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主治医の見解

ヴァニア卿、たまには仕事する。いえ、この人は興味ある分野には勤勉です。




 アルベルティーナは警備担当の変更に強く反発した。

 それにも関わらず、翌日には見慣れた――信用できる護衛騎士はごっそり数を減らし、見知らぬ騎士が配置されていた。

 選出された騎士たちは当然というべきか、男性騎士が中心である。

 ヴァユの離宮は男性を怖がる傾向のアルベルティーナに配慮して女性騎士が多かったのに、元通りだ。

 命じたのは元老会とダナティア伯爵だ。

 騎士たちは要請のままにきたのであって、悪くない。アルベルティーナもそれを理解している。だが、理性と心は必ずしも合致しない。アルベルティーナの身を守るために配置された騎士たちは、着実にアルベルティーナの精神をすり減らしていった。

 アルベルティーナは黙っていた。

 ダンペール子爵の配下である騎士たちは、かつての汚名を雪ごうと必死だ。

 ごく一部、視線に妙な熱を感じても我慢した。それは圧倒的少数派である。

 コンラッドは嫌いだが善良な騎士たちに酷い仕打ちなどできない。彼らも立場があるし、職務を全うしようとしているだけなのだ。

 だから我慢して、我慢して――


「護衛を変えてから、殿下の体調が悪化しました。戻してください。主治医として看過できません」


 アルベルティーナが音を上げる前に、ドクターストップがかかった。

 主治医のヴァニアは、アルベルティーナの体調悪化を見抜いていた。アルベルティーナの不調の原因は心因性が大きい。環境変化に敏感であるのに、護衛変更は最悪極まりない――それが主治医の見解だ。

 その攻める物言いに「やっと小康状態までに戻っていたのに、余計なことをしやがって」と言外に感じられる。

 アルベルティーナの体調は、それこそ危篤になったラウゼスより大事である。特に元老会にとってはそうだ。

 王家の血を継ぐ子供を産ませる、大事な胎盤だ。

 色々と企んでいるようだが、アルベルティーナが衰弱して、万一にも死んでしまったら彼らの野望は立ち消える。権力遊びどころではない。サンディス王国存続の危機だ。

 元老会はサンディス王国に根を張った勢力。大事な基盤を失ったら、現状維持すら難しくなるだろう。


「フォルトゥナ公爵家だけでなく、ラティッチェ公爵家やドミトリアス伯爵家の出入りまで禁止してますよね? 殿下の心を無視した結果がこれです」


 鋭いヴァニアの正論が刺さる。

 珍しくふざけた様子もなく、声も冷ややかで刺々しい。

 ヴァニアの玉虫色の瞳に正面から睨まれるコンラッドは、本心では焦燥を覚えながらも静かに聞いていた。

 アルベルティーナは金を積んでも宝石を積んでもにこりともしない。

 あれからコンラッドも何度か会いに行った。人脈やコネを使って入手した老舗ブティックのドレスや伝統菓子を土産にしても反応はよくなかった。

 サンディスグリーンの瞳は淀んだような静謐を秘めたまま、こちらを見返すだけだ。

 日に日に顔色は青白く、生気が抜けていくようである。

 弱っていくのに拒絶する強さは変わらない。美しさの中に、時折幽鬼のような凄絶さがあった。

 アルベルティーナは十代。本来なら花盛りの年頃。頬を薔薇色に染めて、潤んだ瞳でコンラッドを見ていいはずなのに全くその気配はない。

 ついにというか、とどめにきたのはドクターストップ。

 エルメディアのように暴れて反発したのなら、揚げ足が取れたがこれは無理だ。


「……仕方ない。女性騎士を何人か戻そう」


 コンラッドとしては苦渋の決断だ。

 だが、このままでは本当に病人になってしまう。アルベルティーナは体があまり丈夫ではない。祖母や母親も早世だった。

 二人とも心労からきた死だと言われている。

 アルベルティーナがその轍を踏まないとは言い切れない。

 もしこのままアルベルティーナが死んでしまったら、フォルトゥナ家を叩いている場合ではない。貴族全体から顰蹙を買い、サンディス王国の存続が危ぶまれる問題になる。


「それとダナティア伯爵は出入り禁止です」


 ついでとばかりに言い切られ、コンラッドは動揺した。


「何故!? 私は臨時とはいえ、宮殿の――」


「殿下、どーいう訳かは知らないけどアンタのことめっちゃ嫌いなんですよ。極大のストレス源が近くにいたら治るものも治らないです」


 アンタとは随分な物言いではあるが、ヴァニアは主治医として物申している。

 バシンと卓上を叩くようにして置かれたのは、カルテの一部だ。


「ダナティア伯爵と会うと体調が悪化するんです。殿下は異性……特に恋愛感情とか下心とかある男が大っ嫌いな傾向があるんです」


 特例が約三名いるが、そこは黙っておくヴァニア。彼もそこまで野暮じゃあない。

 色恋に疎いヴァニアでも判るくらい、コンラッドはアルベルティーナに執着していた。似たような男は以前もいたが、コンラッドはヴァンと違う。

 頭が回るうえ、権力がある。厄介極まりない。

 特例の存在を知ったら、自分との扱いの差に愕然として猛烈な嫉妬をするだろう。

 ヴァニアは主治医として意見はできるが、政治には干渉できない。

 だから、最初にアルベルティーナの主治医として抜擢された。

 魔力がかかわる症例に詳しく、万一があればすぐに主治医を降ろせる。権力争いが落ち着くまでの代打だったはずが、アルベルティーナが気に入った極めてが付くレアケースなのでそのまま今も主治医である。

