罵声の語彙は絶望的だとジュリアスに呆れられた代物です。
「ほら、アルベルティーナ。そんな小僧ではなく伯父様のところへおいで?
こんな場所に閉じ込められて可哀想に……伯父様とお爺様のお屋敷にくればもっと自由で幸せな生活ができるよ」
「ご遠慮いたしますわ。わたくし、家族はお父様と義弟とラティお義母様がいれば十分ですの」
ぎゅっとキシュタリアに抱き着き、ますます顔を見せるのも嫌! といわんばかりに背ける。その子供じみた態度に呆れたのか、キシュタリアが噴出した。
だって嫌なものは嫌ですわ! 大好きなお父様とキシュタリアを愚弄する伯父なんてこちらから願い下げですわー!!!
私は知らないが、母親似の可愛い姪っ子に既にメロメロの魅了状態だったフォルトゥナ伯爵は、私のきっぱりとした拒絶に露骨に落ち込んでいたという。
そして、私の明瞭過ぎて残酷過ぎるフォルトゥナ家への拒絶に、だいぶ溜飲を下げたキシュタリアは見せつけるように私の頭を撫で、長い髪を梳く様子を伯爵に見せつけていた。
ぐぬぬぬ、と湯気が出そうなほど羨ましそうにそして妬まし気にそれを眺めていることなど露知らず、私はぶすくれた顔をキシュタリアの胸へと押し付けていた。
その対照的な姿がますますキシュタリアの優越感を増やしていたことに、それを間近で見ていたアンナと護衛たち以外は気づきもしなかった。
キシュタリアは思い出したように顎をしゃくってレナリアを示すと、用意された魔封じの枷と猿轡でさらに拘束された。
絶望と哀切を滲ませて途方に暮れるフォルトゥナ伯爵。顔すら見せずに背を向けるわたくしはキシュタリアの腕に囲われ、かなり安心していた。キシュタリアはその姿を見せつけるように、至極優雅に微笑んだ。
「ああ、ヒントを上げましょうか、伯爵」
「は?」
「アルベルは極度の人見知りで、特に男性が大の苦手です。無理やり近づこうとすると怯えます」
びしりとフォルトゥナ伯爵が固まった。
ワンアウト。
「そして義弟の僕を溺愛しています。下手な実の姉弟なんかよりもよほど可愛がられている自負もあります。
僕の悪口を言えば、アルベル本人を罵倒するより深く激しい顰蹙と嫌悪を買いますよ」
フォルトゥナ伯爵の顔が一気に青ざめて、冷や汗が噴き出てきた。
ツーアウト。
「そして、それを上回るファザコンです。僕を貶すより、父様を貶す方がよほどアルベルに失望されます。
アルベルにとって強くて優しくてカッコいい父は理想の男性像だそうです。
他に対してはともかく、父様もアルベルを溺愛していますし、アルベルもそれを受け入れています。
さて、伯爵はいくつやってはいけないことをしてしまいましたか?」
灰となって塵となって消えそうな燃え尽き加減のフォルトゥナ伯爵。
スリーアウト、チェンジ。
フルコンボだ、ドン。
フォルトゥナ伯爵は超シスコンだった。最愛の妹が冷血と名高い化け物公爵に嫁いでいくことを父のフォルトゥナ公爵とともに最後まで反対していた。嫁いだ後、たまに手紙が届くだけで一切会えなくなった。一人娘が生まれたが、それを祝いにすらいけなかった。
愛憎入り混じる姪っ子は夢にまで見たクリスティーナ似の令嬢。束の間に夢見た姪っ子との交流はしょっぱなから最大に盛大に失敗。夢は夢のままで叩き壊された。
その現実を突きつけるように、こちらを見ようともしない姪こと私。
魔法のイヤリングで明るいアッシュブラウンに染まった長い髪に指先を絡めるキシュタリアは、当然のように私を抱きしめている。
キシュタリアの完全勝利だった。
そのあと、真っ青な顔をしたジュリアスがいきなり上から落ちてきた。落ちたんじゃなくて、降りてきたらしく見事に着地していたけれど、唐突だったので驚きました。なんでも、入り口が護衛や使用人、やじ馬でごった返していては入れなかったそうだ。外壁を伝って入り込んだらしい。転がるレナリアを見つけて片眉を僅かにあげ、ご機嫌なキシュタリアに抱き着きながらもちょっと不機嫌そうだけど無傷の私を見て苦笑し、じめじめと三角座りをしているフォルトゥナ伯爵に気づいて顔をひきつらせた。
ジュリアスの登場から間を置かずやってきたセバス。勢い有り余ってジュリアスを突き飛ばして駆けつけてきたことにはびっくりしたけど、何でもこちらにたどり着くまでに屋敷の中に何十人もの侵入者がいて生きた心地がしなかったそうだ。
どうやってそんなに入ったかといえば、つまりレナリアの協力者がそれだけいたということである。なるほど、あの騒ぎにも増員兵がなかなか来なかったはずである。
うーん、レナリアはだいぶヒステリックな人だったけど男の人を転がす天才ってこと?
ヒロインパワーは攻略対象以外にも有効なのかしら?
でも、キシュタリアやミカエリス、ジュリアスを見る限り効かない人もいるようですけど……
読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
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