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狂乱の宴

ふざけた催し



 舞踏会の会場は賑やかだった。着飾った人々が、話に花を咲かせている。

 噂の大半はアルベルティーナの伴侶について。つい最近までキシュタリア、ミカエリス、ジュリアスが筆頭に挙がっていたのに今ではコンラッドの名が良く出ている。

 喪中ではあるもののキシュタリアはやることがあり、参加していた。

 背にラティッチェの象徴である双頭の黒鷲の刺繍がされた濃い藍色のマントは肩で留めて、青いジャケットと白トラウザーズ。グレーのベストには蔓草の刺繡。全体的にシンプルで纏めている。祝いの席なので黒い腕章だけで喪を示していた。

 今回はアルベルティーナが出席すると聞いた。この状況だと多少無理をしないと顔すら見ることすらできない。


(あの白髪のおっさん、ふざけんなよ。アルベルが何度も体調崩したらしいし、半端な仕事するなら最初からやるなよ)


 そもそも、このパーティにアルベルティーナが参加するのも疑問があった。

 どんなネタでアルベルティーナを脅したのだろう――ここでアルベルティーナがコンラッドに靡いたとは思わない。理解度の高さ故である。


(順当に考えてフォルトゥナ公爵家だろうな。最近は結構懐いていたみたいだし)


 あの陣営にはジュリアスもいる

 侍女のベラや伯母のパトリシアにはだいぶ心を開いていたし、クリフトフもなんだかんだ険悪さは無くなりつつあった。一番警戒していたガンダルフにも、態度が軟化しつつあったのだ。

 アルベルティーナは身内に甘い。心を開いてしまうと簡単に切り捨てられない。


(フォルトゥナならまだいい……もし、父様の遺体が再び使われていたら?)


 本物であればアルベルティーナなら間違いなく見抜く。

 首だけだろうが、瓶詰だろうが、ホムンクルスで複製しようが一目で看破した実績がある。

 一種の異能と言える判断力だ。たとえ指だけでも気づいてしまうかもしれない。

 見抜いてしまった時、苦しむはずだ。アルベルティーナの心労を考えると恐ろしい。今は復讐に燃えているが、その薪はアルベルティーナの命ではないかと気が気でない。


(まあいい。どうせダナティア伯爵と元老会は繋がっている。一緒に地獄に落ちればいい)


 亡き父グレイルが残した証拠と、義叔父ゼファールから託された証拠がある。

 まだ床に伏している王の快気祝いという名目の舞踏会。このふざけた茶番なら、壊すのに良心の呵責なんてない。

 会場のざわめきに釣られて顔を上げれば、王族席のバルコニーにアルベルティーナいた。

 コンラッドに丁重なエスコートを受けているが、その表情は人形のようだ。

 着ているドレスも髪型も、アクセサリーひとつもアルベルティーナの好みではない。素材は良く、格式高いデザインだがかなり古典的だ。

 そのドレスを誰が用意したか想像できてしまい、キシュタリアは一瞬眉を跳ね上げた。


「「センス悪……」」


 同じタイミングで女性の声が重なった。びっくりしてその方向を見れば、ジブリールがいた。

 ジブリールの赤い髪をきれいに結い上げ、黒いリボンで纏めていた。ドレスは下に行くにつれて淡くなるグラデーションのノースリーブのタフタドレスだ。首からデコルテあたりは黒の細かいレースで、胸元から濃い紫で、足先は菫色になっている。裾には黒い糸で鈴蘭のシルエットが刺繍されており、ビーズとビジューを細やかに使って輝いていた。

