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妹分からのSOS

 別名、ミカエリスの受難再び。




「アルベルお姉様、折り入って頼みがございます。

 お姉様だけが頼りなのです。お姉様にしかできないことなのです。

 どうか――どうか我がドミトリアス家を、お兄様をお助け下さい」



 そういって、絨毯の上に膝をついて肩をすぼめて懇願をするのはジブリール。

 ソファに座り首を傾げた私は「まあ」と妹分の必死な様子に思わず声が漏れた。


「なにがありましたの?」


「我が兄が、王家の馬鹿王女に懸想されました。

 以前、王室主催の騎士候の位を持つ者、もしくは騎士団に所属し騎士の称号を持つ者たちやそれに準ずる者たちがしのぎを削り技量を競う大会がありました。

 普段は陛下や王妃たち、また王子殿下たちは珍しくないのですが、たまたま王女殿下がその日に限ってきていましたの。

 そこでお兄様に一目ぼれをしたらしく、婚約者にと所望されました」


「ええ、と…その…それは、とても名誉な事じゃなくて? サンディス王家でたった三人しかいない殿下たちのなかでも、たった一人の王女様でいらっしゃるのよね?」


 たしか、エルメディア殿下でしたっけ?

 エルメディア・オル・サンディス姫は、第一王妃――正妃の息女。私に暴力を振るったあの第一王子の妹でもあらせられます。そういえば、お父様が第一王子派をけっちょんけっちょんにしたと聞きましたけど…

 不祥事により名が下がった兄王子の代わりに、最近台頭してきたとも聞き及んでいます。


「ええ…そうですわね」


 苦々し気なジブリール。社交界の華であるジブリールは余程私よりたくさんの情報を知っているのだろう。


「最近女王候補として担ぎ上げられていますが、エルメディア殿下が王位に就くことは無理でしょう。

 サンディス王家の王位継承権は緑の瞳と王印が不文律であり、絶対条件です。

 旧貴族中では緑の眼を持たぬものは王族ですらないといわれるほどです。

 兄殿下たちは手に王印がありますし、二人とも緑の瞳といえるものです。

 王や王妃たちが許しても、貴族院が反発します。それよりも頭の固い元老院、そして王家の様々な選抜に関わる元老会が許しはしないでしょう。

 彼らは王族の瞳と王印に狂信的というか、崇拝的なまでに絶対視していると聞きますもの。

 王女はそれらがないとききます。婿を取ろうとも現状資格があるのは兄殿下たちのみ。

 革新派とかいっている新興貴族たちがどう騒ごうとも、有事に王家の魔法具が使えない王女では求心力が劣ります」


 ジブリールはちらりと私を見る。


「公爵様がお姉様を王城へと連れて行きたがらないのは、お姉様の瞳が一番王家の色に近いサンディスグリーンでもあるからだと思いますわ。

 下手をすれば、他の殿下たちを差し置いてお姉様を担ぎそうな偏執ぶりとききます」


 うえーっ! なんですかそれは! 怖いですわーっ!

 なるほど、私を取り上げる可能性のある権力を持つ貴族がいっぱいいる場所に等、お父様は連れて行きたがらないだろう。

 確かに陛下は私の大叔父に当たる方。お父様もお母様も出身は四大公爵であり、王族に名を連ねていると言える。ですが、すでに王位継承権のある、陛下の実子が三人もいるのに、態々その中に入りたくない。王位にも興味がない。明らかに傀儡目当てですわ。

 お父様が私に学園で変装させた意味がよくわかりました…


「その、ですが…わたくしに何ができますの?」


「牽制です。流石に婚約者というのは、ラティッチェ公爵に許可は得られませんでしたが…

 あのクッッッッソ生意気な王女殿下をいてこまして差し上げたいという意見には、賛同いただけましたわ」


 お父様ぁああああ!?

 本当に王族がお嫌いですのね…知っていましたが。

 そしてジブリールは王女様がお嫌いなのかしら? なんだか言葉が乱れたような気がしますわ。

 絨毯に膝をつくジブリールを立たせ、私の隣に座るように促す。ジブリールは少し申し訳なさそうにしたものの「ありがとう存じます」と隣に座ってくれた。


「ですが、いくら力があるとはいえ伯爵家が王家からの打診を断るのは難しいのです。

 王家としては、王女殿下が降嫁しラティッチェ家への輿入れが望ましいのでしょうけれど、余りに因縁がありすぎます。公爵当主の逆鱗に触れ過ぎないように、しかし縁を繋ぎたいのでしょう」


「なるほど、王家もエルメディア様の意向に乗り気なのね?」


「ええ、一番乗り気なのは殿下ですが、メザーリン妃殿下も悪からずのようです。公爵子息のキシュタリア様は難しくとも、伯爵であるドミトリアス家であれば、と。我が兄は恐れながら公爵はもちろん、キシュタリア様とも仲良くさせていただいておりますから…」


