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魔王はかく語る

グレイルのネタばらしターン



 アルベルティーナが起きたと聞いて、彼女の寝室に繋がる廊下の前でうろうろしている人影が数人。

 レディの寝室は入るなとラティーヌはじめとする貴婦人たちにNOを突き付けられた、哀れな男性陣である。

 現在、アルベルティーナの寝室は気心知れた侍女やメイド、そして家族と認定された女性陣のみで構成されている。


「私はグレーゾーンなので、早々に退散させていただきました。殿下は湯浴みを楽しんでいらっしゃるので一度お帰りを。レディの支度には時間がかかるのですよ」


 ベルナはにっこりと笑みを浮かべて追い払った。

 アルベルティーナはずっと寝ていたから水分はもちろん消化によく栄養価の高い食事後、浮腫みとりや入念なマッサージ後に本格的な身支度である。一時間では済まない。

 体調はすこぶるよろしいので、健康面では問題ない。精神面も安定している。それが分かっただけでもだいぶ空気は軽くなった。

 ちょうど入れ違いにレイヴンが戻ってきた。びちゃびちゃに濡れたチャッピーを抱えている。

 レイヴンは無言でベルナを見るが、その視線から感情は読み取れない。

 そういう訓練を受けたのもあるが、レイヴンの独特の雰囲気も理由の一つだろう。


「貴方がずっと殿下を護衛していた『影』ね。私はベルナ、これからは同僚としてよろしくね」


 レイヴンの眉根が寄った。はいそうですか、と受け入れられないのだろう。

 グレイルの私兵であれば敵ではないはずだが、ジュリアスとは違った意味で食えない性格をしているベルナ。

 レイヴンの腕にいるチャッピーを受け取ると「この子については殿下に聞いておきましょう」と廊下を引き返した。

 グレイルが味方と断じるくらいなのだから、大丈夫なはずだ――多分。






 王宮の一角を使いグレイルについてこれまでのことを聞く運びとなった。

 彼がなぜここにいて、生きているのか。

 彼はどこまで事件を知って、関与しているのか。

 グレイルは周囲からどれだけ突き上げられてもどこ吹く風である。セバスに茶を淹れさせ、涼しい顔で聞き流していた。

 これで袋叩きに合わないのはアルベルティーナの治療法を探してきたからだ。

 アルベルティーナの容態は思った以上に深刻で、魔法や魔力に詳しいヴァニアすら明確な治療法の発見には至っていなかった。

 それを、癒しのエキスパートである大聖女を招き入れることにより完治させた。

治療は国王ラウゼスにも施され、今は健康を取り戻している。

 公務を行うに問題はないが、病み上がりなので仕事量は制限されていた。 

 簡単に聞こえるが、大聖女を国に招くのは難しい。国を挙げての祭事ならともかく、治療目的だとハードルは跳ね上がる。

 それにも関わらず、グレイルは大聖女が来なくてはいけない状況を作り上げたのだ。


「お待たせしました。おはようございます」


 最後に部屋にやってきたのはいつになく健康的な薔薇色の頬をしたアルベルティーナだ。

 その輝かんばかり笑みや生命力を感じる眼差しに、皆の表情も緩む。一部は感動のあまり、目が潤んでいた。

 衣装も喪服ではなく、アルベルティーナが好むエンパイアドレスだ。

 胸元から首元まで白いブラウス風になっており、デコルテラインのフリルで切り替えになり明るく淡い水色の布地に切り替わっている。肩口はパフスリーブで絞りの部分に細いリボンが揺れている。腕の部分はスリットが入り、中から細かいギャザーの白い袖が見えている。腰も肩同様、細いリボンからスカートで、スリットから白地のチュールレースと白いギャザースカートが見える。

