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引き籠り、孤軍奮闘?

侍女頭はベルナですが、アルベルティーナの扱い方はアンナが熟知しているのでそのあたりの人事はそのままです。

箱入り育ちなので油断するとぶっ倒れて喪が明ける前に父親を追いかけそうなヒキニート。






『――クリスティーナ』


 ぞわ、として目が覚めた。

 ねっとりと絡みつくような怖気に、耳に触れて跳ね起きた。

 ……気のせいかしら? 夢? それにしては妙に生々しかったわ。

 相変わらず結界魔法が上手くいかない。空間把握の応用で行っている情報収集も、精度が今一つです。

 情報量が多すぎて、欲しい情報を的確に拾うことができません。

 メイドのウェスト周りとおやつ問題や、騎士の水虫や大臣の抜け毛の悩みを収集しても意味がないのです。

 ただ、感じるのは今まで日和見を決め込んでいた派閥がいくつもダナティア派に流れている。キシュタリアやミカエリス側についていた貴族が寝返った話も聞きます。

 アルマンダイン公爵家とフリングス公爵家が、あまりダナティア伯爵を歓迎していないので踏みとどまっているところも大きいけど、それもいつまで持つのでしょうか。

 情報過多がストレスになっているのか、悪夢になりがちなのよね。これもその一つでしょう。

 それにしても、気持ち悪かった。まだ全身に鳥肌が立っていますわ。


「姫様? お顔色が悪いです」


 いつもなら出てこないレイヴンが、わたくしを気にして姿を現した。


「大丈夫。少し嫌な夢を見ただけよ」


「然様ですか。お水をお持ちしましょうか?」


「ええ、ありがとう。お願いするわ」


 レイヴンは水差しから一杯の水を注ぎ、渡してくれます。

 水を飲んでいると、布団がもぞもぞ動いてチャッピーとハニーが顔を出します。

 コップが気になるのか「ちょうだい」と手を伸ばしてくる。半分飲んだコップを渡すと、中身がただの水と気付いて少しがっかりしたようです。

 どうやら、甘いものだと思っていたみたい。わたくしって、そんなに甘いものばかり飲食しているかしら?

 チャッピーとハニーを両腕で捕まえて、まとめて抱きしめる。

 独特のしっとりもっちりボディがたまらない。癒されますわ。


「このまま寝るわ。大丈夫よ。おやすみなさい」


「はい、お休みくださいませ」


 流れる一礼をし、レイヴンは姿を消した。

 魔道具補正があるにしても、その早業は見事ですわ。うーん、頼りになります





 翌朝、ラウゼス陛下に回復の兆候があったという朗報がきました。解毒が成功したそうなのです。

 治療にあたったのは『砂漠の聖女レナリア』で、彼女を紹介したのはコンラッド・ダナティア伯爵であると大々的に周知されました。

 これを機に、ダナティア伯爵は国王を救った立役者とますます持て囃されるようになりました。

 彼こそが真の王配で、新たなる王族として名を連ねるべきだという風潮が出来上がり、その裏で、フォルトゥナ公爵家への風当たりはますます強くなります。

 それまでの流れがあまりに速く、周到で、まるで台本があったよう。

 わたくしは訝しんでいましたが、貴族はここぞとばかりにダナティア伯爵を持ち上げています。

 まだ意識は戻らないものの命の危機は脱したとし、宴を催すことになりました。

 当の陛下は床に伏したままなのに、おかしくはないでしょうか? 快癒願い? 快気祝いではなくて? そんなもの聞いたことはありませんが。

 こちらの文化? いえ、サンディスの貴族社会にそんな風習が?


