祭りのあと
祭りといっても血祭りですが。
ラティッチェ家にはお咎めがいっていません。
理由の一つは、既にアルベルの過去の誘拐事件で借りがあること、今回の事件での発端が王子の独断で冤罪、そしてかなり一方的な理不尽なものだったこと、そしてお父様は替えの利かない重鎮です。実績がありすぎる。
アルベルはただ幼馴染の女子生徒と、義弟たちに会いに来ただけです。学園側にアポ取り済みです。そもそもルーカスやレナリアと話していないし、面識もない…
まあ、ルーカスとレナリアたちは前々から問題を起こしていました。他にも理由がありますけど長すぎになるので省略で。
あの後、王族による無礼で怒りんぼカーニバル状態だったお父様は、親子のお茶会でなんとか気分を持ち直しご機嫌だ。セバスが私に土下座して「お嬢様は地上に舞い降りた天使です・・・っ」とむせび泣いていた。
騒々しい親子で申し訳ないわ。
私のしたことといえば、普段よりぴったりとお父様に寄り添っていただけだ。
恐怖体験にはお父様という最強の守護者が処方箋としてよく効く。誘拐事件でそれは実証されているの。お父様セラピー万歳。
お父様のお声と温かさと香りが落ち着くでござる~。
のほほんと擦り寄る娘をニコニコと眺めているお父様も相当娘馬鹿だと思います。
だがそれとは別でアルベルティーナとして、初めてお父様がいない外出は強烈に恐ろしい記憶として残った。何あのヤベー王族。あんなのが第一王子なの? 恋に盲目なんてレベルじゃないわ。周りが止めてもガン無視して馬車で帰宅しようとする令嬢を引きずり出して罵倒するなんて、正気の沙汰じゃなくてよ。碌に下調べもせずに、派手に立ち回って。
まあ、お父様にかなり怖いメッを喰らったのでよしとしましょう。再起不能になってないかしら、ルーカス殿下だっけ?
ゲーム版だともっとまともな王子様だったはずなのに、なんであんなお馬鹿王子になっていたの?
帰りの馬車はお父様が一緒なので安心してうとうとしてしまった。
この馬車、ローズブランドのクッション材とスプリングを使っているわね。お尻痛くならないわ。最初に乗っていた馬車もそうだったけど、外装も内装も違った。
おうちに戻ったら、真っ青になったラティお母様とメイドたちに「怖い思いをしたわね!」ととても慰められて、ヒキニートはとても愛されていると改めて思います。
日を置かずして、キシュタリアやジュリアス、ミカエリスやジブリールから心配する便りが届いた。ちょっと馬車から引きずり出されたとき、膝や手をぶつけたり擦ったりしたのは痛かったけどね。目覚めたときには治療済みだったし、痣も残らなかったから平気ですと返事はしたけどそのあと怒涛の事件の真相を問いただす手紙が来た。お願い、誰か代表者絞って。四人に同じ内容かくの結構辛いわ。この世界のペンは白い大きな羽ペンが主な筆記道具。チョークみたいなのはあるけれど、ボールペンやシャーペンみたいなのはない。
作るか、万年筆。
この世界に替え芯やシャー芯を作る技術はまだないと思われる。インクももっと伸びのいいものにしたいし、それ以上にこのカスカスしたペンが気にくわない! あと持ちにくいし、耐久性がイマイチ。まあ素材が鳥の羽根をペン先だけ削って加工したものだもの。軽いのは良いのだけれど・・・・
最初はアンティークっぽいとか貴族っぽいと好きだったけど、何度も手紙を書いているうちにこのペンってインクをあまり吸わないし、めっちゃやりづらい。
幸い、アクセサリーを作る程度には精緻な金属加工技術はある。持ち手は木製もいいけれど、異世界ならではのサーベルタイガーやサーペントの骨や角、牙を加工したものもいいだろう。印鑑を象牙とか水晶や金とかいろいろな素材で作るみたいに。
そんな感じでどう!? とローズ商会のお抱えさんにデザイン画を作ってお願いしたら食いついてくれた。ぜひともお願いします。ジュリアスやセバスに頼みたいのだけれど、お父様の王族ぷんぷんカーニバル事件で忙しそうなのよね。
それにしてもヒロイン・・・じゃなくてレナリア嬢も相当おかしな方だったけど、あれが場合によっては次期王妃であれにまんまと乗せられてお父様に喧嘩売るような方が次期国王候補なんて嫌だわ。いえ、ルートによっては第二王子のレオルド様でもありうるのですが・・・
生ルーカス殿下の出会いは最悪でしたが、せめて王族の証の王印を見ておけばよかったですわ。確か右手にあるのよね。
きちんと映るのがゲームでも限られたスチルのみ。確かあれって王の資質を表すって話よね。ほんとにあるのかしら・・・あの王子に?
