レオルドとオフィール
親子喧嘩。第二王子とオフィール王妃。
「違う。母上はいつだって国母になり、この国で一番偉い女性になることしか考えていなかった」
どんな水よりも冷たい一蹴だ。他でもない、実子から断言されたオフィールは愕然とする。
言い返そうとするオフィールに軽蔑の目を向けたレオルドは、さらに言葉を重ねて畳みかけた。
「そのために子供が必要で、それが私だっただけだ。最初から微塵も愛してなんかいない。
貴女が愛しているのは自分の血を引いた『王子』だ。自分を国母にしてくれる王太子になる存在が欲しかっただけだろう」
「母親になんてことを言うの!? 腹を痛めて産んだ我が子を誰よりも立派に育てようと――」
その言葉にレオルドは笑った。嘲笑い、哄笑を上げた。
愉快で、不愉快でたまらない。滑稽な自分の母親に怒りと同じくらい空しさも覚えた。
「そのためにラティッチェ公爵家の霊廟を荒らすのを手伝ったんだろう? 国葬される公爵家当主の墓を。王太女殿下は大変家族思いな方ですから、父親の首を奪われれば従うと思ったのでしょう?」
「あれはファウストラ公爵が!」
確かに融通したことはあるが、主犯は違う。ラウゼスが喪主を務めた国葬。ラティッチェ公爵家が取り仕切っていれば手を出せなかったが、王家の管轄となれば話が変わる。
頼まれるがままに便宜を図る書類や指示を出したが、ここまであしざまに糾弾されることではない。なんとか否定しようとするが、それはレオルドが許さない。
「持ちかけたのがどっちだろうが変わらない。貴女は墓荒らしに加担した。ラウゼス国王陛下の御名の下で行われた儀式に、王妃と言う立場で干渉したのは事実です。
オーエンと魔法使いが死に、内心さぞ安心していたでしょう? 死人に口なしと言いますから」
レオルドは便箋を叩く。王の目に届く前に、その中身を先に改めていたのは彼である。
ずっと前からオフィールに思うところがあった。その苛烈さに反抗できなかっただけで、胸に巣食う蟠りは年々大きくなっていた。
オフィールの調査を引き受けたのは、そういった背景もある。
当然ながらレオルドは手紙の内容を知っていた。知っていたからこそオフィールの罪状をより明確につまびらかにするべきだと、証拠を集めに奔走した。
従順にしていたのは、オフィールや周囲を油断させるためだ。
聞き分けの良い息子を演じながら、私利私欲のために次々と犯罪に手を染める母親に失望した。
「国のため? 息子のため? 違うだろう! オフィール! 貴様は自分の欲望のためにしか動かない! そのためなら陛下すら裏切っただろう!」
昂る感情のまま、レオルドはさらに紙束をテーブルに叩きつけた。
ミル・ドンスとのやり取り。元老会とのやりとり。自派閥の貴族とのやり取り。
それらの情報を統合すれば、おのずとオフィールの考えは見えてくる。彼女はどこまでも自分の欲望のためにあがいていた。息子すらそのための駒である。
妃でありながら、この国の害悪にしかなりえないオフィール。そして、その息子であるレオルド。
自分こそオフィールの罪の象徴だ。子供がいなければ、ここまで固執しなかったはずである。国母になるなどと、大それた野望を抱かなかった。
そんな器でない。小さな属国から嫁いできた肩身の狭い身で苦労はあっただろう。
だが、それだけだ。覚悟、品格、知性とさまざまなもの欠けている。目の前にぶら下がった手の届かない宝石に、必死に手を伸ばしている。その足で何を踏みつけているのか、その足元がどうなっているかも知ろうとせず上ばかり羨んでいる。
レオルドはオフィールを正面から睨みつける。
最初で最後の反逆だ。今までオフィールの望む人格を演じていた。兄に負けないように強い王子になろうとしていた。
オフィールの好みは知っていた。少し危険な香りのするタイプだ。皮肉っぽく癖のある男が好きなのだ。ラウゼスとは全く違う――否、夫と逆の性格を求めているのだろう。
こんな人間、母親と思いたくない。こんな腹から生まれたと思うと吐き気がした。
あの日、ラウゼスが謹慎中のレオルドのもとに訪れた時、色々と腑に落ちた。絶望もしたが納得した。母の妄執じみた執着。オフィールは国母になるしか生き残る道がない。
