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悪だくみ

ちょっとだけ本性出てきたコンラッド


 優雅に笑みを浮かべつつ、みなは先ほどの騒ぎに興味津々だ。

 メインディッシュは来週までお預けになったので、誰もがどうやって席を取ろうかと水面下で情報収集をしている。

 どこかソワソワとした空気が漂う中、ワインを傾けていたコンラッド。

 後ろからレナリアの物言いたげな視線は無視している。視線が会えば笑顔で躱し、代わりに「彼女にアルコール以外の飲み物を」と給仕にサーブをさせた。

 一応は『砂漠の聖女』という肩書きを持っているレナリア。若く清らかな雰囲気で売り込んでいるので、酔っ払って本性を晒されたらたまらない。

 レナリアはすぐに使い捨てるつもりだったが、意外と持っている。まだ利用できそうだ。

 コンラッドの冷ややかな視線にレナリアは気づかない。甘い言葉と適当な誤魔化しに簡単に騙されるので転がしやすい。その頭の軽さは鬱陶しくもあったが、今のところは便利なことが多い。

 レナリアが飲み物に気を取られているうちに、目配せで配下に監視を命じてその場を離れる。

 コンラッドが誰もいないバルコニーに来たところで、後ろから衣擦れが近づいてきた。

 その姿は見えない。建物の影になり、うっすらとその輪郭を浮かび上がらせるだけだ。


「よろしかったのですか?」


 枯れた声だ。それは隠しきれない老いと衰えを感じさせる。覇気がない声だが、どこか陰気でねっとりした粘着性があった。

 姿は見えないが明りで纏う装飾が少しだけ輝いて、動きを伝えている。

 小雨の降るバルコニーの光源は月明かりではなく、魔石のランプだ。てらてらとした独特の光の反射と小さくなる音は、その人物が多くの貴金属を纏っていると教えてくれる。


「余興としては楽しめただろう。どうせ、すぐに意味がなくなる。今のうちに喜ばせておけばいい」


 淡々とコンラッドは嘲笑う。

 既に盤上はコンラッドの手の内だった。着々と手駒は増えているし、今更になって老王や小童たちが騒いだところでどうにもならない。いくらでも状況はひっくり返せる。


「ラウゼスの統治は終わる。そして我々の時代が来るのだ」


「その通りでございます。貴方様ほど玉座に相応しいお方はおられまい」


 コンラッドの言葉にすかさず声は同意する。

 当たり前のようにその賛辞を受けるコンラッドの表情は見えない。不機嫌か上機嫌かは分からない。

 ワイングラスを揺らし静かに視線を向けている。


「……かの姫君は如何でしたかな?」


 確認の言葉に一度だけ、ワイングラスの揺れが止まった。

 はっきりと口角が上がるのが分かり、影にいる人物も釣られるように笑みを浮かべる。


「素晴らしい。実によく似ている。システィーナにも、クリスティーナにも。グレイルの娘だから、もしあれに似ていたらと心配したがあそこまで母親似とは」


「お気に召したようで何よりです」


 老獪な声が返ってくると、堪えきれなくなったコンラッドが歪なほどに口角が釣り上がる。金の瞳が爛々としていた。


「あの美貌! あの瞳! 性格も従順そうだ。やや健康に不安は残るが、あの若さならば多少の無理は利くだろう」


 アルベルティーナの話題になった途端、コンラッドは喜色を隠し切れないとばかりに笑みを浮かべる。その笑みは歓喜であり、狂気だった。


「色々お贈りしましたが、その中でもあの姫君に及ぶ者はいませんでした。あれほどの逸材を用意するのは難しいでしょう」


「ああ、満足だ。これで計画は完璧だ。条件も最高だ。良くやった。お前たちの忠誠には必ずや報いることを約束しよう」


「それはありがたきお言葉。私は当然のことをしたまでのこと。そのような過分なお言葉だけで、この老骨は満足です」


 言葉だけで満足と口先では言っているが、腹の内では全くそんなことはないのだろう。

 どれだけの報酬がもらえるかと、楽しみで仕方がないという顔だ。

その笑みは欲望に歪んでいる。その強欲な性根が滲むような醜悪さだが、コンラッドは許す。この人間は、利用価値の高い共犯者だ。

 それは同じ穴の狢であるが、コンラッドは自分は崇高な存在であり相手は傅くべき人間と考えていた。

 コンラッドは再びワイングラスに視線を落とす。

 その指にはいくつもの指輪がある。そのうちの一つは黒い金属でできた赤い瞳の蛇だった。蛇はその体で指に巻き付き、自分の尻尾を自分で噛むようなデザインである。

 少しでこぼこしているが、そういう場所は摩耗してのっぺりとしていた。元はもっと繊細な細工が施されていたことが伺える。かつては鱗の一枚一枚があったはずが、ところどころ消えていた。

 今は一匹の蛇だが作られた当初は、もっと複雑なデザインだったのかもしれない。

 それだけこの指輪が多くの人の手を渡り歩き、時には何かに擦れてぶつかり合うようなことも多かったのだと伝えている。

 コンラッドの嗜好を考えると、その指輪は異質だった。

 豪華絢爛で重厚なデザインを好む傾向がある中、小さな宝石一つさえついていない指輪。すぐ隣の指には親指の爪より大きなダイヤやサンディスライトが輝いていた。

 燦然たる輝きが並ぶ中、その指輪は古ぼけている。

 だが、そんな指輪をコンラッドは大事そうに指でなぞっていた。


「この時をずっと待っていた。ようやく会える。ようやく手に入るんだ――――――」


 譫言のように繰り返すコンラッドの黄金の瞳は狂おしく指輪ではない何かを見つめている。

 コンラッドの最後の言葉は会場の喧騒で掻き消された。




読んでいただきありがとうございました。

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