「……ミカエリスはどう思っているの? 彼自身が悪くないと思っているのなら、わたくしは手を出す気はありません」


 ミカエリスから熱烈な手紙をもらったことがある身としては少し複雑だ。

 彼があまたの女性を手玉に取るようなタイプではないことは知っているが、貴族結婚は愛情が伴うとは限らない。政略結婚が基本で、あとに愛をはぐくむこともあれば、形骸化して無関心と愛憎が渦巻くこともある。


「こちらの執事のセバスさんから、愛用の胃薬を戴いておりますといえばお分かりですか?」


 そいつぁやべえな。

 同情に察して有り余る。次あったらポンポンを撫でてあげようか? そう思ってしまうレベルだ。


「その、王女様はそれほど受け入れがたい方なの?」


 キミコイではほとんど名前が出てこなかった、ちょいキャラだ。

 基本王子たちの悪役令嬢役はアルベルティーナでした。もしや、私が悪役放棄していたから、別の方にお鉢が回ってきてしまったのかしら?


「王族でなければ即刻お断りしたいですわ」


 きっぱりと言い切るジブリール。

 ジブリール的にはエルメディア様は義姉としては認めがたいという。

 そして、ミカエリスも望ましくないと思っているという。


「うちのお兄様、実はかなり面食いですし、女性はおっとりしていらっしゃる可愛らしい方が好きなの。

 あのヒステリックに強烈な王女殿下は圏外にも程がありますわ」


「まあ、ジブリールったら」


 ミカエリスの身近な女性はジブリール。そりゃ、こんだけ美人で可愛らしい妹がいればその辺のご令嬢などベジタボーが並んでいるようにしか見えないかもしれない。

 ジブリールは立派なご令嬢で、お淑やかだけど芯がしっかりとした子だ。たまに強気な顔も覗かせるけど、基本はご令嬢の鑑だもの。

 アンナとジブリールがじっと私のことを見て、ニコニコしているとなぜか見ていた二人は互いに顔を見合わせて無言で首を振った。

 なんですの?


「お父様からお許しを得ているのなら、わたくしはできうる限り協力しますわ。

 ミカエリスが、エルメディア様との婚姻を望んでいないのなら尚のこと」


 まだ正式な婚約の打診も来ていないのであれば、傷も浅いはず。

 しかし、エルメディア様は確か私と同じくらいのはず。誘拐事件の時、幼い頃に間違われたのだから年齢はそう変わらないはず。

 この目が原因よね、おそらく。王族の証っていわれるくらいだし。王印なくてよかったわ。修羅場フラグはお腹いっぱい過ぎなのよ。

 もし幼馴染のミカエリスにそんな地雷たっぷりの王女が御輿入れしたら、私は距離を取らなくてはいけなくなるかもしれない。ヒキニートでボッチな私の数少ない親しい方なのに!


「アルベルお姉様、ありがとうございます! このジブリール、この恩は一生かかってもお返しいたします…っ」


「大袈裟よ、ジブリール。たまたまわたくしとお父様は王家に貸しがあるから、少しだけ牽制ができるだけよ?」


「いいえ、お姉様がいれば一騎当千です」


「まあ…買い被りだわ。でも、どうすればよろしくて? わたくし、余り社交界に詳しくないし、精々お父様の御威光を少しお借りする程度よ?」


 ヒキニートに権謀術数をかいくぐれとか無理だ。立っているだけならともかく、話術でどうこうっていうのは難しいわ。

 やんわりと自信がないことを伝えると、ジブリールの顔がちょっとだけ引きつったような?

 いや、真面目です。私の地力なんてそんなもんだ。

お父様の箱庭で幸せなお人形のようにニコニコしているのがお役目みたいなものだ。

 ほどほどの我儘を言い、お父様にべったりしているファザコンですわ。


「十分過ぎるほどですわ。お姉様は、兄の傍で笑っていてください。

 エルメディア殿下が何を言おうと言い返さずに、微笑んでいてください。

 その、いくらエルメディア殿下でもラティッチェ家のご令嬢に居丈高に接するとは思いたくないのですが…」


「それで大丈夫なのかしら?」


「あちらがどれだけ悩んで墓穴を掘ってくれるかが肝ですの」


 墓穴を掘るのが前提なの?

 もしかして残念王子ことルーカス様と同じ系の方なのかしら?

