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コンラッドとベルナ

敵陣営の一幕


 ラウゼスが倒れてから二週間が経過した。

 アルベルティーナは相変わらずフォルトゥナの関係者とは会えない。彼女なりに取次ぎを各方々に願い出ているが、コンラッドが握り潰している。

 それだけではない。ラティッチェやドミトリアスの関係者とも合わせてもらえなかった。

 信用できる人間が排除されていき、アルベルティーナの体調はゆっくりと悪化していった。アンナはそんなアルベルティーナの体調をすぐに察知できる数少ない人間なので、外すに外せない――一度、ヴァユの離宮の一角を掃除させ、側付きを外した。だが、その日の午後にアルベルティーナが倒れた。

 ダナティア伯爵家から紹介された有能な侍女たちは五人もいて、一人も気づかなかった。

 読書をしたいからと一人でいたアルベルティーナ。呼び鈴を持たせ、侍女たちは隣室で待機していた中、ベルナが休憩用のティーセットを持って入室しようとしたところ異様に静か。中に入れば熱を出して床に伏していたのだ。

 倒れていたアルベルティーナは見慣れない侍女やメイド、護衛の手助けを拒否。

 自力で移動すると言って聞かず、その場は膠着状態。その間、何とか看護したいベルナたちVS近づかれたくないアルベルティーナとなり、ストレス性の魔力暴走で周囲一帯の魔石を大量破壊。

 見かねた古株メイドがアンナを呼ぶと、アルベルティーナは途端に大人しく手を借りてベッドに向かった。

 その報告を聞いたコンラッドは頭を抱えた。

 想像以上に人見知り――と言うより対人恐怖症が酷かった。


「誘拐から十年以上経っているんだぞ? 女相手なら比較的マシではなかったのか!? ベルナ! どういうことだ!」


 自分の計画に暗雲が立ち込め、苛立ちの隠せないコンラッドがベルナに怒鳴る。

 メイドや侍女なんていくらでも代用品がある。コンラッドが家柄も見目も良い使用人たちを揃えたのに、全く意味がなかった。

 婚約や婚儀が延期となれば、抑え込んでいた貴族が騒ぎ出すのは時間の問題。

 いくら元老会を味方につけていても、いつ日和って来るか分からない。新しく好都合の神輿を見つければ平気で裏切ると知っている。


「どう……と言われても、あれは持久戦ですわね。それも年単位が必要かと。荒療治をすれば命すら危うそうですわね」


 王宮のお仕着せ姿でも隠せない色香を纏う美女ベルナは、肩をすくめる。

 この国の王位継承権の持ち主は、実質アルベルティーナのみ。

 王家の瞳を持った若い王族は彼女だけだ。

 もしアルベルティーナが死ぬようなことがあれば、我こそが王家の血が濃いと新たな争いが起きる。

 いくら王家の血筋であっても伯爵のコンラッドが返り咲くのは難しい。

 もしなれたとしても、結界魔法を失ったサンディス王国など、周辺国から見れば格好の餌食だろう。


「……レナリアに『治療』させるか」


「お止めになったほうがよろしいかと。彼女は随分と王太女殿下と因縁がおありの模様。酷い逆恨みをしておりますし、手癖が悪いので」


 コンラッドの呟きを拾ったベルナが首を振る。


「手癖?」


「人々の治療をしながら、いろいろな者から掠め盗っているのをご存じないのですか? 最近ヴェールの下を見てらっしゃらないのね。また変わっていましたよ」


「あの小娘! 私の知らぬところで勝手な真似を……! 他人の姿を奪って変えていたのか!?」


 時折ではあるが違和感を覚えていたが、さして問題がないだろうと無視していたら――予想以上に随分と悪趣味な遊びを覚えていた。

 時々身勝手が過ぎるとは思っていたが、コンラッドの想像をはるかに上回る行動だった。


「聖杯の力もきっとゼロから作るより奪ったほうが燃費が良いのではないでしょうか。酷い怪我や病気の後で色素や形が変わるのはあることなので、誤魔化せたのでしょう」


「今はヴェールで見えないからいい。だが、頻繁に変えられては意味がないだろう」


 聖女がいつまでも顔を隠しているわけにはいかない。

 レナリアの地位が不動になれば、顔を出さざるを得ない機会も来ただろう。

 砂漠の聖女なんて呼ばれているが、レナリアの本質は傲慢で奔放。欲望に忠実で向こう見ずな行動力は利用しやすいが、長く使うのは危険だった。

 ただでさえ『砂漠の聖女』を名乗らせているのだ。本物の聖女を管理している神殿が動き出す前に、始末しなければならない。

 本物の聖女を知る神殿の人間の目はごまかせない。レナリアの安っぽいメッキなど、簡単に看破されてしまうだろう。


(まあ、あの小娘がそこまで利用できるか分からぬが)


