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王妃たちの罪

王妃たちの断罪。ちょっと長いです



 見慣れた薔薇園が朽ちたように色褪せて見えるのは、彼の心が沈んでいるからだろう。

 それでも前を向き、重い足取りで歩いていく。兵士がラウゼスの姿を確認すると、素早く敬礼を取った。兵が守っていた扉を開けた先にいたのは、よく知る人物たちだ。

ラウゼスの家族たち。全員が揃ったのは幾日ぶりか。とても懐かしくすら感じた。

 よく磨かれて艶やかなマホガニーのテーブルを囲うように、それぞれが座っている。

 メザーリンとオフィールはラウゼスを見るともの言いたげに立ち上がったが、それぞれの息子に制された。

 彼女は己の権力を誇示するように飾り立てたドレスや宝石を身につけていたが、今日は大人しいドレスだ。いつもならそのまま夜会にでも繰り出せそうな装いが多いのに、服に合わせてか化粧も薄く顔色も冴えない。

 メザーリンの隣にいるルーカスとエルメディア。

 ルーカスはラウゼスの入室を確認すると、静かに立って一礼した。一方、エルメディアは座ったままふくれっ面をしている。

 腕を組んでそっぽを向いたエルメディアの姿は、子供の頃と変わらない。微笑ましさより、成長を感じられない姿に落胆した。

 レオルドはラウゼスを気にしながらも、隣のオフィールを警戒していた。

 オフィールは目鼻立ちのくっきりした容貌だったが、もの言いたげにこちらを睨む姿は華やかさよりきつい印象を受ける。


「久しいな。その様子だと、一部は反省が見られないようだが」


 目を伏せて諦観の滲む声でラウゼスが述べると、ついに我慢しきれなくなったのか二人の王妃が顔を上げた。


「反省も何も……! どうしてわたくしが貴賓牢などへ入れられねばならぬのですか!?」


 真っ先に不満や憤りを露わにしたのはメザーリンだ。

 思うように着飾れず、贅沢もできず、鬱憤も溜まっていたのだろう。己を褒め称える取り巻きの貴族も一人も会いに来なかった。

 それらがすべて、自尊心の強いメザーリンには堪えたのだ。

 オフィールも言いたいことは同じなのだろう。普段は反目する二人なのに、この時ばかりは責め立てる目でラウゼスを睨んでいる。


「王配候補の件……私の許可なく玉璽を持ち出した者がいたからな」


「あれはダレル・ダレンの独断ですわ! わたくしたちが謹慎を言い渡される謂れは――」


 メザーリンがそこまで言ったところで、ラウゼスの背後にいる二人が王宮騎士ではなくグレイルとガンダルフであることに気づいたようだ。

 さっと顔色を変えて口籠る。二人の王妃はいつものように激しく主張すれば、ラウゼスは不承不承でも折れるか妥協を示すと思っていたのだろう。

 だが、後ろの二人は違う。四大公爵家の当主は曲者揃い。その中でも一、二を争うほど敵に回したくない者たちだ。

 ガンダルフは見ての通り巌のごとく質実剛健。意志は固いし、賄賂や誘惑にも靡かない。そんなことしようものなら、怒り狂って突っぱねて猛追してくるタイプだ。

 グレイルはまさに怪物。その思考回路を紐解くことなどできないし、彼の弱点を分かっていてもそれに触れた時点で逆鱗となる。

 彼らが懐柔できていたのなら、とっくにしていた。


「ダレルは宰相の地位を剥奪し、牢に入っている。貴賓牢ではなく、一般の牢屋だ。お前たちのしたことを鑑みても、温情を与えているつもりだが?」


 二人の王妃は青ざめている。その息子たちは冷徹な眼差しで母親たちを見ていた。一人理解できていないエルメディアは首を傾げている。やたらきょろきょろとしているのは、情報を得たいからではなく、茶菓子がいつ来るのかと探しているのだろう。

 エルメディアだけは相変わらず元気どころか、一回りまた大きくなった気がする。

 彼女は加担していないと判断され、王妃たちとは違い、貴賓牢ではなく謹慎だった。下手に暴れては困るから、催促されるだけ食べ物を出し、ずっと食べて寝るだけの生活をしていたそうだ。

 この様子だと、謹慎を言い渡されている自覚すらなかったのかもしれない。ここまで無知に育てられたエルメディアはある意味幸せだろう。

 エルメディアも王妃たちの被害者の一人である。


(だからと言って、無罪放免とはいかぬ。王女として育ちながら、王族としての品格がない)


 逆にルーカスとレオルドは分かっている。だからこそ終始冷静なのだ。


「私がここに来るまでに罪を告白することを期待していたが、あくまで白を切るつもりなのか」


 まずはオフィールに目を向ける。メザーリンが喋り続けているから、自分に水を向けられると思っていなかったのだろう。一瞬狼狽するが、すぐに取り繕った。

 

「まるで、わたくしが告解すべき罪があるとおっしゃりますのね。いくら何でも――」


「先に投獄されたマクシミリアン侯爵――いや、元侯爵オーエンに魔法使いを紹介したのはオフィール……そなただろう。サンディスで調達すれば足が付くだろうと、祖国のミル・ドンスの王宮魔術師の伝手を使って斡旋した。

 レオルドを王配候補に押し上げるために、元老会と取引したと調べはついている」


 ラウゼスの合図にお仕着せの侍女が淑やかに盆を持ってくる。

 見覚えのない顔だ。元老会の罪が白日に晒され、多くの貴族が罰せられた。そのコネで入った人材の多くは地位を剥奪され、大きな人事変更が起きた。オフィールが貴賓牢に閉じ込められている間に入った者なのかもしれない。

 ラウゼスは盆の上にある手紙を取ると、オフィールの前に出す。


(なっ! なんでこれが……!)


