可愛いは最強
ジブリールはとても自分が愛されているという自覚と自負があるので、自信に満ち溢れています。
そしてとても気が強い性格をしております…そして振り回されるミカエリス。
妹は大切なのですが、強すぎて割と引いているときもあります。ドンマイ…
てくてくと廊下を歩きながら、エルメディア殿下を思いだします。
王子様は色ボケした理不尽暴力野郎で、王女様は進撃の肉デラックスでした。
「あんまりですわ…っ」
サンディス王国よ、マジで大丈夫か。
しかも二人とも正妃のお子様である。
一応ラウゼス国王陛下と、メザーリン王妃殿下の絵姿は見たことがある。
ラウゼス陛下は貫禄がありながらも、白髪交じりの灰色の髪と柔和さを匂わせるような聡明な緑の瞳の男性だった。豪奢な衣装もあって、気品と穏やかながらもどっしりとした雰囲気のある方であった。
メザーリン妃殿下は金髪碧眼の涼やかな目元の美女だった。ほっそりとした首に同じ色のサファイアのネックレスを付け、豪華で気品ある王妃だけが許される正装は王家の紋章が模様として入っているドレスだ。歴史と品格を求められるそれは、古くから伝わるプリンセスラインのものだが、陛下と並ぶと一枚絵としてよく映える。
だが、私が見たことがあるのはあくまで絵姿。
写真じゃない。
偽造可能。
少なくともルーカスは誇張ではなく美青年だったが、二人は解らない。
わたくしの知る王女の絵姿は全体的に横幅を50%カットが施されたうえ、ちょっとだけ目が大きく、ちょっとだけ目つきが柔らかく、ちょっとだけ口が小さく、ちょっとだけ鼻筋を通し、ちょっとだけ顎と首、腰がほっそりとされ、お胸が増量されていた。
総評すると、段違いの美少女に描かれていた。
「お姉様? お加減がすぐれないのであればわたくしだけでもいきますわ」
「いいえ、夢が砕かれようともいかねばならぬときがあると思うのです!」
「なにがありましたのお姉様!?」
「ほんのちょっとだけ、本物の御姫様というものに憧れを抱いていただけでございます! ええ、わたくしの勝手な幻想ですわ!」
「お姉様、美しい姫君が見たいなら毎日鏡で見てらっしゃると思いますわ」
「見飽きました」
「贅沢過ぎますわ!?」
こんなにお美しいのに! と抱き着いてくるジブリール。
せやかて自分の顔だもの。そこまで執着する気ないよ。まあ整っているとは思うし、転生直後は「ヤベーなこの美少女。惚れるわ」なんて自画自賛していたけど一月経つと感動も消滅していたもの。
お父様も超絶美形だし、よく見る侍従も文句なしの美形だし、義弟までこれでもかというくらい美形なのよ?
しかも年々劣化するどころか、キラキラフェクトに磨きがかかるという…
わたくしが頑張って美容にあくせくしているというのに、余り手入れをしていないはずの男性陣は素でピカピカしているのよ? 理不尽過ぎない? 乙女ゲームって確かに美形を輝かせて何ぼかもしれませんけれど、わたくしやジブリールやラティお母様の影の努力は一体何なの?
そんな現実逃避をしながら、騎士たちにいざなわれるがまま陛下たちの下へドナドナされる。売られてはいかないけれど、心の情景は近い。
王女殿下の求婚要請を妨害するために来たけれど、なんで陛下たちまで出てくるの?
