お膳立て、そして想定外
どこまでも娘中心の魔王
「何考えているんですか! アルベルがすごく怖い目に遭ったんですよ!?」
自分も相当な目に遭っているキシュタリアだが、真っ先にアルベルティーナの名前が出てきてしまう。
ギャンギャン吠える駄犬を見る目で、激昂する義息子を観察するグレイル。
「でも、フォルトゥナ公爵のことだから王城に報告しに行っただろう? 泣いて怖がるアルベルティーナに胸を痛めて大混乱しながら、貴族や騎士としては最善で祖父としては最悪な行動だっただろうに」
「その通りだけ……」
「この義父のことだ。アルベルの可愛さに我を忘れて、賊だらけのラティッチェには置けず、自分の領地は遠すぎだと妥協したんだろう。王城と言う中立で権力のある場所じゃなかったら、アルベルに二度と会わせてもらえないと、さぞ必死だっただろうね」
「その通りだけど……っ! なんていうか、ほんと、もう……!」
当時を思い出してか、キシュタリアの威勢が萎んでいく。物凄く憐れなことになっているのだけは分る。
長年親子をやっていたが、まだまだ魔王の腹は読み切れないと頭を抱えるしかないキシュタリアである。
一緒に怒鳴ろうとしていたガンダルフが、しおしおと勢いを失う。
こんな息子より年下の若造にまんまと嵌められたという屈辱と、アルベルティーナを見て仕方ないと納得する自分がいた。
孫娘はすこぶる可愛いのだ。これだけはどんな状況下にあっても不動の事実である。
だからこそ魔王に完全に感情も行動も読まれているが、これだけは譲れない。
そんな中、グレイルの真横で冷ややかな空気を纏うのが一人。
グレイルの妻であるラティーヌだ。地吹雪すら感じるオーラを放っている。
「キシュタリアはともかく、アルベルを巻き込むなんて……! 貴方ならどうにでもできたでしょう! 死んだふりまでして!」
さすが後妻とはいえ、グレイルのビジネスパートナー。
グレイルを容赦なく睨み、返答次第では胸ぐらを掴みそうな勢いである。
それでいて実の息子より、義理の娘への配慮がある。朱に交われば赤くなるのだろうか。
「そうだね。それは私の失態だ。アルベルには、本当はずっと休んでもらうつもりだったんだ。でも予想より早く目覚めてしまってね」
「わたくし?」
「ある程度大きなショックを受けると、心身の安定を保つため休眠するように魔法を施した。私が死んでしまったと思えば、トリガーさえなければ起きないと踏んでいた――まさか、私が殺された怒りが、私が死んだ悲しみに勝るとは思わなかったんだ」
喜怒哀楽のうち、悲しみを上回りそうなものは一つだけ。
当時は悲しみのほうが強かったけれど、潜在的な復讐心がアルベルティーナを起こした。
それは燻り続け、オーエンの暴挙により完全覚醒したのだろう。
グレイルの予定ではアルベルティーナが眠っている間にコーディーと元老会をシバき倒すはずだった。
死んだのにどうやって、なんて愚問だ。グレイルは復活する手立てを仕込んでいた。
「そもそもどうやって死んだふりしたの!? 国葬までしたってことは狸爺どもも出し抜いて、検死も通過したんでしょう!?」
そう。それである。容赦なく疑問を怒りと突き上げるラティーヌ。
「あの狸どもは報告で私が死んだと聞いても、納得しない。しばらく疑うはずだ。
でも、死ぬだけの理由があって、目の前でその死を見たのなら説得力が変わるだろう?
私がアルベルを溺愛していたのは周知のこと。命を懸けるのも当然のこと。
目の前で私を殺すために仕込んだ魔物にまんまとやられるなんてさぞ嬉しかっただろうね?」
事実、グレイルがいなくなった途端、精力的に動き出した人間がいた。それだけグレイルを恐れ、身を潜めていたのだろう。
彼らは魔王がいないと安心しきって、傲慢に雑に悪事を働きだした。
その潜在敵勢力も炙り出すため、一芝居打ったのだ。
ジュリアスがさっと手を上げた。彼も謁見の間の襲撃で前線に出ていた一人だ。
不愉快ながらもグレイルの言葉は理解できた。報告だけでグレイルが死んだと聞かされても納得しなかったはずだ。あの壮絶な死を目の当たりにしたからこそ、ジュリアスも疑いようがなかった。
「レナリアが仕込んだのでは?」
「入手先はコーディーで、レナリアは駒にすぎない。利用されている自覚はなかっただろうけどね。あの魔物は元々私の戦力を削ぎ、負傷させるためにあいつらが持っていた呪物だ」
殺意の殴り合いが本当にエグイ。
グレイルとコーディーは、ずっと裏で争っていた。とことん仲の悪い双方である。絶対に相手を殺すという強い決意を感じられる。
それすらも手玉に取るグレイルが、ますます魔王らしさを深めている。
「あの寄生型の呪物だとは知っていたから、あれを隠れ蓑にゼファールたちや王宮魔術師たちの目を欺いた。魔力を凝結した時、あれを屈服させて支配して取り込んだ。
