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紅の伯爵の覚悟

 ミカエリスの独白。

 アルベル以外の視点も欲しいとのことでしたので。

 ミカエリスの初恋は忘れもしない、間違いなくあの時だった。

 病気に罹った父、それを必死に看病する母、それを眺めるしかできない自分と不安な空気を察知して震える妹。そして、その状況に付け入るようにして、伯爵家を荒らしまわった叔父夫婦。

 あの悪夢のような一時に出会った少女。

 王族の血を引く、貴族の中でも最高峰の公爵――それも四大公爵家でも随一の勢力を持つラティッチェ公爵家のご令嬢。

 緩く波打つ艶やかな黒髪に、同じ色の長い睫毛に縁どられた深い緑の瞳。シミ一つない雪肌にほんのりと色づく頬。ふっくらとした色づいた唇は薄紅を帯びていて、こぼれる声も可憐だった。

 最高級の絹や刺繍やレースを惜しみなく使った最新のドレス。流行りに疎いミカエリスですら他の令嬢とは何かが違うと理解した。

 彼女の父親であるラティッチェ公爵ことグレイルに負けず劣らずの美貌であったが、あれは王者の風格と得体のしれない畏怖を感じるモノであったが、その娘のアルベルティーナは儚く可憐であった。華奢な体は見るからに脆弱そうで、触れると雪のように消えてしまいそうなほど心許無い。

 公爵が彼女を溺愛しているのは明らかで、彼女の機嫌を損ねれば己の身も危ういとすぐに理解した。

 公爵に至ってはミカエリスに「お前はアルベルの玩具だ。玩具は玩具らしく役に立て」と面と向かって言い放つほどだった。

 不安定なドミトリアス伯爵家において、これ以上にない後ろ盾となったラティッチェ公爵家当主に逆らえるはずもない。

 己の未熟さと不甲斐なさを噛み締めた。

 恥も屈辱も飲み込んで、彼女の下僕となる覚悟で出会った。

 何も知らないジブリールは、見たこともない美しい少女に目を輝かせていた。

 アルベルティーナは、少しミカエリスを警戒していたが、ジブリールに対してはとても好意的だった。

 ジブリール自体もアルベルティーナの美貌に見惚れて好意的だったこともあり、彼女も自分のドレスを妹にいくつも譲って着飾らせては褒めちぎっているほど可愛がっていた。

 ジブリールはジブリールで、今までいとこたちにドレスやアクセサリーを奪われ、いじめられて消沈していたが、それ以上に綺麗で可愛らしいドレスを沢山もらってとても喜んでいた――そして、アルベルティーナはそれでも飽き足らず新しいドレスを仕立てようとするものだから、流石にミカエリスは止めた。アルベルティーナが着なくなったドレスならまだしも、新品の最高級のドレスを何着も頂いても困る。

 アルベルティーナは不思議そうな顔と、不満そうな顔を綯交ぜにしながらも、なんとかミカエリスの言葉に理解を示してくれた。

 流石ラティッチェ公爵家というべきか、唸るような財力の前ではミカエリスの母ですら滅多につけない宝飾品もごろごろとしており、安易に「似合うから」とジブリールに身につけさせ、気に入ったようならそれもあげてしまいそうなアルベルティーナに流石に待ったをかけた。彼女は不服そうだが、今のドミトリアス家には返せるものなどないのだ。

 公爵家に滞在している間、容赦なく次期伯爵としての教養と知識を叩きこまれた。ドミトリアス家は代々騎士としても身を立てているので、剣術や魔法に関しても教育を受けた。年齢の近い公爵子息のキシュタリアがいたこともあり、互いに切磋琢磨をした。

 幸い、公爵家ではきちんと暖かな部屋や美味しい食事が用意された。学ぶ機会もたくさん与えられ、驚くほど充実した時間を過ごしていた。

 妹はアルベルティーナと一緒に淑女として教育を受けていた。共に過ごし、とても可愛がってくれるアルベルティーナを姉と呼んで慕うほどだった。そして、アルベルティーナもジブリールの親愛を込めた呼び名を、喜んで受け入れた。

来た当初はボロボロだった見た目も、あっという間に綺麗になった。特に妹の変化は劇的で、ぱさついてぼさぼさな赤毛は綺麗に艶が出るようになった。荒れていた肌もふっくらつるつるになっている。俯きがちだった顔はしっかり前を見て、ミカエリスと同じ赤色の瞳は少女らしい生命力ある輝きを宿すようになった。

