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誘拐事件の裏側

久々の更新



「ルーカスはお前に似ているからな。隠すまでもなかったのだろう」


 そして、父親譲りなのは瞳に緑を帯びたところだけ。その色はサンディスグリーンというには淡くぼやけた緑だった。

 ルーカスができた時期は、オフィールが輿入れして間もなくだ。長らく子供のいなかった国王夫妻を見かね、第二妃を迎えるように進言があり、断り切れなかった。

 メザーリンの懐妊後、間を置かずオフィールも身籠った――二人とも、ラウゼスの子ではなかったが。

 この頃から二人の王妃の敵対関係は熾烈だった。二人とも、引くに引けない状況だったのだ。

 罪を犯し、その証拠まで残してしまった――結界魔法を使えず、王家の瞳を持たぬ我が子。


「幼い日、思っていました。『母上はどうしていつも怒るんだろう』……とね。自分にも妹にも甘いのに、私にばかり厳しい。

 貴女は目を逸らしたかった。自分の罪から。私を王子と名乗らせ、王太子にすることに固執したのは、そうすれば自分の過ちが帳消しにでもなると思っていたのでしょうか?

 私が持つはずがない王家の瞳や魔法を得るため、四大公爵家の娘を娶らせることにより解決しようとしていた。血守の一族から得ることができなかったから、それしか方法がなかったのでしょうね」


 血守の一族はサンディス王家から王家の瞳や結界魔法が断たれぬよう、それらの特性を持つものを庇護していた。だがメギル風邪の影響で、ルーカスの婚約者に釣り合う者がいなかった。

 その代わりにメザーリンが目を付けたのがアルマンダイン公爵家。四大公爵家は幾度となく臣籍降下で嫁入り、入り婿と王家から迎えている。

 由緒正しく権力もあり妃を輩出するに相応しい家柄。王家の血も他の貴族と比べるとずっと濃い。

 もし、幼少時にアルベルティーナの容姿が正確に認知されていれば、是が非でも婚約を結んでいただろう。


「ルーカス、何を言っているの……? 貴女は王子よ? サンディスの第一王子なのよ!」


「偽りのね。私には罪人の血しか流れていない」


 ルーカスは貴賓牢で謹慎中にこのことを知った。

 ある日、父王が訪ねてきて検査をすることになった。愛の妙薬の影響を調べる定期検査と違い、本来なら王太女の主治医であるヴァニアが担当していた。

 ショックではないと言えば嘘になるが、腑に落ちた。

 尊敬し、慕っている父に似ていない己の容姿。引き継がれなかった瞳の色に、魔力の属性。外見も能力も共通点が見当たらない。

 一方で、そんな息子を王太子にしようとするメザーリン。異様に国母に固執する母親のなりふりの構わなさ。


「……子供たちが不義の子であったとしましょう。では、王太女を誘拐した理由は? 汚職に手を染めたコニアム・バランスが王太女の身柄と引き換えにラティッチェ公爵と取引をしようとしていたと聞きましたが!」


 当時から辣腕で知られるグレイルは良くも悪くも影響力が強い人物だった。感謝も恨みも多かった。

 メザーリンの強気な態度に、ルーカスは顔を顰めてラウゼスは厳しい視線を送る。

 グレイルは不自然なほど穏やかに笑い、一歩前に出た。


「コニアム・バランスには子供がいない。正確には誘拐事件の少し前に流行したメギル風邪で全員夭折した。

 子にも妻にも先立たれた男が、たった一人の我が子を好んで手に掛けたがるだろうか? コニアムはきっと迷っていたのだろう。不義の子だろうが、幼い我が子だ。

 そんな時、エルメディア殿下の近くの部屋に、王族の象徴であるサンディスグリーンの瞳を持つ年齢の近い子供がいた――そこで彼の中で別の方法が浮かんだ。

 私は愛妻家で有名だったからね。クリスによく似たその子供ならば、私を動かせる駒にできると考えた。アルベルティーナの瞳は切り札として使えるから、それは黙って連れ去った。

 私とコーディーや元老会との不仲は有名だったし、彼らは嫌がらせとして協力した」


 グレイルの言葉に、メザーリンはぽかんとする。彼女にとってエルメディアは自分の足を引っ張り、奈落へ突き落としかねない邪魔者だった。

 不義の証。疫病神。いつ爆発する分からない不発弾。

 当然ながら、コニアムにとっても同じだと思っていた。彼の場合、主君であり友人であるラウゼスへの裏切りの証だ。


「アルベルなら王族として間違われても仕方ない。待機していた部屋が近く、実行犯が間違えた。そちらにはそうとでも言い訳をしたのではないかな? 

