古代の魔道具
本人若いつもりでも、そういうところに出てくる本質。
その言葉に、ラウゼスは絶句する。
思わず立ち上がったのはフォルトゥナ公爵のガンダルフだ。
「だが瞳の色や髪の色が違う! 髪色はともかく、瞳の色は……それも魔法か? 魔道具や魔法薬を用いたのならあるいは……王宮魔術師たちの目を欺いてまで!?」
ありえない話ではない。だが、現実的には非常に気持ち悪い話だ。
何せ、コーディーはアルベルティーナと夫婦になるつもりでいた。
コーディーの年齢は中年を超えて初老に近い――アルベルティーナとは親子どころか祖父と孫くらい差がある。
それだけでなく、妻のシスティーナ、娘のクリスティーナ、孫娘のアルベルティーナと三代続けて狙われたと分かったガンダルフの動揺は仕方ないだろう。
同時に否定できない。コーディーの執着はすでに思慕ではなく、妄執の領域だった。
「フォルトゥナ公爵の言葉も一理ある。コーディーの瞳は私と同じ王色だったはず……」
ラウゼスも同意し、さらなる説明を促した。
王族と言う点に高いプライドを持ち、王家の瞳であることが自慢だった異母弟。そんな彼が、瞳の色を変えるとは思えない。
王配選抜にだって、王家の瞳は有利に働くはずだ。
「自称聖女に持たせていたアレの仕業ですよ。聖杯とは言っていたが、本質は悪魔のそれです。悪魔の天秤をご存じですか? アレの片方の皿を加工して作ったのがあの聖杯です。
一部のみを使っているので能力は下がっていますが、それなりの贄をくべれば見てくれの変化くらいは容易です」
悪魔の天秤は、万能の願望器――ただ、その性質は悪魔の力による成就なので正しく叶うことが少ない。
財を望めば大事な人を金塊にし、病気の快癒を願えば吸血鬼にして病を克服させるようなもの。
人の手ではどうにもならない奇跡を起こせるが、失うものも莫大だ。
あの聖杯からはカイン・ドルイットの最期を思わせる化け物が出てきていた。
あれが願いを叶える悪魔の本質。強欲で嘘吐きで人の欲望に鼻が利く。
「あんなもの、そうポンポンと出てくるものですか?」
キシュタリアが疑問を呈すとグレイルは首を振る。
当然ない。現代では再現不可能で古代の魔導王朝時代か、それ以上の昔の歴史や神話で語られる神秘の多い時代の代物だ。
「古代の魔道具の中でも危険で、滅多にない。本来なら神殿の監視下で、教皇や枢機卿、聖女をはじめとする聖職者たちが長年かけて浄化をして無に帰す。
だが、数十年前に盗難に遭っていた。悪魔の誘惑に負けた者が、浄化中で保管してあった物を盗み、外の世界に流出させた――流れに流れ、コーディーの手に渡ったのだろう」
「神殿からはそんなことを聞いていないが?」
ラウゼスが重々しく唸る。そんなものがその辺に転がっていたら、国が大混乱だ。
場合によっては戦争も起きかねない。
「神殿としても大きな醜聞ですからね。秘密裏に回収し、隠蔽を試みていたのですよ。悪魔の宿る魔道具は便利なため、禁忌と知りながら見つけても報告しない人間も多い。
綿密に足取りをたどり、噂や事件の痕跡を辿る。非常に地道な捜査と並行して隠し続けていました。
ゴユランのように遺跡のある場所では稀に発掘されますから、この辺りでは捜査がさらに難航していたのでしょう」
悪魔の天秤は今の技術では作成できないのだ。
その稀少性から使用だけでなく、コレクター目的の所有もあった。
アルベルティーナはふと、神殿と聞いてやってきたあの老聖女を思い出す。
「お父様はその天秤と、引き換えに聖女様をお招きになったのですか?」
「そうだね。一つじゃ頷かなくて三つでようやく治療できる方を招けた……まぁ、もともと私には強く出られない理由もあったしね。
陛下やフォルトゥナ公爵の治療をしたのは、今回の騒動の口止めだろうね。この騒動を突き詰めれば神殿の根幹を揺るがしかねない。汚職、横領、闇組織への繋がりと、外聞の悪さは役満だから」