検死する連中もあれを刺激したくないだろうし、安全に確定で始末できる方法を選ぶ。
だから自分で首を切って損傷は最小限にしつつアルベルのアミュレットで魂を保護して格納、大勢の人たちの前で死ぬことで死を印象づけ、後で死体を回収する予定だったんだけどね」
あの呪いは聖なる炎で火葬するしかないと後回しにされていた。
下手に触れてまた動き出したら危険だ。安定している状態で聖水晶の棺で保存するしかない状態まで持ち込んだのである。
見事に魔王の手の平でダンシングである。頭を抱えるキシュタリア。
「……分家が遺体を盗んだのは?」
「あれはちょっと予想外だったね。国葬はラウゼス陛下がいるから予想はしていたけど」
ちょっとじゃすまない。墓荒らしだ。四大公爵当主の遺体を荒らすなんて、極刑である。
みんなを見事に騙せて面白かったのか、アルベルティーナを撫でて上機嫌のグレイル。撫でられているアルベルティーナは衝撃が強すぎたのか、始終目を真ん丸にして停止していた。
グレイルの手はずとしては、下手な場所より安全なはずの霊廟に安置された後に行動に移す予定だったのだ。
「コーディーの監視をしていたベルナとセバスが首や胴体を回収してくれたよ。運悪く、アルベルが一度だけ首を見てしまったのは失態だ」
最初に見せた時だけは、本物のグレイルの首だったのだ。
だからアルベルティーナはマクシミリアン侯爵家に従わざるを得なかった。
それがきっかけでアルベルティーナの感情は決壊した。悲しみを凌駕し、ずっと燻っていた怒りが一気に燃え盛った。
「でも、やりやすかったろう? 残ったお前たちを奴らは見縊り、見下し、ろくな警戒もしなくなった」
グレイルは嫣然と微笑む。
その通りだ。
彼らにとって、天敵となりうる脅威はグレイルだけだった。だからこそ雑な判断になり、強引な作戦を押し進めた。
常に油断をしていて、露骨に侮っているのが嫌と言うほど感じられた。
全面衝突となったあの舞踏会だって、経緯も理由もめちゃくちゃなもので、まともなやり方ではない。
グレイルさえいなければ何とかなると、舐め腐っていたのだ。
「本来はお前たちが抵抗している間、ひと月くらいで準備を終えて叩き潰す予定だった。
でも、王城には目覚めてしまったアルベルがいる。この子は魔力に敏感だから、難しくてね。目覚めてから探知や探索系の魔法を乱発して、何かを探しまわっていたから王城に全然近寄れなかった」
その言葉に、身に覚えのあるらしいアルベルティーナの肩が跳ねた。
意図せずグレイルの邪魔をしていた事実も驚愕だが、こそこそやっていたこともバレた。
そんなアルベルティーナにアンナが近づいて、いつもは絶対に出さないような声で問いかける。
「……姫様? 魔法は禁止されていましたよね? 使っていないと言っていたのに、乱発?」
「いやーんっ、ごめんなさいっ」
侍女の圧に、主人は一瞬で白旗を上げて謝罪する。
すぐに認めて謝罪するのは誠意ある行動だが、その罪は重すぎた。アンナは処罰を決定する。
「罰として、今日はチャッピーとハニーは抜きです」
「なんて極刑! アンナ、弁解の余地をください!」
「その申し出は却下します」
まったく余地を与えられず、アルベルティーナがしょぼくれた。
主治医のヴァニアが「どーりで魔力の回復が遅いわけだ」とスコーンを齧りながら、一人納得していた。
同時にそんな広範囲に魔法をバンバン飛ばしていたことに、内心驚きだ。自分でも気づかない繊細で、微弱な魔力で探していたのだ。
それに気づいて避けていたグレイルも相当である。
(これだから感覚型の魔法使いって怖いんだよなー)
グレイルとアルベルティーナは互いにとんでもないことをさらっとやってのける。
ヴァニアは魔法使いとして嫉妬しかけたが、あの二人はかなりの変人なので枠外に置かれた。
しかし、周囲の者たちはそれだけで納得しない。
グレイルがとっとと出てくれば、アルベルティーナはあれほどの無茶をしなかったのに。
口に出さないが視線が、表情が、空気が訴えている。
それすらも理解している魔王は気にするそぶりもなく、麗しい笑みを浮かべている。
「アルベルが、私が生きていると気づいて大人しくしていると思うかい?」
答えはNO。
裸足になって血反吐を吐いてでも探しに行く。
それが僅かな可能性でも、飛び出して行ってしまうだろう。
しかも、ヴァユの離宮には王家の血筋が通れる隠し通路までついている、最悪の組み合わせ。
父に会いたい一心でボロボロな肉体と精神でも走り出してしまうはずだ。容易に想像がついて、アルベルティーナとの馴染みが深い人間ほど頭を抱えるか、項垂れる。
読んでいただきありがとうございました。
7月2日第五巻発売です!
来月には『梟と番様』も発売予定です!
詳しくは活動報告にて!