国王陛下は額にあるから、絵姿ですぐにばっちり確認できるのよね。逆に王子たちは衣装の都合で手袋していたりすることが多いのよ・・・正装の絵姿が多いから。
あのゲーム、あんな残念ヒロインと残念ヒーローでしたっけ? もっと身分差と禁断の恋に揺れ動き、悪役令嬢がその仲を鬼畜の所業で引き裂こうと暗躍し、その危機を二人で一生懸命乗り越える感じよね?
碌に面識のないヒキニートを無理やり悪役令嬢扱いは無理があるのでは? せめて学園に通っていたら少しは真実味が出たかもしれませんが。
お母様やジブリールと考えているランジェリーブランドの件も着々と進んで、とっても可愛らしいものができそうですわ。そして、その試作品は存外早くできた。
可愛らしいブラとショーツ。カップに繊細なレースとフリルをあしらって、フロント部分にリボンのついたデザイン。現代ではスタンダードデザインだけど、色合いが柔らかいクリームイエローでリボンがオレンジでとても可愛い。今までの下着が味気なかったから。余計にそう見える。
といっても、わたくしが見せられる人なんてアンナだけですが。
頂いた試作品をさっそく試着。恥ずかしいけれど似合うかどうか聞いてみたら、真剣な顔をしたアンナに「お嬢様、わかっているとは思いますが同じことを男性にはしないでくださいね!? 男は狼ですからね!?」とかなりガチ目の説得をされた。
見せるような殿方なんていませんわ・・・・
つーか見たい奴いるの?
どうせ背中の傷見たら萎えるんでしょ?
私は進んで傷つきたくないのです。隠れたお洒落なんですから、下着というのは。
私は知らなかったのです。
社交界で見るに堪えない醜女、怪物の娘、傷物姫と揶揄されていた『アルベルティーナ・フォン・ラティッチェ』という貴人の本当の姿が暴露されその場があの事件とは別に騒然となっていたことに。
あの騎士が言っていた『システィーナ』という女性の名が、今後私にどう降りかかってくるかを。
国王陛下すら止めることのできない怒り狂ったお父様。
あの時は私に免じて一度引き下がったものの、ルーカス殿下に加担した側近や騎士たち、防げなかった騎士だけでなく、令息・令嬢もお父様の手にかかるだろうというあの時、言葉だけで制止したという事実が、令息令嬢の口から各親に伝わったことを。
お父様をコントロールできる可能性があるという事実が、どれだけ衝撃を与えることとなるかを知らなかったのです。
悪役令嬢がいない物語が――どんな方向へ進み始めているのかを。
そして
「・・・・旦那様」
わたくしを理不尽に甚振った第一王子を止められないどころか加担した節のある第二王子。それぞれを擁護する二つの派閥をまとめて締め上げ、教育がなっていないと王宮の教育係をすべてクビにし、選出した元老会や貴族院をすりつぶす勢いで問い詰め、王に謝罪を受けても怒りの収まらなかったお父様。八つ当たりのように他部族や国境沿いの争いを潰しまわり、魔物を血祭にあげ、貿易相手をドチャクソに容赦なくぎっちぎちに言質を取りながら有利な条件を毟り取ってもなお怒り心頭だった。その様子にセバスが胃薬か最終兵器愛娘のお父様チケット行使かを常に迫られていたほどだった。
それに、さらに追い打ちをかける出来事があった。
ただでさえご機嫌が最高潮に麗しくないお父様を最も怒らせたもの。
それは大量に送り付けられた縁談だった。
無言で暖炉に見合いの釣書を投げつけて次々燃やして、私が取ったご機嫌を底辺まで下げているお父様が王都で仕事をしつつ殺気をみなぎらせていた。
そんな殺気のはち切れんばかりのお父様の背に、冷や汗を禁じ得ないセバスがいたことを。
亡きクリスティーナの生き写し。
アルベルティーナは絶世の美少女なのだ。
