若き当主たちの密談
毎度お久しぶりで申し訳ないです。
グレイルが死んだことを良いことに、余計な真似をしまくっていた分家をしばき回ることに忙しいキシュタリア。
そんな彼をタウンハウスで待ち構えていたのは、幼馴染のドミトリアス伯爵――もうすぐ辺境伯のミカエリスだった。
「ジュリアスが捕まった。フォルトゥナ公爵に、国王の毒殺容疑がかかり一族連座で捕らえられているそうだ」
「はぁ? あの堅物爺がそんなしゃらくさい真似するはずないじゃん。本当に切れたら、自前の得物でぶった切りするタイプでしょ」
開口一番、挨拶もなしに用件を言ったミカエリス。
その内容に驚きつつも、ジュリアスが捕まったことよりその理由に納得がいかないキシュタリア。当主と連座で捕まるのは理解できるが、それがあのガンダルフが国王を弑逆――それも毒殺を図ろうとしたことだ。
彼は貴族の中でも忠臣と誉れ高い。義を重んずる性格だ。
彼は忍耐強い。ぎりぎりまで溜め込んで、噴出したら大爆発する。毒殺なんてまどろっこしいことはせず、己の手で決着をつけるだろう。
あのグレイル相手ですら、正面切ってバチバチやり合う剛毅な老人だ。
「何? あの老害? 元老会に嵌められた?」
その老害は貴族の中の貴族と呼ばれる名家出身ばかりなのだが、キシュタリアの言いようは害虫の名を呼ぶような嫌悪感がある。
はっきり口にはしないものの、ミカエリスもそう思っているので訂正しない。
「大方そうだろう。フォルトゥナ公爵がアルベルティーナの身を守っている限り、元老会は手が出せないからな」
由緒正しき四大公爵の一角で、アルベルティーナの祖父という立場は大きい。
両親不在となれば、これ以上の立場はない。ラティッチェでは後継者問題でごたついていたし、グレイルの両親は居場所不明。隠居後は旅をしていることが多く、居場所を掴みづらい。
グレイルの葬式にすら捕まらなかったのだ。国外にいる可能性もあった。
それはグレイルの兄にも言えることだ。彼はグレイルに後継者の座を譲って、そのままどこかへ行ってしまって音沙汰がないそうだ。生死すら不明である。
改めて考えると、ゼファールの苦労が偲ばれる自由人揃いだ。
社交界で聞く噂ではかなり癖が強いし、真実か定かでないところもあるので敢えて捜索も詮索もしなかった。
「……ちょっとまずいな。元老会の息がかかった人間が新しい後見人になったら、僕は間違いなく締め出される」
「同感だ。私も目障りだろうから、会えなくなるだろう」
「多少無茶でも、お祖父様とお祖母様を押さえておくべきだった」
それは策の一つとしてあったが、優先順位が低いと判断して後回しになった。
新しい当主となったキシュタリアは多忙を極めていた。
まだラティッチェを襲撃した賊たちを捕え切れていない。内通者は消されており、黒幕やレナリアには逃げられている。
それだけでなく、急な当主就任もあって内部統制の取り切れていない派閥もあった。
家令長のセバスも行方不明――死亡の可能性が濃厚になってきた。新しい家令長も選別が必要だ。
ジュリアスがいれば彼を置いたが、アルベルティーナを守るためにフォルトゥナ家に行かせている。
王配候補になるためにも必要なことであったが、そのせいでジュリアスは身動きが取れない状態だ。
「陛下がこのまま目覚めず、崩御なさったら元老会の思うままだ」
「むしろ、そのためにフォルトゥナ公爵を容疑者にしたんじゃない? 邪魔な公爵たちを老害が片付けたがっているんだよ。陛下が目覚めたとしても、そのまま療養って形にして幽閉しかねない」
後手に回っている。
キシュタリアもミカエリスも痛感していたが、打開策が見つからない。
やっと攻勢に打って出られたと思ったのに、またひっくり返された。
まるで、誰かの手の平に踊らされているようで気分が悪い。居心地の悪さや違和感が付きまとって、不愉快だがその正体が掴めずにいる。
闇雲に手を伸ばしても、足搔いても空しいだけだ。
「このままではあちらの独壇場だ。こちらも打って出たいところだが……我々の考えは証拠がなく、憶測の域を出ない」
王配候補――王太女の婚約者を決めた直後に、王が暗殺されかけた。
普通に考えれば、王の発表に異を唱える者の行動だと考えられる。だが、同時にその決定を都合よく、自分の有利に進めたい行動だと読む人間もいる。
ラウゼスの腹心である、ダレル・ダレン宰相がフォルトゥナ公爵の関与を訴えている。
