表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
319/331

仕掛け人

誘拐事件の裏で



「彼がコーディー本人なのは、こちらで鑑定済みです。現在は本来の姿に戻っていますが、悪魔の力の弊害もあって老化が進んでいるようにも見えます」


 ゼファールが資料を持ってきた板に張り付け、鑑定方法を提示した。

 魔法で識別する方法はあるが、それは比較対象あってこそ成り立つものが多い。

だが、それとは別にこの世には特殊なスキルで判別できる人間もいる。

 ゼファールは嘘がつけないよう魔法を掛けて質問し、念のため人物鑑定のできるスキル保有者を招いて二重で確認した。

 コーディーはかなり用心していたようで、装飾の中に多くの魔道具を紛れ込ませ、肉体にまで仕込んでいた。

 偽聖杯がなくとも、それらの除去や無力化の処理にかなり時間がかかり、ゼファールは手を焼くはめになった。


「魔力の系統や波長からもある程度の血筋を洗い出せますが、これだけだと不安が残りましたので」


 何せ、相手は反則級の偽装手段を持っていた。ゼファールが慎重に捜査するのも頷ける。

 だが、彼がコーディー本人だと証明されれば元老会との癒着ぶりも頷けた。

 彼らはクリスティーナとコーディーを結婚させようとしていた。古くからの繋がりがある。そちらは失敗したが、アルベルティーナの婚姻に執着した理由も分った。

 ラティッチェやフォルトゥナへの遺恨だって、彼らには有ったのだ。


「手っ取り早いコネづくりに、コーディーの用意した餌は若返りだろうね。元老会の爺どもは金や権力があっても老いさらばえきっている。

 もっと生きたい。末永く、永遠に。権力を握り王家や国、若者から搾取して好き勝手したいと切実に願っていたのだろう」


 そんな願い、糞喰らえである。彼ら以外の万人に害悪だ。

 そしてその害悪は自分のためなら他者を蹴落とすし、肉親や国も売り渡す排泄物にも劣る精神を持っていることも理解している。

 目の前にかつての姿を取り戻したコーディーがいたのなら、説得力もあっただろう。

 本来は老人であるはずの人間が二十代半ばの青年期――全盛期の姿だ。

 ファウストラ議長を思い出す。いくら豪勢な衣装を纏おうが、本人たちの大半は棺桶に片足の入りかかった老い耄れ。いつ迎えに来てもおかしくない。

 どれほどのものを得ようと、忍び寄る死の気配に怯えていたはずだ。


「それは本人たちからも自供は得ています。アルベルティーナ王太女殿下との婚姻の暁には、悲願の若返りと不老の秘術を与える契約になっていたそうです」


 グレイルの言葉に、厳しい顔をしたゼファールが補足した。


「聖杯の性質を見るに、その若返りと不老を成すには対価が絶対。自分で賄うには限度があり、他から調達する必要があります。奴隷制度の導入は、その隠れ蓑でしょう。入手した奴隷や平民が消えてもおかしくならないように、奴隷産業を推進していたと考えるのが妥当です」


 彼らは王族ですら商品と見做していた。

 強い選民思想の持ち主だし、平民や奴隷を犠牲にすることに罪悪感なんてないだろう。

 ゼファールは長年奴隷摘発の捜査をしていた。若い頃は騎士として、伯爵となっても秘密裏に進めていた。ある程度の証拠は握っていても、相手は国の中枢を巣食う巨悪。タイミングを計らないと証拠ごと握り潰し、逆に破滅する。

