王女襲来
王女襲来編。別名、進撃の肉王女。ほぼ出オチ。
ミカエリスが強いとは思っていた。
素人目にもその動きは研ぎ澄まされたもので、隙の無い美しさがあった。
それは無窮の鍛錬を続けて、彼が得たものの一端だろう。
しかし、実際己より遥かな巨躯を持った騎士を一方的に叩きのめし、魔法による強化を行い不正ぎりぎりの魔道具を駆使して屠りにかかってくる相手を簡単にいなす姿を見れば目を真ん丸にして、間抜けに開きそうになる口をそっと扇で隠すしかできなくなるというものだ。
彼が勝つたびに劈くような黄色い悲鳴にはちょっとげんなりしたけど。
「まあ…聞いてはいましたが、本当にお強い」
「例年にも増して気合が入っていますもの」
「そうですわね、陛下や王妃殿下たちもいらっしゃるとききますし」
「それはいつものことですわ。お姉様ですわ、いつもと違いいらっしゃるのは」
ん? 私?
まあヒキニートは基本お出かけしないし、今回は開催場所がラティッチェ領内だったから多分ギリOKだったんだと思うの。護衛騎士もついていれば、お父様がわざわざ影という隠れ護衛までつけさせていると聞きますし。
遠かったから違うかな、なんて思ったけどそもそもラティッチェ領ってかなり広大でしたわ。
そもそも、わたくしミカエリスの虫除け兼ねているのよね。
この席から王女は見えないけど、どこにいらっしゃるのかしら。
ミカエリスは初戦、第二試合と順調に勝ち上がって、既に準決勝までコマを進めている。例年の成績からいって、彼はシード枠なのではないかしらと思いつつ、この大会ではシード制はないみたい。
ミカエリスは勝つたびにこちらを確認し、一礼をする。
他には目もくれずこちらをすぐに見るのだけど、あちこちから黄色い悲鳴が上がるのよね。やっぱり人気なのね、ミカエリス。
試合会場から流石に貴賓席まで登ってこないけど、しっかり私の顔を確認している気がするのよね。ちゃんと見ているわ。というより、こんなこと滅多に見られないもの。目に焼き付けようと必死に見ているわ。
ただ…妙に視線を感じるのよね、なんかチラチラと。
ミカエリス以外の参加者もこっちにやたら視線を寄越してくるような気がするの。
いやですわー。なんか視線がキモチワルイ。さっと扇で顔を隠して気づかないふり。
ジブリールも似たように避けるから、間違った選択じゃないと思うの。
今のところ、どうやらミカエリスは力を五分も出していないようなのよね。
この前と同じ剣を愛用しているようなのだけれど、魔法剣は一度も見ていないもの。
あの炎が躍るさまはとても素晴らしかったので、ぜひともまた見てみたいものです。しかし、それを見せるにはそれ相応の相手がいないとミカエリスは出すつもりもないようなの。
あの時、ドール相手に使用したのはサービスだったのね。
午前中の部で大体の選抜は終わった。昼餐からお茶会の時間に掛けては敗者の消化試合みたいなのをやって順位付けして、午後から準決勝及び決勝戦が始まるとのこと。
午前中は割と和やかというか、普通の盛り上がりだけで後半戦の午後は一気に盛り上がるらしい。出場者の中でも精鋭がそろうこともあるが、勝敗にかかるドラマティックさも売りの一つである剣術大会。剣の腕前を観戦するのはそこそこに、そのドラマを見たさに来る客もいるとか。
ちなみにあの狼系の獣人も勝ち上がっていた。
彼の手のひらってどうなっているのかな? 肉球ついているのかしら?
「今年もお兄様の一人勝ちかしら? 最近骨のない奴らばかりなのよね」
サンドイッチを摘まみながら、ジブリールが少々興ざめたようにいう。
そして、キュウリのサンドイッチを摘まんで「まあ本番は優勝後ですが」と続ける。
そしてなぜかいるミカエリスは、静かに紅茶を啜っている。否定しないあたり、現段階の出場者にミカエリスの脅威はいないようね。
素人目にも抜きんでていたし、すごいわ。でも、優勝候補ここにいていいのかしら? 出場者は陛下の御前試合というだけでかなり固まっていたのもいたけれど、ミカエリスからは余裕すら感じられる。
「まだ優勝していない」
「あら、でも随分自信がありそうですわね」
「引けは取らない自負はあります――目指すものははるか上ですが」
えー、優勝候補筆頭のミカエリスよりもっと強いのってどなたですの?