ダレルの息子グレアムは、ルーカスの元側近だ。レナリアを幇助した疑いがあり、そのまま彼女についていき行方知れずになっている。
レナリアはルーカスと恋仲だったことは有名だ。ルーカスの寵愛を受けていたから配慮するのは理解できるが、グレアムの行動は行きすぎている。
ルーカスと決別した後も、レナリアについていった――その仲が友情や親愛の域を超えているのは容易に想像がつく。
息子の愚行により、ダレルはかなり切羽詰まっているのが分かる。
アルベルティーナが王女になる頃には要職から追い出されるだろう。
王配候補にはダレルと交友のある貴族はいない。完全に落ち目の彼は、今後ますます肩身が狭くなるはずだ。
そこに誰かが甘言を囁けば、そちら側についてくることも考えられる。
どれもこれも予想であり、確固たる証拠がない。
「下手に訴えれば、侮辱だとこっちが非難されかねないからね。陛下を本当に暗殺しようとした犯人については触らないでおこう」
キシュタリアも、ミカエリスに同意する。
何せ、事件が起こったのはこちらが干渉できない場所。むしろ、敵側のホームである王宮で起こったのだ。
「フォルトゥナ公爵家が大きく失脚して、代わりに幅を利かせてきた家は大雑把に二つ。
ダナティア伯爵家と、ダンペール子爵家。ダンペールは過去の誘拐事件で落ちぶれたのを取り返し始めたって感じかな」
「今回の事件を機に、王宮の警備の権限がダンペール子爵の管轄になったそうだ。これを理由に陞爵させる気だろう」
「そっちはまあいいよ。問題はダナティア伯爵家だ。あっちは王配の決定に横槍を入れる気満々だから」
二十代半ばであり、年齢も問題ない。
彼に関しては、今まで社交界でも話を聞かず情報が足りていない。
分かっているのはアルベルティーナが王太女になったと、突如として現れ急激に勢力を拡大し始めて以降のことだ。
彼は『砂漠の聖女』として高度な治癒魔法を使うレナリアを擁し、様々な奇跡をもたらし信奉者を増やしている。
王家筋ではあるが王家の瞳は持っていない。それでもやたらと元老会に気に入られているのも厄介だ。
彼が表に出るようになり、あっという間に社交界で影響力を見せた。
元老会との急接近と、密接な関係――最初から、二つは繋がっていたのかもしれない。
元老会が自分の持つ血守りの一族から次期王や妃となる人材が出せなくて、苦肉の策で協力し合っているにしては違和感があった。
「このままにしてはいけない。フォルトゥナの真偽はこの際いい。王宮がこれ以上、元老会やダナティア伯爵の支配下に置かれるのは危険すぎる」
肌がひりつくような苛立ちを押し殺しながら、キシュタリアは言う。キシュタリアの脳裏にグレイルの遺言がちらついていた。
グレイルの私室に隠されていた、父から最後の警告。
元老会を危険視し、アルベルティーナに近づけるな――国外に逃げてでも、引き離せとあった。
その忠告が現実味を帯びている。
キシュタリアの表情から、決意の気配を読み取ったミカエリス。
「勝負に出ると?」
「ああ。この際、アルマンダインやフリングスに貸しを作ってでも奴らを排す」
グレイルとゼファールから貰った二つの資料――これは証拠だった。
サンディス王国に巣食う、悪しき因果の温床。
キシュタリアとしてはもっと舞台を整えた状態で打って出たかったが、アルベルティーナの身の安全を考えれば時間がない。
ヴァユの離宮が完全にあちらの手に落ちる前に、何とかしなくてはならないのだ。
(次から次になんだっていうんだ。最近、アルベルの体調は良くない。隠しているつもりだろうけど……)
アルベルティーナは復讐を原動力に、カラ元気を吹かしている状態だ。
ただでさえ強いと言い難い心身の人なのに、ずっと無理を続けている。
今も強がってはいるが、それもいつまで持つか。
(父様の偽首で、さらにショックを受けたはずだ。穏やかに過ごしてほしいのに……!)
刻々と状況が変わり、こちらが対処をしても次から次へと問題が出てくる。決断を迫られる連続だった。
世界はどうして彼女の静穏を邪魔するのだろう。
父の、家族の傍らで静かに過ごしたい。大好きな人たちが健やかであるようにと願う、優しい人なのに。
キシュタリアの中で仄暗い声が囁く。
こんな国、捨ててしまえ。滅びてしまえ。アルベルティーナを害す連中を、すべて消してしまえ。
父も――グレイルもこんな気持ちだったのだろうか。
読んでいただきありがとうございました!




