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コンラッドの暗躍

悪巧みするひと。


 ただ一人を除いて、その疑問が頭に浮かんだ。

 意外なほど冷静に見極めているアルベルティーナに、これ以上喋らせては危険だ。


「……ですが殿下、証拠があるのです。今後の警護は私――コンラッド・ダナティアと、ダンペール子爵家が担当いたします」


 不穏な思考を遮るようにコンラッドが言うが、アルベルティーナは即座に言い返した。


「信用できないから結構よ。ラティッチェに頼むわ」


「キシュタリア公子に? いえ、当主になられたのでしたね。ですが、彼は就任したばかりの子供です。自領も把握しきれていない彼に、王宮警護は荷が重いでしょう。ましてや彼は王配候補に挙がっています。間違いが起きてはなりません」


「なら、ほかの四大公爵家ね。フォルトゥナ、ラティッチェの次に大きな基盤を持つでしょう?」


 アルベルティーナは華麗に切り返してはいたが、心臓はずっと大きな音を立てている。

 流されてはいけない。取り返しがつかなくなると無意識に感じていた。


「殿下、これは元老会とダレン宰相が決めたことなのです。そのように駄々をこねられては困ります」


 眉を下げたコンラッドが、困惑と呆れ交じりの溜息とともに首を振った。

 その声と態度はアルベルティーナを軽んじている。

 それだけじゃないキシュタリアも、フォルトゥナ公爵家も馬鹿にしている。

 アルベルティーナは理解した。コンラッドが嫌いなのだ。何が嫌いというか、すべて嫌い。生理的に受けつけない。

 すとんと落ちてきた結論と、明らかにアルベルティーナを良いように扱おうとする態度に冷ややかな感情が噴き出てきた。


「……貴方、いつからそんなに偉くなったの? そんなに大事なことを勝手に決められるなんて、侮辱された気分だわ。

 とても不愉快――消えてくださる?」


 にっこりと笑う姿は大輪の花のごとく。

 だが、ハリネズミどころかヤマアラシのような刺々しさがあった。

 アンナはアルベルティーナの傍に静かに控えながら、内心とても驚いている。

 アルベルティーナがここまで初対面の人間に敵意を見せるのは珍しい。ガンダルフのような事情があったならともかく、物腰が柔らかな美青年のコンラッドをそこまで嫌うのが分からない。

 確かに途中からの発言はマイナスポイントだが、最初からアルベルティーナはコンラッドを受け入れていない。

 温厚なアルベルティーナにしては珍しい強い拒絶に、コンラッドは一瞬鼻白む。それでもすぐに表情を変えて、家臣の礼を取った。


「殿下は少々ご機嫌斜めのようですね。今回は出直しましょう」


 コンラッドはあくまでアルベルティーナの態度は我儘や子供の癇癪のように扱うつもりだ。

 それがまたアルベルティーナの気に障るのに気づいていない。

 彼が連れてきた騎士たちの表情の一部に、困惑や怪訝なものが混じる。

 今、コンラッドは憤慨する王太女の前で、さらに彼女を軽んじたのだ。コンラッドが王族の血を引く伯爵であっても、彼は一貴族に過ぎない。あってはならない態度だ。

 嵐のようにやってきたコンラッドと、彼の連れた騎士たちはようやく帰ったのだった。








 アルベルティーナの説得に失敗したコンラッドは、部屋を出るまでは余裕の表情を崩さなかった。しかし、退室した瞬間に一気に瓦解した。

 端正な顔は大きく歪み、その金の瞳は獰猛に血走っている。ぎりぎりと歯を噛みしめながら、激情を抑え込んでいる。

 彼の予定では、アルベルティーナはすぐさま丸め込まれるはずだった。

 よく言えば穏やか、悪く言えば流されやすいと聞いていた。

 世間知らずで権力の使い方を知らないアルベルティーナ。人見知りからの警戒心はあるとしても、ここまで強情とは思わなかった。

 苛立ちを感じながら、顔に触れてゆっくり表情を取り繕う。


(宰相のくせに使えない男だ。……だが、会って分かった。やはり彼女以上の適任はいない)


 くつり、と手の下で口角を釣り上げた。

 似ているとは聞いていたし、思っていた。だが、あの瓜二つの美貌――クリスティーナそのものだ。まったくグレイルに似ているところはなかった。

 顔立ちもそうだが、それ以上にコンラッドを喜ばせたのはサンディスグリーンの瞳だ。

 この国において、最上の高貴を宿している。

 一見すると思考に耽っているようにも見えるコンラッド。王の暗殺未遂に憂いていると周囲は勝手に勘違いしているが、彼の興味は完全にアルベルティーナだった。


(相当な箱入り娘と聞くが、いつまであの強情を貫けるか見ものだな) 


 次はもう少し慎重に言ったほうがいいだろう。

 アルベルティーナは祖父のガンダルフ――四大公爵家の当主が囚われたと聞き驚愕はしていたが、ラウゼスを暗殺した犯人だとは微塵も信じていなかった。

 至極当然のように、権力より孫娘を選ぶ人だと言い切った。

 もともとラウゼスからの信頼も厚く、不義理はしないと筋の通った人間と評されていたガンダルフだ。

 アルベルティーナの言葉を聞いて、今回の投獄が本当に正しかったのかと疑念を抱く者

が出てしまった。

 否。もともと多く者たちの中に疑念はあった。

 だが、王が倒れた事実に混乱しているうちにフォルトゥナ公爵家は逆賊だという流れを作り、勢いでごまかしていた。

 これでは、せっかくの火種も消えてしまう――ラウゼスが担ぎ出した、あの忌々しい王配候補を焼き殺す火種が。


「……だが、あの姫君には離宮の中でしか訴えることもできまい」

 