 色々蓄積していた感情は想像できた。


「まあ、クリスとの結婚や奴隷商売を散々邪魔されてあの老害どもは手を組んだ。

 最初の仕返しはアルベルの誘拐。まあ、実行犯は自分が囮にされたなんて知らないで、ある意味自業自得で破滅したけれど。

 彼は利用されたなど知らずに罪を暴かれ、裁かれた……当時は大臣の座にいた、コニアム・バランス」


 一枚の肖像画が板に張られる。

 灰色の髪を撫でつけた、整った顔立ち。青みの強い薄緑の瞳は柔らかく細められ、知性や教養を感じさせる笑みを浮かべた男性。年齢は三十前後だろうか。

 アルベルティーナは彼の顔を初めて見た。

 歴代大臣の肖像画は残っていたが、彼のだけは撤去か抹消ばかりされていたのだ。集合絵でも、彼の顔だけは黒く塗られたり削られていたりと存在をない者とされている。

 それだけ彼の罪は重く、王宮での誘拐は王家、ラティッチェ公爵家に与えた損害が大きかった。

 重くなった空気に、皆の気配が張り詰めるのが分かる。


「そんな過去の犯罪者、今回に関係あるの?」


 そんな中でエルメディアが興味なさそうに言う。頬杖を突きながら、ドーナツを齧っている。

 彼女の周囲だけやけにごちゃごちゃしていた。ルーカスやレオルドの分まで奪ったのだと分かるくらい彼女の周囲に置かれた皿の数が違う。


「エルメディア! 静かに聞いていなさい!」


 メザーリンが甲高い声で叱るが、睨み返すエルメディア。兄二人の視線も厳しく、オフィールに至っては小馬鹿にしているようにすら見えた。

 いつもの調子で癇癪を起すと誰もが思った時、ラウゼスが口を開く。


「グレイルが言うのだから、そうなのだろう。きちんと聞きなさい、エルメディア」


 普段物静かなラウゼスにまで言われエルメディアが一瞬言葉に詰まる。居心地が悪くなり、「ふんっ」と苦し紛れに言う。そのまま不貞腐れてそっぽを向いた。


「アルベルティーナの誘拐と、コーディーや元老会が繋がっていると?」


 孫娘が関わると聞いて、ガンダルフが話を急かす。

 ここにクリフトフがいたら大騒ぎだっただろう。ガンダルフは年の功か、表面上は大人しい。


「ええ、コーディーは元老会から王族のみ使える王城の隠し通路を聞いたのでしょう。

 そして当時、誘拐のショックで倒れ、ヴァユの離宮で療養しつつ私と娘の帰りを待っていたクリスにその通路を使用し接触を図った」


 今までのやらかしから、接触を禁じられているのは暗黙の了解だった。

 どんな家も、ラティッチェとダナティアの両家を近づけないように、招待客を選ぶ際は気を付けていた。

 幸い、クリスティーナは娘が生まれてから屋敷に籠りがちで、アルベルティーナの茶会デビューの時が久々の外出でもあった。

 そんな状況で接触を図るなんて、嫌な予感しかしない。

 グレイルは微笑んでいる。その笑みの先にいるエルメディアは、最初こそ不機嫌そうだったが徐々にその威勢も削がれていく。


「久々に会ったクリスに、あの男はまだ妻になれと求めた。そして、拒否したクリスを暴力と薬で屈服させようとし――クリスは命を失うこととなった」


 衝撃の暴露に、誰もが声を失う。

 だが、そんな予感がしていたのか大人たちは顔を沈痛そうにしている。

 ルーカスと顔を見合わせていたレオルドが挙手し、グレイルの頷きを確認してから口を開く。


「……失礼ですが、確認を。何故クリスティーナ公爵夫人は訴えなかったのでしょうか? 閣下に助けを求めるのも難しかった状況にいたのでしょうか……」


「私はクリスに頼み込まれ、アルベルの捜索をしていた――確かに、クリスの現状を知ったら絶対戻っただろう。だからこそ、クリスは私を呼ばなかった。

 そして、ヴァユの離宮はあの男の手の落ちていた。当時警備を担当していたダンペール家が誘拐の失態を理由に外され、そこに奴らの手の者が入っていた」


 クリスティーナは自分の身より、どこにいるか分からない娘を案じていたのだ。夫の愛を信じていたからこそ、自分を後回しにした。

 当時のクリスティーナはヴァユの離宮で、王宮の使用人に世話をされていた。

 ラティッチェから侍女やメイドを連れたとしても数人。使用人や護衛の大半が元老会やコーディーの息のかかった人間。時間によっては彼らだけに囲まれていた可能性も高い。


「クリスは薬のせいで正気を保つことすら困難になりつつあり、それでも命を絶たなかったのは、腹にいた子のためだ。暴力に耐え、屈辱に耐え、薬物の中毒症状に耐え、それでもその子が流れてしまったと知ったら……どれくらい絶望しただろうね?」


 その言葉に、今度こそ耐え切れなくなったガンダルフが立ち上がる。

 極限まで目を見開き、グレイルを見ている。

 キシュタリアだけは可能性を考えていたが、その中でも最悪と言える予想が当たっていたことに口を引き結んでいる。

 霊廟で見た、クリスティーナの墓の隣にあった小さな墓石。

 当時のキシュタリアは幼子だ。下級貴族の妾腹の末息子である彼に、できることなんて何もない。

それでも、その顔には悔しさが滲んでいた。


「コーディーは、娘だけでなく孫も殺していたのか……っ!」


 ガンダルフは絞り出すように呻いた。

 血を吐くように、泣き出すように、恨むように。


「クリスは……あの男に万一妊娠に気づかれたらどうなるか分かっていた。絶対に殺されると確信していたから、穏便に済ませようとしていたのでしょう――相手にはそんな遠慮はなく、クリスの苦しみは計り知れません」