いや、確かにお子様のことだから関係するけれど…
「アルベル」
私が戦々恐々としている中、耳朶が震えるような重厚ボイスが届く。
顔を上げると、まだ試合と同じ騎士の姿をしたミカエリスが、心配そうにこちらを見ていた。素早くこちらに近づくと、確認するように肩に手が置かれる。
うーん、男女差とは分かっているのだけれど、ミカエリス手が大きいわ。あっさりと肩が包まれる。
「怪我無いですか? まさか王女殿下が、あそこまで直情的な行動に出るとは…」
「わたくしもいましてよ? お姉様に怪我をさせるわけありませんわ。
いざとなれば、お兄様たちを撃沈させた右ストレートが唸りますもの」
「それはそれでどうかと思うぞ、ジブリール」
私が答えるより早く素早くジブリールが言い返すと、心配顔から何とも複雑な呆れ顔となったミカエリス。
私もそう思うわ。いくらミート感が圧迫的に強くても、やんごとないお方なのよ。お顔が魚拓ならぬ顔拓とれそうな厚塗りでも。
「あの、ジブリール…王女殿下に暴力は良くないわ。貴族として、王家には礼節をもって接しなければ」
「相手が礼儀もなにも薙ぎ倒して突撃してきたのが悪いのですわ。
あちらだって、ただでさえご機嫌麗しくないラティッチェ公爵に、さらにご機嫌斜めになって欲しいはずがありませんもの。
敵対国や部族、魔物も含め目ぼしい争いは消えて、次に目を付けられるは…と国内で肩を震わせ順番待ち状態ですのよ?」
「まあ、お父様ったら」
お仕事熱心なのはいいことですけれど、熱心過ぎて体を壊さないか心配だわ。
ただでさえお誕生日の一件で張り切っていたのに、余計な火力が増えてしまったのね。
「ええと、ミカエリス。その、エルメディア殿下の御姿は拝謁させていただきましたが…その実に、その、ずいぶんと華やかで、その肉感的で情熱的な方ですのね…?」
「はっきり派手なばかりの駄肉の塊のヒステリーといっても怒られませんわ」
「ジブリール、お前は言い過ぎだ」
ジブリール、貴女は伯爵令嬢なのだからもう少しソフトな、遠回しな言い方をしては如何?
一緒についてきてくださっているカレラス卿が何とも言い難い顔をしていますわ。
ジブリールはミカエリスに怒られ、むすっとした顔になる。
「まあ、ジブリール。怒った顔も可愛いけれど、笑顔の貴女のほうが素敵よ」
「はーい、お姉様」
ぎゅっと私の腕に自分の腕を絡めて抱きしめてくるジブリール。
甘えるような子供っぽいようなしぐさが可愛くて、先ほどのツンツンした態度と合わせて二度おいしい。ギャップでアルベルティーナお姉様は昇天してしまいそうです。ジブリール可愛い…可愛いは正義…私何しに来たんだっけ? ジブリールを愛でに来たんだっけ?
悪戯っぽいルビーの瞳が瞬くたびに可愛いがスパークして何を考えていたか忘れる…可愛い。
「アルベル、ジブリールを甘やかさないでください」
そして、ミカエリスの苦々し気な声で我に返る。
至福の時間を遮られたこともあって、ちょっとアルベルちゃんは微妙な気分です。
「だって、ジブリールは可愛らしいんですもの」
他の幼馴染トリオはニョキニョキ育って、あっという間に私の背を追い抜いてしまった。
紅顔の美少年たちは、ドレスを着れば間違いなく美少女と見紛うばかりのキューティーさだったのが夢の跡。
だからその分、ジブリールが可愛い。可愛いという成分はジブリールでできているといって過言でないと思う。
実の兄なのになぜそれが分からん。遺憾の意だ。少し膨れて、ミカエリスを睨んでいるとややあって狼狽したように目を逸らすミカエリス。
ふっ! 勝ったわ! 可愛いは正義なの。ジブリールは正義なのよ!
でもなんで肩にある手の力はぎゅってなったの? なんで掴みなおすの? あんまり力入れないでよ? ヒキニートの肩なんて、騎士のハンドパワーがちょっと本気出しちゃったらすぐ骨ごとパァンだよ?
「お姉様。今のお兄様は心の中の青春と戦っておりますの。もうちょっと待てば元に戻りますから、これ以上刺激しないでさしあげてください」
「せいしゅん…?」
「あ、お兄様。ダメです。今目を開けてはダメですわ。お姉様、理解が遠いようですわ。とても愛らしく首を傾げてらっしゃいます。わたくしは見ますけど! 目に焼き付けますけど!」
なんでダメだと言いながら、ジブリールはミカエリスにノリノリでけしかけているのだろう。
ミカエリスは眉間にしわを寄せて、私から全力で顔を背けて瞼を閉じている。
しばらくして、深い深い溜息を吐いたミカエリスはゆっくり私の肩から手を外し、半歩後ろに下がった。
「………御見苦しいところを晒し、申し訳ありません」
「別に構いませんが…体調が悪いのなら、休んだらいかが?」
「ちっ、これだからお兄様はいつまでたってもジュリアスやキシュタリア様より抜きんでることができないのです」
「お行儀が悪くてよ、ジブリール。貴女のお兄様にも事情があるのよ。あまり批判しては可哀想だわ」
「これは妹からの愛の激励! 愛の鞭ですわ!」
「ジブリール、黙っていなさい」
頭痛がしそうな顔をして、ミカエリスはジブリールを制した。
そうして、漸くジブリールは口を噤んだがその目は好奇心で輝いている。反省の色は見当たりませんわ…兄君というのも大変ですのね。
しかし、なぜミカエリスは厳しくも兄想いの妹を何とも言い難い顔で見ているのでしょうか…ん? なんかミカエリスどころか周囲の騎士たちは絶句している。
この会話のどこに修羅場が? 微笑ましい会話だったと思うのですが。
「我が妹ながら、豪胆も過ぎると無謀だな。怖いもの知らずが過ぎる」
はあ、と再びため息をつくと、ミカエリスは気持ちを切り替えて顔に笑みを乗せる。
そして、私の腰にさっと腕を回してエスコート体勢。別にパーティとかではなくお呼び出しなのですが、ここまでする必要はありますの?