派手ではないが最高級のシルクを惜しみなく使ったドレスは、典雅な気品に溢れている。

 黒髪は左右からリボンと編み込みして、後頭部でサファイアをあしらった銀細工で留めてハーフアップにしている。艶やかな黒髪が淡い色のドレスに映える。

 グレイルを見つけると貴婦人の笑みが、柔らかく崩れて娘の笑みになる。

 誰に言われるでもなく、ラティーヌとは反対隣のグレイルの席に着く。上座下座もなく、その席が自分の場所だと言わんばかりだ。


「おはよう、私の可愛いアルベル。よく眠れたかい?」


「ええ、とても」


「そうか。でも、こんなに急がなくても良かったんだよ?」


「わたくしだって気になっていたんですもの」


 ちょっと拗ねたようにグレイルを見つめるアルベルティーナ。

 年齢より幼い仕草の娘を窘めるわけでもなく、グレイルは慈愛が溢れた眼差しでそれを見守る。

 そんな二人を見てアルマンダイン公爵とフリングス公爵は声を落として囁き合う。


「誰だアイツ」


「いっやぁ……一度見たけどやっぱりすごいね」


 謁見の間の襲撃の最中、僅かに見た光景だ。やはりこの父娘の通常運転がこれらしい。

 クリスティーナが存命の時もなかなかの過保護と溺愛ぶりだった。目の前の光景は恋情の熱はないが執着と言う点では劣らない。

 むしろ、すでに大きな喪失を知っているからこそ増したかもしれない。

キシュタリア、ミカエリス、ジュリアスの反応を見るとこれが通常運転なのだろう。


(国王の隣席にメザーリン妃殿下もオフィール妃殿下も座っていない――ふむ、さすがに今回の無能っぷりに陛下のお心も離れたか)


 もしくは、と考えてフリングス公爵は誤魔化すように紅茶を啜る。

 本来そんな暢気な席ではないのだが、娘への駄々甘からかローズ商会の人気茶菓子が各席に置かれている。

 アルベルティーナの席の周囲には、特に消化に良さそうな果物を使ったものが多い。主にゼリーやコンポートなどが揃えられている。

 気持ちはわからないでもない。

 アルベルティーナは城に連れられ、そしてグレイルの死(偽装)からずっと痩せ続けている。エルメディアの贅肉を一割――否、その半分くらいは分けてやりたい。

 主人の健康を気にする専属侍女のアンナが、吟味して茶菓子を皿に載せている。

 もう一人の王女はこの状況を理解していないのか、すでにケーキを三つも平らげていた。その傍にいる二人の兄王子たちは苦言をそっと申し立て、暴れ出しそうな気配に睨みつけて黙らせる。


(王妃らの影響か、それともそれぞれの過去の言動か……やはり序列が低い席だ)


 アルベルティーナと言う政治的に盤石な後継者ができたから。

 そう考えるのが妥当だろう。

 今まで相応しい者がいなかったから、決定打に欠けていたからルーカスとレオルドはしのぎを削っていた。

 互いにいがみ合う必要がなくなり、すでに心の整理がついているのかその間に流れる空気は穏やかに感じる。


「姫様~、このお菓子って持ち帰り大丈夫ですか~?」


 ヴァニアが暢気に聞くと、助手らしき女性がその頭を引っ叩いた。なかなか良い音だ。

 この中で発言権の大きいラウゼスとグレイルはアルベルティーナに甘い。彼女が許可すれば二人とも流すからある意味質問相手としてベストだ。

 この場にいる人々は王族である国王ラウゼス、王妃メザーリン、側妃オフィール、第一王子ルーカス、第二王子レオルド、第一王女にして王太女アルベルティーナ、第二王女エルメディア。そして四大公爵家当主、ラティッチェ公爵夫人のラティーヌ、アルベルティーナの婚約者候補たち、王太女の主治医ヴァニアが席についている。

 ラティッチェ公爵家だけ全員いるのは、発端であり最も渦中にいるからだ。

 ヴァニアが同席しているのは、ラウゼスの暗殺が毒を用いていたからその警戒もあるだろう。

 少し離れた場所では宰相のダレル・ダレンが立っている。

 普段なら側近らしく、王の傍に控えていることが多い。


「……抜かるなよ、レブラント」


「分っているさ」


 アルマンダイン公爵も、一見和やかで不穏さが滲む空気を察しているのだろう。

 この室内には元老会に関わる人間が見事にいない。すでに王都にいたものはすべて拘束されて投獄されている。その範囲は地方にいる後継者、分家にまで及んだ。彼らの爵位、役職、領地及び財産はすべて没収されて逃げ場はない。