 耐えて、耐えて、耐え忍んで――一縷の希望さえ砕かれたクリスティーナはついに毒杯を呷った。

 薬で理性が消える前に愛する夫と娘を思い、産んでやれなかった子を追った。

 アルベルティーナの脳裏に、ラティッチェ公爵邸にある肖像画が浮かぶ。

 幸せそうに美しい笑みを浮かべたクリスティーナ。その母は華奢で儚げで、そんな強い心を持っているとは思わなかった。


「娘が生まれた後、クリスは体調を崩した。だから、五年も待っていた。クリスは私が渋るのを辛抱強く説得し、ついにと望んだ子が死んだ。

 アルベルの時も産後に体調を崩したのに、それでも欲しいと言っていたよ……それはそんなに罪なことか?」


 グレイルの静かな問いに、誰も否定などできない。

 だからこそ、クリスティーナの絶望は深かったと理解できる。

 アルベルティーナが誘拐された時だったからこそ、腹の子はさらに重要性を帯びていた。

 万一娘の身に何かあったら、現当主の流れを汲むラティッチェの直系が途絶える恐れがあった。

 皆が静まり返る姿を見て、グレイルは嘆息して手を叩く。空気を切り替えるように促した。


「最期までクリスは自分の物にならず、コーディーの中で執着はさらに増したんだろう。

 裏社会で着々と根を広げ、復讐の機会を窺っていた――それは私もだけどね」


 異常な執着心だ。

 グレイルも極端な執着はあるが、相手に対して配慮をする。コーディーは常に自分本位でしかない。

 ラウゼスが憔悴した面持ちで、グレイルに頭を下げた。


「……すまぬ、グレイル。私がもっと注意をしていれば」


「それは無理でしょう。当時はエルメディア王女殿下の誘拐目的とされていた。

 陛下は自身の娘に害が及びかけた状況の中でクリスの異変に気づき、知らせてくださった。全容は知らずとも不審な点には気づいて私に警告をしたのに、手紙を後回しにした。その判断は私の落ち度です」


 そう言って、グレイルは首を振る。

 クリスティーナの叔父であり王であったラウゼスの見舞いはさすがに断れなかったのだろう。一度や二度ではなく、ずっと気にしていたラウゼスは直接面会できた。

 クリスティーナは助けを求めなかったが、彼は姪の様子に違和感を覚えていた。

 彼からの情報が非常に重要であったのに、グレイルは見抜けなかった自分の責任だと思っている。

 ラウゼスが王でありながら、常に元老会から圧を掛けられ身動きが取れない。グレイルは知っていたからこそ察するべきだった。


(……そうか。だからお父様はラウゼス陛下がお好きなのね)


 アルベルティーナは納得する。

 そのやり取りに、はっきりと信頼性を見た。他の人ならグレイルは容赦なく責め立て、切り捨てていた。

 当時は、誰もが動揺しながらも必死に最善を尽くしていた。

 その裏で、事態を引っ搔き回して嘲笑い、味方の振りをしていた人もいたけれど。

 衝撃の連続に皆が隠しきろうとも動揺が隠せない。


「では、話を進めて……レナリアのラティッチェの襲撃は元老会とコーディーの仕業だと?」


 ミカエリスが確認するとグレイルは頷いた。


「関わってはいるね。あの連中、後ろでお膳立てや暗躍大好きだから」


「……兄様」


 低く呟いたゼファールがじっとりとした目でグレイルを睨んでいる。

 彼は何かを察したようだ。

 弟の眼差しに軽く肩をすくめたグレイルは、にっこりと嫌に楽しそうな笑みを浮かべた。


「あれだけ派手になるようにしたのは、セバスに情報を流させたからだけど」


「父様……?」


「情報を流させた……って」


「キシュタリアは来年成人だし、ミカエリスは学園卒業、ジュリアスはいい年だし、そろそろ本当に価値があるのか篩に掛ける必要があるだろう?」


 この魔王!!!


 まさか


 やっぱり


 お前の仕込みか!!!


 誰もが激昂することさえ忘れ、目をひん剝いた。

 隣にいるアルベルティーナだけ、きょとんとしている。


読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