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掘り起こされる罪

オフィールの次は


「どうして……っ! なんで今更! 嫁いでから二十年以上……ずっとわたくしはずっと、どれだけ耐えてきた思っているの……!」


 項垂れて怨嗟をこぼすオフィールは、反省している様子はない。

 その往生際の悪さと自己正当化できる強靭な精神には脱帽するが、ここで発揮するべきではない。嘘でもしおらしくしたほうが、周囲の心証も良いだろうに。

 これだからオフィールは妃には向かないのだと、レオルドは嘆息する。


「レオルド! お前もなんで裏切ったの! さも陛下の味方のような顔をして! ああ! 本当になんて嘘吐きで恩知らず!」


 思い通りにならないと分かったオフィールは激しくレオルドを糾弾しはじめた。

 これだけ証拠が出揃って、容疑が固まっていてもオフィールはまだ玉座を諦めきれないのだろう。

金は人を狂わす。権力もまた同じだ。


「この役立たず!!」


 オフィールは泣き喚く。激昂と呼ぶに相応しい怒りようだ。どこまでも自分の思い通りにならなかったレオルドに憎悪を燃やし、その感情を叩きつける。

 言葉だけではたりないのか、レオルドのシャツを掴んで激しく揺さぶる。殴りつけようと拳を振り上げたところでその腕を掴んだ人物がいた。


「よさないか。レオルドは正しいことをした。己の立場が危ぶまれると理解していても、高潔さを貫いたのだ」


 止めたのはラウゼスだった。レオルドにはオフィールの糾弾について一任してほしいと頼まれたが、見ていられなかったのだ。

 レオルドの覚悟は並大抵のものではない。

 自らの暗い出自を明かし、母を断罪する。

 オフィールは失脚し、レオルドも相応に失うものがある。地位だけではなく、その命すら危ういだろう。

 本来ならその役目をするつもりだったラウゼスだが、レオルドの意思を尊重した。だからと言って、暴力に晒される姿を看過できはしない。


「はっ! 何よ、父親ぶって! 血が繋がっていないって分かって、本当は清々しているんでしょう? 昔から疑っていたんでしょう!? 自分にちっとも似てないって、だからわたくしにもずっと冷たかった!」


「陛下は冷たいんじゃなくて、すぐに増長する浪費家の妃を諫める必要があっただけだよ」


 グレイルがさらり釘を刺した。割り振った予算をすぐに使い果たし、すぐに散財するので役人たちが頭を抱えていた。そのしわ寄せは何度もグレイルにもきていた。

 虚栄の贅沢のために国防費や王宮の人件費を平気で減らせと言う妃たちだ。実に迷惑である。

 生家が弱くとも二人しかいない妃でしかも王子を産んだとなれば、それなりに強い立場になる。そして何より、性格がきつかった。気性が荒く、ヒステリックに我を通すので周囲が妥協したり、引っ込んだりすることが多かったのだ。


「何かとメザーリン殿と張り合って、国庫を脅かしていただろう?」


 他人事だと素知らぬ顔をしていたメザーリンは、火の粉どころか特大の火の球ストレートが飛んできて目を丸くする。

 彼女もオフィールに対抗してドレスやジュエリーを買い漁っており、思い当たる節が多くあったのだ。

 エルメディアも同じである。今日だってライムイエローとビビットグリーンが目に痛い水玉模様のドレスを着ている。裾やスリーブのいたるところにレースやフリルががあしらわれ、さらにダイヤモンドが散りばめられており、やたらと派手に輝いていた。

 目にも心にも優しくない壊滅的なセンスはともかく、一級品の絹と本物の宝石を使っている。高価なのは間違いない。


「ああ、そうそう。陛下が臥せっておられる間の発注はキャンセルしたよ。ドレスもアクセサリーも随分豪勢だったけれど、どのような催しをするつもりだったのでしょうね?」


 軽く目を通しただけで分かるほど高価な装い。普通のお茶会や夜会で使うグレードではなかった。

 そもそも王妃が着用するドレスは豪勢だが、それにしても飛び抜けて高いオーダーメイドだった。数多の貴婦人のドレスに慣れたデザイナーや針子たちも色めき立つような極上品だ。

