表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/333

魔王再臨

アルベルの本音。やっぱりそこなんですよね。


「こちらにおいで、アルベ――」


 微笑みかけたその横顔に、華奢なヒールが刺さる。そのまま靴は頬どころか口内をえぐる勢いで振り抜かれ、グレイルと思しき人物は床に叩きつけられた。

 赤い雫が宙を舞い、アルベルティーナの無表情に飛び散った。

 アルベルティーナの細い腕が今までに見たことのない勢いで横っ面を引っ叩いたのだと気付いたのは、数秒遅れてからだった。

 素足の彼女を見て、この凶器の出どころが分かった。


「ア、アルベ」


 呆然と頬に触れながら、グレイルが言おうとするが追撃で顔面に靴を投げつけられた。


「十七点。やり直し」


 アルベルティーナが吐き捨てた。その痛烈な採点と断言に、周囲は気づく。アルベルティーナに叩かれたこれはグレイルではない。

 特にホムンクルスの看破を知っている一部では、すでに確証に近かった。

 若干サイコの域に達した最高性能のファザコンセンサーを搭載しているクレイジープリンセスが彼を見間違えるはずない。


「お父様と視線が違う、笑い方が違う、姿勢が違う、歩幅が違う! 声の出し方、セリフ選びすべてが違う! でも外見は及第点ですわ。服装のセンスでマイナス三点」


 怒涛のダメ出しだ。

 先ほどの力ない笑みは消えて、怒りの煮えたぎる真顔。突き刺す眼差しがグレイルもどきを睥睨している。


「ちなみに父様はなんて言うと思った?」


「とびきりの蕩ける笑顔で目の奥にツンドラを秘めつつ、ちょっとウィスパーな甘いお声で必ず最初は『私の可愛いアルベルティーナ』よ。それでわたくしを苦しめた犯人を聞き出そうとするはずですわ」


「ああ、すごく言いそう……」


 絶対言う。

 娘溺愛の魔王を知る養子歴十年を超えるベテラン公爵子息(現公爵)は、その笑みも声も簡単に想像できた。後ろの幼馴染たちもそうなのだろう。無言の肯定だ。

 長年聞き続けていたフレーズだ。脳内再生が容易すぎる。

 二人のやり取りの間に、グレイルもどきは靄に戻っていった。


(もしかして、本当にやり直す気なのか?)


 周囲は良く分からない状況に困惑しつつ、静かに憤るアルベルティーナを見る。プロのファザコンの不機嫌はとどまるところを知らない。

 再び靄から、グレイルが出てくる。髪型もそうだが、浮かべる表情も先ほどと衣装が違う。


「ア」


 グレイルもどきが何かを言う前に、即座に靴が飛んだ。残った靴も打ん殴ってどこかにやったので、アルベルティーナは裸足である。靴下は履いているが、踏ん張りが利かないだろう。