 とりあえず、お父様に以前いただいたイヤリングの出番は確定だわ。

 面倒ごとは全力拒否したいもの。お父様が隠そうとしている私の容姿を、態々王族に暴露する悪い子になりませんわ。

 しかし、修道院がダメなら平民作戦はどうしようかしら。

 アンナは真っ青な顔をして首をブンブン横に振っていた。修道院より在り得ないって感じだったのです。ラティお母様にはまだ相談は早いかしら…




 眼鏡は壊されてしまったけれど、他の魔法道具のアクセサリーは健在。

 王都へ向かったはずのお父様がすぐに学園に戻ってきたのは、あの眼鏡にあった信号・追跡機能が唐突に途絶えたからだったそうよ。

 なにはともあれアクセサリーを身に着けるとお父様そっくりのアッシュブラウンの髪と、アクアブルーの瞳に早変わり。鬘とカラコンいらずの便利グッズ。

 着ていくドレスは瞳に合わせた青いドレス。お父様はあまり胸元が開いたものはダメだといいますし、私としてもじろじろと胸を見られたくない。知らない人がたくさんいるのだし、余り露出はしたくない。

 というわけで、今回は首元まで詰まったドレス。首の部分にはチョーカーがあり、サファイアとダイヤがちりばめられている。胸元は繊細な刺繍を施された白いレースが重ねられ、涼しげでありながら肌は見えない。デコルテは肩から胸元まで広くとってあるけど、これなら安心。ドレス自体はよくあるAラインドレス。古典的なのですが、やっぱり素材が抜群のアルベルには似合うのですよね。靴もお揃いの青で、小さな真珠をあしらったコサージュがついている。お揃いのボンネットも用意した。

 髪は編み込み入りのハーフアップにしてある。これなら下を向いても落ちてこない。うんうん、なかなか悪くないと思うの。

 お父様、前の事件でカリカリしているかと思いきやあっさりと私のお出かけをお許しになった。

 貴賓席で、ごく一部の人間しか来ない場所だからまあ良しとのこと。

 でも「影はつけるからね」とにっこり言われた。影ってなに? そう思っていたら、表立って護衛する騎士とは違って、ひっそりと隠密に護衛する立場なんだって。ついでに、色々表立ってできないことを調べたり実行したりするのもやっているらしい。

 騎士は信じられないということですか? あの方たち、相手が色恋に狂って王族の権威振りかざすヤベー王子じゃなかったらあんなことにならなかったと思います。

 私だって、あんな人が世の中のほとんどだとは思っていません。

 あの騎士の中にも恋愛で頭が沸いてしまった殿下の命令に、かなり戸惑っている方もいました。

 あの緑の髪の方とか。

 それ以外はお顔覚えていません。ごめんなさい。

 会場へ向かう馬車にはアンナも連れて行きます。この前の怪我はすっかり治りましたが、心配です。

 そんな思いが顔に出ていたようですが、アンナは絶対誰にも譲らないとついてきます。

 きょろ、と少し見渡します。今までなら護衛に一緒に来ていたレイヴンは当然いない。


「…大丈夫かしら、レイヴン」


「お嬢様……大丈夫ですよ、ふてぶてしい奴でしたから」


「そうね、きっとまた会えるわ」


 レイヴンが私に贈った薔薇は鉢に入れなおして温室で育てている。

 少しずつ大きくなっている。ちゃんと咲くといいな。私よりよっぽど植物に詳しい庭師たちにお願いしているから、大丈夫だと思うのだけど。




 会場にはすでにたくさんの人がいた。

 満員御礼というべきか。ぞっとする。人ばかり。

 私の顔色の悪さを察して、すぐさまアンナは貴賓室へ案内してくれた。ジブリールが迎えに来てくれていたので、すんなり行けた。

 会場は白いレンガや石を積んで出来ている。しかし、白亜の城というにはいささか武骨過ぎる建物だった。

 剣技を競う会場はすり鉢状になっており、特によく見える場所は貴賓席となっている。そして中心に当然ながら闘技する場所がある。円状となっており、周りは青々とした芝生となっている。もし、吹っ飛ばされて落ちても多少クッションになってくれそうだ。

 ジブリールといるせいか、やはりちらちらと視線が来るのが気になる。野外を歩いていた時は日傘で隠れていたけど、室内ではさすがにとらなければならない。ボンネットはぎりぎりまで取るものかとちょっと意地になっている。ヒキニートに他人の視線は怖すぎる。

 この前見せてもらったミカエリスの魔法剣は素晴らしかった。あれを又見られると思えば、チキンハートを奮い立たせる意味もある。お父様が外出許可をそう何度も出してくれるとは思えない。

 思わずアンナにしがみついていたのだが、そのアンナが周囲を軽く凍てつかせるような冷気を発しながら周りを牽制していたのに気づかなかった。

 






 多分影たちは、アルベルに何かし腐るやつは皆殺しにしろとか言われている。

 ついでにこの影たちは幼い頃からアルベルを見守っています。

 箱入りお嬢様には気づかない様にお助けしているので、アルベルのぽやぽやの原因の一つ。


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