私の知る範囲ではお父様くらいよ? キングオブチートなお父様よ? レイヴンに比較することが間違っているとすら言われたお父様。
「そんなに強くなってどうするつもりなのかしら、ミカエリスは」
「守りたいものがありますから。この大会に出ることにより、己の研鑽とともに、色々と得るものがあるのですよ」
守りたいもの? ドミトリアス領とかジブリールかしら。
穏やかに赤い双眸をこちらに向けるミカエリスは、今は鎧を脱いでいる為、騎士というより貴公子という感じ。
キシュタリアといい、ジュリアスといい私の周囲には容姿端麗な男性が多いわね。この世界が乙女ゲーム仕様といえばそれまでですが。
卵のサンドイッチを食べたが、なんかパンがもそっとしていてちょっとイマイチ。おのれ、この贅沢舌め。紅茶は美味しい分、ちょっと残念。
「アルベル、少しでも身の危険を感じたら貴女だけでも逃げてください。
我が伯爵家の問題にあなたが巻き込まれる必要はないのですから」
「いいえ、ミカエリス。気にしないで。お父様の許可を得たのならわたくしも全面的に協力をしますわ。
わたくしの使えるものなど微々たるものですが、幼馴染を守るために使うなら躊躇いはありません。
ですが、その……」
「なにか?」
「相手は王女殿下なのでしょう? エルメディア殿下は正妃メザーリン様のご息女であらせられますわ。
本当によろしくて? 婿入りでも、王族降嫁でも伯爵家としてはけして悪くないお話のはずです…ラティッチェ家の干渉があれば表立って批難はしないでしょうけれど、多少関係がぎこちなくなる可能性はあり得ますわ」
「興味ありませんので。むしろ余計な関係をもって王女の派閥や、ルーカス様の派閥の問題に巻き込まれる方がよほど厄介です」
ややきついくらいにきっぱりと言い切るミカエリス。
王族と婚姻関係になることにより、陞爵だって珍しくないはずだ。
私の知るエルメディア殿下は金髪碧眼の美少女だったはずだ。絵姿では母君であらせられる正妃様に似た面差しの凛とした顔立ちだったはずだ。
そういえば、メザーリン様はルーカス殿下の母でもある。お父様にかなり絞られたばかりの彼らに関わりたくないのは少し分かるわー。
絶対に橋渡ししろとか、何とか機嫌とれなどと無茶ぶりかまされたら死ぬわ。
お父様の御機嫌なんて、私以外には亡きお母様くらいしか取れないんじゃないかしら? 私がもし結婚とかして、自分に似た…というより、クリスティーナお母様に似た子供ができればその子にもデレることはあるかもしれない。だが相手がいない。そして予定もない。
「ミカエリス」
「はい」
「わたくし、頑張りますわ。王女から絶対貴方を守って見せますわ!」
「…ここに来てくださっただけでも十分心強いです。その心遣いだけで、私は満たされております」
ふ、とこぼすように微笑みを浮かべるミカエリス。
鮮やかな赤毛が太陽に照らされて輝いている。同じ色の瞳がまっすぐ私をとらえているのが、少し気恥しい。
ミカエリス、意外と笑うのよね。ゲームでは結構真面目クールと思いきや、ジブリールを見るときとか、ふとした時にとても穏やかに笑う。
ミカエリスは、話がこじれるから私に帰れともいえるんだろうけれど、珍しいやる気を出すポンコツを温かく受け入れている。ごめん、修羅場が悪化したら本当にすみません。
ミカエリスの微笑爆弾を喰らったアンナとスミアが挙動不審になっている。
あれですよね、ジュリアスやキシュタリア、お父様という顔面偏差値糞高いのだけれど、腹に一物どころじゃないものを抱えて居そうなイケメンよりこちらの方が心に刺さるのよね。ラティッチェ家の美男は腹黒が鉄則なの? 唯一の癒し担当だったレイヴンはいなくなってしまったし…
ミカエリスを守るぞ、などと息巻いていましたが…