 そして何より、よく笑うようになった。久しく聞いていない妹の無邪気な笑い声は何よりミカエリスを安堵させ、喜ばせた。

 ときどき、今更になって媚を売りに来たいとこや叔父夫婦が鬱陶しかったが些細な事である。

 その時から、いけないと分かりながらも余りに身近になり始めていた一人の少女に惹かれ始めていた。


「ミカエリス」


 最初はぎこちなくこちらを見ていた少女が、屈託なく笑いかけてくる様になってから、その感情は急激に加速していった。

 恋は落ちるものというように、転がり落ちていった。それを止めようとする手の間をすり抜け、いともたやすく。

 仲良くしなければならないではなく、仲良くなりたい――深い仲になりたい。そう感情が変化していくのはそう遅くなかった。そして、それに蓋をしようとするのも。

 あまり領地からどころか、屋敷からすら出ないアルベルティーナは年齢の割に純粋で、貴族らしいねっとりとした欲がない令嬢だった。時折、妹より幼さを感じることすらある。無垢というべきか、隔絶された場所で生きてきたアルベルティーナに少しの憐憫と、庇護欲を覚えた。

 しかし、頭の回転は悪くない。ぼやっとした箱入りらしいところはあるのだけれど、ものの考え方や捉え方が柔軟というか、既成概念にとらわれないものだった。

 人見知りさえ乗り越えてしまえば、温和で実に愛らしい令嬢であった。

 あの恐ろしい公爵も、愛娘にはてんで甘く溺愛のイエスマンだ。

 アルベルティーナがこれをつくりたい、あれをやりたいといえばそれは当然のようになされる。

 幸い、アルベルティーナの興味は美味しい食べ物、美しい服やアクセサリー、便利な道具や美容や健康に関するものだった。一番、費用の掛かる宝石や貴金属、服飾関係は買い求め、浪費するのではなく新しく作りたいという考え方だった。基本、今までにないものを求めるアルベルティーナは、それを作れと求めるが自分の考えや発想をもとに画期的なものを作り上げた。

 それは恐ろしい程の巨万の富をラティッチェ公爵家に同時に齎していたが、当の本人は気づきもしないでいつもの愛らしい笑みでシェフの料理を頬張っている。

 公爵がアルベルティーナを外に出したがらない原因は、過去の誘拐事件の遺恨もあるが、アルベルティーナ自身の稀有な才能を利用したがる人間から守るためだろう。

 彼女の才能が富を生むことは、今までの功績をもって証明されている。

 アルベルティーナはジュリアスやセバスの協力と、ラティッチェ公爵家の力だと信じて疑わない。だが、その原点はすべてアルベルティーナの発案だ。

 その影響は、隣接するドミトリアス領にも大きく齎された。

 ラティッチェ領から王都に至るまでの街道をアルベルティーナが整備したこともあり、ドミトリアス領にできた高級保養所は貴族にとって格好の旅行先となった。

 ラティッチェ公爵家の所有のローズ商会。流行と最先端の代名詞とも謳われる、サンディス王国屈指の商会だ。数多の流行を生み出すローズブランドの新商品を優先的に卸してくれることもあり、お洒落や美容に湯水のごとき勢いで金を落とすマダムたちが後を絶たなかった。

 肥沃な土地はあったが旅行客が少なかったドミトリアス領は急激に栄えていった。

 また、ローズ商会が新製品を作ろうとするたびに、その素材となる植物をドミトリアス領から優先的に購入していたのも大きい。

 彼女には恩義がある。アルベルティーナ自身が気づいていなくても、知らなくてもミカエリスにとって彼女は救いの女神であり天使であった。


 だが、一番の決定打はあの時だった。


 ラティッチェ公爵が厳しく監修し一通りの教育を終えドミトリアス領に戻った時、急激に持ち直してきた伯爵家にはすり寄ってきた者たちがたくさんいた。

 苦労していた時は見向きもしなかったくせに、虫の良い話だ。

 その中の一つが、テンガロン伯爵家。家柄は伯爵だが、奥方と娘がかなり浪費家らしくそれなりの家柄と領地を持っていながらもあまり裕福とはいいがたい。

 外見に自信があったのか、昔の口約束を盾に意気揚々とやってきたテンガロン家の令嬢は我が物顔でドミトリアス邸宅を歩き回った。

 確かにそれなりに見目は良かったかもしれないが、身内の欲目を抜いても文句なしの美少女のジブリール、そしてアルベルティーナという絶世の美少女に見慣れつつあったミカエリスは「目つきが悪く性格の悪い女に付き纏われている」という感覚しかなかった。その横暴な振る舞いが、大嫌いないとこたちに似ていたのも理由の一つだろう。

