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修羅場モーニングコール

沖縄は梅雨入りしたそうですね。




 朝のひんやりとした空気の中、布団の温かさが心地よくうとうととまどろんでいる。

 眠りが浅くなってきた。もうそろそろ起きる時間だ。

 抑えめのノックの後、静かな足音とワゴンを押す音。僅かな振動と共に、ティーセットが小さく音を立てた。モーニングティーの香りが湯気と共に、運ばれてくる。

 静かな足音は窓の方へ移動し、涼やかな音を立ててカーテンを開けた。

 天蓋越しでも部屋が明るくなったのが分かる。瞼はまだくっついているけれど、明るくなった気配がする。


「おはようございます、アルベル様。本日はウォリス産のローズティーです。柔らかな酸味と爽やかな甘さが特徴で、朝の目覚めにはピッタリな一杯となっております」


 ローズティー……珍しいですわね。

 ああ、でも本当に良い香り。うつらうつらと眠りに傾きそうな意識を叱咤して、目を開く。

 天蓋越しに、ピンと伸びた背筋の人影が見える。逆光のせいで、顔は見えない。でも、声とシルエットで、誰かだなんて分かり切っている。


「おはよう、ジュリアス。あら? アンナは?」


 目を少しこすりながら、挨拶をしたけれど間延びした呂律になる。うう、眠気がまだ抜けきらない。


「無理を言って変わってもらいました」


 しぱしぱと眩しさに細めた目に入ったジュリアスは、しれっとした笑顔でティーサーブしている。

 あ、それ絶対ダメなことですわ。アンナがぷんぷんに怒っちゃう事案ですわ。

 きっと忙しいアンナの隙を見て、勝手に役目を掻っ攫っていったのだと思うの。

 湯気と共に立ち上る馥郁たる香りをゆっくり堪能し、一口飲む。美味しい。大変結構なお味ですわ。

 ふにゃりと笑みが漏れると、ジュリアスが笑った気配がした。

 ジュリアスがベッドに腰かけ、手を伸ばして頬に掛かった髪を払う。それを肩の後ろにまで持っていき、手櫛で寝ぐせの残る髪を整えている。

 その優しい手が心地よくて、目を細めていると苦笑に変わった。


「全く……私の目を盗み、いつの間に仕立てていたのですか? そんな時間があるなら、ちゃんと休んでください。他は兎も角、貴女の代わりはいないのですから」


「うふふ、トリシャおばちゃまにお願いしたの。貴方に気付かれないように、内緒で仕立てて貰ったのよ」


 事業を円滑に行うためにも、情報交換や顔繫ぎのために積極的に茶会やパーティーに行っていることは知っていたの。社交場に行くことが多いから、いくら仕立てても困らないはず。

 ジュリアスは成人しているから、今から劇的に身長が伸びることはないもの。


「ありがとうございます。初日からいきなり一式ダメにされたので、助かりましたよ」


「まあ、何かあったの?」


「斬新なお誘いを受けましてね。どうやら相手の御納得できる対応ができなかったようで、グラスの中身をたっぷりお見舞いされまして」


「え!?」


 思わず眠気が吹き飛んだ。ジュリアスを見れば、けろりとした顔をしている。


「ふふ、平気ですよ。今の私はフォルトゥナ公爵家の一員です。手出しをすれば、痛い目を見るのは出した方ですから」


「もう、笑い事ではなくてよ」


 軽く済ましているが、どこかその笑みがあくどく見えるのは気のせいかしら?

 うーん、ジュリアスに喧嘩を売った方はきっと頭が残念でしたのね。ご冥福をお祈り……いえ、まだ死んでいないはず。社会的には終わったかもしれませんが。

 そうなると、やっぱり手を合わせておいた方がいいですわね。合掌。ハイ! おしまい!考えると貴族界の闇が見えそうなのでこれで終わりです。可哀想な無謀なチャレンジャーさんのことは忘れましょう。


「さて、ご起床のお手伝いは良いとして、流石にお着替えは出来ませんからね。これで失礼いたします」


 目元にキスを一つ。そして、寝間着だけで寒そうに見えたのか、肩にカーディガンを羽織らせてくれた。ジュリアスは寝台から腰を上げる。

朝食は一緒かしら。だったらいいなぁ。そう考えつつ、キスをされたところを指先で押さえる。


「実は今日、エスコートができなくなりました。未婚の王太女に同じく未婚の若い異性と言うのが気にくわない連中が騒ぎ立てましてね」


 なんですと? 顔をあげると、ジュリアスが苦笑する。


「フォルトゥナ公爵も粘って交渉しましたが、やはり王配候補選出にどこ派閥も神経を尖らせている現状です。なので、今ご挨拶を兼ねて報告しに参りました」


「では誰がわたくしをエスコートするの?」


「私の義父上様が」


 うう……実の祖父であり、暫定とはいえ後見人の立場は強いですわね。確かにこの人は絶対夫としてあり得ないですものね。確定枠。

 不味い物でも飲み込んだ顔をしているわたくしを見かねて、頭をナデナデしてくるジュリアス。あうう……ナイスナデナデですわ。最近、ジュリアスは甘やかしが多くなっていない?

 うーん、ちょっと様子が変な気がするわ? 気のせいかしら?

 ちょっと首を傾げながら、ベッドから離れていくジュリアスの背中を見ます。

 ジュリアスがドアを開くと、絶対零度のオーラを纏ったアンナがすぐ外に立っていました。その手には鉈が握られていると気づいたのは、思い切り振り被られてからでした。


「お嬢様……いえ、私の姫様の寝室に湧くな! この毒虫めぇえええ!」


 ちょっと人としてヤバい領域に片足どころか両足突っ込んでいそうな形相のアンナ(多分)が、地獄から這い上がってきたような怨念の籠った怒声をあげる。


「ぴぇええーっ!」


 その勢いにびっくりして、手に持っていたティーカップを滑らせてしまった。

 アンナの渾身の一撃は、素早く身を捩ったジュリアスに回避された。なんという身のこなし。わたくしならきっと棒立ちだわ。絶対避けられない。

 後ろで見ていただけのわたくしはカップの中身を寝間着どころか、シーツまで零してしまいました。ティーカップは、絨毯の上に転がったので割れてはいない。セーフですわ。


「ああ、申し訳ありません。アルベル様。火傷は? お怪我はございませんか?」


 その惨状に気付いた二人。鬼の形相をひっこめたアンナが、鉈を放り出してジュリアスを突き飛ばしてすぐにそばに駆け寄ってきた。

 手に持ったタオルで素早く濡れた場所を拭い、火傷していないか確認する。


「え、ええ。大丈夫ですわ」


「驚かせてしまい、申し訳ありません。お着替えの前に湯あみをしましょう」


「ですが、お茶が……」


 半分も飲んでないのに、零してしまいましたわ。無念。


「紅茶でもハーブティーでもコーヒーでもなんでも淹れます。なんなりと」


 しゅばばばと目にもとまらぬ速さで片づけつつも、わたくしを湯殿のほうへと誘導するアンナ。

 ジュリアスはお世話されながらも目を白黒させているわたくしに小さく嘆息し、背中で怒りを語るアンナを見て部屋を出て行ったのでした。



読んでいただきありがとうございました。

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