ダナティア家の因縁5
ついに接近。
恐縮しきった様子で、ミカエリスは謝罪を口にする。
「我が愚妹が失礼を……」
「よい。我が孫を思っているからだろう。ジブリール嬢は随分とあの子を慕っているようだ」
鷹揚に許すガンダルフの横顔は、誇らしげだ。嬉しそうに、ほんの少しだけ口角を上げる。
普段は気難しそうな仏頂面が多いので、二人は少し目を丸くした。
(養子の件といいアルベル様に甘いというか、溺愛している節はありましたが……)
(思った以上にこれは……)
無言で一瞬視線を交わしたミカエリスとジュリアス。
デレデレとした姿をしょっちゅうさらすクリフトフで霞んでいたが、ガンダルフも相当のものである。
二人の知っている限りでは、アルベルティーナは一度としてガンダルフに対して身内に向ける表情を見せていない。その状態でこの甘やかしっぷりと溺愛ぶりである。
敢えて突くような真似をせず、ミカエリスは笑みを浮かべて仕切り直した。
「御恩がありますゆえ。ジブリールにとって王太女殿下は救いの女神であり、憧れの女性なのです」
「憧れているにしては、随分方向性が違うな。あれは随分剣や体術に親しんでいるようだ。並みの騎士よりも良い動きをしそうであるな」
その言葉にミカエリスの表情が音を立ててひび割れそうな勢いで固まった。
確かにジブリールはかなり良い拳を持っているとは思ったし、貴族子息をコテンパンにする。だが、ガンダルフにお墨付きまで貰ってしまった。
ジブリールが弟なら喜ぶところだが、妹である。
サンディスには少数であるが、女性騎士もいるが――ジブリールは伯爵令嬢で、騎士になる予定はない。
ミカエリスはさりげなく目を光らせていたが、彼女の手には剣たこらしいものはないから、そこまで本格的だと思っていないというか、思いたくなかった。
兄は妹の方向性が分からない。
唯一、ジブリールの迷走を止められるのはアルベルティーナだけだ。
『剣を使えるの? 可愛い上に、カッコイイなんてジブリールは本当に凄いのね』
(ダメだ。アルベルが誉める姿しか想像できない)
(アルベル様のことだ剣だけでなく、馬や鎧まで一式誂えて贈りそうだな)
ミカエリスとジュリアスの脳裏に、ほわほわとした笑顔でジブリールを誉めまくる姫君の姿が浮かんだ。
アルベルティーナは大好きな人こそ全肯定する傾向がある。判定がガバガバに緩くなるのだ。グレイルのあの苛烈さを「お茶目で可愛い」と流すくらい緩くなるくらいだから、ジブリールが剣を嗜んでいるくらいで苦言を呈すとは思えない。
きっと、ジブリールはますます調子づいて鍛錬をするだろう。アルベルティーナから認められてしまえば、ストッパーなどいない。
「どうした、お前たち?」
強張る雰囲気と二人の青年たちの顔に怪訝そうな顔をするガンダルフ。
「「い、いえ。なんでも」」
すぐに切り替えたガンダルフは将来有望そうなジブリールに、楽し気にしている。
だが、その若者の兄とガンダルフの義息子は今以上にジブリールがパワーアップするのではと青褪めている。
ガンダルフは「女性が騎士など」とのたまうタイプではないようだ。性別の差は意外と気にしないらしい。
そういえば、クリフトフの妻パトリシアは女だてらに暴れ馬すら乗り回す女性である。狂犬という物騒な二つ名もあるし、気骨のある女性に対して寛容なのだろう。
少し離れたところでは、仲睦まじいクリフトフとパトリシアがいた。
その二人に、ダナティア伯爵が挨拶に向かうのが見える。
対面した一瞬、ぴりりと空気がひりついた気配したが、すぐに和やかに形式通りの挨拶が交わされた。
ダナティア伯爵はこちらを向く。満を持したように足をこちらに向けてきた。その後ろには、白い影のように女性が付き従っている。
白いヴェールを目深にかぶった女性は、手に黄金の器を持っていた。見覚えのない、変わった形の杯だ。カクテルグラスのような形のそれを大事そうに両手で支え、しずしずと歩いている。簡素な白いドレスの裾が、彼女が歩くたびに小さく揺れた。
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