色々籠ったプレゼント
相変わらず毛嫌いしているアルベル。
夜更けの暗い廊下を去っていく人物を衛兵たちは気にも留めない。
例え使用人姿でもあっても、こんな時間帯に若い女の寝所に出入りする男は不自然だ。
しかもグレアムは宰相子息。彼の顔は田舎から出てきた新人でもない限り分かる。
素通りできるのはグレアムの持った認識疎外の魔道具の力だ。目に見えていても、気づけない。気配に敏い実力者でなければ違和感を覚えない。
その数少ない実力者が、柱に背を預けて一連の様子を観察していたことをグレアムは知らなかった。
(さっすが腐っても宰相子息。いい魔道具を持ってんな)
一見すればただの装飾品だ。あれ一つで騎士の年収くらい吹き飛ぶ。
ジェイルがこんな時間に、こんな場所にいる目的は仕事。レナリアが大人しくしているか見に行けば、案の定だ。
ここ最近、妙に上機嫌で含みのある言動が多かった。
本人は隠しているつもりだが、何かあったと言っているようなものである。
(さて……報告と警告、どっちを先にすべきかな。伯爵様は元老会の狸爺と会合。まあ、詰めの段階だしどう転んでも変わらねえか)
グレアムの思惑の先にはレナリアがいる。あれだけ覚悟を決めた人間は止まらないし、下手に横槍を入れて矛先が変わっても面倒だ。
二人で勝手に泥仕合をしようがジェイルには関係ない。
上の方針でジェイルはコンラッドに協力し、暗躍している。レナリアを監視はしているが、護衛は含まれていない。
もともと切り捨てる前提で置かれている駒だ。
レナリアは微塵も気づいていないが、その使用期限は近づいている。
(王宮ではなるべく接触禁止だし、タウンハウスにでも行くか。執事でもいるだろう)
ジェイルは貴族の装いをして、相応に振る舞っているが目敏い人間は気づく。月狼族の外見の特徴を知る相手であれば、肩書が疑われる可能性があった。
だからジェイルは目立たないように動いていた。
元老会は『死の商人』にとっても大事な顧客だ。今回の会合で、更にサンディスの奥深くに食い込む算段を立てているのだろう。
同時に、元老会は『死の商人』の中での立場を上げる。
ずっと目を光らせていた魔王がいなくなった途端、一気に癒着が進んだ。このままいけばサンディスが第二のゴユランになる日も近い。
それを察知し、危惧している者もいるが極少数。
「坊ちゃんたちは、どこまでやるのかね」
楽しげで、どこか憂いのある彼の呟き。その本心は、彼のみぞ知る。
約束の日――フォルトゥナの皆様と会える。
催しは舞踏会。ダナティア伯爵主催で、それに協賛したファウストラ議長をはじめとした元老会の有志。
ラウゼス陛下の治療に貢献したということで、王宮の一角を特別に貸し出されているそうです。
わたくしは喪服で少しだけ顔を出すつもりでしたが、朝食の時に何やら騒々しい。揉め事かと思ったら、ダナティア伯爵から大きな箱が送りつけられてきたのです。
「え……気持ち悪い」
予告なしに送られてきたブツに、わたくしドン引き。
プレゼントを持ってきた騎士も顔色悪く見るからに嫌そうなわたくしに狼狽しています。
ごめんなさい。他所から見れば今を時めく麗しの若貴族様からでも、わたくしにとってはよく知らない危険人物でしかないのですわ。
プレゼントは鮮やかな赤地に金のダマスクス柄の包装紙に銀のリボン。この時点でギラギラしていますわね……。
その中から出てきたドレスは格式高いローブ・ア・ラ・フランセーズ。金糸と銀糸で重厚かつ絢爛な刺繍が施された緑の布地が、多種多様の真っ白なフリルやレースを引き立てるように鮮やかです。
装飾品は宝冠を思わせるティアラ、薔薇を模したピアスとネックレス。すべてがセットだと分かる意匠で、蜜のような黄金でチェーンなどの金具が作られており、ダイヤモンドやサンディスライトを中心にした宝石が煌めいています。
「趣味が悪い……」
万感の思いで呟きます。
好みじゃない。全くと言っていいほど、好みじゃないですわ……!
基本宝石がでかい。装飾がごつい。そして全体的に古臭い! レトロデザインなのですが、埃被ったコテコテしい雰囲気がこれでもかと漂っています。
格式高いと言えばそうですけれど、致命的に……なんというか、その。
これはわたくしの親世代? いえ、お祖母様世代に流行ったデザインではないでしょうか?
しかも、このやたら大きい宝石にごつめの装飾はどう見ても年配向き。肌や髪に艶や美しさを引き立てるため、若者向けにはもっと繊細で小ぶりなアクセサリーにが主流のはず。
「宝石や金の質は、絹やレース、フリルなどの質は悪くありませんが……これは随分古めかしいと言いますか」
ごにょごにょとわたくしが言葉を濁しますが、そのしわくちゃの萎れた顔に周囲は言いたいことを察したようです。
伝統ある式典など、由緒正しいところでは使うかもしれませんけど、普通の社交の場で使いますか?
アンナもベルナも絶句しているじゃありませんか。
そーですわよね! ないですわよねー!
突き返そうかと思ったら、何やら一通の手紙も差し出されます。すごく嫌な予感がしますわ。
「……成程。コレを着ないとお祖父様たちには会わせてもらえないのですね。反抗すれば、陛下の件も反故にされる可能性も……」
深い、深いため息が漏れる。
ああ、コンラッド・ダナティア。なんて嫌な奴なのかしら。
でも、この機を逃したらフォルトゥナ公爵家の皆様だけでなく、キシュタリアやミカエリスともいつ会えるのか分かりません……。
会話ができなくても、元気かどうかだけでも確認したい。
魔法で何度か、キシュタリアとミカエリスの二人の気配を探知はできました。でも、フォルトゥナ公爵家の人たちはヴァユの離宮からかなり遠い場所にいるみたい――一番覚えのある、ジュリアスすら見つけられなかった。
レイヴンは無事だとは言っていたけれど、どの程度無事なのかしら。ヴァユにダナティア伯爵の手の者が増えてから、めっきり姿を現さなくなってしまったから詳細は不明。
やはり気になります。
一度、自分の目で確かめたい――それに、これ以上自分の知らないところで、奴らに掌握されたくない。
ああ、嫌だ。本当に嫌。
「ダナティア伯爵に、了承したと伝えて」
でも、これだけは言わせて。
「あと、一般論として家族でも婚約者でもない男に自分サイズのドレスや靴を突然贈られるのは本当に気持ち悪いからやめなさいと絶対伝えて」
ぶふぉ、とどこかで誰かが噴く音がする。
扉の前に立つ騎士たちが不審なバイブレーションを搭載するようになってしまいました。鎧が常に音を鳴らせています。
元日本人からの予想ですが、縦揺れの震度三と言ったところでしょうか。
不自然な咳払いが色々なところから出るけれど、これは大事でしょう?
だって、自分のサイズ知っているのよ? 怖いじゃない。気持ち悪いわ。ティアラ、ピアス、ネックレスあたりほぼフリーサイズみたいなものだけどドレスと靴は違うもの。
プレゼントの箱を持ってきた騎士は「……確かに」みたいな顔しているけど、まさかわたくしがダナティア伯爵とそういう仲だとでも思っていたの?
残念ながら、あの男はわたくしの敵よ。好意とは真逆に位置するの。
読んでいただきありがとうございます。
『梟と番様』を新しいシリーズとして書きましたので、よろしければご覧ください。