「そういった宴ってあるのかしら? 陛下がお元気になられたのなら解るのですけど、意識は戻られていないのに宴だなんて不謹慎ではなくて?」


 アンナに聞きますが「そんな名目、聞いたことありませんね」と首を振る。ああ、やっぱりおかしなことなのですね。

 わたくしはこの目で陛下のご容態を見たいのですが、いまだに接見禁止です。

 危篤は脱しているのに、会わせたくないのがあからさまです。


「殿下、その宴の件ですが……ぜひとも出席するようにとお達しが来ております」


 いつになく歯切れ悪いベルナが、わたくしを窺いつつ伝えてきました。

 彼女もこのけったいななりゆきの宴が、奇妙なものだと分かっているのでしょう。それでも伝えなくてはいけないのが侍女の仕事です。

 ちょっとだけ同情しそうですわ。


「お断りすると伝えなさい。陛下の意識が回復したのならともかく、訳の分からない宴に出る気はありません」


 それに忘れていませんの? わたくし、喪中。

 陛下が主催した宴や、是非にと頼まれるのなら足を運ぶことも考えますが今回は間違いなく違うのです。

 ベルナはわたくしの言葉をもっともだと分かっているのでしょう。引き下がりました。

 そう。ベルナは。

 翌日、強欲ミイラこと元老会のファウストラ議長がやってきました。午前中に先振れが来たと思ったら、強引に割り込んできましたわ。

 大体骨と皮でお迎えがいつ来てもおかしくないやたら豪奢なミイラ老人のご訪問ですわ。

 ぶぶ漬けを投げつけてやりたくてよ。サンディスではどういう行為がそれに該当するのでしょうか。


「アルベルティーナ殿下! 貴女は王太女であらせられるのですよ! この宴に王族の代表として貴女様が来られず、誰が相応しいというのですか!」


 ファウラルジット議長は、社交界もまともに知らないわたくしなら勢いで言いくるめられるとお思いのようね。

 正当性を説くように見えて、わたくしを見下している。愚かで無力の王太女を傀儡にしようとしているのでしょう。


「妃殿下が二人もいらっしゃるではありませんか。王族として名を連ねたばかりのわたくしより相応しいはずですわ。つい最近できた義理の娘ではなく、長年連れ添った妃なのですから」


 王の快癒を喜ぶ相手としては、血の繋がらないわたくしより信憑性があります。

 何せ、わたくしはここ数か月で籍が繋がっただけですもの。


「むしろ、わたくしが出張ってしまうのは陛下や妃殿下に対する侮辱ではなくて? 床に臥されているのに陛下の祝賀を催すなんて……今もまだ陛下は夢の中を彷徨っていらっしゃるのに、名ばかりの王太女がなんと厚かましいと言われることか」


 か弱い王太女らしく、悲し気に俯きながら震えてみせる。

 いえ、涙の一滴も流れないのですが……まあ、それっぽい仕草をしておきます。

 我ながらつけ焼き刃の雑な演技だとは分かっているのですが。刺さっています。ぶっ刺さっていますよ、周囲からの同情の視線の雨あられが。

 ジュリアスの言っていた、わたくしの外見が威力を発揮したのでしょうか?

