重鎮たちの見解
もう九月も半ばが過ぎましたね……
「ふむ……奴らが国を乱すことは多かったが、近年は特に目に余るものがある」
ラウゼスが静かな口調の中に、忌々しいと言いたげだ。
死の商人たちは一般人には知られていない存在だが、国のトップに立つ人物であるラウゼスは知っている。裏社会に基本はいるが、こちらが隙を見せればいつ国を蝕んでくるか分からない危険な存在だ。
「その通りです。犯罪奴隷以外の奴隷を禁止されている我が国に執拗に違法奴隷を持ち込んできています。摘発数が増えても諦める気配がありません」
アルマンダイン公爵は意を汲んだように、頷きながら訴える。つい最近も大規模な摘発があったばかりだ。
その報復にラティッチェが襲撃された可能性が見えてくる。
レナリアは陽動に使われたのかもしれない。逆恨みに近いアルベルティーナ抹殺に熱意を燃やす彼女にしてみれば、襲撃の口実は何でも良かったかもしれないが。
「……宿主を変えようとしているのかもしれません」
重々しく口を開いたのは、ゼファールだった。
グレイルによく似た面差しを酷く険しくさせ、思案するように顎を指で触れている。思考に意識を飛ばしているのか、紫かがった青い瞳は遠くを見ていた。
「宿主とは?」
ずっと黙っていたミカエリスが促した。
ゼファールの端正な顔に、仄暗い鋭さがのる。
「そのままですよ。ここ十年……いえ、数十年以上、死の商人たちはゴユランを根城にしていました。純粋な人族以外に差別的な風潮は異民族や亜人狩りがしやすく、奴隷商売にも積極的。王族たちはハレムと呼ばれる千人近い数の女性を住まわせる後宮を持っています。風習上、入り込みやすかったのでしょう。
まず女性を使い王や家臣たちを誘惑し、堕落させました。今や、ゴユランは死の商人の息が掛かった者の巣窟です。王はいても統治はせず、国であって国でない状態がここ近年の実情。ですが、その古巣も使い続けて資金も資源も尽きてきたところでしょう。
古く脆い宿主と共倒れする前に、新しい根城―――寄生先が欲しいと考えられます」
「その先が、我がサンディスだと?」
ラウゼスが険しい顔で言う。
「条件としては良いでしょう。山を越えてバレンシュタットと戦うには分が悪く、ウォリスを始めとした国々は遠すぎます。
戦争といういざこざに紛れて、腹の中に入る算段である可能性が高いでしょう。
大国であれば覇権を取るのにそれだけ手間がかかりますが、我が国は中堅国。肥沃な土地が多く、人も国も豊かです。搾り取りながら、次への余力を持つにはうってつけです」
ゴユランがきな臭い理由も説明がつく。
分が悪いのにサンディスにやたらちょっかいを掛ける理由が垣間見えた。
「そのための戦争か……!」
「ええ、我が国がゴユランを支配すればゴユランの残り物も引き継ぐことになります。
戦争とその後始末はどうしても慌ただしくなり、併呑するどさくさに紛れて寄生先を変えるのでしょう。今はその下準備中である……と、愚考します。
恥ずかしながら、我が国も奴らの毒が回っているところが既にあり、十分考慮できるかと。ただ、現状のゴユランは弱い。火力は有っても持久力が皆無なので、なぜそこまで強気で攻め込んでくるかに疑問もあるところです。サンディスを引っ掻き回すには少々物足りない……それだけ切羽詰まっていると言えば、それだけですが」
長らく、特にここ数年のゴユランの統治が危ういのは知っていた。
国力に乏しいゴユランが起死回生を狙ってサンディスに戦争を仕掛けてきた――というのが表の筋書きなのだろう。
上手く乗り換えたところで、じわじわとサンディスを食い潰すつもりなのだ。
サンディスが戦争に勝っても、ゴユランにはまだたくさんの民が残っている。国が無くなっても人は残る。ゴユランと言う柵が無くなったなら、豊かなサンディスへ移り住みたいと思うだろう。
併呑を拒んでも、流民や難民が押し寄せるのは想像がつく。そうすればサンディスはその対応に追われる。貴族の中にはゴユランの数少ない資源を求め、領土を割譲しろと騒ぐ者も出るだろうし、その利益を巡って派閥争いが勃発し、統治が荒れる可能性もあった。
現状も王配を巡って足並みの揃わない貴族を見れば、混乱や衝突は避けられないと想像できる。
「……そう考えると、ホムンクルスの技術者は死の商人と接触している?」
「取り込まれている可能性は高いです。死亡から国葬までのすり替えに、不自然な時間は空いていません。内通者がいるのも含め、ホムンクルスを作成してオーエンが殿下を脅迫するまでの期間も短いことから、そう考えた方が妥当でしょう」
ゼファールの見解に、ヴァニアが苦虫を噛み潰したように「げぇ」と声を上げた。
「我が家が襲われ、父様が死んだのは……」
「死の商人からしてみれば、頭が切れて行動力があるラティッチェ前当主はずっと目の上のたんこぶだったでしょうね。理由はいくらでもあります」
「うーん、魔王閣下がゴユランを調べていたのもそれを知っていたから?」
いったいいつからグレイルはゴユラン――その裏にいる死の商人たちの思惑に気づいていたのだろう。
恐らく、敵勢にとってグレイルは生きているだけで充分すぎる脅威だっただろう。
戦を仕掛けてもあしらわれ、奴隷の密売や違法密輸も容赦なく検挙してくる。
ずっと殺す機会を窺っていてもおかしくない。冷酷無比で規格外の強さを誇るグレイルを何度も殺そうとしては失敗を繰り返していただろう。
そんなグレイルの弱点を見つけたら?
丁度よく捨て駒に使えそうな愚かな者がいたら?
その愚か者が、グレイルの最愛を憎悪していたら?
そんな可能性がいくつも浮き上がる。筋書きを描くのは簡単だろう。実行犯に仕立て上げる愚か者は、何も考えずに暴れる人間なのだから目くらましにも丁度いい。
もう可能性ではなく、現実に事件として起きた。
最愛が危機に瀕したら、グレイルは庇う。事実、命懸けで庇った。
恐らく死の商人はアルベルティーナの悲嘆を見て、グレイルの更なる利用価値を見出した。
次期国主となる少女は、父親の亡骸のためなら平伏すると確信したのだろう。
キシュタリアも可能性として考えてはいた。
「内通者は‥‥‥まあ、普通に考えて元老会。あとオフィール妃殿下が怪しいでしょうね」
フリングス公爵が食えない笑みを浮かべたまま述べる。
元老会は王家の権力を蝕み、抑えつけ続けていた。その一環でラウゼスのやることにケチを付けるのはよくあることだった。
自分の支配下にないアルベルティーナを傀儡にするためなら、グレイルの遺体を弄ぶことに罪悪感など持たないだろう。元老会もまた、グレイルと対立していた。
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