社交経験値の少なすぎるヒキニートには分からない…それとも要介護認定か幼女認定再びなのでしょうか…
「何を抜けたことをいってますの!? 周りが不甲斐なくヘタレているからいけないのですわ! わたくしが男だったら、すべて蹴散らし奪い取っていましてよ?」
「……お前が女だったことに、改めて安堵したよ」
「安堵ではなく感謝なさいませ。ついでにわたくし、いい加減ポニーではなくちゃんとした愛馬が欲しいですわ。軍馬がいいですわ! とびきり元気な、黒毛の男の子がいいですわ!」
「まあ、じゃあわたくしが今度お誕生日にプレゼントいたしますわ。
ポニーも随分おばあちゃんになってしまったでしょうし、新しい子を迎えるのもいいと思います」
もともと乗馬ダイエットのポニーを家から譲ったものだ。あれから結構年数が経っているし、小柄とはいえ立派に大人の馬を譲ったはずだもの。ドミトリアス家は伯爵であり騎士の家柄。魔物も多いと聞くし、騎乗するなら体力や持久力のある馬のほうがいいのかもしれない。
軍馬というのは驚きだけど、女騎士さながらに乗りこなすジブリールは絵になりそうだ。
私と違って運動神経よさそうだし、ジブリールが喜ぶのならお父様に頼んでみよう。お父様は軍人だから、そういった伝手にも詳しいかもしれない。でも元帥はトップだから馬の生産地は分からないかしら? やはりセバスかジュリアス?
うきうきと算段を考えていると、ミカエリスが止めにかかってきた。
「アルベル、待ってください。これ以上は不味い。本当にジブリールの嫁の貰い手がなくなる」
「なぜ? こんなに可愛くて素敵なジブリールが?」
「いくら美しかろうと、求婚者を決闘で叩きのめしてプライドをへし折り続けていたらいなくなります!」
「けっとう…」
「なんでわたくしが自分より弱っちい男に嫁がねばならぬのです!」
腰に手を当てて胸を張るジブリールには反省が見られない。
むしろ堂々とミカエリスの言葉を肯定する。求婚を断るのに決闘するっていうのがサンディス王国の流儀でしたの? あれ? 普通、家同士の決め事ではないのでしょうか?
私の知っている貴族の婚姻知識は間違っていたのでしょうか…
「わたくしも剣術を習ったほうがいいのでしょうか……?」
「おやめください。怪我をします。貴女の白魚より美しい手に血豆やたこができるなど、痛ましいだけです。公爵令嬢には不要な事です。ジブリールは特例ですので、真似をなさらぬよう」
ぎょっとしたミカエリスが素早くまくしたてる。
頭の中で今までの常識とミカエリスとジブリールの会話がぐるぐる回っている。
カレラス卿が私の手を握るミカエリスに「姫と距離が」と言いかけて口を噤んだ。なんかカァンって高い音がした。金属に固いものが当たるような…? 思わずカレラス卿の近くにいたジブリールを見るとにっこりと華やかな笑みを返してくれた。
可愛い…ジブリール可愛い。しゅごいかわいいしゅき…ごいりょくがしぬ……
脛を押さえて蹲るカレラス卿は、ジブリールの魅了スマイルの前では無為なものだった。
ふらふらと誘われるようにジブリールを抱きしめてぎゅっとする。両手を上げて勝利のポーズをとるちょっぴりやんちゃな妹分にメロメロのアルベルティーナです。
だが、暫くジブリールを堪能していたら、ミカエリスに引きはがされてまた廊下を歩き始めた。なんだかミカエリスに同情の視線が突き刺さっていた気がするんだけど、何故?
読んでいただきありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
ちなみにミカエリスはもともと別室で待っていましたが、二人が心配になり迎えに行きました。
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第三者視点…次はだれにしようか悩み中。そろそろヒロインやルーカス殿下あたりでもいいかなーとか思ったりもしますが。一応レナリアは生きています。




