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ダナティア伯爵の本懐

ダナティア伯爵もかなりあれな人。



「……これが本物だとしたら、私は四大公爵家の当主としてとてもダナティア伯爵を王配と容認できん。ファウストラ議長たちにも責任を取ってもらわねばなるまい」


 アルマンダイン公爵の言葉に賛同する貴族たちの声が上がる。

 何も知らないと言うには、ダナティア伯爵と元老会の距離は近すぎた。


「証拠はあるのですか!?」


 吠えるファウストラ議長を冷ややかに睥睨するキシュタリア。


「あるよ。売り飛ばしたのは非嫡子や無戸籍の子供だけではない。死亡扱いなら形だけでも墓が残っているはずだ。当然、遺骨は残っているはず。相続含めあらゆる権利の放棄の手続きの後、異国へ貴族や平民として嫁いだ者もいた。そっちはそんな嫁ぎ先自体がない」


 貴族の埋葬は墓の下に棺桶ごといれる。骨壺の場合もあるが、必ず骨があるはずだ。

 外国の嫁ぎ先は簡単に辿れないようにしたのだろう。ろくに社交界デビューもなく、完全に権力争いから遠のいたご落胤の行き先を気にするはずもない。


「それになにより……貴方がたの金の流れは妙だ。ここ十年だけで、一体いくつのタウンハウスや別荘を持ちましたか? 持っている商会は振るわず、領地でも特産があるわけでも、豊作が続いているわけでもない。むしろ、自然災害が多くて不作の年のほうが多いというのに」