わたくし、初めてエルメディア殿下を見て絶句しております。
ゲームでは名前がちょい役で出てくるだけのエルメディア・オル・サンディス王女殿下。
ぎんぎらと日の光に輝く金髪にたっぷりと螺鈿入りの銀粉を振りかけ、真っ青なアイシャドウを付けたやや鋭い青い目、真っ白に見えるほど塗りたくられた白粉に某電気ネズミを思いだしそうな真っ赤な丸いチーク。わたくしより2、3ほど年下のはずが年齢不詳の推定少女という謎の生物だった。
顔立ちは陛下よりメザーリン様似なのは解った。陛下は貫禄があるが柔和なお顔立ちだから、だいぶ系統が違う。
何このへたくそなケバイ化粧。若さを全面的に磨り潰して殺しまくった道化じみたのは。
さて、この面白チンドン屋状態の王女が来るまでのダイジェストを振り返ってみてみましょう。
回想スタート……はぁ。
王女だから深窓のご令嬢ごとき美少女や、絢爛な宝石のような美女を想像して期待していたわたくしの期待を返してくださいまし……
ミカエリスの決勝戦の相手はあのお耳の大きな狼系獣人の方でした。
心無い方がブーイングやヤジやごみを飛ばしていたのはドン引きましたわ。
ミカエリスも、お相手のヴェアゾさんも顔には出していなかったですが、折角の決勝戦に余計な水を差されて良い気分ではなかったでしょう。
アナウンスの声で悪いヤジを抑えるよう注意されても、なかなか止まらない。中にはお酒も入っている方がいて、狼の獣人を下賤だの犬だと揶揄する人までいる。
思わずため息交じりで「嫌な方もいるのね」と呟いたら、なぜかやっかみや悪口を叩いていた声がどんどん減っていった。しかも悉く、大きな声の方に限って途中でぶつ切りになるので首を傾げていたら、何かが高速で外に投げられていた。なんだか遠くの植木がみしみし枝なども圧し折れる音がしたけど…
え? まさかわたしのさっきの発言?
一気に血の気が引いた。確かに気分が良くないことだったけど、まさか命まで取りませんよね? もしやまさかと、一人おろおろしているとジブリールが「お姉様が止めれば止まりますわ」と呆れ気味に言われた。
「あ、あのう…差別発言は好きではありませんが、だからといって獣人差別をした方を殺したりしないでくださいましね? 穏便にお願いしますわ」
どこにいるか分からない相手に呟けばとりあえず、投げ捨てる気配は消えた。
どこから伝達されているかは分からないけれど、本当に迂闊な事を言えません。お父様の影はやはりお父様の影。お父様はおそらく、私の気を害すものは全部消せくらいいっていそう。そして、影たちは有言実行したのだろう。
流石お父様の影…フットワークが軽いうえに殺意が高い。
だが、観客も余計なヤジを飛ばしまくると、自分の体が外にぶっ飛ばされるかぶん投げられる可能性に気づいたのかすっと静かになってお行儀が良くなった。そして、ちょっとざわざわしたけど決勝戦が始まった。
ようやく始まった決勝戦は流石というべきだった。
ついに解禁されたミカエリスの炎の剣。そして、それに対応するにヴェアゾさんは、とにかく素早く俊敏、かつトリッキーな動きで翻弄した。
基本、騎士は戦い方に定型がある。それによって集団戦を得意とする部隊もあるし、そういった癖をよく理解しているのか、ヴェアゾさんは魔法剣が使えない部分を、そういった俊敏さや技術で補っていた。
だが、それ以上に凄いのはミカエリス。獣人であり、身体能力の高いヴェアゾさんに負けず劣らずの身体能力を持って、それに追いついていったのだ。最初はなかなか一手が決まらず苦戦していたが、だんだんと変則的な動きに追いついていく。
「あら、お兄様…身体強化をなさっていますわね。魔物相手位にしか滅多に使わないのに、珍しい」
魔法ってすごい。そして滅多に人相手に使わないって…ミカエリス流石というべきなのでしょうか。
