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望まぬ形の再会

殴りたい、この白髪。



 どうなっているの?

 強引に連れていかれて衆目へと晒されたと思ったら、ダナティア伯爵がとんでもないことを発表しました。

 何か企んでいるとは思っていました。強引な手段を使う男だということも知っていましたが、脅してわたくしを連れ出すに飽き足らずそんなことをするとは!


「何を言っているのです! わたくしは了承した覚えはありません!」


 その手を振り払おうとするけれど、男女の力の差は歴然としています

 わたくしを見下ろすダナティア伯爵は、嘲笑うかのような余裕。下で熱狂的な歓声を上げる貴族たちに、満足げだ。


「殿下。王族も王族なのですからご自身の結婚が自由でないことくらい理解しているでしょう?」


 分かっています。でも、これは全然違うではありませんか。


「わたくしは! お祖父様たちに会えるから来たの! それに王命だなんて……! ラウゼス陛下は臥せられたままでしょう!?」


 ダレン宰相の手にある書状には、確かに玉璽が押されている。

 サインもラウゼス陛下の名が――あれ? 確かそれっぽいけれど、なんというか。ちょっと、うん?

 ラウゼス陛下と会う機会が少なかった分、文通はしていました。王宮に住んでいるとはいえ、体調不良で臥せりがちなわたくしと多忙を極める国王陛下。

 互いの時間のすり合わせは難しかったので、ある意味当然なのですが……。


「……玉璽は本物ですけれど、サインは違いますわね」


 わたくしがぽつりとつぶやくと、ダレン宰相の顔色が一気に真っ青になってすぐさま書状を閉じた。

 それも丁寧に丸めたり、折りたたんだりしていない。ぐしゃりと潰すようにして、とにかくこれ以上周囲に見られまいとしたのです。

 まさか、ダレン宰相は偽の書状だと知っていて公表したの?

 彼は少なくとも青ざめる程度には後ろめたさはあるのでしょう。でも、彼の隣でそんなわけがないとい言わんばかりに白々しい視線を送るファウストラ議長や、わたくしの隣で平然としているこの男は?

 嫌な予感が迫ってくる。纏わりつくのではなく、覆い潰すように。


「目敏い小娘だ。クリスティーナなら淑女らしく黙っていたのに」


 その言葉に振り返る。そこには冷たい目をしたダナティア伯爵が、わたくしを見ていた。

 いえ、わたくしではない――わたくしの面影の向こうを。

 この視線は知っている。今まで何度も見られていたもの。でも、ダナティア伯爵は違う――お父様のような胸の詰まる懐古や憂愁ではなく、その逆。怨恨や憎悪が凝り固まった執着。見下ろす視線には、それらでは飽き足らない感情が渦巻いている。

