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若き当主の内心

キシュタリア、ちょっと苛々



 キシュタリアは余裕のある笑みを浮かべつつ、やってくる貴族たちを躱していた。

 正式に公爵となったキシュタリアと懇意になろうと、今まで距離を置いていた者たちまで押し寄せている。

 しかも、王配候補と言う国王ラウゼスからのお墨付きだ。この機を逃してなるものかと、誰も彼も目がぎらついていた。

 純粋に祝いの言葉を述べに来る者、ガツガツとした勢いを隠し切れない者もいれば、眼だけが笑っておらず炯炯と僻み嫉みが渦巻いている者もいた。

 本当はゼファールのメッセージを受け取ってから、すぐにでも会場から出たかった。だが、キシュタリアの周りから人垣は消えないどころかどんどん分厚くなっていく。

 辟易をするのを通り越し、既に苛立ちすら感じている。

 だが、祝辞を述べる貴族たちを蔑ろにできない。まだ新米公爵であるキシュタリアの足を引っ張ろうとする人間はいた。一段落の区切りはついたが、隙は見せられないのだ。

 そうでなくとも、王配候補でありラティッチェ公爵であるキシュタリアと縁続きになりたい貴族は多い。

 何せまだ『未来のラティッチェ公爵夫人』の座は空いているのだ。

 アルベルティーナは王太女だ。妻になり子供が生まれれば王家に属すことを優先される。王家の瞳を持っていれば、たった一人の継嗣であっても奪われる可能性が高い。

 そうなれば必然的に、キシュタリアはラティッチェの後継者を産んでくれる妻が必要となる。

 普通は後継者とスペア、最低二人は欲しいところだ。そして、当主は男性が多いし、過酷な仕事もあるので男児が望まれる傾向がある。

 高い爵位を持った王配が家督の争いを防ぐため、養子ではなく実子に継がせたいと別の妻を持つことは珍しくない。

 そこに付け入る隙があると、妙齢の娘を持つ親は特に熱心に挨拶しに来た。

 キシュタリアにしてみれば、アルベルティーナ以外の女性はベジタボーな存在か人語を使えるアニマルにしか見えていない。例外は実母のラティーヌと、天敵ジブリールくらいだ。

 失礼な思考をしているが、美貌の暴力と言える義父と義姉に囲まれて育ち、実母も相当な美女であるキシュタリアの美の基準は高かった。自身も相当な美貌を持っているのもそれに拍車をかけている。

 それなりに美貌自慢の令嬢が何人も挨拶に来ていたが、キシュタリアの目には素通りしている。一応は視界に入っているが、全く興味がそそられない。

 ようやく抜け出せた頃には宴会も終盤に入っていた。


(あー! もうふざけんなよ!)


 顔は笑って、心で泣いて。

 すぐ追いかけられたら間に合っただろう。だが、こんな時間になっては、アルベルティーナに会いに行けないとひそかに怒り狂うキシュタリアだった。

 顔では鉄壁の笑顔を張りつけているが、誰もいないと分かっている場所だったら地団太を踏みたいほどである。

 雨の降る夜はいつもより一層暗い。

 周囲を見渡せば、帰りの馬車に乗り込んだり、飲んだくれたりして倒れている貴族もいた。

 

(仕方ない。タウンハウスに帰るか? ヴァユ宮に宿泊許可が下りる可能性は低いだろうし)


 ずっとグレイルの遺体の真相を追っていたから、かなり執務もたまっているはずだ。

 それに正式に当主になったのだから、それに関する仕事も増えている。当主のみが行える執務は溜まっているだろうし、正式な祝賀やお披露目は喪が明けてからだが仕事上の社交や挨拶は必要だ。好き放題やっていた分家たちの処遇も早急な対処が求められる。

 もし、セバスがいるかジュリアスがラティッチェに残っていれば仕事が楽になっていただろう。

 セバスは引き続き捜索は難航しているし、ジュリアスはアルベルティーナの願いでもあってフォルトゥナ公爵子息としてサポートをしている。

 問題は山積みだ。


(……それに、父様の体だってまだ見つかってはいない。まだ首だけだ)


 グレイルが死の直前まで寄生型の魔物になっていたこともあり、必ずや見つけ出さなくてはならない。

 聖水晶の棺に入っていると願いたいが、行方はとんと分からない。常に最悪を予想しておいた方がいい。


「キシュタリア君……、いや、ラティッチェ公爵。少々お時間を頂けますか?」


 思考に没頭しかけたキシュタリアの意識を引き上げたのは、見慣れた義父――ではなく、彼とよく似た面影の義叔父だった。

 ゼファールは少しだけ眉を下げ、申し訳なさそうな柔らかい表情をする。

 マクシミリアン親子やその協力者の魔法使いの処遇について、いったんは処理が終わったから戻ってきたのだろう。

 グレイルによく似た面差しで、グレイルでは絶対しない表情をするのでキシュタリアの脳内がバグを起してしまいそうだ。正確に言えば、理解拒否というのが正しい。


「クロイツ伯爵。ええ、喜んで」


 ぞわりと粟立つ肌と拒否反応を示す心を無理やり無視したキシュタリアは、至って優雅な物腰で対応した。

 傍まで来た時、声を潜めたゼファールは素早く耳打ちする。


「既にアルマンダイン公爵とフリングス公爵はおいでになっております。ヴァユの離宮へご案内させていただきます」


 表情を変えそうになったキシュタリアだが、動揺も驚愕も押し込めて「ありがとうございます」と微笑んだ。


読んでいただきありがとうございます。


未だにゼファールアレルギーの治まらないキシュタリアです。

ある意味不治の病かも知れない。



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