 腕にはロングの指なし手袋を付けており、二の腕から手の甲にかけてドレス同様、グラデーションと刺繍があった。

 可愛らしいというより、シックで大人びた印象である。


「ちなみにもう一匹センスが悪いのがいましてよ」


「ええ……まだいるの?」


 あれと張るくらい気分の悪くなるものなんてあるのだろうか。

 ジブリールがくいっと扇の向こうから顎をしゃくる。その方向を見ると、やたら派手なピンクが燦然と輝いている。

 アルベルティーナからの心証を考えてか、今回の夜会は全体的に落ち着いた色彩が多かった。あくまで色彩だけであり、宝石や貴金属に抜かりはない。

 そんな中で、あのピンクは異彩を放っていた。


「誰?」


「例の『砂漠の聖女』様よ」


 いつもヴェールに隠されていたので、分からなかった。

 スタイルも良く顔立ちも派手目な美人だ。化粧もばっちりしていて、強烈なドレスに霞まない。

 だが、どうもちぐはぐな印象である。彼女の容姿や化粧、装飾品に対してドレスが合わないからだろう。幼稚なデザインでフリルやレースの多く、子供っぽくすら見える。

 あれだけ艶やかな容色であれば、明るい色より暗い色のほうが美貌や色香が引き立つだろう。


(……好きじゃないな)


 いくら美しくても毒花のようだ。

 彼女の表情に驕慢さが滲み出ていた。挨拶に来る貴族たちに笑みで対応しているが、そこには楚々とした聖女と言うより夜街の情婦といった雰囲気がある。

 時々ちらつくのは媚を売るのに長けた女の顔だ。


「……ダナティア伯爵がどうして顔も露出も避けたかわかる気がする」


 遠目で見て分かるほど(主に男性陣に)ちやほやされて、かなり増長している。

 下品だ。その表情に優越感が透けて見えた。


「そうですわね。あの悪目立ちで、早速ご婦人やご令嬢の反感を買っていてよ。いつも通り白い装いにすれば良かったのに、エルメディア殿下と被っていますし」


 細いグラスをウェイターから受け取ったジブリールは、涼しい顔して口を付ける。

 グラスを傾けて目を伏せる姿は一見ドリンクを味わっているように見えるが、剣呑な視線を隠すためだ。

 まだ乾杯の前なので、どこも量を控えたノンアルコールドリンクしかない。

 キシュタリアもグラスを受け取って、手慰みのようにくるくる回す。グラスの中で色の薄い液体が揺れた。

 グラス越しに見えたエルメディアは金髪を盛大に結い上げ、いくつもの髪飾りがぎらぎらと輝いている。そしていつものようにド派手なピンクのプリンセスラインのドレスと普段に増して派手な化粧をしていた。