 わたくしがじりじり下がると、その度に近づいてきます。

 その時、俄かに下のほうが騒がしくなった。警備の平の騎士が制止する声がする中、誰かが階段を駆け上がってきました。

 目が覚めるような派手なピンクが翻る。レディのらしからぬ歩幅と足音。階段を一段ずつ飛ばして上っているみたい。


「どういうことよ! コンラッド!! こいつと婚約!? 私との約束は!? まさかこの女を妃にするの!? 王妃になるのは私でしょう!?」


 やってきたのはくっきりした顔立ちの美人さん。

 誰でしょうか。このお顔に覚えはありませんが……この荒っぽい怒り方をする女性を、過去にも見たことがある気がします。

 彼女はコンラッドを怒鳴り、指の代わりの黄金の杯を突き出していました。

 あ、これには見覚えがあります。この方が砂漠の聖女様……なのでしょうか? もっと物静かで清楚な雰囲気だった気がしますけれど。

 エルメディア殿下に負けず劣らずの派手目のドレスが、記憶の中の清らかな白いドレスのイメージと正面衝突を起こしています。

 こんな方だったとは。王宮の皆さんも控えめでシャイだと仰っていたので。

 わたくしが直接聞いたのではなく、結界魔法応用の情報収集で小耳にはさんだ感じですが。

 しかし、ダナティア伯爵はまずいのでは? 彼の人脈作りの一環で、割と肝いりの聖女様に結婚詐欺は……。

 ダナティア伯爵を見ると石ころを眺めるような目で聖女レナリアを見ています。

 あ、まずい。

 直感で思いました。


「うるさい女だ」


 彼女の頬をさも鬱陶し気に叩くと、その手から黄金の聖杯を奪い取った。

 音が響く威力で叩かれたレナリアは、ふらついて後ろに倒れこむ。呆然とダナティア伯爵を見上げたその目には、驚愕が滲んでいました。


「え……、あ……?」


「牢へ入れておけ。不敬罪だ」


 突き放す言葉を吐くダナティア伯爵に、縋ろうとするレナリア。


「なんでよ! ちゃんと手伝ったじゃない! 話が違う! ドレス!? ドレスを勝手に着たのがそんなにいけないの!? ちょっとくらい贅沢してもいいじゃない!」


 喚く彼女を騎士たちが両脇を固めて腕を拘束しようとするが、抵抗が激しい。

 バルコニーで起きた騒ぎで、下の階にいる貴族たちにざわめきが広がるが、冷ややかにレナリアを見やったダナティア伯爵は何事もなかったように笑みを浮かべた。


「失礼。聖女様が顔を隠していることをいいことに、下女が彼女の振りをして紛れ込んだようです」


 ああ、なるほど。しらを切るつもりなのね。聖女の顔は知られていませんものね。

 先ほどのキンキンと耳を突き刺すような彼女の喚き声と、聖女の可憐で柔らかな声音を比べるのは難しいでしょう。

 後見人をしていた彼が偽物と言えば、偽物になります。

 彼女の素性を一番知っているはずの人物の否定を覆せないでしょう。

 砂漠の聖女レナリアは平民と聞きますし、ダナティア伯爵のバックボーンがなければ脆い存在。

 階段を上がる前から傲慢な振る舞いをしていたので、疑いは掛けられていたみたい。

 でも、分かったことがあります。

 わたくしが思っていた以上に、ダナティア・コンラッドはサンディスで権力を持っている。

 彼が白と言えば白、黒と言えば黒。

 彼の証言が偽りだろうが、それがこの国の事実となる。

 寒気がする――先ほど彼は王族となると言いました。王配になるとしたら、おかしいことではないように聞こえる。けれど、この催しでの彼の振る舞いは王族を敬うものではない。

 国王は臥せったままなので欠席、二人の王子は謹慎を理由に欠席、招いている王妃と王女の席はあるけれど、王太女のわたくしより下がっています。

 わたくしをエスコートするという名目で王族専用のバルコニー席にいる彼は、始終主催あり主賓――まるで王のような振る舞いです。

 常に王族たちより前に一歩出て、従えている態度です。

 それに対し元老会も宰相も黙認しています。

 元老会はともかく、宰相までもダナティア派についているなんて。彼は国王陛下と学生時代からの友人だというのに。

 まさか、玉璽は彼が?

 数十年国王に仕え続けていた腹心の彼なら、しまった玉璽の場所が分かるはず。それに、彼が国王の署名だと言えば、否定するのは難しい――今まで、中立を保っていたのだからなおのこと、疑いは向かない。

 でも、ダナティア伯爵はどうやって宰相を味方につけたのかしら? 権力をちらつかせたりお金で釣ったりできるなら、元老会がとっくにやってそうですが……。

 そうじゃなくても、彼は役職も爵位もあるから並大抵のものでは動かないはずです。

 陛下を裏切っているなら、まさか毒を盛ったのも――いえ、これ以上は思い込みになりかねない。可能性はゼロでないけれど。

 点と点はまだ線にならない。

 不自然に、これみよがしに散らばっているのに。

 こんなにも疑わしいのに、証拠は何一つないなんて!