相変わらずミカエリスの魔法剣はすごい。そして、炎が舞うさまは非常に美しかった。
そして、魔法剣を調整し振るった軌道にその炎を敢えて残すことにより、相手を牽制したり、目を眩ませたりして徐々に戦況を押し返していった。
やがて、ミカエリスに巻き返され、逆にその激しい剣戟についていけなくなったのはヴェアゾさんのほうだった。
しかし、彼も追い込まれてなるものかと食らいつく。
ミカエリスの剣筋はまっすぐな印象がする。彼の人柄がでているのか、それが騎士の在り方なのかは分からない。それに比べ、ヴェアゾさんの剣筋は変則的で、とらえどころのないもの。まさに剛と柔のぶつかり合い。素人目にもぞわぞわくるものがあるし、やはり騎士の家柄だからジブリールも食い入るように見つめていた。
防戦になりつつある状況を打破しようとしたヴェアゾさんが、まるで柳の葉が風をいなす様に滑らかにミカエリスの一撃をいなした。しかし、それに対しても素早く剣を構え直すミカエリスに、持ち手を変えたヴェアゾさんがより有利な体勢のまま切りかかった。
だが、ミカエリスはそれを避けるどころか一層激しい勢いで、構えを直し切れないまま打ち返した。しばし力の拮抗が続いたがやがて決着はつく。一本の剣を場外まで弾き飛ばされ、勝敗が決した。空手のまま首元に剣先を向けられ、ヴェアゾさんはがっくりと項垂れて降参した。
一瞬間を置いて、会場から空気が割れんばかりの大歓声が上がった。
大会を無事に制したミカエリスは、最後の戦いでも私に剣を捧げる所作をして一礼した。
その様子になんか周りは大騒ぎで口笛や指笛、拍手喝さいが響き渡っていた。
変なこといわないほうがいいかな、と席からカーテシーを返したの。まあそれでさらに周りは熱狂していたけど…あれはあっていたのかしら?
しばらくざわつきは収まらず、視線が集まっていた。
困ったように扇で顔を隠し、下がったのだけれど――その後にまた問題発生。
何やら騒がしくて嫌な予感を感じていたら、カレラス卿がなにか必死に押しとどめている気配。アンナとスミアは顔を見合わせ、ジブリールが一人冷静に「来たわね」と鼻で笑っていた。
ヒステリックな声が10分ほど響き渡り、カレラス卿の制止を振り切って中に入ってきたのはエルメディア様だった。
うん、面白メイクだったけど、首にサンディスライト――サンディス王国の宝石であり魔石に分類される緑の宝石を身に着けていたし、胸に王国の紋章がガッツリ金糸で刺繍されていた。派手な目に優しくない蛍光ピンクとオレンジ色のドレスは、熱帯魚ですら慎ましいとおもわせるほど。
ツインテールにした金髪からドリルが揺れる。攻撃力高そう。ドゥルンドゥルンにきつめに巻くのが金髪令嬢の必須事項なの?
そして何より太い。顔から首のラインがアザラシに似ているといえばわかるくらいのふとましさ。膨張補正たっぷりなフリルやレースを多量に纏っていることを差し引いても、デラックスなシルエットをしていた。ネックレスが顎肉に半分埋まって首輪のようだとか思いませんでしたよ? ええ、本当に。
思い出すだけでも心の幻想が音を立てて崩れていきますわ。
辛い。
「この泥棒猫!! 私のミカエリスに色目をつか―――もが!?」
私をずびしと指さしながら威圧的に云うのは、ルーカス殿下を思い出したけど、その迫力は彼よりかなり劣化版。
腰に泣きながら止めるメイドや侍従らしき少年が張り付いて、渾身のセリフはダッシュできた騎士に止められるという実に出オチ感満載でやってきたエルメディア様には恐怖より呆れが上回る。
そして、もがもがと蠢く肉王女をごろごろと床に転がして運ぶ。ねえ、それ王女だよね? なんてドリフなの? いくらボンレスハムでも、殿下よ? カレラス卿が真っ青よ? 王女殿下よね?
