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後始末、そして親子喧嘩続行

こっそり更新




 その頃、アルベルティーナは目が溶けるのではないかと言うほどに泣いていた。

 そんな彼女を大事そうに抱きしめ、柔らかい黒髪を撫で梳くのはラティーヌである。その眼差しは慈母のように優しく、ついさっき夫を責め立てていた人物とは別人のようである。


「おとーしゃあのばかああああっ」


「そうね、馬鹿ね。あんな人ほっときましょう」


「しんぱいなのにーっ、むりしないでほしいのにーっ」


「ええ、ええ。アルベルは本当に優しくていい子だわ」


 こんな感じの会話が、ずっと続いている。

 ラティーヌに抱き着きながら、ずっと幼女泣きしているアルベルティーナである。

 ベッドに腰かけたラティーヌとその腰にべったり縋りつくアルベルティーナの姿。泣き止む気配はなく、長期戦を予想させた。


「……あれは泣き疲れるまで終わりませんね。眠るまで泣いていますよ」


 その姿を見て、長年従僕をしていたジュリアスは判断する。幼い頃はああいった泣き方をしていたが、成長とともに減っていった。

 だが、経験上知っている。あれはグレイルの長期遠征でとても我慢して見送った時などの本気の号泣である。体力がある限り散々泣いて、ぐっすりお休みコースだと確定だ。


「……ねえ、あれってあのまま泣かせたら熱出すんじゃない?」


「そうですね。アンナがいないのは水分補給と、発熱予防の薬湯の用意をしているのでしょう」


 義弟の経験則から察するキシュタリアに、頷くジュリアス。

 ラティッチェ公爵家で長らくアルベルティーナを見ていた二人だからできる会話に、ミカエリスは少し疎外感と悔しさを覚える。


「何かできることはないものか……」


「少なくとも、レディの泣き顔を観察することではないんじゃなくて?」


 ぞわりとする可憐な声に本能的に飛びのいた三人。音も気配もなく、彼らの背後を陣取っていたのは小柄で華奢な人影である。

 ジブリール・フォン・ドミトリアス――三人を散々出し抜いた赤い悪魔が微笑んでいた。

 今日も今日とて可愛らしい社交界の華。最高級のシルクドレスは、爽やかなミントグリーンのAライン。ふんわりと丸いパフスリーブが可愛らしく、小さな薔薇の刺繍が裾や胸元を飾っている。

 この悪魔は、見てくれだけは本当に一級品である。

 あの説明の場に入れないから、ずっとヴァユの離宮で待っていたのだろう。

 とても可憐で上機嫌に見えるジブリールの笑み。

 長年の経験から知っている。これはとびきり機嫌の悪い時の笑顔だ。


「私がいない間に何がありましたの!? どうしてお姉様が泣いているの!? ラティッチェ公しゃ……じゃなくて、グレイル様が戻ってこられて大喜びなら解りますが、何がありましたの!?」


