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募るものは

好意か憎悪か



 寝台の上で華奢な足が揺れている。

 薄いネグリジェ姿で、鼻歌まじりで高級ブティックのカタログをめくっている。

 カタログは何冊もあったが、彼女のお眼鏡に適わなかったものは、無造作に床に放り投げられていた。

 そんなご機嫌な彼女の横に影が差す。

 

「ご機嫌ですね、聖女様。気に入ったドレスはありましたか?」


 恭しいまでに優しい声音で話しかけたのは、やっと少年の域を脱したような若い青年だ。

 さらり頬にかかる水色の髪に、モノクルの下で輝く金色の瞳。知的な美貌に相応しい、上品な微笑は貴公子そのものだ。


「あら、グレアム。そうね、やっぱりローズブランドが一番よ。ずっと白いドレスばかりで飽き飽きしていたの! 黄色も可愛いけど、やっぱりピンクね! 見て! このドレスの胸元にピンクダイヤのブローチとか素敵じゃない?」


 ごろりと仰向けになりながら、グレアムに微笑みかける聖女――レナリア。

 これが欲しいと訴えながら、ピンクのドレスが載ったページをグレアムに突き付ける。

 レナリアの顔立ちは以前の清楚で小動物を思わせるものではなく、はっきりした目鼻立ちの妖艶な美女だった。

 いつも彼女の顔を隠していたヴェールは、ベッドの隅で乱雑に丸めて投げ出されている。


「ええ、きっとお似合いになりますよ」


 グレアムは上機嫌なレナリアに片膝をつくと、その手を取って恭しく口づけた。

 その華麗な所作にレナリアの顔はにんまりとする。優越感が抑えきれず歪んだ表情だった。

 やはり侍らせるのなら、美形で金が有って――床上手でなければ。

 聖女ぶるのはうんざり。薬中毒のグレアムは役立たずだったけど、聖杯で治癒した後の彼はなかなか悪くない。

 ジェイルもコンラッドも全然相手をしてくれないし、奴隷遊びも禁止されているレナリアにとってグレアムは非常に都合が良かった。

 グレアムは聖女を妄信していて、何でも言うことを聞いてくれる。

 彼女こそがグレアムを追い詰めた張本人だと気付かず、尽くしているのだ。聖杯を使い容姿が変わったのだから、仕方のないことかもしれない。

 今のグレアムは『愛の妙薬』がなくても献身的に、そして情熱的に奉仕してくれた。

 望んだものをせっせと用意してくれるし、なんならコンラッドより金払いもいい。


「あ、髪飾りはどうしようかなー? リボンはなんか貧乏くさいし、バレッタは後ろからしか見えないから……あ! ティアラ! ティアラがいい!」


「ティアラですか。やはり定番のダイヤと真珠がいいですね。正面には貴女の瞳と合わせた、濃い青の宝石にしましょう」


「いいわね! 素敵! ありがとう、グレアム!」


「ですが、このことが知れば没収されてしまうでしょう。バレないようパーティの直前に持ってくるとして、お化粧や着替えの侍女も必要でしょう……となると、少し難くなりますね」


「ええ! どうして!?」


「ダナティア伯爵ですよ。現在、王宮は彼が掌握しつつあります。ドレスのアクセサリー、靴や小物類と盛装一式用意すると、それなりの大きさになりますから警備の目に留まるかと。こちらの部屋だと怪しまれます」


 これだけ豪華な衣装となればかなり位の高い貴族か、王族クラスである。

 レナリアは聖女扱いされているが、今まで白い衣装しか許されていない。こんな華やかなドレスが運ばれれば怪しまれてしまう。

 グレアムがここに来る時も、認識阻害の魔道具を使って従僕の振りをしているのだ。


「それなら、私がなんとかする! だから絶対持ってきて!」


 レナリアは絶対このドレスが良かった。

 ずっと我慢していたのだから、一度くらいいいだろう。きっとコンラッドも許してくれる――だが、説得ではなく事後承諾になる。

 この時点で、コンラッドの許しが難しいと本当は分っていたレナリア。

 だが、それよりもカタログのピンクのドレスが着たいという欲求が勝った。


「しかし聖女様、ご無理は禁物です。貴女様に何かあったら私は……っ!」


「大丈夫よ。私には聖杯があるもの」


 そう言って、チェストの上にあった聖杯を引き寄せるレナリア。

 魔石のランプに照らされた聖杯と聖女の笑みは歪に浮かび上がっていた。


「では、そのように」


「うん、お願いね!」


 折れたのはグレアムだった、一礼をして立ち上がると懐中時計を確認した。

 レナリアはグレアムが了承するまでごねる気満々だったので、短く終わってラッキーだと内心ほくそえんでいた。


「そろそろ戻らないと怪しまれます。今夜はこれで失礼しますね」


「もうそんな時間? しょうがないなぁ。またね~」


 少し不服そうにしながらも、グレアムに軽く手を振って送り出すレナリア。

 そんな彼女にグレアムは陶酔の笑みを向け、そこにいた痕跡を残さぬようにカタログや手土産の菓子のごみなどを回収していく

 扉を静かに締めて外に出たグレアムはほんの一瞬だけ、項垂れるように動きを止めた。注意深く見なければ、一礼しているようにも見えたがその表情は異様であった。

 すべての感情を抜け落ちた中で目は大きく見開いて眉間にしわを寄せている。

 グレアムの異変は一瞬で、足早にその場を後にする。

 その横顔はレナリアに見せていた甘さは微塵もなく、鬼気迫るような決意があった。






読んでいただきありがとうございました。

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