 いくら鬱陶しくても、相手は伯爵家だ。ドミトリアス家も伯爵家だが、まだ爵位を継いでいない立場のミカエリスがあしらえる相手でもない。

 とんでもない香辛料まみれのものを高級料理といって、食べることを強要されても我慢した。

 どうせ、自分で手を下さなくともラティッチェ公爵が近々来るのだ。自滅は目に見えていた。あの公爵が、娘の遊び場に飛び回る蠅を潰さないはずがない。

 相手がそれなりに誠意と好意を持って行動をするならともかく、我儘の押し売りに流石のミカエリスも辟易していた。

 あのけたたましい程に派手な衣装も、香水と香辛料臭い体も、居丈高で高慢な態度や甲高い声もすべて受け入れがたいものだった。

 そんな折、公爵がアルベルティーナやジブリールたちまで連れてやってきた。

 あの過保護な公爵が愛娘を外へ出したことに驚いたが、一緒に保養所を見に行くと嬉し気にしているのを見て合点がいく。単に、娘と旅行を楽しみたいだけだ、あの人は。

 案の定というべきか、きつい性格のセイラ・フォン・テンガロンは見かけない貴族の令嬢――アルベルティーナに喧嘩を売った。アルベルティーナは呆れて可哀想な者を見る目をしていたが、キシュタリア、ジュリアス、ジブリールは敵認定した。

 美貌でも家柄でも教養でも一切が劣るセイラに何かできるはずもないのに、なぜかセイラはアルベルティーナに敵愾心を燃やし、ますますミカエリスに付き纏った。

 アルベルティーナがあれほど温和なのは貴族では珍しい程なのに、セイラはその温情を理解できないらしい。もちろんミカエリスも口を酸っぱくして注意をしたが、ますます悪化するばかりであった。公爵にも報告したが片眉を上げて、ちらりと壮年の執事を見るだけで終わった――後に、テンガロン伯爵家が壮絶な失脚をするのだが、この時のミカエリスはまだ理解できていなかった。

 怖いもの知らずのセイラはアルベルティーナの義弟のキシュタリアに睨まれて尚、諦めが悪かった。

 セイラの媚売りの一環としての高級料理攻撃は一層激しさを増した。

 香辛料をぶち込んだだけにしか見えない料理を毎度食すように強要されるのは辟易したが、それが妹のジブリールまでに及んだ時はさすがに慌てた。

 テンガロン伯爵家には、ご令嬢の回収を再三依頼しているが、照れていると思っているのか頓珍漢な返事しか来ない。

 セイラは出した料理は自分で食べないが、ミカエリスが食べないと怒って暴れる。仕方なく、ミカエリスがジブリールの分まで食べた。食材を殺しまくる刺激物の塊と化したセイラ曰く『ゴユラン風の最高級料理』は、容赦なくミカエリスの弱った胃腸を叩きのめした。たびたび強要される香辛料の利き過ぎた料理で、ミカエリスの胃は既にぼろぼろだった。


 そして吐いた。


 よりによって、アルベルティーナのドレスに。

 あってはならないことだった。

 恐怖の代名詞のグレイル・フォン・ラティッチェに吐くより不味かったと言える。

 よりによって、その最愛の娘に粗相をしたのだ。

 アルベルティーナもさすがにびっくりしたようだったが、彼女は怒り狂うどころか、体調の悪いミカエリスを労わった。

 汗の滲む顔を拭き、頭を撫でてあやす様に労わった。歩けるか聞き、口をゆすぐよう促した。

 人は緊急時ほどその本質が見える。

 アルベルティーナは慈母か聖母のように、穏やかで優しくミカエリスの失態を受け入れて、気遣ってくれたのだ。震えて謝罪することしかできなかった愚かな子供が、落ち着くまで待ってくれた。

 あの優しい手を、あの声をミカエリスは一生忘れない。

 その後、ミカエリスの体調を考慮して薄味で胃腸に優しい食事が用意されるようになった。

 久々のラティッチェ家のシェフが振舞う手料理は非常に美味しかったが、数日もすれば隣で肉料理を食べる周りが羨ましくなった。しかし、きっちり一週間は特別メニューだった。