 ずんずんと猪突猛進に問い詰めにいくジブリール。その勢いにたじたじとなり、後ろに下がる。三人は押されっぱなしだ。


「それは、その……」


 激昂するジブリールに、三人が恐れ慄く。この感情の高ぶり方はまずい。対応を誤れば、即座に拳が飛んでくる可能性が高い。

 嘘ついたり黙っていたりしたら顔面が潰される。

 ジブリールを見かけ通りの可憐な令嬢と思ってはいけない。彼女は物理攻撃も辞さないアグレッシブな精神の持ち主なのだ。

 かくかくしかじかと説明すると、ジブリールは「分かりましたわ」と頷いた。


「それはグレイル様が悪くてよ。直訴しますわ」


 直訴とは殴り込みのことだろうか。そのほとばしる殺気が止まらない。

 慎ましい胸の前でぎゅっと拳を握るジブリールに不穏しかない。

 いつかの学園での言葉を思い出す。


 ――ジブリールが女性でよかったね。お前たち


 結局、暴れ馬寸前のジブリールを抑え込むのに三人の時間は過ぎていった。








 ラティッチェの親子喧嘩が起きてしまったので、グレイルからの説明は中断した。

 だが、セバスを介して齎された情報は多く、構っている暇がないほど忙しかった。

 元老会の解体と、彼らの犯罪に関わっていた一族の処分。それだけで貴族社会に大きな影響を与えた。

 死刑を免れたとしても、爵位の剥奪や降格は多くあり役職の再編も必要だった。それに伴い誰がどの領地を治めるかも、改めて決め直すこととなる。 

 今回の事件でサンディス貴族の三割は処分された――すさまじい数だ。上位貴族も少なくない。主犯格が国の中枢で巣食っていた元老会と王家の血筋の者だから、影響の大きさは甚大だ。

 それだけ根深い犯罪が、サンディスに浸透していたのだ。国を守るための組織が、国を蝕んでいたという事実が浮き彫りになる。

 ぽっかり空いた席には、今回の主犯たちと無関係だったり敵対していたりした貴族が就いた。優秀な人材への爵位の授与、陞爵や領地の分配が行われた。

 それでもなお目立つ人材不足を補うため、有能な平民を授爵することも検討されている。

 



 グレイルが数人の貴族を引き連れながら、指示を飛ばしながら歩いている。

 拗ねている暇があれば働けとアルマンダイン公爵が怒り飛ばし、ようやく寝台から出てきたのだ。

 粛清後に残った貴族は減った。王都に留まることの多い中央貴族は特に激減した。風通しが良いどころか、空きだらけでスッカスカの役職ばかり。残っている人材にかかる負荷は大きく、そんな時にすこぶる有能な人間が働いていなければ誰だってそうしたくなる。

 ちなみに、アルマンダイン公爵もあの話し合いから連日王宮に泊まり込み、毎日が嵐のような多忙さである。彼だけでなく、ダナティア派に関わらなかった中央貴族たちは大体同じようなものだ。

 グレイルが動き出すと、目に見えて王宮の仕事がスムーズになった。

 死神すら殺して地獄から戻った魔王ともっぱらの評判なグレイル。以前にも増して盾突く人間は少なく、切れ者なので常人の遥か彼方を見越して仕事を動かしている。

 相変わらずの仕事ぶりで采配をしていた。

 そんな時、向こうから誰かがやってきた。


「あっ」


 声を上げたのは、その『誰か』である。

 今やラティッチェではなく、サンディスの至宝と称えられる美姫――アルベルティーナ王太女殿下、その人である。

 彼女も自分の向かう方向にいた人物に気づいたのだ。ぱぁっと表情を明るくした。


「お父さ―――……」


 笑顔で呼びかけたものの、尻すぼみで小さくなる。

 途端に表情も途方に暮れた迷子のように変化していき、悲しくも寂し気だ。

 やがて意を決したように目をきつく閉じて、ぷいっとそっぽを向いてぎくしゃく歩き始める。

 その顔は精一杯顰めているが、どう見ても赤い目元。泣きそうだった。


「アルベル……」


 逃げるように自分から去った娘が、あんまりにも悲しそうでグレイルも引き留められない。

 あの親子喧嘩以来、会うたびにずっとこんな調子である。

 グレイルを避けているのはアルベルティーナなのだが、明らかにダメージを受けているのも彼女である。

 だが、そんな愛娘の姿に着実にダメージが入っている魔王がいるのも事実であった。

 天下の魔王閣下も、愛娘には覿面に弱い。








読んでいただきありがとうございました。


グレイルは現在元公爵&一度死亡として扱われたので役職も解除状態です。

ですが国の内情を一番理解している政治や軍事のエキスパートなので引っ張り出されています。

超絶人手不足で緊急事態なので臨時顧問。どの部署でも一定の権限を与えられています。


ただいま別作品『梟と番様』を集中更新中。読んでいただけたら嬉しいです。




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