良くできました、とアルベルティーナを撫でるグレイル。
神殿は大きな組織だが、それは国とは違う権威の持ち方をしている。
清く正しく神の威光を知らしめる。人々に安寧を与える彼らに敬意を表して、人々は集まる。ケチな貴族がお布施だけはきっちりするのは、自分は敬虔なる善人だというアピールの手段でもある。
その神殿へ信仰心や神聖性が疑われるのは由々しきことだ。
いくら聖職者でもパンや水は必要だし、住まう場所や活動場所は必須。人の心が集まればこその地位である。
サンディスでは強く信仰されていないが、国によっては王家と対を成すほど力を持っている。
「最大の切り札の大聖女様がいらっしゃったんだ。これが神殿側の精一杯の誠意なんだろうね」
「位の高そうな雰囲気でしたが、どのようなお立場なのでしょうか?」
「聖女には大聖女、聖女、聖女候補と聖女見習いがいる。能力や人格、功績で決まると言うけど、聖女までならコネと権力で登れるね」
神聖なる役職でもそれはあるらしい。アルベルティーナが微妙に顔をしょぼくれさせた。
巨大な組織になるとそれだけ縦横の繋がり、忖度が生まれるのだ。長く息をしていれば、なおのことである。
本来なら実力主義なところが、形骸化することだってある。
「大聖女様はお歳だから、次代を担う存在を探していらっしゃる。
サンディスに来たのは砂漠の聖女を名乗るレナリアが、真に聖女の器か見定めに来たのもある。実質は悪魔の力に依存した偽物だったからね。そういう意味では空振りだったようだ。
大聖女がいなくなれば、聖女たちと与する派閥が苛烈な椅子取りゲームをするだろうしね」
人が集まればどこにでも権力争いはあるのだろう。
あの優しそうな気さくなおばあちゃんも、壮絶な経験をしていそうである。
「父様に弱みを握られたのか……間抜けだな」
ぼそと呟くキシュタリアに、アルベルティーナは首を傾げる。
娘の治療をしてたから貸し借りゼロなんて、そう上手くはいかない。グレイルに神殿の失態を知られているし、もしまた似たような悪魔の宿る魔道具が見つかり、グレイルに先を越されたらどんどん負債が増えていく。
そもそもアルベルティーナがコーディーに目をつけられたのは、そんな危険物を長年放置――はしていないが、見つけられなかったのが原因でもある。
若返りと言う夢を見たせいで、余計な欲を出したのだ。
しかも、その失態は現在サンディス王国上層部に共有されてしまっている。
「さて。少し脱線しすぎました。コーディーの外見だが、おそらくその王家の瞳を代償にしたのでしょう。贄は本人にとって重要であれば、価値が上がるから」
「……コーディーにとって、あの瞳は誇りそのものだ。ならば頷けよう」
ラウゼスは頷いた。母親の身分が低かった異母弟にとって、王家の瞳だけが自分が王族の証明となり、身分と生活を保障していた。
先代や先々代の王は女性にだらしなく、我こそが王子や王女を生んだと主張して養育費や財産を求める女が後を絶たなかった時期がある。
孕ませた側に覚えがないと言われても、王家の瞳を持っていれば一定の庇護は確約された。
「実を言うと、私はコーディーの息子と言う点は疑っていたのだ。グレイルの説明ならば、顔立ち以外にも似すぎていたのも理解できる」
ガンダルフもそれには無言の肯定を示す。
声、喋り方、振る舞いが似ているのは気のせいじゃなかったのだ。顔立ちもそうだが、親子の声が似るのも理解できる。癖まで共通点が多いのは奇妙だった。
やけに若者らしくない流行遅れでクラシカルな服を好んでいたのは、本来の年齢を考えれば普通だ。
いくら見てくれが若くなっても、そういった感覚までは戻せないのだろう。
読んでいただきありがとうございました。