 キシュタリアの青い瞳が、豪奢なミイラの装いを見る。

 すでに表の金の流れは調査済みだ。古臭い体制のまま領地管理をしているから、赤字経営が多いのに彼らの身なりのなんと豪華なことか。


「そのネックレス。サンディスでは見ないデザインですね。金具やチェーンが特徴的です。その杖も遥か北の国にしか自生しない珍しい素材です」


 ファウストラ議長の首には赤子の握り拳はありそうなルビーの連なったネックレス。杖にはこの辺りでは採れない高級木材の土台に、黄金や真珠の装飾が散りばめられていた。

 キシュタリアの趣味とは程遠い装飾品だが、かなり高価なのは明白だ。

 国内で入手したなら、噂が立つ。

 それらも奴隷の対価の一つとして受け取っていたなら不自然ではない。相手はゴユランをメインにした外国ばかりだ。


「脱税していませんこと?」


「そうだね」


 アルベルティーナがこてんと首を傾げて言えば、にっこり微笑んだキシュタリアが頷いた。


「裏帳簿の計算だと、罰金どころか追徴課税だけで家がお取り潰しでしょうね」


 そう言って古びた冊子をひらひらさせるキシュタリア。それだけ荒稼ぎしていたのだ。

 ちらりとコンラッドと元老会に名を連ねている老人たちを見れば、能面のような顔をしていた。感情をひた隠しているが、その目だけは薄気味悪い洞のようだ。


「これは私の父がずっと調べていたことでもあります。それこそラティッチェを継ぐ前から調べていたのでしょうね。偶然で手に入る資料ではありませんから」


 グレイルと元老会はたびたび衝突していた。

 奴隷の密売を幾度となく取り締まっていたのだから、暗躍しているのが誰か見当がついていたのだろう。

 元老会も幾度として商売を邪魔してきたグレイルを、非常に疎ましく思っていた。


「しかも、この奴隷取引には国際的な犯罪組織『死の商人』が加担している――さて、我々が納得できる説明を願えますか?」


 キシュタリアが持ってきたのは一部だけだ。

 相手もそれは予想しているだろう――迂闊な弁明はさらに首を絞める。

 ここでは言っていなかったがゼファールからも情報を入手している。あちらが口を開けばますますボロが出る。

 彼らを見ているのはキシュタリアだけではない。アルベルティーナも、他の四大公爵当主たちも、会場にいる貴族や使用人たちもが見ている。

 全員の視線は訝しむものだったり、疑うものだったり、軽蔑するものだったりと様々だ。それでも大半が友好的ではない。

 それぞれに思うところはあったのだ。

 『そんなはずがない』より『やはりそうだったのか』と腑に落ちた。

 改めてコンラッドを見れば、口に手を添えて考えている。段々俯いていくと思ったら、肩が震えていた。


「……ああ。なんだ、そんなことか」


「そんなこと?」


 サンディスにおいて奴隷の売買は犯罪だ。血守の一族を奴隷として売ったのなら、最低でも貴族法は適用される。

 間違いなく重罪である。そんなことでは済まされない。

 キシュタリアが僅かに眉根を寄せてコンラッドを睨むと、くつくつと堪え切れない笑いが漏れている。


「奴隷の売買は産業ですよ! 我がサンディスを大陸有数の強国にのし上がらせる布石です! 我が国は豊かであるが領土が狭い! より効率の良い稼ぎ方をしなければ、強くなれない! 奴隷の禁止など、それ自体がナンセンス!」


 コンラッドが顔を上げると、整った顔が歪むほど口角を上げていた。両手を広げ、周囲に演説し始める。

 驚きはしたが、正体を現したくらいでキシュタリアは怯まない。


「この国は平民たちに甘すぎる! 王侯貴族が与えている安全で豊かな暮らしに対して、税が低いのに文句ばかり! もっと搾り取るものは搾り取るべきだ! 税を納められない無能は奴隷にすればいい!

 無能を売り払い戦闘奴隷を手に入れ、そいつらを戦場で暴れさせて新しい国土を得る!」


 キシュタリアから見ればどれもこれも暴論だ。

 国民の大多数を締める平民たちが豊かで安全な暮らしをしているからこそ、王侯貴族もその身分が保たれているのだ。

 それに奴隷禁止のサンディスを奴隷産業国にするなんて、許されざることだ。

 どんな暗君でもそんなことを言い出さなかった。奴隷産業などやれば、それに便乗して多くの犯罪が増えるしそれを束ねる組織まで国に踏み込んでくる。

 コンラッドは話題のすり替えもしている。

 問いただしているのは、過去の違法行為だ。今後変えるにしても、現在の法律に抵触していることには変わりない。

 馬鹿馬鹿しいと一笑――しようとした。

 だが、視界に真っ青な顔をしたアルベルティーナが、キシュタリアの後ろを見て口を戦慄かせている。

 確認するより早く、咄嗟に体をずらした。キシュタリアのすぐ横に、瓶が振り抜かれた。

 誰かが後ろから殴りかかってきたのだ。


「な……っ」


 明らかに頭部を狙っていた。その人物は貴族らしい仕立ての良い服を着ている。

 確か西部地方の子爵だったはずだ。温和で争いを嫌う人だったはずなのに、殺気立っている。焦点の合っていない虚ろな眼差しで、キシュタリアを睨む。


「ダナティア伯爵が正しい! サンディスは変わるべきだ! 豊かな強国に生まれ変わるんだ!」


 口から泡を吹きそうな勢いでまくし立てる。明らかに正気ではない。

 倒すのは簡単だがおかしいのは彼だけではなかった。キシュタリアを取り囲むように距離を詰めてきている人垣は、一様に同じような形相だった。


「万歳! 新しきサンディスの門出を!」


「新しき太陽に敬意を! 古き悪法を撤廃せよ!」


 その異様な熱気は、先ほども感じたものだ。

 おかしい。この群衆はダナティア派だということを差し引いても、何かに取り憑かれたようだ。

 集団心理だけでは片づけられない興奮が渦巻いている。


(これは……魔力?)


 僅かに感じる暴徒のような貴族たちを包む、どろりとした気配。

 

(闇魔法の精神干渉か!?)


 出所は彼らの装飾品。どれもこれも緑色の宝石があしらわれている。

 これはダナティア派になった貴族たちが、コンラッドから贈られていた品だ。

 キシュタリアは状況を理解した。やたら高価な品をばら撒いているのかと思っていたが、あれは精神操作の触媒だったのだ。

 恐らく会うたびに何度も重ね掛けして、普段は何ともなくともじわじわと精神を取り込んでいったのだろう。

 コンラッドは様々な社交界に出ていた。お茶会、夜会、芸術鑑賞、観劇など人の多く集まるところに積極的に出向いていた。

 ずっと領地に引っ込んでいたコンラッドなので、人脈作りの一環だと思っていたが洗脳を深めていたのだ。



「万歳! コンラッド国王陛下! 我らが新しき太陽!」




読んでいただきありがとうございました。

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