表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/331

乱入者

一枚岩ではない



 目を血走らせて、わなわなと震え始めるコンラッド。自分の策がアルベルティーナに弄ばれ、最悪の結果になっている。

 先ほどは笑いからくる震えだったが、今度は怒りからくるものだった。


「ふ、ふざけるな! お前は俺の妻になるんだ! 姉様もクリスも! お前までもが俺を拒絶するのか! 逃がさない! お前なんてお飾りの入れ物だ!」


 今までの優雅さをかなぐり捨てて、階段を転ぶように降りてくるコンラッド。

 息切れながら怒鳴る。不格好に足音を立てながら、アルベルティーナを目指す。

 アルベルティーナがそれを見つめるが、その目には何ら感情が浮かんでいない。

 憎しみも恐怖すらも無く、心底どうでもいいと言いたげだ。

 コンラッドはその冷ややかな視線に、既視感があった。

 それはコンラッドが大嫌いな、あの魔王によく似た眼差し――そう思ったら、ぞわりとした。あってはならないと否定し、恐怖を払拭する。

 コンラッドの感情はめまぐるしい。恐怖を抑え込めば入れ替わるように一気に怒りが沸騰する。

 求めた女と面影に、心底憎んだ男の瞳が重なる。


「その目で俺を見るなぁ!」


 叫んだコンラッドの背に、何かが当たる。

 一瞬足を踏み外しそうになるほどの衝撃。体当たりでもされたのかと怪訝に思いつつも、その無礼な相手を睨みつけようとし――強烈な痛みに気づいた。

 豪奢な衣装に素っ気ないナイフが生えていた。


「……は?」


 コンラッドの服が赤く塗れる。血に染まった手を放したのは一人の少女だった。

 乱れた髪越しに憤怒に歪んだ形相があった。ナイフの刺さったコンラッドが倒れこむのを見て、笑いだす。


「は、ははは! あはは! 馬鹿にしやがって! お前なんてモブの癖に! ヒロインの邪魔をするからだ! ヒハ、あひゃ、ははは!」


 気が触れたように高らかに笑い始める。

 血に染まったドレスと体を見せつけるように、くるくる回り始める。ピンクだったドレスは血に染まり赤黒い。

 狂乱と言うに相応しい箍の外れた姿に、誰ともなしに「悪魔」「魔女」と密やかに囁きだす。

 コンラッドは痛みで怒りを忘れ、状況を理解し始めた。

 コンラッドを刺したのはレナリア。きっとあの暴動の際に、彼女は拘束を逃れたのだろう。騒ぎに息を潜め、自分を裏切ったコンラッドを狙っていたのだ。

 だが、詰めが甘い。コンラッドには聖杯があった。

 対価は必要だが、どんな奇跡も思いのままだ。最悪この場にいる人間を全部捧げてしまえばいい。

 せっかく洗脳したが、醜態を見られたからには生かしておけない。

 ナイフを抜き聖杯に傷を塞がせる。ごっそりと体から抜け落ちる何かを感じたが、放置したら死に至る――背に腹は代えられない。

 なかなか消えない苦しみに、コンラッドは眉根を寄せた。


(あのナイフ、まさか――)


 レナリアは倒れたコンラッドを見て満足したのか、落ちたナイフを拾うと狙いを変えた。






 これはどういうこと?