 後にミカエリスの失態を知ったラティッチェ公爵は微妙な顔をして、ミカエリスをまじまじと見下ろした。



「アルベルが、どうしても君を処分してはダメだというんだ。

 何がいいんだろうね、お前の」



 本人をじっくりと見て言う言葉ではない。

 それが公爵以外の相手であれば多少傷ついたかもしれないが、相手が美貌を被った怪物であることを重々承知している身とすれば、命が助かったと安堵するしかない。

 アルベルティーナはあんなに優しい少女なのに、つくづくその父親は人でなしだった。

 処分、という意味は理解した。この親ばかを通り越したなにかは、アルベルティーナに粗相をする人間を基本的に許さない。死刑にしてしかるべきだとすら思っている。殺せぬのであれば、生きることを後悔するまで叩きのめすだけだった。

 ミカエリスが今、普通に生活していられるのはアルベルティーナの恩情があってのことである。

 少なくとも、自分はアルベルティーナが心に留める程度には好意を持たれているのだ。


「あの、公爵様…」


 ちらり、と感情の読めないアクアブルーの瞳が向けられる。

 アルベルティーナを映すときは、蕩けるような眼差し。だが今は無機質にミカエリスを見る。


「アルベルティーナ様の、ご婚約者はお決まりでしょうか」


「いないね。あの子も興味ないようだし」


 一度、王子のどちらかを選んで、婚約者として王太子をつけてやっていいといったのだけれど、とついでのように呟いた公爵。

 現在、第一王子も第二王子も別の名家のご令嬢を婚約者としている。

 だが、ルーカス殿下もレオルド殿下もまだ王太子の座を争っている――つまり、ラティッチェ公爵家がつけばその座も自動で付くほどの高貴で強力な後ろ盾なのだ。

 ぞっとする事実をあっけなく言う公爵。それだけの価値と意味が彼女にはあるのだ。

 没落しかけていた伯爵家程度が手を伸ばしていい相手ではない。

 だが、


「私を、彼女の婚約者候補としてはいただけませんか?

 彼女が嫁ぐのなら、それまでに功績を上げてみせます。相応しい相手となります。望まれるなら陞爵させて見せます。

 婿入りをするのであれば、キシュタリア様を超えてみせます。魔法では敵わずとも、剣の腕でしたら負けません。一生、お守りします。彼女だけを愛します」


「それはお前の願望と楽観的な思考から出た言葉だろう。

 子供の戯言に合わせて、私のアルベルを寄越す約束をしろと? お前にそんな価値などない」


 ミカエリスの嘆願は、あっさりと振り払われた。

 だが、言葉にして首が飛ばないだけミカエリスはまだ公爵に言い募り、縋る余地がある。


「ではどうすれば相応しいと認めていただけますか?」


 普段は恐ろしくて仕方のない淡い青の瞳を、ミカエリスは怯むことなく見据えた。

 気のない様子の公爵は、顎に手をやって少しだけ考えるそぶりをした。本当に考えているかなんてわからない。でも、待つしかできないのだ。


「一つ、アルベルを振り向かせること。

あの子はかなり奥手だし、あまり恋愛ごとに興味がない――あの子に一人の男として認められたら考慮してやろう」


「解りました」


「強引に迫ったら、お前より先に妹がいなくなると思え」


「…御意に」


 ジブリールはアルベルティーナのお気に入りだ。それも、かなりの。

 それを平気で消すというこの男は、アルベルティーナに及ぶ危険の可能性を考えればそれすらも無価値なのだろう。これもまた当然だと飲んだ。

 そして、ジブリールを大切に思うミカエリスに対する牽制と――事実上にドミトリアス伯爵家直系をすべて無くすというようなものだ。ついでに先に妹を消すというのだ。過ぎた行動をすればミカエリスはもっと許されないだろう。


「もう一つは、そうだな――私から一本取れたら考えてやろう。

 私と多少は打ち合う気があるなら、最低ミスリル。まともに考えるならアダマンタイト製の得物でも用意できるようになれ」


「その言葉、確かに」


 この男、全く娘を嫁に出す気がない。

 ミカエリスは思った。だが、頷く。今すぐ死ねと、愛娘へ不埒な事を考えた頭ごと吹き飛ばされないだけかなり熟考してもらえた方だ。

 ミスリル――聖銀と呼ばれる特殊な貴金属と、幻の素材、伝説的な物質と呼ばれるアダマンタイトの武器を用意しろと平気で言い放つ公爵。

 どちらも非常に希少でありながら最高級の素材だ。だが、過去に聞く公爵の逸話を考えると、あながち嘘ではない。

 強くならなくては。

 望むものを手に入れることも、守ることすらできない。





 紅い特殊な紙で折られた不思議な箱。くす玉というらしい。確かに丸いが、紙を折り合わせて作られたそれは、非常に繊細で巧妙だった。純度の高い魔石と、美しい組み紐が一緒についており、純粋に装飾品としても楽しめるほどの逸品だ。