 一級品の絹なのはもちろん、一流の職人が何か月もかけて編むボビンレースや、貴金属。サンディスライトやダイヤモンドはもちろん、この辺りでは高価な真珠も多く使ってあった。

 夫が倒れ、生死を彷徨っている時に買い求める類のドレスではない。

 グレイルの言葉にガンダルフは恐ろしい形相になっている。夫が毒殺されかけたのに浮ついているものだ


「お二方とも、ご子息が王配になれると疑っていないようでしたね。確かにアルベルティーナの喪が明けてすぐに行動するには、事前の用意は必要だろうけど……。

 元老会を利用していると思って、いいように使われていることに気づきもしない。最初から自身が捨て駒であったのも気づかず、暢気なことだ」


 共犯者ではなく、二人の妃は最初から捨て駒だった。

 時期が来ればコーディーも元老会も、適当な罪を着せて妃もろとも王子と王女を追い落とす腹積もりだったのだろう。

 死人に口なし。自分たちの罪も彼女たちに背負わせる計画だった。

 王が臥せる中、横暴に振る舞う王妃を仲間の貴族たちと協力し、打ち倒す。正義という大義名分を使い、民衆からの支持を得る。そんなシナリオがコーディーの中では決まっていた。

 悪役は身分が高ければ高いほど、美談として有用になる。

 貴族や死の商人に潜り込ませたグレイルの子飼いたちは優秀だ。一つ一つは些細でも、組み合わせれば自ずと計画の全貌は見えてくる。

 メザーリンとオフィールは多くの罪を犯した。

 ついでの罪が一つ二つ増えたところで変わらないくらいの大罪がある。

 動揺しながらも、メザーリンは考える。オフィールのようにやり込められ、すべてを失うわけにはいかない。

 国王と四大公爵当主のうち二人がいる――この場を乗り切れば、まだ巻き返しは利くはずだ。

 一瞬だけ隣にいる二人の子供を見た。エルメディアは口を開けて呆けていて話を聞いていても理解はできていない。そもそも難しい話題は素通りする子だ。

 ちゃんとした教育はルーカスにしかしていない。だが、ルーカスの眼差しはレオルドと同じ。メザーリンを見る瞳には軽蔑と怜悧が入混じり、いつ後ろから刺してくるか分からない。

 燃やした手紙や書類を復元する魔法薬をルーカスが持っていた可能性だってある。慎重に立ち回らねば、どこから足を掬われるか分からない。

 めまぐるしいメザーリンの思考に水を差すように、ラウゼスが口を開いた。


「時にメザーリン。どうしてグレイルとガンダルフがこの場にいるか分かるか?」


 てっきりグレイルが追い詰めてくるかと思えば、ラウゼスからだった。

 驚いたが内心では幸運だと喜ぶメザーリン。ラウゼスは情が深く我慢強い。優しい気性で事なかれ主義だ。口で丸め込める可能性が格段に高い。

 長年夫婦として連れ添ってきた仲だ。属国から嫁いできたオフィールとは違い、メザーリンは彼が王になる前――婚約者時代を入れたら子供の頃からの付き合いだ。


(絶対に切り抜けてみせる……!)