 それでもその小柄な体と細い手からは想像できない全力投球だった。

 こんな機敏なアルベルティーナを初めて見た気がする。


「笑い方と服装がチャラい。お父様はそんな軽薄で派手なご衣裳をお召しにならないわ。お父様の姿をやるつもりなら、そんなチープで下品な表情はおやめ。マイナス八点」


 最初より点も下げている。唯一及第点だったビジュアルも、それを下回るファッションセンスで消えてしまった。

 怖い。こんな厳しいアルベルティーナを今まで見たことがない。

 キシュタリアの知っているアルベルティーナは、温和で寛容でお人よしすぎるくらいだった。


「なるほど、アルベル様の地雷はやはりこれですか」


「感心するところか?」


 もはや観察モードのジュリアス。状況の呑み込みの早い彼に、まだついて行けないミカエリスは困惑している。

 その後もグレイルもどきは幾度となく、ファザコンジャッジを通過すべく挑戦した。

 だが、そのたびに的確かつディープで繊細でマニアックなダメ押しをされる。

 その回数を重ねるたびに、アルベルティーナの苛立ちが増している。露骨にピリピリしているのが分かって、その対象が自分ではないのに居心地の悪いキシュタリア。

 あまりに似ていないからか、アルベルティーナの苛立ちが露骨になっていく。神経質に床を聖杯で叩きだすと、危機感を持ったグレイルもどきはかなり真面目に取り組みだした。

 何度目かわからないリテイクをした後、ようやくマイナスにはならず平均三十点くらいになったところでアルベルティーナがため息をついた。


「分りました。お前は何でも叶えると言ったけれど、死者の蘇生はできないのね」


 その目には怒り以上に、失望が浮かんでいた。

 やはり無理だということが分かってしまったのだ。


「嘘吐きね。契約不履行よ」


 その言葉を聞いてグレイルの姿をしていた者は、まねるのをやめた。笑みを消えさせ、ぐにゃりと形を変えて色を失う。

 天井に届くほど巨大になり、洞のような眼窩と口だけがある何かとなった。


『ふざけるな! これだけ力を使わせておいて、終わらせるだと!?』


「わたくしはお父様を生き返らせてと願ったの。偽物を出せなんて一度も望んでいない。いらない不愉快なモノを何度も見せられて、こちらが迷惑よ」


 怯むかと思いきや、見るに堪えない偽グレイルを何度も監修させられたアルベルティーナの怒りで跳ね返された。

 やり直しとは言ったが、偽物を再度作れとは言っていない。アルベルティーナは、父じゃないと否定し続けていた。

 観念したのか、静寂が訪れる。

 ぐっと動揺するように体をうねらせる黒い存在から、急に人間らしさが消えた。もともと化け物だったが、一層に話の通じなさそうな雰囲気になる。


『失敗? 残念だ・なァ。あーあ、アーアー』


(そうか、こいつはアルベルを納得させていない。だからこれ以上手出しができないのか)


 あの偽物が一度でも、アルベルティーナが看破できないグレイルを表現できたら話は違っただろう。

 契約は履行されたと判断され、アルベルティーナは何かしらの支払いを求められた。

 買い物で言えば、アルベルティーナは特注のオーダーをしたが注文を全く満たしていない品を出されたようなものなのだ。

 キシュタリアは蠢く黒い正体を探ろうと睨む。こんな化け物見たことがない。


『そんなー、そんなァー。ドウシよう。アー、おなかすいたぁ』


 体をくねらせ、ままならないもどかしさを訴えていた。

 だが、突如動きを止めて虚ろな眼窩でこちらを見た。目玉はないのに、確かに肌が粟立つ視線を感じた。

 段々とその不気味な挙動は大きくなっていった。声は最初グレイルに似ていると思ったのに、いつの間にか幼い子供のようだった。

 一つのはずのその声が複数に聞こえる。不気味で仕方がない。


『あー、美味シしい。そうソウ。あーあー、もういいや――いただキます』


 体をかがませ、大口を開けた化け物が迫ってくる。

 異様で不気味でどこまでも不自然な、歪としか言いようのない存在。これが悪魔なのだ。

 隠そうとしなくなって、肌で感じる。ひたすらに相容れないのだと本能で理解してしまった。

 悪魔は契約は果たせなかった。対価が受け取れないとなって、強硬手段に出たのだ。

 キシュタリアはアルベルティーナと避けようとしたが、足に根が張ったように動かない。下を見れば、その黒い化け物とキシュタリアが繋がっていた。

 巨体の影が伸び、キシュタリアの影を絡めるようにして足を拘束している。

 あの不審な動作と不気味な声は、縛り付けるまでの時間稼ぎだったのかと気づく。


「無駄知恵を働かせやがって――」


 アルベルティーナと問答する前から温存していた魔力で、この化け物を吹き飛ばせるだろうか。それはすでに賭けだった。

 なんとしてでも、アルベルティーナだけは守らなければ。自分が食われてでも。

 分の悪い賭けだと分かっていても、諦められない。

 キシュタリアだけではなく、ミカエリスやジュリアスも各々に攻撃態勢に入っている――だが、同時に間に合わないと分かっていた。

 目の前で、愛した人が奪われる。そんな絶望が迫っていた。


「やめ――」


 誰の口から洩れたのか分からない、その懇願にも似た悲鳴に別の音が重なる。

 一瞬だけ空を切り裂く音がしたと思うと、湿った音を立てて化け物は崩れる。体がざらざらと黒い粒となって空中に霧散していく。あの耳障りな甲高い声が『そんなァ』と響く。

 あっけなく、拙く恨みがましい最期だった。

 千々となった化け物の黒い粒子越しに、誰かが立っている。


「まあ、及第点だな。やはり場数が足りていない」


 その声は知っていた。今まで何度も聞いていた。

 さっきは偽物だけど聞いていた。

 ゆったりとした足取りで、背の高い人物がこちらに歩み寄ってくる。



 美貌の魔王が、そこにいた。


やっと、やーっと出せました。


読んでいただきありがとうございました。


いまだになろうのリニューアルしたシステムになれず、使いにくさを感じます……。

欲しい機能がかけていると言うか、以前あったのがなくなってしまったのが痛いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