「待ってく――」


「そんなこと了承できるはずないでしょう! 貴方たちに都合が良すぎるじゃない!」


 我慢できないとばかりに吠えたのはメザーリン妃殿下でした。

 わたくしの声が消えましたわ……。


「つい最近田舎から出てきた伯爵当主風情が王配に!? ろくな実績もないでしょうに!」


「そうですわ! こちらが納得できる功績でもあるというの!? 片親が王族とはいえ、爵位が下がったのはその父親の不祥事のせいでしょう!」


 普段は犬猿の仲でもここぞとばかりに結託するメザーリン妃殿下と、オフィール妃殿下。

 

「貴女方も伯爵家出身と辺境の弱小属国出身ではありませんか。サンディス王家の血が一滴たりとも流れていない妃殿下からは、やはり王家の瞳は生まれなかった。

 より濃い王家の血筋を残すべきと、陛下もお考えになった結果でしょう」


 確かにその通りだけれど、王家の瞳の子供という点は二人の王妃に一番言ってはいけないです。

 王家の瞳を持ったお子を産めなかったことは激しいコンプレックスになっています。

 二人の顔が一瞬真っ白になったと思ったら、真っ赤を通り越してどす黒い。


「なんて無礼な!」


 メザーリン妃殿下が、持っていた扇子を振りかぶりました。それをひょいと軽く避けた――と言うより、もともと当たるか微妙な線でしたわね。


「どうやら妃殿下らは気が動転してしまったようだ。お連れしろ」


 ダナティア伯爵は会場を追い出そうとしますが、それに抵抗する妃殿下ら。口から泡を吹きそうな勢いで喚いています。

 冷静とは程遠く、確かのその姿は正気を失っているようにも見えます。


「どういうことよ!」


「こんなの聞いていないわ!」


「この売国奴ども! 裏切者!」


 それはダナティア伯爵への言葉でしょうか、それとも彼のほうへ回った人たちへの言葉でしょうか。

 目を血走らせて髪を振り乱す二人は、錯乱したと言われたら信じてしまいそう。


「ああ、そういえばガンダルフに会いたいのでしたっけ?」


 とぼけたように軽い口調のダナティア伯爵が、シャンデリアを見上げながら言う。今しがた思い出したと言わんばかりです。

 自然を装ったその言動は、実に不愉快な不自然さがあります。


「連れてきていますよ――ほら」


 彼が示したのは、使用人たちが出てくるような質素な出入り口。

 そこに大きな人影がいる。

 凡そ貴族どころか、平民すら着なさそうな襤褸服。ぼさぼさになった白髪と白髭。眼帯がなくて傷があらわになった隻眼。それでもなお、眼光は鋭い。

 ああ、なんで。どうしてこんな姿に。だってこの人は四大公爵家当主で、騎士公爵と呼ばれる国の重鎮で、わたくしの祖父なのに!


「お祖父様!」


「約束は果たしました。後ろにもいるでしょう? 辺境にいるガンダルフの孫と曾孫はまだ捕まえていませんが――貴女のご所望の一家は揃っています」


 手には手かせ鎖。後ろに繋がっている。クリフ伯父様にトリシャ伯母様に――


「ジュリアス……!」


 駆け寄ろうとすると、強引に引き留められた。

 遮ったのはやはりダナティア伯爵で睨みつけたのに、彼の表情には愉悦が浮かんでいる。羽虫を甚振るような悪趣味な笑み。


「ああ、王太女殿下。近づかぬように。彼らは国王を暗殺しようとした罪人です」


「そんなわけな――」


 あの武骨な生真面目熊がそんなはずないですわ! 不器用で頑固者ですけれど、曲がったことはしない人です!


「反逆者め! 貴族の風上にも置けぬ、大嘘吐き!」


「一族郎党処刑すべきだ!」


「殺せ! 反逆の芽を摘むんだ!」


 殺せ。殺せ。殺せ。

 批判は極刑を望む声に変わり、一族を消せという怒号に変わっていく。


読んでいただきありがとうございました。

小説家になろうの仕様変更についていけない……。

見にくい。分かりにくい。使いづらい。

慣れれば何とかなるのかなーと思いたいですが、今のところ着実にストレス上昇中です。



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