 コニアムの手には君を覿面に黙らせる『王家の瞳を持つ公爵令嬢』がいた。君たち二人は、誰よりも分かっていたはずだ。ルーカスの立太子にはアルベルほど適任の婚約者がいないってね。

 アルベルは王家のお茶会まで一度も外に出していなかった。アルマンダイン公爵家のビビアン嬢やフリングス公爵家のキャスリン嬢とは違って、情報が圧倒的に少なかったから――君の望む土産を用意するためコニアムはアルベルを誘拐した」


 ルーカスが王太子レースに抜きん出ればメザーリンは黙る。

 アルベルティーナが誘拐されたことにより、エルメディアの警備は格段に厳しくなって、殺害は難しくなっていた。


「コニアム・バランスは誘拐したアルベルを闇魔法で隷属させようとしていた。精神を弱らせ、誘拐のことを忘れさせ、自分に従順な手駒にするために。

 でも、急ごしらえの作戦だ。私が血眼になって探しているし、当初の予定は暗殺だったのに、誘拐に切り替えた。場当たりも多く、かなり焦っていたのは容易に想像ができる。協力者がいても国外逃亡は難しい。

 そのさなかアルベルは雑に扱われ、酷い傷が残った。トラウマと精神干渉の影響か、かなり性格も変わったよ」


 グレイルは淀みなく話す。肌を突き刺す威圧感。冷ややかな殺気が、静かな霜のごとく積もっていくようだった。


「そんな証拠は……!」


「あるよ? アルベルに残った魔法の痕跡を気がつかないと思っているのか?

 酷いモノだった。五歳の子供にやるべきではない精神魔法の拷問の数々。弱らせ、従わせるためにひたすら私の娘の心を折ろうとしていた。

 子供を産ませる胎さえ無事ならいいとでも思っていたのかな」


 その言葉にヴァニアは納得しかなかった。アルベルティーナに施された異様な保護魔法や、魔力の循環を助ける術式。王宮魔術師の中でも抜きん出た実力者であるヴァニアですら、なすすべがないほど作りこまれていた。

 本来、回復系やサポート系の魔法は、この魔王閣下の得意分野ではない。

 それでも執念と意地を燃やし、その叡智と才能で、愛する娘を生きながらえさせ続けていた父親だ。

 誘拐されたアルベルティーナを保護したのがグレイルでなければ、父親が彼でなければあの王太女殿下はこの年齢まで生きていなかった。

 治療をするにあたって、グレイルはアルベルティーナの状況を調べ尽くした。どれほど酷い目に遭ったか察しないはずがない。


「……熱くなりすぎましたね。まあ、闇魔法の使い手が手荒かったのは、それを手配した人間の嫌がらせでもあったかもしれませんね。

 コニアムとは違い、その人間は私の娘が手違いで死んでしまえばいいと思っていたのでしょう」


 言葉を改め、ラウゼスには非礼を詫びるグレイル。ラウゼスは首肯するだけで、それを許した。

 アルベルティーナは完全にとばっちりだ。そして、グレイルはこの誘拐のせいで妻をも失っている。

 複数の思惑と悪意が重なり、最もラティッチェ公爵家が損害を受けた。


「わ、わた、わたくっしは! 王太女殿下を殺そうとしていません!」


「知っていますよ。不倫がバレたくなくて、死んでほしかったのはエルメディア殿下なのは」


 吃音気味にメザーリンが否定するのを、呆れ交じりにグレイルが肯定する。

 最初からそう言っている。エルメディア暗殺計画を立て、土壇場に共犯者が我が子可愛さに裏切った。そもそも浮気をしなければよかった話なのだ。

 イレギュラーが連続していた。アルベルティーナを直接害したのは、コーディーや元老会が手配した手下ども。荒っぽくも手練れのやり口は、素人のものではない。これは『死の商人』の人材だ。