 レナリアは聖杯と相性がいい。普通なら数度使えば廃人になる代物を、ずっと使い続けてぴんぴんしている。

 コンラッドも長く使い続けているが、それは一つの奇跡を継続しているからだ。その奇跡を維持するために、対価を支払っている。

 騙し騙しで運用している――あの聖杯はそれだけ危険が伴う代物なのだ。

 それに比べてレナリアは奇跡による癒しだけでなく、自分の姿まで変化させている。ベルナの口ぶりだと、一度や二度ではないのだろう。

 レナリアには教えていないが、聖杯を使用すると必ず魂の摩耗が起こる。凡その願いは叶うが非常に危険な代物だ。

 あの聖杯は完全ではない。無償の奇跡は起こせないのだ。

 だからこそコンラッドは別の人間を利用する。


(聖杯を使える以上、利用価値はある。だが、アルベルティーナを手に入れた後は処分するべきだな。別の贄を見つけて、それに治療させればいい)


 幸いなことにアルベルティーナの人気は高い。心酔した人間の確保は難しくないだろう。

 彼女の恩人になる機会を与えてやると言えば、舞い上がって立候補しそうなのがごまんといる。

余計な真似をする暇を与えず、言われるがままのうちに事を勧めればいい。

 だが、そのためにはラウゼスが立てた王配候補たちが邪魔だし、四大公爵家の存在も目障りだ。

 敵対勢力はまだ力を持っている。排除した後でなければ、揚げ足を取ってくる可能性があった。

 記憶にちらつく魔王の義息子。実子ではないけれど、髪色も瞳の色も――あの不遜な眼差しが瓜二つで心底不愉快だった。


「……あれは特に念入りに潰したほうがよさそうだな」


 ぼそりと呟いたコンラッドの声を、ベルナが拾い上げる。


「ダナティア伯爵様?」


「ああ、些細なことだ。魔王の小倅が諦め悪く足搔いているそうだからな。フォルトゥナを潰すのと同時にラティッチェやドミトリアスも葬ってやろう」


「まあ、怖い方」


 そう言いながらも、くすくすと淑やかに笑うベルナ。全く怖がっていない。むしろ楽しそうにさえ見える。

 ベルナはその美貌と色香で様々な暗殺や諜報活動を行っていた、腕っこきだ。コンラッドもその能力を買って、重宝している。

 彼女は辿れるだけで十年以上死の商人に属している。どこで生まれたか定かではない。そもそもはっきりとした素性の人間のほうが少ないのがこの業界だ。

 ベルナは誰でも演じられ、なんでにでもなれるのが最大の強みだ。

 手練手管に長けた娼婦、地味な修道女、威勢のいい中年女性、堅苦しい女教師――化粧で顔を変え、役に合わせて仕草を変え、男を知らぬ乙女から腰の曲がった老女にすらなる。

 そして、上流階級を相手にできる、組織の中でごく少ないハイレベルな教養がある。


「ベルナは引き続きアルベルティーナを監視し懐柔しろ。くれぐれも丁重に。怪我や病気で、間違ってもあの顔を損なわぬよう」


「承知しました」


 静かに一礼するベルナ。

 レナリアに礼儀作法を叩きこんだのはベルナだ。

 慰労会ではぎこちない一礼を披露していた。カーテシーのつもりだろうが、目の肥えたコンラッドを満足させるには至らない代物だった。

 それでも何とかぎりぎり形にしたのはベルナの功績だ。

 自分より容姿の優れた同性を毛嫌いするレナリアだが、不細工にはもっと辛辣だ。非常に面倒くさい性格をしている。

 嫉妬も見下しもされたくないベルナはその美貌を隠した。地味で冴えない薄らぼんやりとした顔立ちのメイクを施し、すぐにぶすくれるレナリアを誉めて宥めすかして何とかやり遂げた。

 レナリアは男爵家出身で、一応は貴族令嬢であったが礼儀作法は酷かった。

 本人に向上心がないのも致命的で、ベルナ以外だったら匙を投げていただろう。

 現在、ベルナはアルベルティーナにつきっきりだ。レナリアは自主的に練習などしないから、良くて現状維持。

 それでも、コンラッドはベルナを動かせない。

 アルベルティーナの傍に隠れて護衛している人間がいる可能性があった――万一、その人物がアルベルティーナを逃がしたら計画が崩れる。

 コンラッドの駒の中で、侍女に扮することができるのがベルナのみだった。アルベルティーナに常に張り付いていても、不自然でない教養となるとそれだけ難易度が高い。

 護衛も手練れのベルナを出し抜くのは難しいはずだ。それだけの実力が、彼女にはある。

 コンラッドの計画は順調だ。布陣もぬかりない。


「青臭い小倅どもの何を画策しようと、もう遅い」


 そう言って軽く手を掲げる。彼の手には、大きなサンディスライトが輝いていた。

 一級品であるはずのサンディスライトは、どこか仄暗く禍々しい。


「すべては我が手中だ」


 ここにはもう魔王はいない。

 どんな策略も、力も跳ね返すあの災害のような男はいない。

 すべてはコンラッドの望むがままなのだ。




読んでいただきありがとうございました。

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