ラウゼスを窺うように見つつも、メザーリンは素知らぬ顔で首を傾げた。


「覚えがありません。何か誤解があるのでしょう」


「グレイルはオフィールの罪もあったが、お前の罪に最も被害を受けたうちの二人だ。

 アルベルティーナもその一人だが……やっと落ち着いてきたあの子を同席させるのは酷だからな」


 心臓が嫌な音を立てた。

 頭から、背筋から、全身から血の気が引く。

 この二人の最愛。この二人の共通点。この二人が共有する悲劇など一つだけだ。

 気づいてしまった。オフィールは前座だった。この二人にとっての本当の憎悪は、罪悪なのはメザーリンだ。

 ラウゼスはそれを知っていて、この二人を連れ立ってきていた。


「かつての誘拐事件――企てたのはそなただろう」


 空気が張り詰めた。

 アルベルティーナの誘拐事件はラウゼスの友であり、当時は要職に就いていたコニアム・バランスが企てた事件。

 多くの関係者が処刑され、そこから芋づる式に出てきた別の犯罪も明るみに出て、次々と起訴された。サンディスの大きな事件と言えば、必ず上がる話の一つだ。

 そう、それで終わったはずだ。


「何をおっしゃるのか……確かに痛ましい事件でしたが、あれはコニアム・バランスの犯行でしょう。すでに解決したことですわ。それを蒸し返すなんて……」


 否定するもののメザーリンの顔色は悪い。歯切れも悪く、声がところどころ震えている。

 それでも、あの誘拐事件は解決済みだから関係ないというスタンスは崩さない。


「そもそもあの事件の標的はアルベルティーナではなかったのだ。本来の標的だった人間と入れ替えるに、都合がよかったから狙われてしまったに過ぎない」


「何をおっしゃって……」


「あの事件の本当の目的はエルメディアの殺害。お前の不義の娘を消すためだろう?」


 その言葉に、皆の視線がエルメディアに一気に行く。

 当のエルメディアは食べ物も飲み物もなく、暇そうに頬杖をついていた。半分船を漕いでいたのか、視線が集まったのに気づいて顔を上げたものの、戸惑っているだけだ。

 ただ、心底不思議そうに首を傾げる。

 ここまで愚かだと、哀れにすら感じた。


「お前の不義の相手はコニアム・バランス。エルメディアの金髪と青い瞳こそお前譲りだが、顔の造作自体は父親似なのだろう。

 だから、エルメディアを甘やかすふりをして過剰に太らせていたのだろう? 太れば顔立ちがだいぶ変わる。目の大きさ、輪郭、鼻や口にも肉が付く。

 やたら濃い化粧も本来の顔立ちを隠すために、厚化粧をするように教えていたのか」


 成長と共に顔が変わるなんて珍しくもない。赤子の時は誤魔化せていたが、次第に難しくなってきた。

 だからメザーリンはありとあらゆる方法でエルメディアの姿を変えた。とにかく太らせて、すっぴんが分からなくなるくらい化粧をして、やたら派手な服を着せて顔立ち自体に注目が行かないようにした。

 エルメディアに縁談が来ないと嘆きつつも、あまり本腰を入れていなかった。

 ラウゼスの言葉に、メザーリンが奥歯を食いしばる。その力が強すぎて変な音がする。

 皆の視線が俯いたメザーリンに向かう。状況の飲みこめていないエルメディアはただ周囲を見回し、なんとなく居心地の悪い空気を感じとりはしたようだ。


「違いますよ、陛下」


「ルーカス……!」


 ラウゼスの言葉を否定する息子に、光明を見出したようにメザーリンは安堵の声を漏らす。

 そんな母親に対しルーカスの態度は冷ややかだ。すり寄ってくるメザーリンを拒絶するように、言葉を続ける。


「エルメディアだけではありません。私の胤もその罪人です」


 擁護ではなく、裏切りだと気づいたメザーリンは真っ青になった。その後ろで頷くのはヴァニアだ。


「調べたからねぇ。間違いないよ。別の人だったらまた厄介だったけど」


 ルーカスとエルメディアは二つ違い。少なくとも一時の恋人ではなく、長年続いた秘密の関係だったと推測できる。

 誘拐事件が起こる前までは、ラウゼスと友人だったコニアム。いつから二人の裏切りが続いていたなんて、考えたくないだろう。

 ラウゼスの眉間に刻まれた深い皺は、まだ飲み干せない感情の表れだ。何度飲み込んでも、次から次へと湧いてくる。良く知りもしない他人ならともかく、数十年共に過ごした妻と友人では思い出が多すぎた。


読んでただきありがとうございました。

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