 グレイルが長年溜め込んだものが大盤振る舞いされていると分かる。

 その時、妙にこそこそとしている動きの――アルベルティーナ。そうっとクッキーをお腹に持っていき、緑色の小さな手がキャッチしている。

 噂で聞いた、ヴァユの離宮で飼っているペットだろう。

 グレイルは絶対気づいているのにスルー。

 良く見れば緑の手が増えている。クッキーの食べるペースに貰えるペースが合わず、シャカシャカ動かして催促していた。

 きっと、お菓子に夢中なエルメディア以外、全員が気づいているだろう。

 ススス、とアルベルティーナの傍に寄ったアンナが横からチョコレートを差し出し、手を伸ばした一匹を確保。続いてもう一匹も捕まえた。

 慣れている。

 アルベルティーナの膝あたりで隠れていた緑の生き物を、出された手の位置から把握してテーブルの下から引き抜いていた。

 一方、アルベルティーナはラティーヌと話していて一連の流れに気づいていない。

 アルベルティーナの摘まむクッキーが、受け取り手が不在でテーブルの端でうろうろしていた。


「クロイツ伯爵が来ました」


 警備を担当していた騎士ウォルリーグ・カレラスが伝えると、王は頷いて入室を許可した。

 やや疲れた顔をしたゼファール・フォン・クロイツが山と積んだ資料と共に足を踏み入れる。


「お待たせいたしました」


 遅れてきたことを謝罪するが、彼も今回の騒動でかなり割を食っていたことを誰もが知っている。

 グレイルと言う巨大で有能な歯車が突如欠け。そこに押し込まれたのがゼファールである。出自はしっかりしていて爵位もそこそこ。能力は抜群でもまだ若く、やや情に流されやすくこき使える――大変使い勝手の良い人物だ。

 一応正式には伯爵だが次期辺境伯で、実質の領地運営は彼なのでクロイツ辺境伯と呼ばれることも多い。

 今回の働きから陞爵の話が出ているが固辞しているものの、その拒絶が兄の魔王から圧で折れるのが時間の問題と噂されている。

 力を持ちすぎたら田舎の領地に引っ込ませればいいと元老会は考えていたが、彼ほどの有能な人材をこの人手不足の中で放置できるはずもない。

 

「さて、大体は揃ったな。ではグレイル……話してもらおう。もちろん、最初からだ」


 ラウゼスが皆の顔を見渡した後、グレイルへと視線を注ぐ。

 その顔色は悪い。精神的からか、病み上がりだからか――またはその両方か。

 だが王としての責任感が老いた彼を奮い立たせているのだろう。

 彼の能力は凡才だが、間違いなく王としては名器なのだろう。その寛容力や肝の据わり方が王冠を得るに相応しい。


「最初からですか。そうですね……ラティッチェ邸の襲撃?」


 そう、すべてはそれが始まりだ。

 グレイルが不在の時、脱獄犯レナリアが彼の娘を逆恨みして襲撃した。ちょうど奴隷密売の摘発が成功した慰労であり、祝いで客人も多かった。

 だが、グレイルの底知れない笑みがそれを裏切っている。


「私の娘の誘拐から――いいえ、発端は私があの男から当時婚約者だったクリスティーナを奪ったことでしょうか?」


 グレイルの嫁取り騒動は有名である。

 当時王族でありダナティア大公であったコーディーと婚約を結んでいたクリスティーナを、政治的な争いで勢力を削ぎ、決闘と言う形で公衆の面前で失墜させた。

 しつこく食い下がっただけコーディーは恥をかき、立場を失っていった。


「確か、アルベルに求婚していたダナティア伯爵の父親でもあるのよね?」


 ずっとラティッチェの領地を守っていたラティーヌは、どうしても最新情報を後から詰め込む形になっている。元老会により情報がいくつも握り潰されていた。


「そうだね。いいや、そうじゃないな。そもそもコンラッドなんて男は存在していない」


「だが、あの男はコーディーと瓜二つだった。赤の他人で済ますには不自然だ」


 コーディーとは異母兄弟であるラウゼスが意見を言う。

 十代、二十代の若者はコーディーのことを知らないので何とも言わないが、彼らの親世代は知っている。グレイルとクリスティーナの大恋愛をリアルタイムで見ていた世代である。

 グレイルは首を振った。


「赤の他人も何も、本人ですよ。コンラッド(アレ)はあのコーディーです」



魔王は基本、娘を納得させればいいとしか思っていない


読んでくださりありがとうございました。

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