 社交界にろくな伝手のない王太女だ。

 社交デビューもしていない令嬢は、半人前である。

 王侯貴族の娘が正式な社交デビューには必須であるシャペロン(介添え人)も決まっていない。

 人脈作りには必須だ。シャペロンのいない社交デビューをする令嬢は、それこそ非常に困窮しているか、余程の悪評がある場合のみだ。

 きっと、フォルトゥナ公爵家から出す予定だったのだろう。パトリシアがうってつけだ。

 

(もうその時は来ないだろうが)


 内心で冷ややかに嘲る。

 逆臣の家の者が王太女のシャペロンになれるはずがない。

 ラティッチェは生家だから難しいし、ドミトリアスは適任者がいない。前伯爵夫人は夫の休養に付き合って長らく王都に来ていないし、令嬢のジブリールは若すぎる。

 現状、コンラッドが圧倒的に有利だ。シャペロン役を餌に、元老会に恩を売れる。

 それを改めて確認したコンラッドの機嫌は上向く。

 待ち人のいる部屋に着いたのは、丁度よいタイミングだった。


「待たせたかね、ダレン宰相?」


 部屋の中にいたのはダレル・ダレン伯爵。長年国王に仕えてきた宰相、その人である。

 気苦労が多いのか、本来水色である頭髪はほぼ白くなっているし、金色の目の下にはくっきりと落ち窪んだ隈がある。

 もともとは知的で端正な顔立ちのはずなのだが、顔色も悪く窶れ疲れた姿は実年齢よりずっと老け込んで見えた。

 その中で、やけにきっちりとした衣装だけが浮いて見える。

 ダレルはすぐにでもコンラッドに詰め寄りたい衝動があったが、我慢した。


「いや、それはいい。かまわない。それより、例の約束は」


 何故なら、ダレルはコンラッドと取引をし、その報酬はまだないから。


「急かすな。我らが聖女殿はついているのだから」


 ダレルとは対照的に、コンラッドは余裕の表情だ。どちらに主導権があるなど言うまでもない。

 視線を向けた先には花嫁衣裳をずっと簡素にしたような衣装を纏う、真白な女性がいた。

 すぐ隣の部屋にいたのだが、コンラッドの入室に合わせて連れてくるよう言い含めておいたのだ。

 すっぽりと頭からヴェールを纏う女性に露出はなく、金の杯を持った手元だけが唯一素肌が見える。素肌のきめの細かさから、まだ十代から二十代前半だと窺えた。

 

「ご助力、感謝する。貴公のご子息は必ずや快癒に向かうだろう」


 ヴェール越しに、レナリアの視線を感じた。


(大方「どうして私が」とでも思っているのだろう)


 酷いことだ。ダレルの息子、グレアム・ダレンを薬漬けにして実家に帰したのはレナリアだというのに。

 当時公爵令嬢だったアルベルティーナへの暴行をきっかけに、学園内での横暴もバレたグレアムは家でも社交界でも居場所を失った。

 犯罪者として逃げ回り、愛した女に利用され尽くして捨てられたのだ。

 罪人であり重度の薬物中毒になったグレアムを戻されたダレン家は、彼の処遇に困り果てた。

 かつては跡取り息子であったグレアムへの情もあってか、暴れる彼を処分できなかった。

 だからと言って治す手立てはない。重症の部類のグレアムは薬が切れると手が付けられない。鎮静剤や睡眠薬の効きも悪く、かといって殺すこともできずに手を焼いていた。

 グレアム伯爵夫妻は困り果てていた。

 すぐに国に報告すればまだよかったものの、ズルズルと屋敷で匿い続けてタイミングを逃したのだ。

 せめてまともであったら、振りでも反省していると言う体を貫いて処刑を免れる方法もあった。

 だが、会話もおぼつかないグレアム。着実に薬物中毒が進んでいた。脱走前より悪化していて、簡単な演技すら不可能である。

 そんなグレアムが、彼を貶めた犯人に縋る。

 皮肉な巡りあわせに、コンラッドは笑いが込みあげてきそうだった。


「聖女様! グレアムは……息子は治るのですか!?」


「ええ、もちろんです。お任せください」


 藁にでも縋りたいダレルは必至だ。その形相に優越感を得たのか、レナリアは聖女の顔で対応する。

 ここ数か月でだいぶ板についたものだ。

 最近はメギル風邪が流行っていることもあり、レナリアを求める声は多い。

 薬はあるものの、あれはあくまで極端な悪化を防ぐのみ。数日から数週間寝込むことがある。

 薬の取り合いに負けた貴族や、そもそも薬を忌避する貴族は多い。中には単に長く寝込みたくないからという我儘な要望もあった。

 それらの受け皿になっているのがレナリアだ。

 法外なほどふっ掛けた金額でも背に腹は代えられず、治療費を支払っていた。これをきっかけにダナティア派に移動してきている貴族も少なくない。

 多少イレギュラーであったものの、すべてがコンラッドに有利に運んでいる。



読んでいただきありがとうございました。

最近暑くなってきましたね。熱中症にはお気を付けください。

雨と熱波が交互にきて、体調を崩す方も多そうです。

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