 確かに自称聖女とほぼ色が同じで、ドレスの型も被っている。

 基本的、貴人との衣装被りはタブーだ。ドレスコードとして同じ意匠や色を指定されているなら例外だが、普通のマナーとしては敬遠される。

 キシュタリアはしばらく二人の衣装を視線で見ながら、ふと何かに気づく。


「あれってローズブランドのドレス?」


「そうね。かなり改造を施して原型がお亡くなりになっていますけど」


 あのナンセンスな装飾の多さで、華やかを超えてけばけばしくなっている。

 基本のドレスにオプションでコサージュを増やしまくり、リボンも増やしまくり、それに浮かないようにフリルやレースもバランスを取ったらああなったのだろう。

 お茶会デビューの小さなレディが、オーダードレスのああいう感じになっているのを見たことがある。


「あら」


「ふぅん」


 アルベルティーナをエスコートしていたコンラッドだが、ド派手なドレスに気づいたらしい。

 その正体は自分が聖女として王宮に招き入れたレナリアだと気付くと、笑みが凍り付いた。

 分からなくもない。今まで聖女の鉄板である清楚で慎ましいキャラクターで売り込んでいたのに、これでは台無しである。

 少なくともまともな感性をしている貴族たちは遠巻きにしている。

 彼女の周囲にいるのは聖女の熱心な信者と、女好きばかりである。それ以外は冷かしだろう。

 だが、侮れないのが信者たち。いっそ狂信的なほど、レナリアに傾倒していると聞く。

 不治の病を癒した、動かなくなった四肢が力を取り戻した本人やその家族たちだ。

 コンラッドに与する派閥であるサンディスライトの装飾品を、見せつけるように身に着けている。

 レナリアの正体が悪魔だろうが、彼らにとっては関係ないのだろう。本当に苦しんでいる時に差し伸べられた救いの手は、何物にも代えがたいのだ。

 キシュタリアにも覚えのある感情だ。

 生家で疎まれていた彼を、母と一緒に外に連れ出したのは魔王だったが。

 胸の奥で痛み燻る。苛立ちや無力感で自己嫌悪すらある。

 キシュタリアはそれをグラスの中身と一緒に飲み込み、素知らぬ顔をして秋波を送ってくる令嬢や夫人に微笑を返した。

 ジブリールが隣にいるから声を掛けられないが、一人でいたら囲まれていただろう。

 あどけなさと十七歳とは思えぬ色香を持つ若きラティッチェ公爵に群がる蝶は多い。その中に毒蛾が紛れ込んでいることもある。

 ふと、その視線の中にやけにギラギラしたものを感じた。

 王族席にいるエルメディアが鼻息荒く、キシュタリアを見ていた。

 ぞわりと鳥肌を立てて、全力でその視線から背を向けるキシュタリア。

 公爵子息でなく公爵当主として装いを一新したキシュタリアが、エルメディアの琴線に触れたようだ。

 しばらく気づかぬふりをしていたら、エルメディアの視線が動いた。キシュタリア以外にも目ぼしい美男子を見つけるたびにそのねちっこい視線を送って、目を逸らされている。


「そーいえば、お姉様の婚約を聞いてますます婚活に力を入れるようになったそうなのよね」


「そうなんだ……」


 ジブリールは興味がなさそうに呟く。

 婚活より先にもっとやるべきことがあるだろう。そう言いたくとも、口を開く余裕すらないキシュタリアだった。

 そんな中、当たり前のように王族席のあるバルコニーからコンラッドが一歩前に出る。

 皆の視線が集まっていくのを確認し、満足げに嫣然とした微笑を浮かべてグラスを持ち上げた。

 給仕たちはずっとタイミングを計っていたので、会場にいる者たちはその手に各々グラスを持っている。


「ラウゼス国王の快癒と、サンディスの更なる繁栄を願って!」


 乾杯、と続くように声が上がる。

 それを聞きながらキシュタリアは、冷めた視線を寄越す。

 この趣味の悪いお遊戯を早々にぶち壊してやりたい。


(サクラまで仕込んで、よくやるよ)


 彼のすぐ後ろにいるアルベルティーナは、ぼんやりとグラスを見下ろしている。彼女の周囲には宴ではなく、葬式ムードが漂っていた。

 乾杯の時もグラスは持っていたが、全然腕は上がっていない。

 使用人が上げさせようとしたが、伸ばした手にグラスを渡されておどおどしていた。

 今回の催しをコンラッドが仕切っているとはいえ、彼が挨拶を飾るのは不自然だ。

 ここは王城だし、王族がいるなら彼らから一言あっていい。

 現に招待されてきてやったというのに不満そうなのがいた。自分たちに微塵も花を持たせなかったことに、二人の王妃は苛立っている。


(まあ、理由はそれだけじゃないだろうな)


 二人の王妃と王女は、アルベルティーナの下座にいた。

 アルベルティーナは王太女だが、王座にいるのはラウゼス。その伴侶たる二人が上座でもおかしくない。

 この催しの采配はコンラッドによるものだから、席順もコンラッドが決めたのだろう。少なくとも、確認はしている。アルベルティーナは目立ちたくないと思うはずだから、王妃二人に席を譲ることも渋らない。