 そのヴァニアの正論であれば無下にできず、他に主治医を探すにも、ヴァニア以上に医者としても魔法使いとして優秀な人間を探すのは難しいだろう。

 アルベルティーナの容態は魔力が絡むから、両方の知識が必須だ。

 唯一代われそうなのは、ゼファール。だが、彼は圧倒的なラティッチェや王家側の人間。

 彼も人脈もあり、仕事もできる。これ以上重役を与えすぎるとコンラッドにとって厄介になる可能性――第二の魔王のような保護者ができてしまうかもしれない。

 ヴァニアはコンラッドを窺うが、激昂するそぶりはない。

 一方、コンラッドは否定できなかった。彼も男だ。アルベルティーナの絶世の美貌と、魅力的な肢体に興味が惹かれないわけがない。

 あのつれない態度がまた、彼の興味や男心を揺さぶっていた。

 財も家柄もあり、後は伴侶のみ。コンラッドはずっと自分に相応しい女性を探し、良いと思った女性は手に入らず半ば諦めていた時にアルベルティーナが現れた。

 コンラッドはこれが最後のチャンスだろうと思い、かなり強引に推し進めていた部分もある。


「し、しかし……そこまで嫌われることはしていないはずですが?」


 少しばかり引き攣ったものの、コンラッドは笑み繕い言い返す。

 しかし、それに対してヴァニアの目が鋭くなるばかりだ。


「ならどうして殿下の体調が悪くなるんですか。何したんですか?」


「何も覚えはありません!」


 きっぱりと言い切るコンラッドだが、ヴァニアの目は鋭さをなくした代わりに失望と呆れを混じらせていた。

 大きなため息をついて項垂れたヴァニアは、意を決したように口を開く。

 すでに取れかかっていた礼儀の猫かぶりは走り去ってしまった。


「あーのーねぇー? 殿下はあの魔王閣下に蝶よ花よ、私の天使よって溺愛されていたの! そばにいたのも超一流の紳士の振る舞いとオリハルコン理性を持っているような野郎ばっかなの! そーじゃなきゃ、首が飛ぶからね! 物理でぶっ飛ぶからね! 死んで二度と視界に入らなくなるからね!

 アンタみたいに金もあって顔も良くって女がホイホイ自分から寄ってきて困らない奴が、そこらの女と同じ感じで手を伸ばしたらダメなんだって!

 殿下は基本お嬢様育ちのぽやぽやだけど、害を感じる下心には過剰反応ってレベルに敏感なの!」


 愛情や興味より欲望が上回る視線。それはアルベルティーナが特に厭うもの。

 ヴァニアが主治医をして気づいた、一つの結論だ。

 男性のヴァニアがアルベルティーナに嫌われていないのは、興味があってもそれが男女の関係ではないからだ。

 ヴァニアのまくし立てる言葉に、コンラッドは言い返せない。

 魔王と呼ばれるグレイルなら、可愛い娘のためならどうでもよい人間の首の一つや二つ吹っ飛ばすだろう。

 というより、実際やった。

 それも王子の目の前で関係者を断頭し、並べるという鬼畜の所業をした。

 そんな魔王の庇護下にいたアルベルティーナ。厳重に守られた特殊な環境だったのは想像に難くない。

 オリハルコン製の温室育ちのぽやぽやお姫様は、一度懐に入れた人間にはザル警戒だ。

 だが、懐に入れる一握りは『絶対にアルベルティーナを害さない』と判断された人間に限る。

 あの三人の王配候補者は、そのお眼鏡にかなった。


(外見だけなら、ダナティア伯爵も十分張り合えるけどさ~)


 コンラッドは人当たりが良く、優雅で気品あふれる美男子だ。

 家柄も財力も申し分がない彼は、優良物件だ。少し前にアルベルティーナに付きまとっていたヴァンとは大違いだ。

 王配になる人間として、正しく資格を持っているように見える。

 だが、アルベルティーナの毛嫌いっぷり――第一印象最悪だったガンダルフへの反応に比肩する勢いだ。

 あれは恐怖と苛立ちが混ざり合った拒絶だったが、コンラッドへの反応は少し違う。

 アルベルティーナは見てくれで選んでいるわけではない。

 コンラッドの何かがアルベルティーナの中で引っ掛かり、脅威を覚えているのだろう。

 厳しい視線を送るヴァニアに、コンラッドは口を噤んでいる。

 いつもの貴族的な笑みではなく、僅かに顔をしかめていた。その胸中は不明だ。ヴァニアはそこまで人の感情の機微に敏感ではない。


「……失礼させていただく。こちらでも対策を考えよう」


 目を伏せたコンラッドは、足早に退室した。

 去っていったドアを眺めながら、ヴァニアは目を眇める。


「なぁーんか胡散臭いんだよな。あの貴族」


 そこにいるのに、目に見えているのにどこか嘘っぽい。

 多くを持っているのに、貪欲で飢えている。若いのに老人のようで、高貴なのにどこか薄っぺらさを感じる。

 その違和感の正体がわからず、彼が傍にいると段々とイライラしてくる。

 そわそわと落ち着かない。乱暴に髪をかき混ぜながら、ヴァニアは叡智の塔へと戻るのだった。




読んでいただきありがとうございました。

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