「こ、これは大変失礼を! ラティッチェの姫君、ご機嫌麗しゅう…」
「お姉様がご機嫌麗しく見えるなら、そんな腐った目は今すぐくりぬいて捨てなさい」
「ジブリール、形式というものです」
「エルメディア姫は野良猫にお菓子を取られたらしくって、まあそれでですね…こちらのテラスのほうへ逃げたらしく…アハハハ…」
あまりに痛々しい言い訳だ。がくがくと膝を震えさせながらしどろもどろで言い訳をする騎士。
だが、目を泳がせすぎて顔からポンと飛び出そうなほど狼狽している騎士がかわいそうなので、敢えて言及はしない。だって、騎士の真っ白な鎧や兜にべったりクリームがついていたり、兜にフルーツが引っかかっていたりするのよ? おそらくお姫様の癇癪を必死に止めようとして、食らったのよね…顔にしっかり五本線のひっかき傷までこさえている。
だが、その騎士は意を決したように土下座した。
すぱーん、と見事な五体投地。その潔さにいっそ拍手をしてあげたい。
「大変申し訳ございません! お詫びはおって正式にさせていただきます!」
「猫なら仕方がないですわね」
「お姉様がおっしゃるならそういうことにしておきましょう」
「お父様にはエルメディア様にダイエットの進言をお願いしますわ。あれでは成人病一直線ですわ」
「ひぃい! 何卒公爵には…ってダイエット?」
お父様の教育は王族直轄の騎士にも及んでいるようです。
そういえば、お父様の怒りに触れて大量の左遷や人事異動が起こったと聞きます。その爪痕はしっかり残っているご様子。追撃するのは可哀想ですわ。
だが言わせてもらいますわ! わたくしのプリンセスの幻想をぶち壊した遺憾の意を!
「今後国の顔の一つとなる王女殿下が、あの外見はよろしくないわ。
まず印象が良くありませんわ、ましてや本当に病気が発病すれば大変ですし、良い縁談が逃げてしまいますもの」
「アレを抱く男性に同情しますわ。下手に乗られたらそのまま骨も内臓も粉砕しそうですわね」
「あー、ミカエリス様レベルに鍛えてないとホントに砕けそうですよね。持ち上げるのも無理そうですし」
「お兄様はあげなくてよ? 見ての通り、理想が高いの」
何故私を見ますの? ジブリール…まあ確かに幼馴染で好意を寄せられているようであのですが…わたくしは応えられる気がしません。
確かにアルベルティーナの外見の美女力は規格外だとは思いますが、中身はヒキニートですわ。ですが、この外見とお父様の七光りでミカエリスがあのミートプリンセスから守られるのであれば、多少の誤解は吝かでもありません。
敢えて黙っていると、私にはなぜかうっとりとした視線が寄せられた。すみません、外見だけの令嬢ですわ。張りぼてヒキニートですのよ。
「ええ、承知しております。まさかタックルで騎士たちの包囲網を突破するとは思わなくて」
「王女殿下がタックル…?」
あの肉が弾丸のように突っ込んできたら、流石に騎士でも辛い?
