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反撃の狼煙

次が長くなりそうなので、いったん切り




 その渦巻く熱気は、一種の猟奇性すら帯びています。わたくしの意に反し、フォルトゥナの断罪が声高に叫ばれる。

 彼らの目には激しい憎悪と敵意が宿っています。誰もわたくしの声に耳を傾けようともしない。

 どんなに声を張り上げても届かない。

 これが現実。これが名ばかりの王太女の扱いなのだ。


「やめ、やめて……!」


 ジュリアスを見ればその双眸は光を失っていない。冷淡な眼差しで周囲を見ている。巻き起こる憎悪に対し、怒りも悲しみも無かった。

 ふとゆっくり私のほうを見て、ゆっくり唇を動かす。



 み

 

 み


 お


 ふ


 さ


 げ 

  』


 みみおふさげ? 耳を塞げって……。


「失礼」


 手を振って右往左往していると、気配なく背後に立ったベルナがわたくしの耳を両手で塞ぎました。

 その時、大きく爆ぜる音が轟きました。

 わたくしの耳は守られていたけれど、すごい音。あ、ちょっとキーンってします。

 バルコニーに迫る勢いで叫んでいた一部の人たちは、ひっくり返ったり気絶していたりします。


「失礼。目に余る蛮行でしたので。レディたちが怯えていますよ、紳士諸君」


 そう言って軽く掲げた手を下げるキシュタリア。悠然とした足取りで前に進みます。

 バルコニーに迫り詰めかけていたほとんどは中高齢の男性でした。女性や比較的若い方々は、この状況について行けずバルコニーの下にいます。

 熱狂的に弾劾していた人たちが大人しくなったので、一気に騒ぎは鎮火していきました。


「さすが魔法の天才と呼ばれるラティッチェの若公爵ですわね。発生位置はもちろん、音量と規模の加減が絶妙です」


 後ろのベルナが感心したように言うと、ちょっと嬉しい。キシュタリアが褒められるとやっぱりにやけてしまいます。

 キシュタリアはすごいのよ! ふふーんっ!

 はっ、そんな場合じゃなくてよ。

 わたくしが表情を引き締めていると、キシュタリアとの間に割り込むように立ちはだかった人影。それは勢いが削がれて不機嫌そうなダナティア伯爵です。


「蛮行はその魔法では? 王宮で攻撃魔法を唱えるなんて、無粋極まりない。新しいラティッチェの当主は教養が足りていないようだな」


 最近まで引き籠っていた伯爵ごときが偉そうですわー! 公爵であるキシュタリアに配慮すべきなのはそちらでしょう! ちゃんと序列を守りなさい!


「ではあの暴動を放置しろと? 殿下たちの表情が見えていなかったのですか? 煽るだけ煽って収拾をつけないなんて無責任なのは誰でしょうか」


 キシュタリアが怖い……? え? あの優しくて可愛いキシュタリアがご機嫌斜めなお父様のような冷気を撒き散らしている気がしましてよ?

 なんだか空気がギスギスしています。湖なら神渡りが起きそうな寒さがぶつかっていますわ。

 ハラハラしているわたくしの後ろで、レディ扱いされたエルメディア殿下がぽっと頬を赤らめていたのですが、それには気づきませんでした。

 どうしましょうか。発言のタイミングを失ったような?

 






 ミカエリスは状況を静観していた。

 満を持して動いたキシュタリアを援護するつもりはあるが、状況が悪い。

 キシュタリアと共に出たら、自分も視線を集める。万が一の時に、ミカエリスは動けるように備えていなければなならない。圧倒的に多い敵陣営とやり合うには不利である。


(思っていた以上にダナティア伯爵の派閥が多い。それになんだ、この異様な空気は。ダナティア伯爵の強引さは知っていたが、同調と言うには不自然な……こんなにも足並みが揃うとは)


 ダナティア伯爵はグレイルの死後に社交界に現れた。

 元老会が与しているとはいえ、今まで音沙汰無かった彼に対する心象は良くないだろう。

 彼の父親の評判は最悪だし、彼自身に目ぼしい活躍がない。

 そこまで求心力があるとは思えないのに、崇めるように心酔している貴族が多かった。お近づきの印に派閥に属した者に貴金属を与えていたが、その程度で掴んだ人気なんて高が知れている。

 キシュタリアの魔法により異様な盛り上がりは収まったがどうも腑に落ちない。

 まるで厳しい訓練を経た統率にも似た集団行動。あまりにも息が合いすぎていた。


(アルベルにはずっとダナティア伯爵が張り付いているし、フォルトゥナ公爵家の方々を救おうにも距離がある。人が多く、警備を振り払いながら逃げるのは難しい)


 逃走経路を幾通りも計算するが現実的ではない。

 アルベルティーナの体力は少なく、足も遅そうだ。フォルトゥナ一族には枷が嵌められている。抱き上げたり担いだりするにも限度があるだろう。


「あの白髪頭……お姉様にセクハラなんて。どさくさにまぎれて玉無しにしてやろうかしら」


 隣で瞳孔かっぴらいている妹も危険だった。履いているヒールを叩きこみに行きそうである。

 今はキシュタリアの出番である。怒りに身を任せた野生のジブリールを放つわけにはいかない。







読んでいただきありがとうございました

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