 オフィールはさっと扇で顔を隠す。できるだけ素早くやったつもりだが、表情に出ていたと自覚はあった。


(何故!? あれは燃やしたはずなのに!)


 間違いなく捨てた。この時期に使わない暖炉に火をつけて入れたはずだ。

 ちゃんと燃えて灰になるのをこの目で見たのに、形が残っている。緊張で鼓動が早くなり、嫌な脂汗が滲むのが分かる。

 焦りと恐怖。暑さと寒さを同時に感じる。どうしようもない不快感を抑えながら、必死にオフィールは考えた。

 そんな彼女の前に影が差す。


「燃やしたはずなのにぃ~って思ってる? ざーんねん! 燃えても取り出せる方法があるんだなぁこれが」


 オフィールが憎悪を滾らせた眼光で顔を上げる。

 目の前にいたのは王宮魔術師のヴァニア。平民育ちだが、その卓越した魔法により一目置かれる存在。アルベルティーナの主治医になり、今回の騒動で働きが評価された一人だ。

 ヴァニアのことは苦手だった。食えない性格で、オフィールが誘いをかけても靡かなかった。金や地位で釣ろうとしても、結局はアルベルティーナ側から動かなかった男。

 何よりあの不気味な金がかった緑の瞳。角度によっては赤や黒にも見える金属を思わせる虹彩からは彼の本心が見えない。使用人の誰かが玉虫色だと言っていたが、虫ではなく悪魔の瞳のようだ。美しくも艶やかで薄気味悪い。

 ヴァニアがオフィールの部屋を漁ったのだろうか。そんなはずはない。この男は目立つ。

 長い銀髪と王宮魔術師のローブは必ずひとめにつくはずだ。

 それに、オフィールだって馬鹿ではない。自分のプライベートな空間に入れる人間など限られている。


「回収したのは私ですよ。母上――貴女が昔から色々な相手とやり取りをしていたのは知っていました」


 隣にいたレオルドが、しれっと暴露した。

 思いもよらぬ裏切りにオフィールの感情は振り切れる。何とかコントロールしていた緊張や焦燥が許容量を超え、怒りに塗り替わった。


「お前! なんてことを……っ! お前を王太子にするために、わたくしがどれだけ苦労しているか分かっているの!?」


 レオルドに掴みかかるオフィール。マニキュアがボロボロの指が伸びて胸ぐらを掴み、フリルブラウスから繊維が千切れる音がする。

 激昂するオフィールを、白けたような無感情さで見下ろすレオルド。


「頼んでいない。私は昔から、王太子になどなりたくはなかった。私を王太子にしたかったのは母上とミル・ドンス派閥でしょう」


 突き放すのは言葉だけではない、乾いた音を立ててオフィールの手を叩き落とした。

 その眼差しも、声も、表情も何もかも母親への温情など宿っていない。敬愛も親愛もなく、権力に増長した愚かな女を疎ましくて仕方がないと雄弁に物語っていた。

 オフィールは愕然とする。実の息子から、こんな侮蔑の籠った目で見られていることなんて気づかなかった。


(そういえば、貴賓牢にいた時……レオルドは何度も面会に来てくれた。あれは母親を思ってではなく、また何か企んでいないか監視をしていたの!?)


 ずっと味方だと思っていた。今までだって、オフィールが命じたことは守ってきた息子だった。

 レオルドは昔、内向的だった。物静かで部屋の中で本を読むのが好きな子供だった。

 同い年の異母兄ルーカスは利発で社交的。剣術にも積極的な興味を示していた。

 だから、ルーカスに負けるなと何度も発破をかけた。ルーカスにだけは負けてはいけない。ほんの数か月遅れて生まれただけで、第二王子になったレオルド。

 オフィールの言葉でレオルドはルーカスに対抗するように次々と習い事を増やした。まだ幼かったけれど、何一つとしてルーカスに後れを取らせないようにオフィールがずっと圧力をかけていた。

 走馬灯のように、レオルドとの思い出が溢れてくる。その時のレオルドはどんな顔をしていただろうか。

最初は戸惑いがありつつも、初めての勉強に目を輝かせていた。

 だけど大好きな本を取り上げ、王太子になるための勉強を詰め込み、社交界で人脈づくりをさせるためにどんどんレオルドの自由時間を削っていった。

 幼い頃は癇癪を起して抵抗していたが、年齢が上がるにつれてレオルドは黙って従った。

 大人しく本を抱えている子供ではなく、王族らしい自信にあふれた振る舞いができるようになりオフィールは満足した。

 大事なものを取り上げられ、欲しくもないものを押し付けられた時――レオルドはどんな顔をしていただろうか。

 いつからこんな顔をしていたのか。するようになったのかを、オフィールは思い出せない。


「どうして……わたくしは貴方のためを思って――」


 混乱しながら、ふらりと一歩前に出るオフィール。

 ずっとオフィールは努力していた。属国出の妃だと嘲笑されながらも、レオルドを王にするために誰よりも尽力していた。

 今までレオルドだってそれに応えてくれていた。彼も王になるのを望んでいたはずだ。


読んでいただきありがとうございました

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