背中の傷にさえ目をつぶれば、莫大な資産と広大な領地を持つ名家の中の大名家であるラティッチェ公爵家の実子にして王族の血を引く姫君だ。
たとえ変装中で瞳と髪の色を変えていても、抜群のプロポーションや整った顔立ちまでは隠せない。変装程度で隠し通せる美貌ではなかった。
あの容姿とスタイルであれば、多少の傷など――むしろ、瑕疵があれば多少身分差があったとしても狙えるなどと考えた馬鹿が一気に増えたのだ。
ジュリアスは過去に、アルベルティーナの美貌だけでも人の判断力を狂わせる魅力があると釘を刺していた。ここでその懸念が、ついに現実となったのだ。
時を同じくして学園ではあの美貌の義姉を紹介しろとキシュタリアは令息らに付き纏われ、ただでさえ連日婚約者になりたいとすり寄る令嬢らにも辟易していたのだが、思いを寄せる相手を紹介しろといわれることの方がはるかに上回るストレスだった。
ジュリアスも、キシュタリアがダメなら従僕を懐柔しようと上から目線の令息らに絡まれ、その令息らの従僕に纏わりつかれていた。あの魔王主催の恐怖の粛清会に巻き込まれてなお、下半身と逆玉の輿に乗りたいという欲求を優先させる連中に呆れていた――二十年近く前に流行ったメギル風邪により淘汰された貴族は多い。そして、国に返還されたものもあれば、残った貴族に管理させるため領地や爵位が委譲されているものもある。上級貴族は大なり小なりそういったものを預かっている。ラティッチェ公爵家として名を連ねて入れずとも、その愛娘を娶れば縁者となりより多くの領地を得られ、陞爵を狙えると目をぎらつかせているのだ。
ミカエリスは実にあっさりと「俺を倒せたら口利きを考えてもいい」といって、すべて叩き潰して返り討ちにしている。ジブリールはそれをすべて記録に残し、二度と来るなと兄妹で連携してすべて追い返していた。
考えてもいいと言っているが、するなどとは言っていない。
そのころ公爵家では――
「見てください、お母様! じゃじゃーん、新しいケーキ! その名もミルクレープです!
クレープ生地を何層も重ねて、クリームと挟んだものですよ!
こちらはそば粉のクレープ! ガレットです! レモン砂糖でシンプルおやつもいいですが、ハムチーズの軽食も美味しいのです!」
「あら、どれも美味しそうね」
「はい! 今度のお茶会に是非と思い開発しましたの! 生クリームが苦手なお友達がいらっしゃる場合にもいいでしょう?」
「ふふ、そうね! では早速頂きましょうか?」
「はい!」
世の中の義母義娘の軋轢問題などどこ吹く風。不仲など一切ない美女と美少女の義理の親子はメイドたちと楽しくお茶会をしていた。
「アルベルティーナ」
「はい、ラティお母様」
「貴女、好きな男性はいる? いるなら、できる限り協力するわ」
「好きな方? いませんわ!」
アルベルティーナがこてんと首を傾げる姿は大層愛らしい。
ミルクレープを口に運び、顔を子供のようにくしゃくしゃにして笑う無邪気さが、同性であるにもかかわらずキュンキュンと胸にくる。
ラティッチェ家の天使と呼ばれる少女のこの笑みが見たくて、料理人やパティシエたちは研鑽に躍起になっているともいえる。
この表情は、人見知りのあるアルベルティーナが心を許している相手にだけ見せるものだ。
「・・・では、好みの方は? 理想の方でもいいの。例えばの話よ? 深く考えないでいいの」
「好み・・・理想? うーん」
うんうん悩んでいたが、もともと恋愛方面にはてんで疎いことはラティーヌも、メイドたちも重々承知だ。
義弟キシュタリアの長年の片思いにも気づかず、幼馴染のドミトリアス伯爵ことミカエリスの熱烈な恋文に首を傾げている有様だ。一部、ジュリアスも気があるのではないかと噂があるが、それはまだ真偽不明だ。あの従僕は隙が無さすぎる――だが、ラティーヌの女の勘が黒だと囁いている。時折だが、ほんの一瞬だけあの紫の瞳に宿る熱、それは実の息子がアルベルティーナに燃やすものと同じ狂おしさがある。