そのあんまりな光景がありありと想像できて、なんだか眩暈がしそうだ。
そんな中、後ろからカレラス卿が非常に言いにくそうにやってきた。視線を受け、一礼したカレラス卿は膝をついて述べた。
「ラティッチェ公爵令嬢、ドミトリアス伯爵令嬢。国王陛下より、お詫びとしてお呼びがかかっております」
「まあ?」
「陛下から?」
「はい、おそらくこの部屋にいたらまた肉…ではなくエルメディア殿下が来る可能性がありますので、別室でお待ちを。ドミトリアス伯爵も、先にお待ちです」
肉っていった。今、あの礼儀正しい騎士が肉っていった。
そっか、やっぱり印象が肉なのか…
カレラス卿の礼儀と忠誠を持っても、王女は肉なのか…
また肉王女に特攻されるのは嫌だ。ついでにボーリングピンのように肉弾丸で撥ね飛ばされる騎士たちも可哀想すぎる。
しかし、なぜか私を見る王宮騎士たちの眼が夢見る乙女のようなのですが……
うっとりと何か妙な幻惑でも見えているのではないかという浮かれ具合なのですが。
居心地の悪そうな私に、そっとカレラス卿が耳打ちする。
「少々お耳をよろしいでしょうか、ラティッチェ公爵令嬢」
「はい」
「貴方様のご容姿は、亡きシスティーナ様と瓜二つでございます。クリスティーナ様もよく似ておいででしたが、我々としてはシスティーナ様のほうが馴染み深いのです。
クリスティーナ様はフォルトゥナ公爵家の秘蔵の姫君でしたし、ラティッチェ公爵家に嫁いだ後はご当主の寵愛を一身に受け滅多に社交界にも出てきませんでしたから…
システィーナ様は王城の騎士であれば一度は憧れる方です。誰もが見惚れる美貌と気高き王の瞳を持つ貴婦人の中の貴婦人であり、騎士たちが一度はそのお姿を遠目にでも見て、お守りすることに憧れを抱いていたものです」
嫁いだ後ですら城に残った肖像画でもその美貌は王家の中でも抜きんでており、心の中で憧れが独り歩き状態なのでは…?
「…おばあ様でしたのね」
「ご存知でなかったのですか?」
「お父様は、お母様の御実家のことをあまり喋りたがらなかったですから。
お母様自身のことはよく教えてくださいましたわ」
お父様が凄く好きだったのは伝わった。クリスティーナお母様を非常に愛していらしたのはよくわかったけど、それ以外にはよく分からないお話だったけど。
そもそも、ラティッチェの祖父母の話も全く出ず、お父様の御兄弟がいるかすらも知らない。お父様はお母様以外の家族の話をほとんどしない――おそらく、興味がないのだろう。お父様の愛情は極端で、血縁関係があろうが目を掛けるほどの興味がなければ他人同然なのだ。
「ただ、それ以外の方については一切興味がないようで、一度も話題になったことがないですわね…」
わたくしが頬に手をあてて呟くと、カレラス卿が何とも言えない顔をしている。
この人、良くこんなお顔をしているのよね。ちょっと顔に出過ぎじゃないかしら?
「お父様は、わたくしがお父様の許可した人間以外、触れるのも近づくのも知るのも御嫌なようですから」
おそらく、お父様にとって祖父母はわたくしと会わせるに値しなかったのでしょう。
ですから、ちょっと驚きなのですわ。今回の剣術大会の許可を出したのは。
聡明なお父様の深いお考えは、不肖の娘には窺い知ることなどできません。
お父様が私を傷つけるような軽率なことをそうそうするとは思いません。あのルーカス殿下の暴挙は誰もが予想できないだろう在り得ない事態だったのです。
……本当にどうなっているの、あの王子は。危ない薬でもやっているの? 恋の病は脳細胞を破壊しまくる不治の病なの?
「あの、姫君…それは息苦しくはないのでしょうか?」
「どうして? お父様はわたくしを守ってくださるのに、知らなくて怖い人たちに囲まれるなら、多少不便でもお父様の御傍に居られる方がよほど幸せですわ」
恐々と伺ってくるカレラス卿に、思わず言い返してしまった。
私にとって外は外敵の宝庫なのだ。お父様の膝でぬくぬくと丸くなっていられるなら、できるだけそうしていたい――でも、それによりお父様やラティッチェ家に実害が及ぶなら自分から離れた方がいい。
お父様にとって、私は唯一にして最大の急所だ。
ゲームではアルベルティーナは処刑され、死んだほうがましのような目になる無数の未来が存在している。
自業自得とはいえ王族すら怯むお父様がいて、そんなこと許すはずがない――いないのであれば? お父様ですらどうしようもない状態なのであれば?
あのお父様ですら手出しができないそれを、私は覆せる気がしない。
だから、私はお父様から離れなければいけないの。隠れて、死んだようにやり過ごす。
そんな感情を押し殺して、にこりとカレラス卿に微笑んだ。
「陛下がお待ちなのでしょう? 行きましょうか」
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いつも楽しく拝見させていただいております。ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ




