ジュリアスの基準
ジュリアスはアルベルに依存タイプ。だからアルベルを依存させたいヤンデげふん。
キシュタリアもその気があり。一番自律しているのはミカエリス。
「フォルトゥナ公爵子息様。王太女殿下はお食事中ですので、お戯れはほどほどになさってください」
何故でしょうか。
軽く窘めるような口調なのに「テメェ、ジュリアス今すぐなます切りにして、池の亀の餌にすんぞゴルァ」という副音声が聞こえる気がします。
お食事といってもおやつや軽食程度ですし、手で持てるお手軽なタイプです。
持っている金属製のはずのトレイから、なんか可笑しな音が聞こえているような?
「これは失礼、侍女殿。あまりに美しい御髪でしたのでつい」
わたくしはジュリアスのサラツヤな黒髪も綺麗だと思うのです。天パのゆるふわ髪ですので、ストレートには憧れますわ。
ですがそれよりも今、この修羅場を回避せねば!
「え、えと、アンナ! クロッキー帳を持ってきてくれないかしら?」
「畏まりました」
睨み合いをしていたアンナは、すぐさまわたくしに向き直り忠実な侍女の顔になりました。
ですが、シルバートレイはティーワゴンの上です。すぐ取れる位置ですわね……。
「もう、ジュリアス。喧嘩しちゃダメよ?」
「別に喧嘩をするつもりはないのですが、この状況を満喫するとどうしてもそうなってしまうんですよね」
軽く肩をすくめた後、わたくしを抱き寄せるジュリアス。
ぽすんと頭をジュリアスの肩口に預けると、ふわりと香水が鼻孔を擽る。ジュリアスは香水を薄目に上品に付けるから、近寄ってもきつくないのよね。
お父様もそうだったけど、わたくしの周りはラティお義母様もキシュタリアもミカエリスもジブリールも、軽めにつける人の方が多いのよね。
ん? あれ?
「ジュリアス、香水を変えたかしら?」
そういうと、ジュリアスの体がびくりと強張るのを感じた。
密着したから気付いたけれど、そうでなかったら分からないくらいの小さな動き。笑顔はいつもの余裕の笑顔ですわ。
「ええ、いつものが少なくなってきたので新しいものを付けてみたんです」
「そう、これも素敵ね」
ジュリアスから香るのは甘く爽やかなもの。その香りは、ラティッチェの庭を少し思い出させた。
香草や薬草といったものを育てているエリアが、色々な木々の香りが混ざって仄かに甘く緑の爽やかな香りがした。季節によって花や果実の香りも交じる懐かしい香り。
「落ち着く香りね」
「貴女が気に入ったならなによりです」
こぼすように優しい笑みが浮かぶジュリアス。なんか安堵しているような?
ま、いっか。うーん、それにしてもいい匂いですわ。ふんわり包み込むような、落ち着く香り。
たまに、公害の強い香水や整髪料の香りを漂わせている方がいますけれどあれはナイ。
「アルベル様は非常に香りに煩い方なので、実は心配だったんですよ」
「え、そうですの?」
「基本、貴女の感覚は非常に鋭敏で繊細です。嗅覚もそうですが、味覚なんかも相当ですよ。おかげで、アルベル様から合格頂いた品はハズレがありません」
食い意地張っていてすみません。
だってわたくしの前世は味にうるさい日本人。
こんにちは異世界したら、待っていたのは香辛料地獄の劇物や薄味地獄のマズメシヘルモード。
思わず、有り余る権力と財力に物を言わせてグルメ革命を起こしてしまうほどです。
「ジュリアス、貴方の好きな香水を付けていいのよ? お好きになさって?」
「正直こだわりはありません。敢えて言うなら、アルベル様が寄ってくる香りがベストです」
ねえ、基準が違うと思うのです。
にこやかに言ってはいけないことを言っているのは気のせいかしら?
わたくし、花蜜に誘われて寄ってくる蜜蜂じゃなくてよ? そしてなぜか頭の中で思い浮かんだのは綺麗なお花ではなく、ウツボカズラ。覗き込んだら消化液の中にドボン系の食虫植物ですわね。
戻ってきたアンナがドン引きや顰蹙を通り越して、露出狂や痴漢でも見るような目でジュリアスを見ています。蔑みが滲むどころか、溢れています。
なんだか腑に落ちないものを感じつつ、家紋のデザイン案をいくつか提示します。
クロッキー帳を見ながら、ジュリアスは一枚一枚確認しているのですが、なんだかちょっと緊張しますわね。
気に入ってくれるのがあると良いのだけれど。
ジュリアスはわたくしが考えたのなら何でもいいと言いたげでした。でも、わたくしとしてはジュリアスのもう一つの顔となる家紋なので、是非とも納得のいくものを作りたいですわ。
ジュリアスは『フォルトゥナ公爵子息』としての顔が広く浸透しつつあります。
ですが、『フラン子爵』を蔑ろにしたくないのです。
将来的に、フォルトゥナ公爵家の持っている爵位で、伯爵か侯爵辺りを移譲される可能性が高いです。領地付きかは微妙なところですが、王配に相応しい箔はつけられるはず。
サンディス貴族は基本、持っている領地の代表地を家名として名乗るパターンが多いです。逆に、地名を家名で上書きするパターンもありますが、取りあえず家名=地名で結ばれています。
うちもラティッチェという地域が一番大きい土地だったので、ラティッチェを名乗ったのが始まりですし。
領地がない貴族もいますが、その場合は代々官僚や騎士家だったりするパターンですね。
役職を引き継いで、禄を貰うパターンです。
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