それぞれの親子事情
強制終了。
説明の場は、お開きになった。
渦中の中心人物である二人が続行不能になったのだ。一番説明の求められているグレイルは倒れ、アルベルティーナは号泣で退場。
ラティーヌは倒れる夫を無視してすぐにアルベルティーナを慰めに行ってしまい、その場はグダグダである。
残されたグレイルの周囲に、四大公爵当主たちが集まった。
立ち直れずに床と仲良くなっているグレイルに、フリングス公爵が苦言を呈す。
「ちょっとラティッチェ公爵? いや、元? 前公爵か。いくら大人しいパパっ子でもあれは怒るって」
「アルベルが私を拒絶するなんて一度たりともなかった」
腕に目元を押しつけ、床に突っ伏しながらグレイルが言う。
ファザコン娘はいつだってグレイル肯定マシンなところがあった。多少の訴えはあったが、その裏には愛情と信頼の裏打ちがあってこそである。
「いい加減子離れしろ。王太女殿下はもうすぐ成人だろう」
アルマンダイン公爵はそう言いつつ、幼女泣きが頭から離れない。楚々として気品溢れるイメージが定着していたので、あそこまでギャン泣きするとは思わなかったのだ。
初登城やグレイルの死(偽装)の時も泣いていたが、あれは緊急事態だったのでノーカウントである。
ここぞとばかりに色々言いそうなガンダルフは、腕を組んで無言である。
システィーナとクリスティーナを思い出し、過去の自分と比較して色々思うところがあるのかもしれない。
「あれくらいの年頃なら、ちょっと遅い反抗期じゃない? 僕なんて娘に令嬢らしからぬ悪口を叩かれたり、機嫌の悪い時に目が合うと舌打ちされたりするよ?」
「お前は肉親殺しでもしたのか?」
「唐突な重罪疑惑ふっ掛けないでよ。キャスリンはこう、結構尖ったところがあるというか」
「レブラント、お前の娘は教育が足りないのではないか? 娘の反抗なんて『公爵様』や『当主様』と呼んで慇懃無礼に他人行儀にされるくらいだろう?」
なんだろう。フリングス公爵の娘の場合は気安さゆえの生意気な反抗であるが、アルマンダイン公爵の娘のやりかたは明確な心の線引きや距離感を感じる気がする。
ビビアンはルーカスとの婚約解消を巡り、ずっと父娘で折り合いに問題が生じていた。
いまだにルーカスを慕うビビアンと、公爵家の利益どころか損害が出ると考えて破談に向けたいアルマンダイン公爵。
幼い頃からの恋心を突き通したい娘と、娘の将来や家へ降りかかるリスクを考える父親。
どちらにも大切な物があるから譲れない。
「お前なんて、娘に駆け落ちされてしまえばいいんだ」
「不吉なことを言うな! 慰めてやっているのに、なんでそんなに不遜なんだ!」
呪いの言葉を吐くグレイルに、彼が言うと洒落にならないと食って掛かるアルマンダイン公爵。
この三人、年齢も近く腐れ縁なところがあって会話も気安い。
ガンダルフはいつになく萎れているグレイルを死体蹴りするつもりはないらしく、黙って見守っている。
いい年した中年男性たちが騒いでいる姿は滑稽なうえ、生産性のかけらもない。
彼らより優先したいことのある王配候補たちはさっと目配せした。ラウゼスに許可を取ると静かに退席し、アルベルティーナの後を追う。
そんな状況の中、やってられないとばかりにオフィールが席を立ち、レオルドはラウゼスへ許可を取り「母はお任せください」と一礼して同じく退室する。
まだ席に残るのはラウゼス、メザーリン、ルーカス、エルメディアである。
異様だったのはメザーリンである。睨むようにして、一枚の絵を見ている。
それはコニアム・バランスの肖像画。
王女誘拐未遂にして、公爵令嬢誘拐の犯人。一歩間違えば、消えていたのはエルメディアだ。王女が失踪したのなら、グレイルはあれほど激しい追及をしただろうか。アルベルティーナがいなくなった時と同様の動きをしたか微妙だ。
発見されたアルベルティーナは怪しげな場所を連れまわされ、魔法を掛けられて酷い状態だった――一生の傷が残るほどに。
清楚な装いの多いアルベルティーナ。露出が少なく、見える範囲では傷が分からない。
それを負うのはエルメディアだったのかもしれないのだ。
ルーカスは食い入るように肖像画を見るメザーリンに不吉なものを感じた。
この母親は異様に静かな時こそ、後のヒステリックが酷くなる。それを知っているルーカスは息を潜めていた。
ずっとそうだった。自分のためと言いながら、メザーリンは国母になる自分を夢見ている。母としての愛情よりも、己の願望成就が常に優先されていた。ずっとずっとそうで、ルーカスの中の柔らかい感情は削ぎ落ちていった。
いつまでも立太子できない負い目から、ルーカスはメザーリンに対して従順なところがあった。
圧し掛かるメザーリンの期待は年々重みを増し、それにこたえられない己の不甲斐なさが負い目となる。
今は冷静――冷徹な眼差しでメザーリンを見ている。
一方、エルメディアは誰も手を付けないのをいいことに、お菓子を独占して食べ漁っている。
隣のテーブルのも持って来いと興奮しながら要求する姿は、王女に見えない。その暴食ぶりは、家畜小屋の豚のほうが慎ましいくらいだ。
エルメディアは母親の強張った顔も、兄の冷然とした雰囲気にも気づいていない。
息子と娘、そして肖像画をずっとねめつける妻の姿をラウゼスは静かに見ていた。
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