 勢いでゴリ押すつもりが、雲行きが怪しくなってきたことに気づいたファウストラ議長。苛立たし気にごつごつと杖で床を擦っています。

 本当は、叩きつけたいのでしょうね。

 でも、そんな意を汲んではあげないわ。申し訳なさそうに、しおらしく断ります。


「わたくしは喪も明けておりませんし、妃殿下たちのほうが適役でしょう」


「王太女殿下! 未来の女王が何を気弱なことをおっしゃっているのですか! 貴女様がご健在な姿を見せつけてこそ、サンディスは安泰だと皆も納得するのです!」


 何が何でも連れ出したいようね。おかしなこと……ムキになる理由でもあるのかしら。

 わたくしの視線に、怪訝な探るものがあるのに彼も気づいたみたい。

 小さく咳払いし、居住まいを正します。その真っ黒なお腹は、探られたりしたら痛いものばかりなのでしょうね。


「もし来ていただけるなら、陛下の見舞いを取りなしましょう」


 おかしな話ね。主治医の判断ではなく貴方の判断なの? 自分が面会の制限をしていると言っているようなものよ

 俯いたまま、思考を巡らせます。表情、視線、声――どれかひとつにも何か感づかれては困るもの。

 わたくしはあくまで『気が滅入っている王太女』なのですから。


「……陛下にお会いできるの? フォルトゥナ公爵や伯父様たちが毒を盛ったというのは本当なのかしら」


 わたくしは表情を曇らせて、今にも消え入りそうな声でフォルトゥナの一族について呟く。まるで、独り言のように。

 その迷う様子が気に入ったのか、ファウストラ議長の杖いじりが止まりました。


「ええ、ええ、気になるでしょう。彼らも催しの場にも来る予定です」


「嫌疑が晴れたのですか?」


 表情を明るくして、パッと顔を上げるとにんまりとしたファウストラ議長。好々爺というよりねっちょりぐっちょり欲でギトギトですわね。おえっぷ。

 セバスの優しい笑顔が恋しいですわ。あの心がほんわか温かくなる穏やかな口調や物腰に、お父様にも引けを取らない超イケボ。

 セバスの遺体は見つかっていないとキシュタリアは言っていたけれど、いまだに消息不明なのは変わりありません。

 あらいけないわ、この強欲狸爺との化かしあいの真っ最中ですわ。油断禁物。


「それは我々の口からは何とも……しかし、この機を逃せば次はいつになるか分かりませんよ?」


 馬鹿にしていますわね、この狸爺。

 ですがそれを素直に顔に出すのも大変癪ですので、戸惑いつつ迷うふりをします。

 陛下がお倒れになったのをいいことに、好き放題していること。わたくしはファウストラ議長よりも立場が上ですの。

 本来なら強行突破で見舞いに行っても何ら問題のない身分ですのに――ああ、本当に侮られている。でも精々、そのまま侮っていなさい。

 わたくしの悪意がお前に届くときは、真っ先に喉笛を狙うから。


「……分かりました。お祖父様たちにお会いできるのなら」


 不承不承と言いたげに、わたくしは頷いたまま俯きます。

 きっと、いまファウストラ議長の顔を見たら、手にした扇子を投げてしまうかもしれないもの。


「ご納得いただけてなによりです。なぁに心配はいりません。殿下は今後、我々が支えて差し上げますゆえ」


 お断りよ。それなら誰にも頼らないほうがずっとまし。

 杖が乾いた音を立てて床を叩きながら、ファウストラ議長が遠ざかる。その時、空気の流動があったのか何かの臭いが鼻につく。

 馴染みのない香りは、異国の香料かもしれない。どこか甘く粘り気のようなものも感じた。一般的な香草やフレグランスであれば、嗅ぎ当てられる自信がありましたのに。

 ジュリアス曰く、わたくしは感覚が繊細だそうです。この手の記憶力も良いから、知っているのであれば思い当たると思うのに。


「……嫌なかんじね」


 それはただの直感。それとも予感なのかもしれない。

 取りあえず、目の前から脅威は消えた。思わず脱力して息を吐き、近くにあったソファに座る。

 今のヴァユ宮殿は、彼らの一派によって出入りの制限がなされている。

 ジュリアスは捕まっているのでもちろんのこと、キシュタリアやミカエリスも来訪の予定はなく、何かトラブルが起こったら自力で解決しなくてはいけないのです。

 今まで他人任せで、甘えてきたわたくしにとって不慣れな領域。気が重い。

 強すぎても弱すぎてもダメなのに、わたくしには匙加減が良く分かっていないのです。

 迂闊な言動は間違いなく揚げ足を取られる――できる? ヒキニート令嬢だったわたくしに。違う、やらなくてはいけない。

 その時、側に誰かの気配がやってきた。


「殿下、お顔色が悪いです。それにしても、あの男……殿下になんて態度でしょう。出入り禁止にしますか?」


 ベルナが訪問者の去った扉を睨みつけていると、ファウストラ議長を見送った――きっと余計な真似をしないか監視していたアンナが戻ってきた。

 ソファに寄りかかるわたくしを見るなり、顔を青ざめさせた。


「姫様! お顔色が……っ」


「ああ、大丈夫よ。少し気分が悪くなっただけだから」


 大丈夫。そう、大丈夫よ。だからアンナ、そんな顔をしないで。

 わたくしは諦めない。奴らの計画をぐちゃぐちゃにしてやる。きっとあいつらの中に、お父様を汚した関係者がいるはずだもの。

 お父様は国葬だった――国葬として弔うことを命じたのはラウゼス陛下だけれど、その命令に横槍を淹れて遺体に手を出した馬鹿がいる。

 犯人はマクシミリアン侯爵ということにはなっているけど、あの貧乏分家にそんな力はない。もっと、国に中枢を牛耳るような重鎮クラスでないとラティッチェの当主の墓を荒らすなんて無理よ。