タイミングよくずっと探していた王家の瞳を宿すアルベルティーナの存在が露見したのも、さらに拍車をかけた。
でも、すべての過ちを選んだのはオフィール自身だ。
オフィールは最初の威勢を失い、真っ白な顔で俯いている。言い訳を考えているが、物証があるので迂闊なことはしゃべれない。
「……ここまで言っても、まだ話す気はないか」
レオルドは呆れ果てた。貝のように口を噤んでいればバレないと思っている。
それと時効だと思っているのだろうか――目の前に、その罪の証があるというのに。
ラウゼスはレオルドの覚悟を察知して口を開きかけるが、その前にレオルドは口を開く。これ以上、父王を苦しめたくない。
これは息子たるレオルドがやると、前もって決めていた。ルーカスもまた同じだ。だから淡々と息を殺し、余計な動きをしそうな身内を制すことに注力していた。
ここに二人の王その子供たちが集められたのは、同じ罪に関与しているから。
「私は陛下の御子ではない。そうでしょう?」
その告白に今度こそオフィールは息が止まった。
喘ぐように口を開いては閉じ、何とか言葉を絞り出そうとしている。だが、血走った目に力を籠めると、一変して声を張り上げた。
「いいえ! 陛下の御子よ! 間違いなく! あの頃、陛下はわたくしのもとへ通っておられた! サンディスグリーンではなくとも瞳は緑じゃない!」
「それは緑の目の男と不義密通をしたからでしょう。そして、後生大事にそのご縁をまだ残している」
「知らないわ! 母親に向かってなんてことを言うの!」
「マクシミリアン侯爵家に抱えられていた魔法使い――貴女の情夫からの紹介でしょう。成功報酬は愛人兼王宮魔術師の地位とか?」
ひらひらとレオルドは一枚の手紙をちらつかせる。揺れている文章は読めないが、これも証拠の一つなのだろう。
この様子だとミル・ドンスの協力者も捕縛されている可能性が高い。
マクシミリアン侯爵に紹介した魔法使いは凡庸な人間だった。多少の知識はあっても、保有属性も平凡。それでも王宮魔術師になりたいと望んでいたが、小国ですら魔法兵になるのが精一杯だった。
オフィールの浮気相手はミル・ドンスではそれなりの権威にいた。だから、末席に名を連ねさせるくらいならできた。
「証拠……証拠なんてない! 貴女がラウゼス陛下の御子でないと証明できる!?」
「できるよぉ~? 魔力ってその人によって特徴があるから、それを分析すればある程度の血縁関係は証明できる。親子なら確実」
ひょっこりとヴァニアが顔を出す。にんまりと悪戯が成功した笑みを浮かべ、オフィールを覗き込んでいる。
ヴァニアが魔力の研究をしていた際に偶発的に見つけた方法。アルベルティーナの治療のために散々調べ尽くした。同じ結界属性としてラウゼスも協力してくれたから、間違いない。
あの時は治療法の発見に至らなかったが、別のところで役に立った。
「だ・か・ら、とっくに調査済み。姫様……ああ、王太女殿下とラウゼス陛下でも血縁関係が認められた。なーのーにー? なぁーんでだろうね? 一親等の直系のはずのレオルド殿下からは全っ然なかったんだなー。これが」
念のためそれ以外にも王家の血筋に近い者から調べた。すぐに採取できたのは限られていたが、結界属性のないクリフトフもラウゼスとの血縁関係が確認できた。
オフィールはミル・ドンスの王女だった。かの王家にはサンディス王家から迎えた王子や王女はいない。
どこかで混じる可能性は限りなく低い――しかしレオルドがラウゼスの子であれば、ここまで違うのはあり得なかった。
うきうきと「どんな気持ち? どんな気持ち?」と周囲で動き回るヴァニア。傍目に見ても鬱陶しい。そんな彼を後ろからやってきた助手の女性が回収する。雑に襟首を掴んで、そのまま引きずって行った。
この状況でも相変わらずのヴァニアに苦々し気な女性ことセシル・カルマンは、ラウゼスの視界に入らないところまで行くとグーでヴァニアを殴りつけた。本当に容赦がない。
罪を糾弾され、不義を暴露されたオフィールはへたり込む。
その頬は涙で濡れている。それは懺悔や後悔ではなく、すべてを失ったと理解した涙だ。
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