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言い分



「ご機嫌よう、魔法使い殿」


「ヒ、ヒィッ!」


「嫌だなぁ、化け物を見たような反応をしないで欲しいな」


 人懐こく微笑んで見えるキシュタリアだが、この笑顔は人間の本能に警鐘を鳴らし、精神をゴリゴリと削り取っていく何かがあった。

 少し離れた場所にいるミカエリスとジュリアスが「うわぁ、ソックリ」と誰とは言わないが、同じ人物を頭に思い浮かべる。

 朱に交われば赤くなる。義理の親子であり、師弟関係でもあった二人は着実に同じものを持っている。

 優雅な威圧や力任せでない静かな恫喝の仕方をよく解っている。

 そんな物騒な人間への耐性が低いのか、魔法使いの怯えはますます酷くなった。


「し、ししし知らない! 私は頼まれただけだ! 何も知らないんだ! スクロールを作って欲しいという依頼に従っただけだ!」


「今の状況で、それが通ると思っているのか? 随分とラティッチェ……いや、サンディスを舐めているようだね」


 困ったように笑うキシュタリアが、傷一つない優美な手を魔法使いの喉にかける。

 気さくな声と柔らかな態度で騙されそうだが、キシュタリアは既に魔法使いを仕留められる距離にいる。

 キシュタリアが喉仏に親指を押し当て、潰そうと力を籠めようとした時、その肩に誰かが触れた。


「待って欲しい、ラティッチェ公爵。この場には年若い王女や、荒事に慣れないレディも多い。この場で裁くのではなく、一度調書を取って裁判するべきだろう」


 ゼファール・フォン・クロイツ伯爵だった。義叔父でもある彼は言い難そうに、言葉を選んでいるのだろう。口元を指で押さえ、隠すような仕草をする。

 キシュタリアの激昂も、ラティッチェの怒りも分かる。だが、あくまでこの場は先の戦の慰労の場であり、勲章授与の場であったのだ。全てを暴露するには、この事件は大きすぎて、本来の目的が塗り潰されつつある。

 キシュタリアも分かっているが、一刻も早くこのマクシミリアン親子を始末したかった。

 ゼファールを睨むように見た時、その顔――口元が目に入る。


『ヒ メ タ オ レ タ』


 声に出してはいないし、小さな動きだった。距離も近く、真正面であり唇読術に長けたキシュタリアだけに見えたメッセージ。

 その『姫』が誰を示すかなんて、分かり切っている。

 姫――身分の高い女性。主に若年層や未婚のレディを示す。そして、王宮において姫と言えば王女だ。エルメディアは、ずっとぽかんとした顔を晒しながら棒立ちしている。

 もう一人の王女は、キシュタリアの溺愛する義姉。先ほど、グレイルの首を伴って退室したばかりだ。

 なるべくアルベルティーナの精神に負担を掛けないように、素早くオーエンを下した。そしてラティッチェ当主の地位についたと伝え、彼女を安堵させたつもりだったがそれでも足りなかったようだ。

 一瞬で目まぐるしく思考を切り替え、奥歯を噛み締めるキシュタリア。だが、それを億面に出すことはない。


「そうですね。折角の晴れの舞台を濁して申し訳ありませんでした」


 すっと一礼するキシュタリアがその動作に紛れ、頷いたのを確認したゼファール。

 彼もまた無言で頷きを返した。


「理解を頂けて有難い。お二人も、詳しい情報提供を願います」


 ゼファールの促しに、二人の公爵当主も頷く。

 一番憤るべきキシュタリアが矛を収めたのだ。二人はそれに倣うしかない。

 何か違和感を覚えながらも、愚か者の罪を白日の下に晒すことは成功したので今回は引くことにした。


「陛下、申し訳ありません。近いうちに裁判を行いたく思います。その際は、ご出席をお願い申し上げます」


「当然だ。義娘を脅迫されたのだ。こやつらの罪は全て洗い出すように」


「御意にございます。これだけのことですから、真実を知りたいと傍聴を希望する者も多いでしょう。オーエンの事情聴取に一週間ほどお時間を取らせていただきたいのですが」


「よかろう。これだけでは納得できない者も多い。場を作るにも時間が掛かろう」


 ゼファールは王侯貴族の派閥や対立のバランサーである。

 公平である誠実の代名詞と言える彼の提案に、誰も否を唱えることはできない。ましてや、どちらを庇うというのではなく『この事件は大きすぎるので、正式の場を設けるべきだ』との訴えだ。そして、その言葉に国王も頷いている。

 殆どの人々は、この世紀の大裁判になるだろう事件の内容に興味津々だ。ごく一部、真っ青な顔をして息を殺し、俯いている者もいたがそれは疚しい覚えがあるからだろう。

 ゼファールは場を元に戻すため、音楽隊や給仕に合図を送る。

 突如始まった大罪の暴露に、場の空気はすっかり凍っていた。だが、その中心にいた三人の公爵は王たちと退席し、罪人は衛兵に引きずられて行って姿は見えなくなっている。

 どうすべきかと迷っていた絶妙なタイミングで合図を貰った宮廷楽師たち。顔を見合わせ、指揮者もタクトを持ち直した。

 音楽が流れれば、空気も変わる。給仕たちも静かに動き出した。

 和やかになり始めた中で「チョコレートケーキ! 食べてない! ローズブランドの新作ー!」とどすこい級な王女の金切り声が遠くで聞こえたのは気のせいとする。

 

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