 逆に王妃二人は非常に気にする。長年にわたり正妃メザーリンと、側妃オフィールは国母の座を争っていた。

 お茶会や夜会がある時も激しい火花を散らすものだから、二人を招待しなくてはいけない主催者は胃痛が絶えないという。

 社交場とはこういうものだ。

 華やかで和やかな上辺の下で、足の引っ張り合いや派閥争いが起きている。

 今日だって同じ。

 笑顔の下で毒の投げ合いと腹の探り合い。

 バルコニーになっている王族席に我がもの顔で立っているコンラッドは、ファウストラ議長と話をしている。

 後ろにいたアルベルティーナがキシュタリアに気づくと、無機質さがなくなり微笑んで手を振った。

 キシュタリアも張り付けた笑みではなく、柔らかい笑みを浮かべて手を振り返す。

 それに気づいたコンラッドはその身を割り込ませて、強引に遮った。それだけでは飽き足らず、アルベルティーナを立たせて腰を抱くようにして強引にバルコニーの縁まで歩かせた。

 一瞬だが身をよじって逃げようとするアルベルティーナが見えて駆け出しそうになるキシュタリアだが、腕を取られた。


「……落ち着け」


 止めたのはミカエリスで、もう片手にはジブリールがじたばたしていた。


「あの白髪頭! お姉様になんて乱暴な……!」


「あの勢いで向かっても、警備に止められるだけだ」


「でも!」


「落ち着け」


 噛みつかんばかりのジブリールだが、目を伏せながら頑として揺るがないミカエリス。

 ジブリールはぷくーっと頬を膨らませ、淑女らしからぬ拗ね方をした。


「とりあえず、服を放してくださいまし」


 ミカエリスはちらりとジブリールを見ると、パッと手放した。ジブリールは少し体が宙を浮いていたがぐらつくことなく着地した。ヒールのある靴で、器用なものだ。

 だが、何か千切れる音がして怪訝な顔をする。

 見れば、小さめの布製のコサージュが床に落ちていた。ジブリールのドレスと同じ布で作ったものだ。

 ジブリールは無言で自分の背後に手をやり、何かを確認するようにごそごそと手を動かしたのちに沈黙。


「……お兄様も落ち着いてくださる?」


 自分のドレスを毟られた理解したジブリールが、大変可愛らしい笑顔で地獄の圧力をかけてきた。

 こればっかりはミカエリスも謝るしかなく、その二人の姿にキシュタリアも冷静さを取り戻した。

 見たくはないがコンラッドたちのほうを見る。周囲も二人に注目をしていた。

 アルベルティーナは戸惑いの色が強く、彼女には何も知らされていない行動だと分かる。

 二人の隣に何時の間にか宰相のダレル・ダレンがおり、その手に何やら書状のようなものを持っていた。


「発表いたします。元老会の推薦によりコンラッド・ダナティア伯爵をアルベルティーナ・フォン・ラティッチェ・サンディス王太女殿下の王配候補とする――」


「そしてラウゼス国王陛下の治療に貢献した忠臣として、栄えある貴族の一つとして『フォン』の称号、そして国王陛下の名のもとに正式な婚約者として三か月後に婚姻式を挙げることを発表する!」


 その時、会場が揺らいだ。

 悲鳴、批難――そして、それを塗りつぶすような歓声で。


「アルベルティーナ王太女殿下、ダナティア伯爵、おめでとうございます!」


「コンラッド・フォン・ダナティア伯爵、青き血の新たな王族よ!」


「新しき風と改革を歓迎いたします!」


 蠢くような熱狂。一部の貴族たちは顔を引きつらせて、周囲を見ている。

 キシュタリアたちも驚いた。多少強引な手を使ってくるとは予想していた。だが、周囲の反応が異様だった。

 我先にと声を張り上げる貴族たちは、すべてダナティア派の者だ。装飾品を見れば判断できる。


(四大公爵家は歓迎していないみたいだけどね)


 白けた顔のアルマンダイン公爵と呆れ顔のフリングス公爵を見れば分かる。

 それでもこの暴挙が許されるのは、元老会がそれだけの力を持っていると同時に、王族の権威が低いからだ。

 文句を言っているメザーリンやオフィールたちは黙殺されている。エルメディアは状況を飲み込めてすらいないらしく、口と目を開けて立ち尽くしていた。




読んでいただきありがとうございました

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