 突如現れたレナリアに、わたくしの頭は混乱した。

 刺されてうずくまるダナティア伯爵に興味を失ったのか、レナリアはわたくしを見ている。

 その異様な目つきは底光りする殺気が煮詰まっている。


「お前が諸悪の根源。悪役令嬢が死ねばトゥルーエンドかグッドエンドは確定なんだから……っ!」


 なんとなく、そう思っていました。

 顔立ちは全く変わっているけれど、わたくしへと向ける憎悪が一緒だったから。


「貴女、レナリア・ダチェスさん?」


「だからなに!? 今度こそ死になさいよ! アンタが生きていたらダメなの!」


 彼女はシンプルなナイフを振り回す。

 一見普通のナイフに見えますが、その周囲に紫がかった筋が見えた。明らかに血液とは違う色。


「アルベル、下がるんだ」


 護衛を買って出たからか、真っ先にミカエリスが前に出ます。

 今日はダンスと飲食を楽しむ催し。当然、彼の愛用するミスリルの剣はありません。だけど、彼の得意な火炎系の魔法を使える。それで対処するつもりなのでしょう。

 身を挺すように立ちはだかる彼に、レナリアは不愉快そうな顔をする。


「ねえ、何度も言ってるじゃない。騙されているんだってば! その女、キシュタリアとジュリアスも誑かしているんだから! 三股よ? 裏ではきっともっといる!」


「王太女として複数の王配を避けられない状態だったんだ。承知の上で彼女を求めている」


「王太女やめるんだよ!? 公爵令嬢に戻れなくて、平民になるんだよ! そいつ!」


「そうだな。責任や義務ではなく、今度こそ彼女の心で選んで貰えるチャンスだ」


 レナリアのネガティブキャンペーンを即答で切り捨てるミカエリス。横に何時の間にか来ていたキシュタリアとジュリアスも頷いている。

 三人ともわたくしから離れる気がないと理解したのか、顔を真っ赤にして憤慨するレナリア。


「間違ってる! 全部正さなきゃ! リセットしなきゃ! 愛されるべきはヒロインだけなんだから!」


 そういうと、彼女の腕のブレスレットから魔力が渦巻きだした。

 あのブレスレット、ラティッチェ公爵家の温室を破壊したあの攻撃魔法を出す魔道具!?

 結界を張らなきゃ。でも、わたくしにできる? お父様が死んでから、発動ができなくなってしまった。


「アルベル様。主治医から魔法は禁止されていますよね?」


「ぴぁ!?」


 がっしりと肩を掴むジュリアスに、飛び上がるわたくし。

 でも、あの魔道具は強力ですわ。破壊については相当危険な攻撃です。

 いくらミカエリスが戦闘に長けていても、あれをすべて避けるのは難しいはず――と思ったら、レナリアが投げてきた魔法を、ミカエリスは巨大な炎で飲み込むようにして焼き払いました。

 燃え盛る中でボロボロになり、千々に消える黒い魔力。


「な! どうして邪魔するのよ!」


「君こそ、何故執拗にアルベルを狙う。アルベルから君に危害は加えていないだろう」


 噛みついてくるレナリアに、ミカエリスが冷静に切り返す。


「すごく酷い目に遭ったわ! アルベルティーナが来てから、守ってくれたみんながいなくなっちゃった! 犯罪者扱いされるし、どこにも行けない!」


 わっと泣きながらレナリアが悲痛に訴えますけれど、最初にわたくしにその皆さんを仕向けたのは貴女ですよね?

 キシュタリアは「自業自得だよ」と呆れ、ジュリアスは「自覚なしの馬鹿ですね」と切り捨てます。


「お兄様、いっそ焼却してはいかが? 汚物は焼いて浄化するのは基本ですし」


 か、可愛いわたくしのジブリールがとっても物騒なことを言っていますわ!?

 焼くのが基本!? そんな物騒な基本は聞いたことなくてよ? 

 ミカエリスを見れば悩んでいるご様子。そうですよね、そんな危ないこと。


「アルベルに焼却過程と焼死体を見せるのはな」


 問題はそっちですの!? 確かに見たくないですけれど……正直、ものすごく見たくないですわ! 同年代の女性の黒焼きなんて! むしろ火葬?

 わたくしがぶるぶる震えていると、キシュタリアがすっと×と両手をクロスさせてアウト判定。


「私をバイ菌扱いしてんの!? 馬鹿にしないで!」


 自分の扱いに腹を立てたレナリアが、更に攻撃魔法を放ちます。

 ですが、前回と同じならあの魔道具は使い切り。魔石に入った魔法が無くなると、壊れていく仕組みだったはず。

 ミカエリスは放たれていく魔法を焼き払う。時折、その余波が来そうになるとキシュタリアが防いでくれる。ジュリアスは始終わたくしにぴったり寄り添い、いつでも逃げられるようにしています。

 当てずっぽうな攻撃を行うレナリアに対し、場数を踏んだミカエリスの無駄のない防衛。明らかに余裕があるのはミカエリスのほう。


「どうして、どうしていつも肝心なところで上手くいかないの? 私は幸せになりたいだけなのに!」


「では聞くが、それと引き換えにどれだけの犠牲を出すつもりだ?」


 ミカエリスの問いに泣いていたレナリアが、顔を上げる。その顔は派手で美しい顔立ちだけれど、表情や仕草は幼くて十代の少女だと思い出した。

 どこを探してもゲームのレナリア・ダチェスの面影は微塵もない。

 恍惚とした笑みと共に吐かれた言葉は自己中心的なものだった。


「ヒロインの幸せのためになるのなんて、当たり前のことじゃない」


 何の疑いもなく、それが彼女の狂気であり真実なのでしょう。

 彼女はこの世界がゲームの世界であり、今を生きる現実だと理解していない。理解したくないのかもしれません。

 彼女は罪を犯しすぎた。幸福なエンディングを迎えるヒロインにはなれないと認められないのでしょう。


読んでいただきありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