 彼女は拙い工作だといっていたが、そうとは思えない。

 薄いながらも上質な紙は、しっかりと魔力が染みている。防汚や強化の施された特殊紙であることは間違いない。しかも見たこともない複雑な折り方は、アルベルティーナだけが作れるものだ。

 ミカエリスが長年懸想している相手からお守りとして贈られたそれは、いつも剣につけている。

 騎士が剣につけるものの意味は、大切な人からの贈り物であったり、その身元の証明であったりする。

 この国では戦争に行く際など、恋人や婚約者、妻などから装飾品を贈られ、それを剣につけるというのは『死が二人を分かつとも』や『私の命は貴方にあります』といった意味がある。思う相手がいる。愛する人がいると。

武器は戦場においての生命線だ。騎士にとって剣は矜持でもある。それを考慮して、親しい相手から守りを施された飾り紐や根付などが贈られることが多い。

 近年は大きな戦争がないこともあり、あまり知られてはいない。若い世代は特に。だが、騎士の家柄としても古いミカエリスは知っていた。だから、アルベルティーナから贈られた珍しい紙と魔石と組み紐でできたアミュレットを敢えて剣につけていた。

 ジブリールはにやにや笑っていたし、ほんの一瞬だけジュリアスが眉を上げたあたりあの二人は知っているのだろう。キシュタリアはほどなくして気づいて、だが何も言わなかった。普通に飾りとしても不自然でないものなのだから、文句を言われる筋合いはない。ただ、アルベルティーナは気づいた様子もない。微塵もない。清々しい程に。

 今は良いのだ、まだ。

 彼女は、公爵との賭けのことを知らない。

 初心な少女に、一方的な思慕を押し付けても混乱するし、場合によっては恐怖でしかない。

 年頃となり、すっかり背の高くなった幼馴染たちにむくれる彼女は可愛かった。

 アルベルティーナは貴方たちばかり変わってと憤慨していていたが、見るたびにそのまばゆいばかりの美貌に磨きがかかり、ドレスを着ていてはっきりわかる女性的な体つきは悩ましい限りであった。

正直、妹の胸元は非常に寂しい部類なので気にもしなかった。だが、首や腕や腰は折れそうに華奢なのに、出るところが出てすっかり豊かになっているアルベルティーナ。無防備に近づかれると、時々対応に困る。

 彼女が近づくと、ほのかに薫る香油と僅かに甘い香りなど感じるだけで理性が揺さぶられる。

 セイラのこともあり、強烈な香りがあまり好ましくないミカエリス。気性の荒い女性は、それに伴い香水や化粧も高いものをそれだけ使えばいいと乱用する傾向がある。気づきたくなくても鼻腔を突き回す様に襲ってくる。それもあって、いつも柔らかく上品な香りを纏うアルベルティーナを感じるときは極稀であり酷く緊張した。

 昔のような感覚で腕を取られたり、抱きつかれたりしても表情を崩さないキシュタリアとジュリアスの自制心には感服する。ミカエリスは一瞬固まる。

 アルベルティーナがそこまで親しく触れることができるのはごく一部だ。それがまた優越感を加速させた。特に異性に関しては、怯えが激しいアルベルティーナの従僕選びは極めて慎重だった。余程の古参をはじめ物心つく前からついていたというジュリアスを除けば、今のところレイヴンという異国風の顔立ちをした、浅黒い肌の小柄な少年くらいしかお眼鏡にかなっていないようだった。

 アルベルティーナの警戒心はわかり易い。

 心を許した相手にはすぐに近寄るし、触る。そして、相手が触ることを許す。

 おそらく、幼い日に会うことがなければ、今ではすっかり体格も良く背の高いミカエリスが、彼女の傍に寄ることすらできなかっただろう。

 たくさんの偶然が重なり、出会い、惹かれるようになったのだ。

 思わず笑みがこぼれ、剣にぶら下がるアミュレットに触れる。

 ミカエリスの色を選んで作られた、彼だけのためのアミュレット。あの細く白い指が、一生懸命作ったと思えばこそばゆい愛おしさがあふれる。

 そういうことを自然にしてしまう人だから、きっと惹かれたのだろう。

 あの時からずっと、きっとこれからも。




 読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ


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