 アルベルティーナは利用するつもりであって、殺す気はなかった。

 バッサリとグレイルが言い切ったことにより、ずっと話についていけていなかったエルメディアがようやく反応した。


「お母様、浮気していたの!?」


 だからずっとそう言っている。それを隠そうとして国を引っ掻き回すような大事件が起きたのだ。


「私は王女なんでしょ!? お父様の子よね! 私だけが本当の王女なのよ! あのアルベルティーナとかいう偽物王女! たまたま目が緑だからって……!」


 感情的に問い詰めてくるエルメディアを、メザーリンが心底忌まわしそうにねめつける。

 本当にそうであれば、メザーリンはここまで苦労しなかった。


「……残念ながら、その可能性は限りなく低い。そもそも私はメギル風邪の後遺症で子供が作れない、もしくは非常に作りにくい体になっている」


 苦し気に吐露したラウゼス。その言葉に、二人の王妃は呆然と顔を上げた。

 夫婦の営みはあったが、長らく懐妊しなかった。跡継ぎ問題はメザーリンだけでなく、ラウゼスにも重くのしかかっていたことである。


「私がそれを知ったのもつい最近。しかし三人も子がいる。何故かと疑問を覚え、調べた結果がこれだ」


 一人くらいは実子がいるかもしれない。もしくは、その男性不妊の話を聞いた時、運よく自分は免れていたのではと思いたかった。

 だが、子供たちは誰一人ラウゼスには似ていない。母親の妃にばかり似ており、ラウゼスははっきりさせなくてはならないと検査に踏み切ったのだ。

 メギル風邪の後遺症に気づいたのはセシル・カルマン。アルベルティーナが王城の地下遺跡から見つけたという古文書に、メギル風邪に酷似した病が載っていた。そこから、その病の症状や後遺症を知り、とある疑問を覚えたのだ。

 王太女の家庭教師をしている彼女は専攻である歴史に詳しい。昔はもちろん、今の王家の経歴も知っていた。そして、ラウゼスがメギル風邪に罹患した過去があることも、覚えていたのだ。

 セシルも悩んだ。王子や王女たちがラウゼス譲りだとはっきり分かる特徴があれば、セシルも立ち止まった。

 幸か不幸か、彼女はずっと王宮の争いや陰謀とは遠い場所にいた。メザーリンやオフィールに肩入れせず、フラットな視線で事実のみを拾い上げることができたのだ。

 彼女は自分の思い至った結果に驚愕した。そして、同じく古文書にも造詣が深く、王妃の派閥に肩入れしていないヴァニアに相談しに行った。

 ヴァニアの判断も同様だった。三人の実子には疑惑が持ち上がり、ヴァニアの研究の一つに、魔力の傾向で血縁を判別する方法があった。

 ラウゼスに速やかにこの疑惑を打ち明けた。どんな運命のいたずらか、その頃にはラウゼスの実子たちは王位継承争いからほぼ離脱状態だった。

 アルベルティーナが王太女に確定していたが、それとは別に王妃たちの行いを黙認できない。二人の王子を、王太女の婿にするのも認められないことだ。


「魔力の検査とは違い、生殖能力を確認する方法がないけどね。行為はしていたから、子種の問題だろうね。まあ、王妃たちが不倫したのは確かだよ」

 

 往生際の悪い三人に視線をやり、ヴァニアはシニカルに笑いながら肩をすくめる。


「そんなの間違っているわ! うそつきいぃいいい!」


 事実が受け入れがたいのだろう。癇癪を起しながら喚き散らしだすエルメディアを、ルーカスが取り押さえに走る。

 ルーカスは一般男性より鍛えている。だが謹慎期間が長かったので、以前より筋力が落ちていた。身長はなくともエルメディアの横幅がルーカスの二倍以上あったので圧倒的にウェイト負けしていた。

 エルメディアが手加減なしにじたばた暴れるとあっけなく張り倒されてしまう。手を伸ばすラウゼスが巻き込まれぬように庇うガンダルフ。助けるには距離がありすぎるレオルド。

 ルーカスが無防備に床に叩きつけられるところを、グレイルがぎりぎり服を掴んで難を逃れた。


「助かります……申し訳ない」


「心意気は買うが、あの妖怪肉襦袢を力で押さえつけるにはフォルトゥナ公爵レベルの体格が必要だと思いなさい」


 まだルーカスは嫌いだが、最近の頑張りは評価しているグレイル。二人の妃や肉王女より身の程を知っている。


読んでいただきありがとうございました

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