実に難儀なものである。そろいもそろって甲乙つけがたいものを有している。
家柄、能力、容姿、立場――それぞれ差はあるが、総合するとなかなかにいい勝負である。当のアルベルティーナは恋愛に奥手というか、どうも自分は蚊帳の外と決めつけている感が強くてなかなかに進展はないに等しい。
だが、誰もが原因が重苦しく苛烈な愛情を注ぎまくっている父親のせいだろう、と確信していた。あの常軌を逸した溺愛ぶりは周知の事実だ。
あの歩く恐怖の代名詞といえる魔王の血が、半分近く入っているはずのこの天使は恋愛ポンコツだが邪悪さは一切ない。
長年見ていても、なぜあのグレイルに育てられてアルベルティーナがこの年齢でここまで純粋で健やかに育っているか謎だ。公爵家最大の謎である。
この義理の娘が、ラティーヌは可愛くて仕方がない。無邪気にラティお母様と慕われて、陥落しないわけがない。ドス暗い貴族社会の汚れや疲れが何度癒されたことか。
うんうん唸りながら、アルベルティーナは考えあぐねている。そして、ぱっと表情を明るくして口を開いた。
「お父様より格好良くて、お父様より私を愛してくれて、お父様よりも強い方がいいですわ!!!」
アルベルティーナ、笑顔で好きな人はできません宣言に近いことをいった。
ラティーヌは固まる。
可愛い義理の娘は少し、いや、かなーり天然ボケというか、ずれている感じはある気がしていた。
実父からの見ているだけで苦しくなるような溺愛を受け続けているアルベルティーナ。
大変危険な男でもあるラティッチェ公爵は、スペックは文句なしの家柄・血筋・美貌・魔力・知性・剣技の持ち主だ。神は彼に一物も二物も与えたが、人間性だけは与えなかったといえる傑物にして怪物だ。
無邪気に笑うアルベルティーナに、ラティーヌの心は複雑だ。
「そ、そう・・・いつか出会えるといいわね」
「えへへ、お父様には内緒ですけど、もしできたのならクリスお母様とお父様みたいな恋愛結婚がいいです。
身分や出自は問いませんわ。わたくし、お世辞にもラティお母様のようになれませんもの。
その、お相手の方がもし貴族だったらですが、社交も頑張ってみたいとは思いますが・・・」
その出会いが来る可能性は限りなくゼロに等しい。
だが、アルベルティーナのいう通り、それくらいのスペックがないとあの魔王公爵からこの可愛らしく罪な美貌を持つ天使を奪うことなど不可能だろう。
うっかりすると、視界に入っただけでプチっと潰すのがグレイル・フォン・ラティッチェだ。愛する者への愛情は過剰で苛烈。それ以外は塵芥。そして、手段も選ばない。
事実、父の公爵は彼女が生き写しだといわれるクリスティーナを手に入れる際、当時の婚約者と決闘をして、奪い取るようにして娶ったと聞く。
クリスティーナ亡きあと、キシュタリアを引き取るついでに虫除けとして再婚相手に選ばれたラティーヌ。公爵夫人として社交界で、書面上の夫の耳を疑う逸話を幾度となく聞いている。
「・・・そもそも、わたくしだけを欲しがる方なんていませんわ」
色づいた唇が、小さくこぼした言葉。
公爵令嬢としてなら欲しがられるけど、個人として望む人なんていない。
寂しさの混じる言葉に、諦めの気配。そこに恵まれている故に不憫な娘が修道院に入りたがる理由の一つを見た気がして、ラティーヌは眉を下げた。
読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
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やる気に直結するので!(*´ω`*)