 国葬はラウゼス陛下の、お父様への最大の敬意と謝意でもあったはず――その思いやりを汚して干渉した誰か。

 可能性は大きく二つ。

 一つは先ほどのファウストラ議長をはじめとする元老会。彼らが一番権力を持っているし、手下も多い。勝手に人事配置を変えるのもしょっちゅうしているようだし。

 もう一つは王妃二人。メザーリン正妃とオフィーリア側妃。第一王妃と第二王妃で、ずっと国母の立場を巡って争っています。 特にオフィーリア妃殿下――マクシミリアン侯爵とつるんでいた魔法使いはミル・ドンスの人間。彼女の母国出身でした。

 ほかの有力分家も怪しいけれど、ラティッチェの霊廟には入るのは難しいでしょう。

 国葬に手出しできるとは思えないし、墓守も優秀だから突破もできない。

 その犯人たちが、お父様の首を持っている。

 わたくしを脅し、従わせる材料があるのだと嘲笑っているのよ。

 ダナティア伯爵は関わっているのかしら? 関わっていなくとも、彼は腐敗の温床である元老会と密接な関係だもの。無関係ではないはず。ただでは済ませない。

 彼の父親はお父様と因縁はあるけれど、本人は長らく王都や社交から離れていたので直接的な関りはないはず。

 コンラッド・ダナティア伯爵も謎が多い。彼の過去はおしゃべりな貴族や使用人たちでも探れていないのよね。前伯爵が蟄居に近い形で王都から追われたから、田舎に引っ込み続けたと言えば仕方ないことかもしれないけれど……お茶会デビューや夜会デビューだけはと王都に来る貴族は多い。特別な社交シーズンくらいには顔を出してもおかしくないと思うのよね。

 …………わたくし、両方やっていませんけどね。お茶会デビューで誘拐されてから引き籠り。

 現状、最も幅を利かせた一大派閥の旗頭であるダナティア伯爵。

 王家の血筋であることと、莫大な財産をちらつかせて次々貴族を取り込んでいるのです。

 その中にはキシュタリアやミカエリス、ジュリアスに一度はついておきながら裏切ったのもいますのよ。許すまじ。

 眉間にしわが寄っていたのか、誰かにうにっと頬を強めに挟まれました。


「姫様? なにか余計なことをお考えでいらっしゃいますね? このアンナの目はごまかせませんよ?」


「……きのへいへふは……」


 当たっております。なんて鋭いの、アンナ。さすがわたくしの専属侍女ですわね。

 せめてもの反抗に目を逸らすと、アンナはため息をついた。


「ベルナ。姫様に薬湯を」


「はい」


 え、アンナ特製ハーブティーやホットレモネードやホットワインじゃなくて?

 薬湯と言えばヴァニア卿が調合した、香りや味を度外視した劇物ではありませんか!


「とびっきり苦くて濃いのを」


「え、いいのですか?」


「クソマズですが、本当によく効くのです。腐っても王宮魔術師が用意したものですから」


 アンナの厳しい指示にベルナも困惑しています。ヴァニア卿謹製の薬湯は、よっぽど体調が悪くなければ濃い目で飲ませない。とんでもないお味なのは彼女も知っているのだ。

 滋養強壮の効果は抜群ですが、飲んだ直後のメンタルへのダメージは半端ないのです。

 一度、許可を取ったメイドが出涸らしを罰ゲームで飲むというイベントを開催したそうですが、それっきりでした――そう、出涸らしですらディープインパクトなのです。二度目の採用はないくらい、ナシなお味なのです。

 いやー! アンナ、ごめんなさいいい!





読んでいただきありがとうございました。

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